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「育休取ったのに昇進する女性はズルい」そんな意識を変えるためにメルカリがやったこと

プレジデントオンライン / 2021年9月28日 12時15分

メルカリ社内でD&Iの“草の根”活動を進めた寶納弘奈さん(右)と品川瑶子さん(左) - 撮影=西田香織

女性管理職の比率を高めるにはどうすればいいか。フリマアプリ大手メルカリの山田進太郎社長は「日本人の男性だけが中心の会社では必ず成長が止まる」と考え、社内に「D&Iチーム」を立ち上げた。そこで明らかになった課題は、「育休取ったのに昇進する女性はズルい」という一部の意識を変えることだった。ジャーナリストの浜田敬子さんがリポートする――。

■山田社長を突き動かした社員の“草の根”活動

メルカリでは、多様な人材を最大限活用するダイバーシティ&インクルージョン(D&I)を経営トップの山田進太郎社長自身が推し進めている。2年ほど前からマネージャー層には国籍や性別による無意識の偏見を払拭するためのアンコンシャスバイアス研修を実施するなど、D&Iを推進する研修や仕組みも整えてきた。

だが、日本人男性中心の社会や社内に対する山田の強い危機感があったと同時に、トップや経営陣にD&Iの必要性を訴え続けた社員たちの粘り強い“草の根”の活動もあったことはあまり知られていない。企業でD&Iを根付かせるためにはトップの強いコミットメントが必要だと言われるが、それだけでは社内全体に浸透させることは難しく、トップとボトム双方からの働きかけだということをメルカリの事例は教えてくれる。

メルカリの“下からの”D&Iのエンジンになっているのは、D&Iチームマネージャーの寶納(ほうのう)弘奈とD&Iリードの品川瑶子。今でこそ2人とも、D&I推進が“本業”だが、当初は社内有志の活動に参加したところから始まった。

寶納は2018年5月にメルカリに入社した。当時のメルカリは毎月100人以上が入社する急成長期で、入社2週間後には「もう新メンバーじゃないからね」と言われるほどだった。

メルカリは現在東京オフィスの約2割、エンジニアの半数を外国籍の社員が占める。すでに2018年当時外国籍の社員が急増しており、日本語が話せる/話せないで社員間の情報格差が課題になっていた。当時スラック上の外国人社員たちのチャンネルには、情報に公平にアクセスできないこと、社内の意思決定に参加しづらいことへの不満や苛立ちがあふれ、実際のミーティングの席でもトラブルが起きていた。

■社内のグローバル化に制度が追い付かない

寶納はアメリカの大学院でも学んだ異文化コミュニケーションの専門家だ。メルカリ入社前は、トレーナーとして大学や非営利団体で教えており、メルカリにも人事部門の日本語が話せない社員のための通訳や翻訳を担当するグローバルオペレーションの担当として入社した。多数の社員を海外採用しているメルカリなら、コミュニケーション上の課題など豊富なデータの蓄積を生かした研修や制度が設計できると思ったからだ。

急成長期に入社した寶納さんは、社員が能力を最大限発揮できていない課題に直面した。
撮影=西田香織
急成長期に入社した寶納さんは、社員が能力を最大限発揮できていない課題に直面した。 - 撮影=西田香織

だが実際は問題が山積していたにもかかわらず、寶納が入社した2018年には、会社としてD&Iを真剣に受け止め、推進するようなオフィシャルな活動はなかった。外国人社員や女性社員の中でD&Iに関心が高い有志が、“部活”のようにスラック上での情報交換や自発的な勉強会などをしていた。

「会社が急速にグローバルになっていくことはみな肌で感じていて、人事でも何かうまくいっていないという問題意識を持っている人はいました。明らかに制度が成長スピードに追いついておらず、会社としてD&Iを進める必要性をマネージャーにも訴えました」(寶納)

■男女の昇進格差は「実力主義」が理由なのか

社内プロジェクトとなったD&Iについて、まず社内で大規模な調査をすることになった。すでに表出していた外国人社員の問題だけでなく、女性や障がいを持った社員に関しても調査に盛り込んだ。調査の設計には人事だけでなくエンジニアなど各部署から10人ほどが参加、設問の項目や表現にも気を配った。

品川が入社したのはちょうどその頃だ。入社当初に配属された人事から法務に異動した後も、プロジェクトと“部活”両方に関わり続けた。大学時代にジェンダー論を学んでいた品川が中心となったのが、ジェンダーギャップの解消だ。だが経営陣に男女で昇進などに格差があることを訴えても、最初はなかなか理解してもらえなかったという。

品川さんはジェンダーギャップ解消に取り組んだが、試行錯誤の繰り返しだった。
撮影=西田香織
品川さんはジェンダーギャップ解消に取り組んだが、試行錯誤の繰り返しだった。 - 撮影=西田香織

「最初はどうしても気持ちに訴える形になってしまって。すると、『実際差別なんてあるの?』『自分はしてない』『そもそもうちの会社は実力主義でしょ』と言われてしまったのです」(品川)

企業内でジェンダーギャップ解消に向けて女性を登用しようとすると、決まって「能力もない人を管理職に登用するのは逆差別だ」という反発の声が上がる。これはどの組織にも共通することだ。だが、本当にそうなのだろうか。今先進的な企業では、「そもそも女性が能力を発揮できる環境なのか」「公平に競争できる土壌はあるのか」という問題意識から格差を生む構造の是正に取り組んでいる。

メルカリでも特に経営陣の中には、実力主義の徹底が中立公平なのだと信じている人は少なくなかった。

■腰の重い経営層を動かしたのは森発言だった

品川たちは「気持ちからデータ重視」に戦略を変えた。各部署ごとにどんな属性の人が何%登用されているか、同じ評価なのに昇進に差がないか徹底してデータで可視化した。結果、昇進には男女差があることがわかり、そのデータを経営層の会議で示した。

会議室が並ぶメルカリ本社
撮影=西田香織
会議室が並ぶメルカリ本社 - 撮影=西田香織

「それでもまだ経営層の中には、『それは実力の結果』だと言う人もいました。でもそうではないことを何度もデータをもとに働きかけました」(品川)

経営層全員がジェンダーギャップの存在とその解消の必要性を認識するようになったのは、品川たちの粘り強い働きかけももちろんあったが、いくつか“追い風”もあった。

今年2月に起きた森発言騒動。森喜朗元五輪組織委員会会長の女性蔑視発言に対しては、女性たちだけからでなく、五輪スポンサー企業からもNOが突きつけられ、女性差別を許容し放置する組織や企業は社会的に許されないという空気が一気に広まった。2年ほど前から、自らジェンダーギャップについて問題意識を持って本などを読んで学んできていた山田も、森発言にいち早く反応し、「これは私たち日本が育んできた文化。猛省し、どう打破できるのか真剣に考えアクションしていきたい」とTwitterに投稿した。

「進太郎さんのSNSでの発信は社内のスラックでも話題になっていました。社会の変化やトップの問題意識が、徐々に経営陣の変化にもつながったと思います。今では少なくともこうした構造的な差別や格差を是正することを『逆差別』だと言う経営陣はいなくなりました」(品川)

経営トップ自らD&Iを推進する山田進太郎社長
撮影=西田香織
経営トップ自らD&Iを推進する山田進太郎社長 - 撮影=西田香織

■D&Iが進めば「何も話せない」職場ではなくなる

今年1月には山田直轄でD&Iを進める社内委員会「D&I Council」を設置、2月からは部署ごとに半年もしくは四半期に1度受けるトレーニングも開始した。1時間のトレーニングの後には実際部署内にどんな課題があるかを議論する。自分たちで部署ごとに課題を見つけ、解決のためのアクションを決めるだけでなく、効果測定までする。

部署ごとに決めるリーダーは当初100%女性社員だったという。それだけ課題感を切実に感じ、改善したいという思いが強かったのだろう。まだ日本人男性がリーダーに立候補してくれるまでにはなっていないが、来年ぐらいには男性リーダーが自分の言葉でD&Iの必要性を語ってくれるようになればいいという。

品川はD&Iの知識やそれに配慮した言動は今の時代に必要なビジネススキル、マネジメントスキルだと指摘する。2年前にマネージャー層に性別や年齢、国籍に対する無意識の偏見を排除するアンコンシャスバイアス研修を始めた当初は、人事のメンバーでさえ、「あれも言ってはダメ、これも言ってはダメでは何も話せなくなってしまう」という反応だった。だが、

「いろいろな人に配慮しながら結果を出すことは、当たり前のことだとわかって欲しい。男性ばかり、男性が意思決定者に多いボーイズクラブは(そのメンバーにしかわからない)暗黙知が多く、情報へのアプローチに格差が生じます。D&Iが進んだ組織ほど、結果的には風通しのいいサステナブルな組織になるんです」

■「会社にメリットがあるから」取り組む違和感

ジェンダーギャップの解消というと、どうしても男女の対立構造になりがちだが、そうしないためにも人事制度、評価全体の見直しが必要だと品川は指摘する。

新しいキャリア形成のあり方を提案する品川さん
撮影=西田香織
新しいキャリア形成のあり方を提案する品川さん - 撮影=西田香織

「上り詰めるだけのはしご型キャリアでは、一旦降りたら『負け』、女性が登用されたら『オレの席が奪われる』と捉えがちなので、キャリア観そのものを変える必要があります。ジャングルジムのようにいろんな方向から登れて、時には降りてもいい。そういうキャリアを歩める組織の方が、例えば育休を取得しても席を奪われる心配がないから男性も積極的に育休を取るようになるし、女性もマネージャーに挑戦しやすくなる。

ジェンダーギャップの解消は最終的には働き方やキャリア観を変えることになり、人間性への回帰に繋がると思っています」

品川たちと話していて印象的だったのは、「D&Iをハッピートークで終わらせない」という言葉だ。企業内、特に経営層にD&Iの必要性を説得する際に、どうしても企業の競争力を上げるために多様な人材が必要であることや、投資家サイドもD&Iを重視しているという企業にとってメリットがある「ハッピートーク」の文脈で語ってしまいがちだ。品川たちもトレーニングでは最初、「財務指標への良い影響」「機関投資家も注目している」と経済的なロジックで伝えようとしていた。

しかし、ある時トレーニングの中で、1人の男性メンバーが「財務指標にいい影響があるから進めるというのは、メリットがなくなればやらないのか。それは人として違和感がある」と指摘した。

■あなたの会社になぜD&Iが必要か説明できるか

「本来D&Iは構造的な差別をなくすということ。でもそれを言うと反感を持たれるかなと思って経済的なロジックで話をしていたのですが、その指摘を受けて、『あ、この会社では本質をわかってくれる人がいる。差別をなくそうと言っていいんだ』と。以来、本質を率直に話すようになり、その結果トレーニングでも部署の課題はこれ、とすぐに議論に入れるようになりました」(品川)

社内プロジェクトの手応えを語る寶納さんと品川さん
撮影=西田香織
社内プロジェクトの手応えを語る寶納さんと品川さん - 撮影=西田香織

多くの企業が目指すSDGs経営。その17の目標にもジェンダーの平等は入っている。経営的、財務的にD&Iを進めることは良い影響が出ることもデータや研究などで証明されている。それでもなお、企業が本気で取り組めないとしたらなぜなのか。品川はこう話す。

「メルカリは『新たな価値を生みだす世界的なマーケットプレイスを創る』という企業ミッションを達成するために、信頼と透明性の高いコミュニケーションを大事にしています。それを実行するには偏見や差別があると難しい。なぜD&Iなのかを説明するときに、私たちのミッションを体現するためにと矛盾なく説明できるんです。D&Iに本気で取り組むためには、企業のミッションやカルチャーと結びついていることが求められると思います」

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浜田 敬子(はまだ・けいこ)
ジャーナリスト
1966年生まれ。上智大学法学部国際関係法学科卒業後、朝日新聞社に入社。前橋支局、仙台支局、週刊朝日編集部を経て、99年からAERA編集部へ。2014年に女性初のAERA編集長に就任した。17年に退社し、「Business Insider Japan」統括編集長に就任。20年末に退任。現在はテレビ朝日「羽鳥慎一モーニングショー」などのコメンテーターのほか、ダイバーシティーや働き方改革についての講演なども行う。著書に『働く女子と罪悪感』(集英社)。

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(ジャーナリスト 浜田 敬子)

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