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日本企業が世界で戦うためには「働かないオジサン」を真っ先に切り捨てるべきだ

プレジデントオンライン / 2021年10月7日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/stockstudioX

日本の経済はなぜよくならないのか。今年7月、イノベーション研究の国際賞「シュンペーター賞」を受賞した早稲田大学商学学術院の清水洋教授は「イノベーションによる生産性の向上が不可欠だが、日本企業にはそれを阻害する重大な問題がある」という――。

※本稿は、清水洋『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える』(新潮選書)の一部を再編集したものです。

■日本復活の鍵を握る「ベスト・プラクティス」

イノベーションは、どうしても既存のビジネスを破壊する側面を含みます。しかし、もし他社で高い生産性を示しているベスト・プラクティスが出てくれば、たとえそれが破壊を伴うものであっても、導入できるものであれば、生産性を上げるために導入する必要があります。生産性の高いところから学ぶことはとても大切です。

もし江戸時代の鎖国体制下のように、市場での競争が日本国内だけで行われていれば、「独自のやり方」に固執しても上手くいくのかもしれません。しかし、グローバル化が進展していくとそうはいきません。

海外の市場だけでなく、日本市場でも、日本企業は海外の企業と競争することになります。ライバルが採用しているベスト・プラクティスで取り入れられるものは取り入れていかなければ、徐々に置いていかれてしまいます。

ベスト・プラクティス導入への抵抗は、社会全体の生産性を下げてしまいます。この点は、イリノイ大学のステファン・パレンテとノーベル経済学賞を受賞しているアリゾナ州立大学のエドワード・プレスコットの二人が明確に指摘しています。

彼らは、ベスト・プラクティスと同じ程度の高い生産性の水準に追いつくことは、簡単だと言います。なぜなら、最も生産性の高いところのやり方を導入すれば良いからです。例えば、アメリカの生産性が高ければ、そこで使われている技術やサービスを導入すれば良いわけです。

もちろん、全てを導入することはできません。導入にはコストもかかるでしょうし、社会制度が異なるため、単純にベスト・プラクティスを導入すれば上手く機能するとは限りません。しかし、真似できるところは、真似すれば良いわけです。

■明治日本は「お雇い外国人」に学んだ

実際に、日本は幕末から明治にかけて、アメリカやヨーロッパから先進的な知識や技術を導入するために、海外から専門家を招聘(しょうへい)しました。「お雇い外国人」です。彼らから、海外のベスト・プラクティスを学び、それを国産技術として磨いていったのです。

クラークの銅像
※写真はイメージです(写真=iStock.com/g_jee)

しかし、多くの国や企業はそれができないのです。パレンテとプレスコットらは、生産性をベスト・プラクティスと同じような水準にまで上げられないとすれば、それはベスト・プラクティスを取り入れることに対する内部の抵抗があるからだと主張しています。

ベスト・プラクティスを導入すれば、当然、ある職能が不要になったり、その重要性が小さくなったりします。そのような場合、ベスト・プラクティスの導入に反対する人が出てきます。イノベーションに対する抵抗勢力です。

抵抗は、さまざまなかたちをとります。例えば、政府の規制による保護を訴えるものもあるでしょうし、ラッダイト運動(※)のように暴力的なものもあるかもしれません。ストライキもあるでしょう。あるいは、サボタージュのような組織の中での静かな抵抗もあります。

※1810年代、産業革命期イギリスの中部・北部の、織物・編物工業地帯に起こった機械破壊運動

もちろん、それまでに社員がやってきた職務がなくなったとしても、経営者がより高い収益性が見込まれるビジネス機会にきちんと投資していて、そのビジネス機会を追求するのに必要な能力を各人が持っていたとすれば、社内での異動などができますから、それほど反対は大きくならないでしょう。

■イノベーションを阻害する人が経済をダメにする

しかし、そういう場合ばかりではありません。経営者が次のビジネス機会を見定められないようなこともあるでしょうし、社内の人員の適応能力に課題があることもあります。そのような場合に、既得権益者は、ベスト・プラクティスの導入に強く反対するでしょう。自分たちの仕事がなくなってしまうかもしれないからです。

たとえば、鉄道会社が電車の切符を切る職務を保護するために、自動改札を導入しなかったらどうでしょう。銀行がATMや人工知能などを一切導入せずに、全て窓口で人が対応したとしたらどうでしょうか。

社長が「人員カットはしない。全員で乗り越える!」と言えば、社内での人気はでるかもしれません。しかし、その会社に破壊的なイノベーションが取り入れられることはないでしょう(あるいは大幅に遅れます)。先の例で言えば、機械に任せるほうが生産的な仕事を人にやらせるのですから、当然、その企業の生産性は落ち、競争力は失われます。

国レベルで考えても同じです。イノベーションによって破壊される職務を行っている人に対する保護を厚くすればするほど、生産性の上昇は遅れます。

経営者がいくら「雇用を守る」と言ったとしても、高い収益性が見込める投資機会をしっかりと見つけて(あるいは「創り出して」という言い方のほうが正しいですが)、そこに投資をし、既存の人員の再配置をしていかなければ、それは、今いる(自分を含めた)生産性の低い人のために、将来の高い収益性を犠牲にする意思決定をしているのと同じです。プレスコットらがイノベーションを阻害するものと言っているのは、このことです。

歩行者通路を歩く通勤者
写真=iStock.com/ooyoo
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ooyoo

■日本は世界との競争に生き残れるか

抵抗の少なさがイノベーションにとって重要になるということを指摘していた研究はこれまでにもありました。例えば、ノースウエスタン大学の経済史学者ジョエル・モキアは、世界の産業革命(特にイギリス)を歴史的に分析して、新しい技術の導入に対する抵抗の少なさが重要な役割を担っていたことを発見しています。

ただし、これまでの研究はいわゆるケーススタディであり、経済成長が実際に達成されるプロセスを分析することで重要な要因を抽出しようとする帰納的なものでした。このような帰納的なケーススタディでは、実際にどのようなことが起こっていたのかはとても良くわかるのですが、そこで想定している原因と結果の因果関係が他の事例についても一般化できるのかはやや心もとなくなってしまいます。

一方で、理論的なモデルだけでは、本当に現実がそうなっているのかという疑問になかなか答えられないという弱みもあります。

そこでプレスコットらが用いたのが、「カリブレーション」と呼ばれる方法です。カリブレーションとは、日本語では「較正」とも呼ばれるもので、測定の結果の値を比較して、それぞれの測定が標準となる測定とどれだけズレているかを知り、そのズレを是正することを意味します。もともとは、例えば水位計や放射線量などの読みを正しく調整することとして使われてきました。

■「強者の論理」で片付けてはいけない

プレスコットは、理論的なモデルをつくった上で、アメリカと日本の戦後の成長の軌跡からパラメターの値をできるだけ現実的なもの(アメリカと日本の戦後の成長を説明できるもの)にカリブレートしていきました。

清水洋『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える』(新潮選書)
清水洋『野生化するイノベーション:日本経済「失われた20年」を超える』(新潮選書)

その上で、そのモデルをフランス、西ドイツ、韓国、台湾の戦後の成長と照らし合わせて妥当性を確認しています。その結果、抵抗が大きいと、企業が新技術を導入する時に大きな投資(コスト)がかかってしまい、それが国の成長を阻害していることが改めて明らかになったのです。

新しい技術を導入することへの抵抗というのは、イノベーションによって破壊されないようにするために、大きな壁を作って自分を守っているようなものです。そのような壁を作っていては、世界で競争していくことはできません。

このように言うと、日本ではしばしば「それは強者の論理だ」と片付けられることがあります。しかし、その言葉が正当性をもつ社会ほど、ラディカルなイノベーションは起こりにくくなり、累積的なイノベーションを重ねることに多くの経営資源が割かれることになります。

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清水 洋(しみず・ひろし)
早稲田大学商学学術院 教授
1973年神奈川県横浜市生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。ノースウエスタン大学歴史学研究科修士課程修了。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.(経済史)取得。アイントホーフェン工科大学フェロー、一橋大学大学院イノベーション研究センター教授を経て、2019年に早稲田大学商学学術院教授に就任。主な著書に『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』(2016年、有斐閣、日経・経済図書文化賞受賞、高宮賞受賞)、『野生化するイノベーション:日本経済「失われた20年」を超える』(2019年、新潮選書)などがある。2021年にイノベーション研究の国際賞「シュンペーター賞」を受賞。

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(早稲田大学商学学術院 教授 清水 洋)

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