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「2杯飲んだら記憶を失う」ニクソン大統領が呆れるほど酒に弱かったから米ソは核戦争を回避できた

プレジデントオンライン / 2021年10月10日 12時15分

中国の周恩来総理と盃を交わすニクソン大統領=1972年2月25日 - 写真=White House Photographer/Wikimedia Commons

米ソ冷戦時代にアメリカ大統領を務めたニクソン。彼は重度のアルコール依存だった。ジャーナリストのブノワ・フランクバルム氏は「深酒をして、昼過ぎまで起きられないこともしばしば。ただ、そのおかげで世界は第三次世界大戦を迎えずに済んだ」という――。

※本稿は、ブノワ・フランクバルム著、神田順子/田辺希久子/村上尚子訳『酔っぱらいが変えた世界史』(原書房)の一部を再編集したものです。

■第四次中東戦争勃発で、緊張が走る米ソ

トリッキー・ディック(ずるいディック)とよばれたリチャード・ニクソンは、アルコール・アレルギーと過度のアルコール好きの両面をもっていた。

没後二六年の一九九四年に明らかになったところによると、世界最大の権力者だったこの男はたった二杯で酔っぱらい、しかもそこでストップすることができない男だった。

こんな状態では、世界の運命に重大な影響をあたえかねないし、実際にそうなりかけたことも何度かあった。

最終的には、慢性的な深酒が破滅的な核戦争につながることはなかったのだが……。

一九七三年一〇月六日、エジプトとシリアがシナイ半島とゴラン高原でイスラエルに侵攻。これがヨム・キップール戦争(第四次中東戦争)である。

ソ連の武器供与を受けた両国は一挙に軍を進め、一四日にはニクソン政権が空輸により二万二〇〇〇トンの武器補給をイスラエルに行なう事態となった。

当時は冷戦のただなかであり、緊張は最高潮に達した。

幸いだったのは、国連が二二日に即時停戦を求める安保理決議三三八号の採択に成功したことだ。

だが、すぐにソ連がイスラエルの協定違反を非難する。

一〇月二三日から二四日にかけての夜、ソ連のレオニード・ブレジネフ共産党書記長がニクソンに書簡を送り、イスラエルに停戦を遵守させるよう要求し、ソ連地上軍の派遣までほのめかしたのだ。

「遅滞なく行動していただきたい。はっきり申し上げるが、あなた方がこの問題でわれわれと足なみをそろえることができないなら、われわれは一方的な適切な措置をとるかどうかを、緊急に検討する必要性にせまられることになる。われわれはイスラエルの恣意的行動を容認することはできない」。

「一方的な適切な措置」をとるとは、ズバリ第三次世界大戦を意味する!

■大統領は泥酔して眠りこけていた

老獪なブレジネフは切り札をちらつかせ、内政で行きづまっているニクソンの窮状につけこもうとする。

民主党事務所への侵入をくわだてたウォーターゲート事件で追及を受けるニクソンは、まさに苦境に追いこまれていた。

しかしこの人物が思考不能におちいっていることを、ブレジネフはどこまで知っていただろうか。

書簡を受けとった二四日午後九時三五分、ヘンリー・キッシンジャー国務長官は大統領に緊急事態を伝えようとしたが、大統領は「会える状態ではない」と告げられる。

そこでキッシンジャーがみずからホワイトハウスの危機管理室でブリーフィングを行なった。

爆撃機には核爆弾を搭載、核ミサイルサイロには発射体制をとらせ、攻撃型潜水艦もロシア沖に配備させた。

二五日朝、米軍はデフコン(防衛準備体制)IIIに入った。デフコンIIIでは空軍は五分で出動でき、B52六〇機がグアム基地から召喚され、第八二空挺師団が戦闘体制に入る。

おりしも、核搭載が疑われるソ連船がアレキサンドリアに向かっていることを情報機関が察知した。このときニクソンは就寝中、正確にいうと泥酔して眠りこけていた。

「大統領の許可なしに核警戒態勢に入らなければならなかった」と、海軍作戦部長のエルモ・ズムワルト提督は一七年後に回想している。

「大統領が目を覚まさなかったからだ。あきらかに深酒が原因だった。どうしても『起こせない』とのことだった(※1)

■米ソの最高権力者は二人ともアルコール依存症

午前八時、ようやく目覚めたニクソン大統領は、自国が核危機にさらされていることを知った。

議会の主だったメンバーとの会合が開かれる。キッシンジャーが遅れて到着。

大統領は「ヘンリーを見つけるのに苦労したよ。家政婦とベッドにいたんだ」とからかう。

「ヘンリー」が一同に現状を説明しはじめると、ニクソンがさえぎった。

そしてソ連の共産主義の歴史について、三〇分にわたって演説した。そして「わたしはソ連がお人好しだなどと、一度も言っていない」と結んだ。

最終的にブレジネフはおどしを実行せず、国連は新たな停戦協定を提案。警戒態勢は解かれた。

ブレジネフもアルコールと睡眠薬に依存していたから、事態はいっそう深刻だった。

一九七三年一〇月にブレジネフが危機をまねくのを防いだのは、のちに後継者となるユーリ・アンドロポフであった可能性が高い。

ニューヨーク・タイムズ紙によると、アメリカのデフコンIII発動でブレジネフの酔いは一挙に醒めたようだ。

ニクソン大統領がこの核危機について『回顧録』で語っている一節を見ると、アルコールには精神安定作用があったのかと、かんちがいしそうになる。

「われわれは行動を起こす必要があった。核警戒態勢でおどしをかけるのもその一環だった」。

当時、側近たちが彼を起こさなかったのは、軽率な判断をしかねないとわかっていたからなのだが……ウォーターゲート事件で窮地に立たされ、大統領は危なっかしい状態だった。

1973年、大統領専用ヨットで会談するリチャード・ニクソンとレオニード・ブレジネフ。
写真=Atkins, Oliver F., White House Photo Office/Wikimedia Commons
1973年、大統領専用ヨットで会談するリチャード・ニクソンとレオニード・ブレジネフ。 - 写真=Atkins, Oliver F., White House Photo Office/Wikimedia Commons

■「酔っ払って絵に向かって話しかけていた」

ここ数週間、職務を肩がわりしていたキッシンジャーも、上司を「酔っぱらったお方」などとよび、アルコールがらみで危ない事例が頻発したことから、ニクソンがなにかを命令したら時間稼ぎをしてはぐらかせるようにと、政権幹部に指示していた。

キッシンジャーは側近にも、「大統領の言うことを聞いていたら、毎週のように核戦争が起こる」とか、大事な書類にサインをもらうなら早朝がいい、などとアドバイスしていた。

ニクソンを支えたキッシンジャー国務長官。
ニクソンを支えたキッシンジャー国務長官。(写真=Bert Verhoeff/Anefo/CC-Zero/Wikimedia Commons)

一九七三年八月、ニューオーリンズで演説したニクソンには「疲労」の色が見えた。

ニューヨーク・タイムズ紙によれば、大統領は言葉につまったり、声のテンポや大きさが急に変わったりした。大統領を「トリップしたエド・サリヴァン(人気司会者)」と形容する者もいた。

一九七四年八月九日の辞任にいたるまで、事態は悪化の一途をたどった。タイムズ・オヴ・イスラエル紙によれば、政権末期になると「完全に酔っぱらった状態でホワイトハウスを歩きまわり、絵に向かって話しかけていた」という。

キッシンジャーは自殺願望が出た場合をおそれ、医師に精神安定剤の処方をやめさせた。

キッシンジャーの補佐官だったローレンス・イーグルバーガーは、大統領がキッシンジャーをよんで辞任の決意を伝える場面に立ち会っていたが、そのときのことをのちに、ウォーターゲート事件をあばいたジャーナリストのボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインにこう語っている。

「大統領はしどろもどろだった。酔っぱらって、体の自由がきかなくなっていた(※2)

それはいまにはじまったことではなかった。

■酒が入ると口が軽くなる男

一九七二年、大統領は酩酊状態でヘンリー・キッシンジャーと北ベトナム情勢(ベトナム戦争は一九六五年にはじまっていた)について話しあっている。

「彼らに核爆弾をおみまいするべきだと思う」
「うーん、それはやりすぎではありませんか、大統領」
「気がひけるのか? ヘンリー、もっと大きなことを考えろよ!(※3)

ホーチミンの国のことわざにあるように、「酒が入ると口が軽くなる」のだ。

一九六九年八月、サレーム・イサウィとライラ・カリドがロサンゼルス─テルアヴィヴ間のTWA八四〇便をハイジャックした。

二人は機をダマスカスに着陸させた。

酔っぱらって電話越しに叫んだニクソンの指示は「空港を爆撃せよ!」だった。

困ったキッシンジャーとメルヴィン・レアード国防長官は、とりあえず軍艦二隻を地中海に待機させることでお茶を濁した。

「爆撃したのか?!」とボスが電話でどなると、二人は天候不良を口実に釈明。

最終的にはニクソンが正気に返って乗客116人は助かり、飛行場の運用も継続できた。

■酒に飲まれるタイプだったニクソン

なにより情けないのは、世界最高権力者であるアル中男の飲みっぷりが、男らしくなかったことだ。

ブノワ・フランクバルム『酔っぱらいが変えた世界史』(原書房)
ブノワ・フランクバルム著、神田順子/田辺希久子/村上尚子訳『酔っぱらいが変えた世界史』(原書房)

一九一三年に厳格なクエーカー教徒の雑貨商の息子として生まれた彼は、体罰があたりまえの環境で育った。

嘘をつくこと、酒を飲むこと、悪口を言うこと、人をだますことは許されなかった。

はじめてアルコールを口にしたのは大学二年のとき、サンフランシスコの酒場でのことだった。記録によれば、飲んだのはヘンドリックス・ジン、レモンジュース、シュガーシロップ、炭酸水で作るカクテル「トム・コリンズ」とされる。

だが酒のほんとうの力を知ったのは、海軍に入隊した一九四三年のことだ。ニクソンの回顧録では、中尉時代に部下にオーストラリア製ビールをふるまったことが自慢気に記されている。

実際には、「リッチー」はひどいアルコール・アレルギーだった。

一、二杯飲めば常軌を逸した言動に走り、翌朝にはなにも覚えていないのだった。

一九五九年七月、アイゼンハワー政権の副大統領に就任したニクソンは、大統領の弟ミルトン・アイゼンハワーとともにモスクワに派遣される。

緊張のテレビ会見後、ニクソンは公式晩餐会の前にマティーニを六杯あおった。

晩餐会では大儀そうなようすで態度も無礼だった。

ミルトンはすぐにこのことを兄に報告した。それでもニクソンは酔った勢いで持論を展開。カール・マルクスだって?──「浮浪者のように生きたアル中じゃないか(※4)

■最高の名誉は自分の名がついたカクテルがあること

一九六四年、バリー・ゴールドウォーターが大統領候補に指名された共和党大会で、酔っぱらった姿をさらしたことも有名だ。

その四年後に自身が立候補した際、弁護士のジョン・ダニエル・アーリックマンに補佐官就任を打診した。これに対するアーリックマンの回答はこうだった。

「あなたはアルコールに弱すぎる。これが問題になるようなら、仕事や家族を犠牲にしてまで引き受けるつもりはない(※5)」。

ニクソンは酒を断つことを約束し、アーリックマンは要請を受け入れる。

そしてウォーターゲート事件に連座して一八カ月服役し、終身弁護士資格を剥奪されることになる。

アーリックマンはのちに恨めしげにふりかえっている。

「疲れていれば一杯で大の字になってしまう。そうでないときも、二杯半で十分だ。それで、わたしがこれまで出会っただれよりもひ弱になってしまう(※6)」。

大統領就任後、ニクソンはジャーナリストのセオドア・ホワイトに対し、酒はもうやめる、夜中に電話がかかってきても明晰な判断ができないから、と語っている。

自分のことをよくわかっていたのだ。だが意志薄弱だった。

ひどいときには昼すぎまで執務室に行けない。ろれつがまわらないので、ある夕食会では秘書に自分の考えをゴールドウォーターに「通訳」してもらうほどだった。

バーテンダー
写真=iStock.com/MaximFesenko
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/MaximFesenko

ニクソンにとって最高の栄誉は、その名を冠したカクテルが存在することだろう。

ウイスキー三〇ミリリットル、プラムリキュール三〇ミリリットル、ピーチアルコール五ミリリットルをシェイクし、カクテルグラスに注いでピーチとチェリーを添えればできあがり。

一九六九年の訪英の際、ロンドンのアメリカン・バーが大統領のために考案した飲み物で、“ディック”はこれを滞在先のホテル「クラリッジ」に届けさせた。これが彼の最大の遺産であることはまちがいない。

〈原注〉
※1 The Arrogance of Power : The Secret World of Richard Nixon. Anthony Summers. Viking Penguin. 2000.
※2 Les Derniers jours de Nixon. Bob Woodward et Carl Bernstein. Robert Laffont. 1976.
※3 Nixon’s Darkest Secrets : The Inside Story of America’s Most Troubled President. Don Fulsom. Thomas Dunne Books. 2012.
※4 Nixon off the Record. Monica Crowley. Random House. 1998.
※5 Drinking In America. Susan Cheever. Twelve. 2015.
※6 The Nixon presidency. Kenneth W. Thompson. University Press of America. 1987.

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ブノワ・フランクバルム ジャーナリスト
1997年に「ラ・プロヴァンス」紙でデビュー。2000年、パリ実践ジャーナリズム学院で学位を取得。2004年からはさまざまな雑誌を活躍の舞台としている。

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(ジャーナリスト ブノワ・フランクバルム)

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