「若い少女たちをナンパし、アトリエに連れ込み…」天才画家シーレのこじらせ人生
プレジデントオンライン / 2021年10月3日 10時15分
※本稿は、ナカムラクニオ『こじらせ美術館』(ホーム社)の一部を再編集したものです。
■「自分はゴッホの生まれ変わり」
エゴン・シーレは駅で生まれ、超特急のような人生を送った。
官能と享楽を求めたこの画家が描く線は、どこまでも走り続け、誰にも止めることができなかった。彼は、スピードとスリルをエネルギーにして生きた画家だった。
1890年6月12日、シーレは、オーストリアのドナウ河畔にある小さな町、トゥルンの駅で生まれた。父アドルフが国有鉄道に勤める駅長だったため、駅の2階が一家の住まいだったのだ。1890年といえば、ちょうどゴッホが死んだ年。そのためシーレは、生涯にわたり「自分は、ゴッホの生まれ変わり」と考えていたらしい。
父アドルフの出身は、北ドイツ。家系には政治家、軍人、法学者などがいて、14世紀までさかのぼる名家だった。一方、母は南ボヘミア(現在のチェコ)のクルマウ出身。農民や職人の家系だが、父が鉄道関係の建築業で財を成し、ウィーンに貸家を6軒も持つほどの資産家だった。そんなシーレ少年の楽しみは、汽車から降りて行き交う人々を見つめながら、絵を描くことだった。ウィーンに向かう、あるいはやってくる人々が乗り降りするホームで、彼は人々と汽車を眺め続けた。8歳頃のスケッチが残されているが、やはりそこには汽車が素早いタッチで描かれている。
■100点以上も自画像を描いたナルシスト
シーレが12歳の頃、父アドルフが梅毒による進行性麻痺(まひ)によって駅長を退職。性に奔放だったため、性病にかかっていたのだ。
鬱状態で奇行を繰り返すアドルフを抱えた一家は、ひっそり暮らした。幼い頃から勉強が苦手だったシーレだが、翌年の両親の結婚記念日には愛情のこもった自作の詩を贈っている。
しかし、14歳の時、父は亡くなった。目鼻立ちの整った美男子で、繊細な年頃のシーレ少年は、裕福な母方の叔父レオポルトに引き取られ、ウィーンの立派なお屋敷で暮らすことになった。この頃から何かにとり憑(つ)かれたようにシーレは絵を描くようになるのだ。
父の死を弔うように、自画像を中心とした大量の絵を描きはじめた。美男子のシーレ少年が描くのは、枯れ木のような肉体とねじれた手足。ざらざらと乾いた暗い色調の絵肌にひっかくような線で、孤独や不安を描いた。その多くは、自己愛に溢れた自画像だった。ゴッホですら40点ほどしかない自画像。彼は、自分の姿をひたすら観察し続け、100点以上も繰り返し分身を生み出した。
シーレは16歳でウィーン美術アカデミーに入学する。のちの独裁者アドルフ・ヒトラーもこの翌年と翌々年に同じ学校の入学試験を受け、二度とも失敗していることは有名な話だ。もしヒトラーに画家の才能があったら、彼らは友だちになっていたかもしれない。そして、世界の歴史も変わっていただろう。
■モデルにした妹との禁断の関係
ともあれナルシシストの耽美(たんび)主義者シーレは、絵ばかり描いていた。ヌードモデルとして描いたのは、4歳年下の妹ゲルトルーデ。近親相姦(そうかん)の関係だったとも言われている。
17歳の頃、ウィーンにアトリエを構え、すでに大スターだった画家グスタフ・クリムトとも初めて出会う。そして、クリムトに紹介され、建築や家具などのデザインを請け負う「ウィーン工房」の仕事をするなど早熟な才能を開花させた。18歳になる年には、修道院での展覧会に初出品した。
クリムトとの出会いはシーレにとって、もうひとつ大きな転機をもたらす。それは、21歳の時クリムトから紹介された17歳のモデル、ヴァリー・ノイツィルとの恋だった。すぐに意気投合したふたりは同棲を始める。ウィーンを離れ、母の故郷であるボヘミアの小さな町クルマウに引っ越し、ミューズとなった美少女ヴァリーとともに創作に打ち込んだのだった。
■少女誘拐容疑で24日間の獄中生活
しかし、ここで問題が発生した。シーレはヴァリーと同棲しながらも、たくさんの若い少女たちをナンパし、アトリエに連れ込み裸体を描いていたのだ。そして、10代前半の少女を誘拐した容疑で逮捕され、24日間の獄中生活を送った。裁判官により、公衆の面前で絵を燃やされたものの、特別に画材が与えられ牢屋(ろうや)の中でも描き続けた。彼が獄中で書いた絵の一枚には、「自分が純化されたような気がする」という言葉が記されている。ここにシーレの考え方がはっきり示されている。
彼は、タブーとされた性の表現を強調すればするほど、純粋な精神に近づくと考えた。より純度の高い自分自身を描くことに挑戦したのだろう。反社会的にも思える創作の中にこそ、新しい時代の可能性があると信じていたのだ。シーレが描く過激でスピード感のある線は、鮮烈なエネルギーを強く感じさせる。音楽で言うと、激しいパンクや音の歪(ひず)みが心地いいノイズ系のロックという感じだ。
■ゴッホの激しさ、ロダンのスピード感
シーレは出所した後、クリムトから紹介してもらった資産家の支援を受け、再び制作を開始。逮捕・投獄という人生のどん底から立ち直ることができた。22歳でクリムトらの分離派展に参加し、多くの版画や詩などを創作する機会に恵まれた。
しかし、そんなシーレが憧れていたのは、命の恩人であるクリムトではなく、圧倒的にゴッホだった。特に「ひまわり」が大好きだった。ゴッホ風のひまわりをたくさん描き、彼に少しでも近づこうとした。わずか10年の間に2000点以上もの作品を残して自殺したゴッホのように、自分もなりたかったのか。
シーレは、ゴッホの病的な感性、狂気のスピード、死のイメージを武器に闘っていこうと考えていたに違いない。そして、デッサンには、フランスの彫刻家オーギュスト・ロダンの影響が最も強い。ロダンがモデルを描く時に自由にアトリエを歩かせたり、寝かせたりしてスケッチした「即興的な手法」を真似(まね)して描いた。
おそらくシーレは、ゴッホの表現主義的な激しい筆さばきに、ロダンのスピード感溢れるエロティックな線を融合させ、躍動感に満ちた新しい絵画を描きたかったのだろう。
■妻とその姉、元カノとの「四角関係」
24歳になり、ウィーンに戻ってきたシーレ。そこで、4年間も彼の創作を支えてくれた恋人のヴァリーがいたにもかかわらず、近所に住むアデーレとエーディトという姉妹に恋をしてしまう。姉妹が裕福な家柄だったため、お金に目がくらんだのか、恋人ヴァリーを捨て、妹のエーディトと結婚するのだ。
信じられないことに、シーレは別れたヴァリーに今後も会おうと連絡し、姉アデーレとも肉体関係を継続した。シーレは、このねじれた三股の恋愛関係を創作のバネにした。妻とその姉、元カノ、そして死神のような自分をモチーフにした傑作を描くことで、青年シーレは「天才画家エゴン・シーレ」になれたのだ。
■新婚の妻を追うように28歳でインフル死
1917年、別れた恋人ヴァリーは、第一次大戦の従軍看護婦になり、派遣先で病死した。一方のシーレはその翌年3月には分離派展のメインルームを飾ることになり、ついに画家としての評価を確立させる。6月には家族で大きなアトリエ付きの住宅にも引っ越した。
しかし、そんな大成功を収めた矢先の2月に、恩人のクリムトが脳卒中を発症後、肺炎により死去。さらに同年10月には、妊娠6カ月であった妻のエーディトが、春から大流行していたスペイン風邪によって亡くなってしまう。
そして、看病をしていたシーレ自身も妻の死の3日後に同じ病で命を落とした。これから華々しい画家人生が待っていたはずなのに、いきなり終了してしまった。すべてを手に入れたかに見えた瞬間、そのすべてを失ってしまったのだ。
28歳の若さだった。いったいなぜ、これほどまでに生き急ぐ必要があったのかはわからない。しかし、この超特急列車のようにスピード感溢れる絵画たちが、その赤裸な魅力で今でも多くの人々の心を浄化し続けることに変わりはない。
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アートディレクター
1971年東京都生まれ。東京・荻窪「6次元」主宰。日比谷高校在学中から絵画の発表をはじめ、17歳で初個展。現代美術の作家として山形ビエンナーレ等に参加。金継ぎ作家としても活動している。著書に『金継ぎ手帖』『古美術手帖』『モチーフで読み解く美術史入門』『描いてわかる西洋絵画の教科書』(いずれも玄光社)、『洋画家の美術史』(光文社新書)などがある。
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(アートディレクター ナカムラ クニオ)
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