快適な家で過ごしているだけなのに…「おうち時間」がメンタル不調の原因になるワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月3日 12時15分
※本稿は、杉岡充爾『おうちストレスをためない習慣』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■「おうちストレス」でメンタル不調を訴える人たち
リモートワークによる疲労感からメンタルの不調を訴えた20代の女性がいました。彼女は家で仕事をすることが増えていて、最初は動悸の疑いで私のところに相談にきました。
話を聞くと、コロナウイルスの流行をきっかけに家にいることが多くなり、外にも出なくなり、しだいに不安が強くなり、動悸のような症状が出てきたそうです。
この人は、家で仕事をやり過ぎてしまうタイプではなく、反対に在宅によって仕事が楽になり、オフの時間が増え、やることがなくなってしまったタイプでした。それにもかかわらず、メンタルに不調が出てしまったのです。
また別の人の事例を紹介します。「なんとなくの不調」を訴えてクリニックを訪れた、40代の女性がいました。胸の違和感が長く続き、もういくつも病院を渡り歩いているといいます。
でも、どの病院でも「どこも悪くない」と言われて、困り果てて私のところに来たそうです。たしかに私のところで検査しても、なにも悪いところはありませんでした。
そこで、その人に「本当に心臓が悪いと思っていますか?」と聞いてみたのです。するとその女性は、「思っていません」と答え、その場で突然、堰(せき)を切ったように泣き出してしまいました。
心臓が原因ではないことをはじめて理解してもらえたと感じて心が軽くなり、つい感情が溢れてしまったようです。泣きはらした彼女は、少し気持ちが楽になったと言って帰っていきました。
彼女は、「自分の抱える不調は精神的なものではなく、絶対に身体的な不調なのだ」と自分に言い聞かせていたのです。裏を返せば、「体がどこも悪くないのに不調を訴えてはいけない」「病状がないと誰も理解してくれない」と、自分を追い込んでいました。
そして、身体的な原因を探すためにいくつもの病院にあたっていたのです。
■「おうちストレス」による不調を放置してはいけない
じつは、「おうちストレス」がきっかけになってメンタルに不調をきたしてしまう人が、最近は増えているのです。当然そこには、医学的な因果関係があります。
しかし、患者自身だけでなく多くの人が「家で快適に過ごしているのにメンタルが病むわけがない」と考えてしまい、周囲に言い出せなかったり、助けを求めたものの理解してもらえずに困っていたりする状況なのです。
まずはこの思い込みを捨て、「おうちにいてもメンタルの不調は起きる」ということを理解していただきたいと思います。
読者のなかには、「ストレス解消法を早く教えてくれ」と思う人もいるでしょう。そんな人は、『おうちストレスをためない習慣』の実践編3章をお読みいただければと思います。
ですが、クリニックで泣き出してしまった先ほどの女性のように、不調の原因がわかるだけでも、気持ちは軽くなります。ストレスは放置されることで、疲労やメンタルの不調のみならず、その他の多くの悪影響につながります。
いま不調を抱えている人は、それが「おうちストレス」によるものではないか、本稿で確認していきましょう。
■疲労回復ホルモンという“味方”はいるが…
先ほどの事例のように、ストレスはやがてメンタルの不調もまねいてしまいます。とはいえ、人体はその負の連鎖を見過ごしているわけではありません。
『おうちストレスをためない習慣』で、コルチゾール(疲労回復ホルモン)はあらゆるストレスをリセットするとお伝えしました。血圧を正常にしたり、炎症を治療したりする他、乱れた自律神経のバランスを整えたりするはたらきもあります。そして当然、感情の乱れや脳の疲労を引き起こす精神的なストレスに対しても、コルチゾールはその緩和に努めます。
そのメカニズムが、ホルモンの持つ「フィードバックシステム」です。少し専門的な話になりますが、解説します。
人間にかぎらず、動物の脳の真ん中には扁桃体という部位があります。精神的なストレスや不安、興奮、これらの感情を支配するのが、この扁桃体です。扁桃体は精神的なストレスを感じると、それを知らせるために脳の視床下部に刺激を送ります。
その刺激を受け取った視床下部は、下垂体に向かってCRF(Corticotropin Releasing Factor)というホルモンを分泌します。
そして下垂体はCRFを受け取ると、ACTH(副腎皮質刺激ホルモン)を出して副腎に命令を出し、その命令を受け取った副腎が、ストレスを沈静化させるためにコルチゾールを分泌します。
分泌されたコルチゾールが扁桃体に「もうそろそろ信号を抑えようよ」とはたらきかけ、視床下部や下垂体から分泌されるホルモンは抑えられるのです。これが、ストレスを沈静化させるためのフィードバックシステムです。
■ストレスで暴走した扁桃体による「ハイジャック」
ストレスを感じた扁桃体が起こすこの反応は、「ファイト・オア・フライト反応」と呼ばれます。目の前に敵が現れたときに、扁桃体は体を緊張状態にする信号を送り、「戦いを挑むか、それとも飛んで逃げるか」と瞬時の判断を迫るのです。
本来は、命が脅かされる状態になったときにだけ発動されるシステムです。生命を脅かされる危機がほとんどない現代人には必要のない機能でもあります。
ですが、これは哺乳類が分類学上、枝分かれする前から脳の奥底にある古い機能なので、私たちの脳にも残っています。
つまり人間は、脳の構造的にストレスを感じやすい生き物なのです。そのため、それほどたいしたことのない出来事にも扁桃体が反応して、ストレスを感じてしまいます。
現代には命の危機といった緊急自体はなくても、私たちは日々、慢性的なストレスを受けています。そういった小さなストレスにも、扁桃体は反応し、CRFの分泌を促します。
つまり私たちの身体は常時、扁桃体の防御反応に支配されている状態、いわば「ハイジャック」されている状態なのです。
ハイジャック状態が続くと、コルチゾールは分泌され続け、やがて枯渇します。そしてホルモンのフィードバックシステムが機能しなくなり、ストレスを抑制できなくなってしまいます。
もちろん精神的なストレスも抑えきれなくなるため、より深刻なメンタル不調を引き起こしてしまう可能性もあります。
それではなぜ、抑えきれなくなった精神的ストレスは、感情の落ち込みや暴走といったメンタル不調を引き起こしてしまうのでしょうか。
そこにも、扁桃体による作用が関係しています。
■暴走した扁桃体が「メンタル」をバグらせる
慢性的なストレスによって扁桃体が暴走し、身体をハイジャックしている状態は、感情の暴走やメンタルの不調をまねいてしまいます。
なぜなら、扁桃体には前頭葉の働きを抑える作用があるためです。
前頭葉は、自制心など、いわゆる理性をつかさどる場所です。この前頭葉のはたらきが暴走した扁桃体によって抑制されると、「落ち着きがなくなる」「興奮する」「気が散る」など、いままでの自分と同じことができなくなっていきます。
いつもの自分と違う感情が続くと、人は不安や自己嫌悪を覚えていきます。そして、不安感情がしだいに恐れや怒りに変わり、感情の暴走をまねきます。
たとえばコロナウイルス流行下でも、ワクチン供給の遅さやマスクをしない人に対してものすごく怒っている人がいました。
「自分がコロナウイルスにかかったらどうしよう」という不安が、やがて「この不安はワクチン供給の遅さや、マスクをしない人たちのせいだ」と、怒りに変わってしまったわけです。人は突発的に怒るわけではありません。不安だから怖くなり、怖いから怒ったりするのです。
■慢性的なストレス過多が負の連鎖を引き起こす
ここまでの流れをまとめると、「おうちストレス」がメンタル不調を引き起こすメカニズムは次のとおりです。
・まず、家にいることで受ける慢性的な「おうちストレス」によって、コルチゾールが無駄遣いされる。やがてコルチゾールが枯渇し、ホルモンのフィードバック機能がはたらかなくなり、扁桃体が暴走する。
・扁桃体の暴走は前頭葉の機能も抑制し、感情のフタが外れ、本能のままに思考や行動してしまうようになる。
・安定しない感情や、理性的でない自分の状態に嫌悪感を持ち、それがまた精神的ストレスになり、メンタルを病んでいく。
このように、慢性的なストレスが過多になると、感情の乱れ、行動の乱れ、副腎疲労、この3つが並列に起き、互いに作用し合う負の連鎖が起きてしまうのです。
これが「おうちストレス」からメンタル不調に発展するメカニズムです。
■おうちストレスは「記憶力」も低下させる
扁桃体の暴走は、海馬の萎縮も引き起こします。
海馬は記憶を司る脳の部位で、この機能が優秀なほど記憶力が高いといわれます。ですが、扁桃体はストレスを感じると海馬にまで刺激を送ってしまいます。扁桃体からの刺激によって海馬は萎縮し、記憶力も低下し、反対に扁桃体が肥大していくのです。
扁桃体が海馬に刺激を送ってしまうのは、不安を感じる出来事が起きたときに、その一連のエピソードを記憶するためです。再度おなじような事態が訪れたときに対応するための、脳のはたらきです。
このはたらきは、猿を使った動物実験で明らかにされました。
猿に鐘の音を聞かせ、その後、電気刺激を与えるのを繰り返したところ、やがて猿はカンカンカンという鐘の音が聞こえると体が縮み上がるようになりました。
海馬に「この音が聞こえると電気が流れる」という経験が記憶され、そのための防御反応として体が緊張状態に入ったのです。
この記憶づけを指示するのが扁桃体です。扁桃体が海馬に刺激を送って、「いまストレスを感じたから、この経験を覚えておいて!」と伝えるわけです。
これのなにが問題かというと、不安の経験を記憶した海馬は、次に似たような状況に陥ったときに「前にも同じような事態がありましたよ」と、今度は海馬から扁桃体に刺激を出してしまうのです。
実際に不安を感じる状況でなくても、過去と同じ状況になっただけで海馬が勝手に反応して扁桃体に刺激を送り、コルチゾールが分泌されてしまいます。
コルチゾールの過剰分泌は副腎疲労につながりますし、海馬が不安経験ばかりを記憶していくと、本当に大事なことが記憶できなくなってしまいます。扁桃体が過剰に作動すると、こういった悪循環も起きてしまうのです。
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循環器内科専門医、医学博士
1965年生まれ。日本内科学会認定医、日本循環器学会専門医、日本抗加齢医学会専門医、日本医師会健康スポーツ医、日本心血管インターベンション治療学会専門医。千葉県船橋市立医療センターの救急医療に約20年間勤務し、生死に関わる治療や約10000人の心臓の治療にあたる。病気の前段階で予防できる医学の重要性を強く感じ、“世の中から「心臓病患者を一人でも減らす」”ことをミッションに、2014年5月より千葉県船橋市において「すぎおかクリニック」を開院。現在までに述べ10万人超の患者を診てきた。『毎日のカラダが楽になる 最高の疲労回復法』(大和書房)など著書多数。
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(循環器内科専門医、医学博士 杉岡 充爾)
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