「訴えの多くは握り潰される」警察トップにレイプ被害の女性の心を踏みにじる"あの安倍人脈"
プレジデントオンライン / 2021年9月28日 9時15分
■総裁選のさなかのどさくさ紛れに「安倍人脈」が警察庁長官に
4候補による自民党総裁選挙のデッドヒートのさなか、日本国民の安全にかかわる人事が行われた。9月22日、中村格氏(58)が警察トップ・警察庁長官に就任したのである。しかし、メディアの注目度は恐ろしく低く、私は強い危機感を覚えている。
ジャーナリストの伊藤詩織さん(32)が、2015年4月に安倍晋三前総理と交流のある元TBSワシントン支局長の山口敬之氏(55)から性的暴行を受けたとして被害届を出した際、警視庁は準強姦容疑で逮捕状を取ったが、同庁刑事部長(当時)だった中村氏の指示で逮捕状の執行を見送ったとされる。
結果的に、東京地検が不起訴にしたが、2019年12月、東京地裁の民事裁判では「酩酊(めいてい)状態で意識のない伊藤氏に対し、合意がないまま性行為に及んだ」と認められている。民事でレイプと認定されるような事件を、刑事では検察が裁判にすらしない。ひとりの女性にたいする人権蹂躙を放置する姿勢を世界中のメディアが批判したのは当然のことだろう。
警視庁捜査2課長など刑事部門での経験が長く、官房長官の秘書官を務めた経験もある中村氏がいずれ警察トップに就任することを多くの識者が予測していた。私もそのひとりだ。ただ、まだ58歳であり、秋の総選挙を終え、政権(人事権)は自民党にあることを国民が承認してから、この人事が遂行されるものと考えていた。
ところが、堂々と総裁選のドタバタに乗じる形で自民党・政府は彼を就任させたことにはまったくもって開いた口が塞がらない。要するに大して総選挙に影響しないと判断したのだろう。
近年、公文書の改ざんなどの政権に阿(おもね)る形の不祥事が相次いでいるが、これは内閣人事局が人事を握っていることが影響している。官僚たちには、たとえ不正をしてでも、時の権力者に気に入られたほうが得をするという心理がまん延しているのだ。
実際、森友問題で公文書改ざん(※)を指示したとされた佐川宣寿(のぶひさ)財務省理財局長は、疑惑の真っ最中(2017年5月)に国税庁長官に就任した(2018年3月辞職)。
※財務省近畿財務局が、安倍晋三前首相の妻昭恵氏が名誉校長だった小学校の開校を目指す森友学園に、鑑定価格から大幅に値引きして国有地を売却したことに関する決裁文書の中から、昭恵氏らの名前を削除するなど14件の文書を改ざん。
今回再び、時の政権が気に入る行動をとった人間が結局、警察のトップに立ったことで、今後も官僚のモラルハザードは止まりそうもない。公文書改ざんについては、処分を受け辞職につながったが、政権につながる人の逮捕状(これは裁判所が出す)のほうは執行を見送ったり、その後も起訴しないほうが出世につながる印象を与えたからだ。
■“上級国民”の性犯罪には大甘、被害女性の訴えに耳を貸さない
今回の中村氏の警察庁長官就任は、そうした政治家と官僚とのズブズブの癒着として大きな問題があるだけでなく、市民生活への影響が極めて大きいと精神科医である私には思える。
警察幹部が、裁判所が出した逮捕状を握りつぶすような行為が通るのであれば、地方の警察の上層部も自分たちも同じことをしていいと思いかねない。そうでなくても、性犯罪は“上級国民”の加害者に対して甘い対応をするという噂が絶えない。
例えば、慶應義塾大学在学中に「ミスター慶應」のファイナリストになったこともある男性(25)は6回もレイプ容疑で逮捕されたが、検察は6回とも不起訴にしている。男性の実家は千葉県で土木業などのグループ会社を経営し、親族は政財会との結びつきも強く、一部には「金の力でもみ消しているのではないか」との疑惑を持たれている。
一般的に不起訴になるケースは、当事者間で「示談したため」という説明がされることが多いが、示談に大金を払うという行為はまさに犯行を自ら認めていると言える。私は、示談があっても累犯者は積極的に起訴すべきだと考えている。
なぜなら、次の被害者が出る可能性が大きいからだ。
精神科医としてレイプ関連の被害者を診ることがあるが、その深刻かつ長期間の後遺症は到底看過できるものではない。コロナ感染者の中には後遺症が残るケースがあるが、レイプなどの性被害で精神科的な後遺症が残る確率は、その10倍は優にある。
一生、その場の映像が突然現れるフラッシュバックに苦しんだり、対人関係が不安定になったり、不眠に苦しんだり、まともな婚姻生活が送れなくなったり。全員とは言わないがかなりの割合で相当な苦しみに苛まれ続ける。
にもかかわらず、性犯罪者の逮捕状を握りつぶすような人間が警察のトップになってしまったのだ。
そうでなくても、日本のレイプなどの性犯罪に対する起訴率は低い。やや古い統計だが、警察が発表したデータ(平成22年)によれば、強姦事件年間951件中、起訴されたのは414件と半数にも満たない。データを細かく見ると、この年の認知件数(警察が被害届を認めた件数)は1289件で、そのうち検挙したのは1063件(検挙率は約8割)。さらにその中で、起訴するか起訴しないか決めるという対応にした案件が951件で、最終的に起訴されたのが414件だ。
要するに被害届が受理されても3分の1しか起訴されない。また、警察が被害届を受理しないケースも多いと言われており、これを含めると、レイプされたことを受け勇気を出して被害届を出しても、加害者が起訴されるのは25~30%くらいということになる。警察の判断で除外され7割以上の被害者は泣き寝入りを強いられている。
■「統計には表れない」レイプ被害の女性は年3万人もいる
被害者の心情からすれば、加害者に民事裁判で賠償金を支払わせ、なおかつ刑事罰も受けさせないと合わないという気持ちであるにちがいない。
先ほど、警察が認知する(被害届を認めた)レイプ件数は1289件と書いた。年間でこの程度の数字なら、大したことはないではないかと勘違いする人もいるかもしれない。
レイプの場合、被害者がセカンドレイプを恐れたり、周囲の人に知られた結果、同情されるどころか差別されることを回避したりして、警察に被害届を出さないことが多い。
被害届を出せない理由は他にもある。被害者は被害を受けた後しばらくはショックで頭がボーっとしてトラウマ記憶が思い出せない解離のような現象が起こることがある。
内閣府の調査ではレイプ被害を警察に相談できたケースはわずか3.7%にとどまる(相談できなかった理由は、恥ずかして誰にも言えなかった、我慢すればやっていけると思った、そのことを思い出したくない、など)。つまり、認知件数が1000件ほどでも、実際は年間3万人もレイプ被害にあっているのだ。
さらに、内閣府の「男女間における暴力に関する調査」(平成29年度調査)によれば、女性の13人に1人が無理やりに性交される被害にあっている(女性の7.8%)。決して他人事とはいえない。ちなみに、軽症や無症候者も含むコロナ感染者は日本人全体の80分の1だ。
被害を受ける確率の高さ、後遺症のひどさ……いずれもコロナの比ではないのがレイプその他の性被害なのである。
先進国では暴行の有無でなく、同意がなければ原則レイプという考えが強まっている。それくらい心理的な後遺症が大きく、女性の尊厳にかかわる問題なのだ。この女性の人権を守る国際トレンドがあるから、ISであれ、タリバンであれ、中国のウイグル地区の弾圧であれ、レイプを最重要の課題としている。今後日本は、性犯罪に厳然とした態度で臨まないといけないのは明白だ。
こうした国際トレンドの中で、今回の中村氏のような昇進人事を許していいのか? 自分の娘や女きょうだいや妻やパートナーなどが身の危険にさらされている状況下で、性犯罪に対して甘い態度をとっている人間が警察のトップでいいのか?
総裁選におけるテレビ討論で、この人事について各候補が聞かれることはないだろう。メディアも認識が甘いのだ。となれば最後の砦は、国民である。とりわけ女性は日常的にコロナ以上に、性被害という恐怖・危険が潜んでいることを再認識してほしい。大甘の人事を遂行する現政権に鉄槌を下せるのは、私たち有権者しかいないのだ。
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国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。
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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)
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