男性ばかり優遇され続ける日本社会で、それでも男性が生きづらいままなのはなぜか
プレジデントオンライン / 2021年10月1日 8時15分
■男は出世競争し続けるという暗黙のルール
仕事をするうえで、女性は結婚・妊娠・出産が就業継続の壁になったり、子育てとの両立を考えると社内で出世したいという意欲を持てなかったり──。女性たちが女性であるからこそ抱える悩みや葛藤があるように、男性にも男性固有の悩みや葛藤があります。その多くは「仕事を中心とした生き方」による弊害なのですが、根本には年代を問わず、「男は40年間フルタイムで働く」という自明性があり、誰もが疑うことのない前提のもとで社会全体が動いていることに起因していると考えられます。「男性学」とは、そうした男性だからこそ抱えてしまう悩みや葛藤を対象とした学問です。
俗にいう「男らしさ」とは、一般に競争を優位に進めるために求められる特性を、「女らしさ」とは他人と仲良くするために求められる特性を表します。つまり、これまで男性には「競争」、女性には「協調」が求められ、基本的には男はリードする側なのに対し、女はリードされる側という関係性が根づいていました。男性は出世競争に加わるべきという暗黙のルールのもとで、仕事ができて一人前という価値観が共有されていたわけです。
ところが、今「男らしさ」の定義が変わる節目にあり、家事や育児に積極的なことが男性の競争社会の中で優位になり始めています。例えば男性タレントの中には、フェミニンな振る舞いと家族愛を前面に出したキャラクターづくりで、タレントとしての価値を上げた人もいます。
とはいえ、一般社会において周囲や本人が望んでいるのは、一定程度競争をしながら、出世や仕事に支障がない範囲で家事・育児をするというレベルにとどまります。出世や仕事よりも家庭やプライベートを全面的に優先したいという男性はまだまだ許容されにくいことに変わりはないのです。
■相対的に安定していても男性は圧倒的に不自由
夫婦間の性別役割分業の意識は、実のところ現在の日本社会においてもあまり変わっていません。主流だった、夫がサラリーマンの専業主婦世帯は、バブルがはじけてサラリーマンと扶養内パートの世帯になり、今はサラリーマンと時短勤務の会社員の妻で家計を支える構図に。収入の主体はあくまで男性であり、これは性別役割分業の3段階目のバージョンにすぎないと思えます。
その背景として、日本は労働市場における女性差別が強く、総合職と一般職の区別も相まっていまだにフルタイムで働いても男女比10対7の賃金格差(※)があります。なかには所得の高い女性や実力主義の企業勤めの女性もいますが、統計的に見てそうした人はほんの一握りであって、この賃金格差がある限り、男性がリードする構造は変わりにくいのです。
また、女性はモチベーションが低く管理職になりたがらないという話もあります。既存の女性管理職について人事担当者などに人となりを聞くと、「外見は女性だけど中身は男なんです」と冗談めかして言われたりしますが、それは女性のままでは社内で偉くなれないと暗に認めているだけ。独身でいるか、子育てを祖父母に丸投げしないと役職にはつけないということにほかなりません。男性は当たり前のように家庭を妻に任せるのに、女性はそこまでしないと男性と同等になれないのなら、出世しなくてよいと思うのは当然です。
一方で、女性は差別されているがゆえに比較的自由な側面もあります。会社を辞めて専業主婦になる、進学する、時短勤務で働き続けるなど選択肢はさまざまです。逆に男性はフルタイム労働をやめないのが前提であり、また多くがそう信じているはずです。男性のほうが相対的に安定はしているものの、そういう意味では圧倒的に選択肢が少ないことがわかります。
※出典:厚生労働省「令和2年賃金構造基本統計調査 結果の概況」
■真面目な人ほど矛盾を真に受けてしまう
2021年6月、改正育児・介護休業法が成立し、2022年度から男性の「出生時育休」が新設され、企業には育休取得意向の確認が義務づけられました。20年度の統計では男性の育休取得率は12.65%と飛躍的に増加していますが、まだまだ男性の育休が普及しづらい社会にあって、1つの起爆剤になるのではないかと期待されています。
家事・育児を担いたい男性が育休を取りやすくなる、世界一恵まれた給付制度と評される一方で、既述のとおり、日本社会には他の先進国に比べて男女の賃金格差がかなり大きいという問題もあります。フルタイム勤務でも妻側の収入は平均して夫の約7割しか得られないのですから、「夫は外で稼いでもらわないと困る」という女性の中の無意識のバイアスが働いても不思議ではありません。いくら社会保険料が免除され、休業前の8割の賃金が補償されても、育休中の収入が2割減になるのは耐えがたいという家庭もあるのです。
制度の普及には、社会構造上の矛盾を会社が福利厚生の部分でカバーして、所得補償を100%の水準にするといった取り組みも必要になってくるでしょう。そこは企業側と交渉する余地が十分に残されています。
こうした弱い立場の個人が企業社会を生き抜くには、会社の制度やルールを自分の都合のいいようにうまく利用するだけでなく、どう手を抜くかということを考えていくことも大事です。男なのだから仕事はある程度無限定にやって、家に帰ったら家事・育児をして、ちゃんと出世もして稼いで……の板挟みは正直つらいのです。どの評価を重視するのか、あるいは自分たちはどういう家族でありたいかを夫婦でよく話し合い納得できれば、社会構造上の矛盾もはね返せるのではないかと思います。
そして、どうしても悪い方向に進みそうになったときは逃げることも必要と覚えておきましょう。継続的に働いたり、持続的に家庭生活を営んだりするには逃げる術(すべ)も必要なのです。会社によっては裁量労働制を導入している、営業職は直行・直帰が許されているなど、さまざまなルールがあると思いますので、その範囲内で逃げ道を探すのも一考です。
今回、コロナ禍によってリモートワークが進み、子どもの成長を目の当たりにできる素晴らしさを感じた男性も多いかもしれません。これを、多様性を生かした働き方推進のチャンスにできるかどうか、今後の成り行きを見守りたいところです。
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大正大学心理社会学部准教授
1975年、東京都生まれ。博士(社会学)。2017年より現職。男性だからこそ抱える問題に着目した「男性学」研究の第一人者として各メディアで活躍するほか、行政機関などにおいて男女共同参画社会の推進に取り組む。近著に、『男子が10代のうちに考えておきたいこと』(岩波書店)など。
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(大正大学心理社会学部准教授 田中 俊之 構成=横山久美子)
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