「ラムネ瓶の玉はビー玉ではなくA玉」こんなデマすらしぶとく残るネット情報の浅はかさ
プレジデントオンライン / 2021年9月30日 15時15分
■バラエティー番組に対してTwitterで多くの「ツッコミ」が見られた
9月12日のテレビ番組「ワイドナショー」(フジテレビ系)で、身の回りでよく見かけるが、ほとんど名前の知られていないものを集めた書籍『アレにもコレにも!モノのなまえ事典』(ポプラ社)という本の話題になった。
司会の東野幸治氏が「なにか知りたいモノの名前はありませんか」と振ると、元サッカー日本代表の前園真聖氏が「ラムネの中に入っている玉の正式名称が気になる」と質問した。東野氏は「(『モノのなまえ事典』で)調べました。ビー玉でした」とあっさり回答。松本人志氏が「スベったもん勝ちですか」とツッコむという、自然なやりとりがあった。
ところが、このやりとりにTwitterで「それはビー玉ではなく、A玉である」というツッコミが入り、大量の「いいね」を集めた。実はネット上では「ラムネ瓶に入っているガラス玉はビー玉ではなくA玉」という珍妙な説が以前から広まっているのだ。
この説を支持する人たちは、おおむねこう主張している。
「ラムネのビンの中にある玉は、フタの役目を果たすために完全な球体でなければならない。工場ではラムネのビンに使える玉をA玉と呼び、歪んでいる不合格の玉をB玉と呼んでいた。その不合格のB玉を、子供たちのおもちゃとして売り出したところ大流行。こうした経緯から、ラムネのビンに入っているのはA玉。子供たちのおもちゃはB玉と呼ぶようになったのである」
これが「A玉B玉説」である。
■「A玉B玉説」が登場したのは1990年という比較的新しい時期
ビー玉遊びというと、今では「懐かし玩具」として認識されている。そしてラムネ飲料もまた「懐かしの味」として認識されている。
僕は現在46歳だが、子供の頃はまだビー玉遊びは多少古びてはいたものの、まだ子供たちに親しまれていた。またラムネ飲料も特に珍しくもなく、普通に駄菓子屋などにならんでいた。つまりどちらも「懐かし」ではなく「現行」だった。
そうした、ビー玉やラムネ飲料に親しんでいた僕たちは、この「A玉B玉説」を、当時一切聞いたことがない。
僕たちはずっと「ビー玉はビードロ玉の略」だし、「ラムネのビンに入っている玉もビー玉」として認識していたのである。
実はこの「A玉B玉説」が書籍などの参照可能な資料として登場するのは1990年という比較的新しい時期だということが分かっている。
これを調査して紹介しているのが、ワイドナショーで紹介された『アレにもコレにも!モノのなまえ事典』の作者である杉村喜光氏である。
杉村氏によれば、辞書でもビードロでできた玉の略とあるように、明治時代にビードロ玉と呼ばれ、永らくその語源しかなかった。ところが1990年に出版された本に突然「A玉B玉説」が登場、これが「トリビアの泉」などの雑学ブームの中、書籍やテレビなどの様々なメディアで取り上げられ、その後ネットに広まったのだという。
■あやふやな説がネットで「事実」として広まってしまう
この一連の流れを、杉村氏は自身のTwitterアカウントで詳しく紹介している。
「ビー玉はビードロ玉の略」という説は、過去の書籍などの参照可能な資料から発見できる。しかし、「ラムネ玉はA玉で、不良品がB玉」という説は、1990年以前の書籍などからは発見できない。つまり「ビー玉はビードロ玉の略」であり「ラムネのビンに入っている玉はビー玉」という説が正しく、「A玉B玉説」は荒唐無稽というほかないのである。
もう1つ似たような例がある。
こちらは短く紹介するが「銀ブラの語源は銀座をぶらぶらではなく、銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」という説がある。
しかし「銀座でブラジルコーヒー説」にさしたる根拠はない。一方で、銀座でぶらぶらという意味での「銀ブラ」は、大正時代に始まり、今に至るまで様々な書籍で使われている。
『三省堂国語辞典 第七版』(三省堂)では明確にブラジルコーヒー説が「あやまり」と記されている。
また『「銀ブラ」の語源を正す』(いなほ書房)という書籍も発行されており、1冊かけてブラジルコーヒー説が誤りであることが解説されている。
こうしてみるに、「ラムネの玉はA玉」も「銀ブラは銀座でブラジルコーヒーを飲むこと」も、極めて脆弱であやふやな説なのだが、なぜかネットではこの2つの説が「事実」として広まっているのである。
■意外性のある情報ほど広まりやすい
理由はなにか。
雑学は「みんなが知らないあやふやな説ほど意外性があり、話のネタになるから」である。
「ビー玉」も「銀ブラ」も、日本人であれば大半の人が知っている。そして「ビー玉はビードロ玉の略」「銀ブラは銀座でぶらぶら」だと思っている。
しかしそれがあまりに常識であるからこそ、常識から外れた「A玉B玉説」や「銀座でブラジルコーヒー説」は意外性がある。
夏祭りなどでラムネを見かけたとき「ラムネの中に入っているのはビー玉だよ」といっても「何を当たり前なことを」を思われるだけだが、「ラムネの中に入っているのは、ビー玉じゃなくてA玉っていうんだよ」とすれば、それが話のネタになるのである。
■誤った雑学は多くの場合訂正されない
では、そうした雑学を「誤りである」と理解している人は、それを積極的に否定するべきなのだろうか。誰かが「A玉B玉説」を披露しているときに「いや、それは間違っているよ」というべきだろうか。
僕は過去にこんな失敗をしたことがある。
お笑い番組「オレたちひょうきん族」(フジテレビ系、1981年~1989年放送)の話題になったときに、誰かが「ひょうきん懺悔室でグレート義太夫が神様やってたね」と言い出し盛り上がったのである。
僕はそれに対して「いや、グレート義太夫じゃなくて、ブッチー武者だよ」と指摘した。
すると、あれだけ盛り上がっていた場が、「あっそうなんだ、ふーん」という感じで、一気に冷え切ってしまったのである。
その場に求められていたのは「懐かしい番組を共通体験としてみんなで盛り上がること」であった。僕は事実を指摘することで、水を差してしまったのである。
これがもし仮に「たいていのガンはニセモノだから、治療なんてしなくてもいい」とか「新型コロナはただの風邪、ワクチンを打つと病気になる」みたいな話であれば、僕はそれを訂正しようと試みるだろう。なぜなら人の命に関わるクリティカルな間違いだからである。そんな話をする人もヤバいし、それを真に受ける人もヤバいから、できるだけ訂正しようとする。
しかし一方で「A玉B玉説」や「ブラジルコーヒー説」。そして「ひょうきん懺悔室の神様はグレート義太夫説」なんてものは、別に誰かが間違って認識していたところで、ほとんど何の問題も発生しない話である。
それをわざわざ正しく修正したところで、誰も喜ばないし、話も盛り上がらない。だから多くの場合はたとえ事実を知っていたとしても沈黙することになる。
ましてや、Twitterで見知らぬ他人が流しているウソ雑学なんて、指摘するだけ時間の無駄にしかならないのだから、いちいち訂正するなんて事は無理なのである。
■事実関係があやふやな雑学を放置してもいいのか
多くの人にとって雑学なんてモノは話のタネに過ぎず、知っていたらそれでいいが、知っていなくても何も困らない。
ただその場で知ったかぶりをすることができさえすればいいモノだ。
だから、その雑学の事実を確認しようとする人はほとんどいない。たとえ事実であろうとなかろうと、他人の気を引く内容でさえあればいい。
小うるさい人を黙らせるだけなら「諸説あります」と言っておけば、事実性に難ありの雑学でも、さも1つの説として、普通の説と同等に並び立っているフリができる。
こうして、雑学の多くは事実考証も曖昧なまま、ちょっとした話のタネ、コラムの埋め草、校長先生の朝礼、SNSでの知識マウンティングなどに利用されつづけているのである。
だが本当にそうした事実関係があやふやな雑学が蔓延していても、本当に社会にとって不利益はないのだろうか?
いや、実は不利益に繋がりうる。
なぜなら、ほとんど害のないあやふやな雑学を「話のタネになるから」とか「話すとみんなに物知り扱いされるから」という理由で、どんどん常識から外れた刺激的なネタを求めてしまうことになるからだ。
そしてネットにはそうしたネタが山ほど転がっている。
先ほど触れた「新型コロナはただの風邪」「ワクチンは有害」といった新型コロナ関連のネタはもちろん、「日本のマスコミは、あの国に支配されている」とか「トランプ前大統領がアメリカ共和国を建国」とかいった政治的なネタ。
さらには「赤ちゃんを粉ミルクで育てるとバカになる」とか「市販のシャンプーを使うと経皮毒で羊水がシャンプーの匂いになる」などの、子育てをする母親を心配するフリをして母親にマウンティングを仕掛けたり、子育てに不安になっている母親に、割高な商品を売りつけようとするようなネタもある。
■エコーチェンバー現象の弊害
みんなにウケるネタ、物知り顔できるネタを探している内に、そのような怪しげなネタに囲まれてしまい、無駄なお金を使わされたり、怪しげな政治運動に巻き込まれたり、無駄な不安を抱えている人をSNS上で見かけることもある。
しかし端から見てそのような酷い状況でありながら、当の本人は、自分だけは人の知らない知識を得たり、それを共有できる仲間を得たと思い込んでしまっていることも多い。
いわゆる「エコーチェンバー現象」と呼ばれる、自分の興味のある情報ばかりをフォローし続けた結果、環境が閉鎖的になってしまい、自分たちの信じたい情報や、都合の良い情報ばかりが目に入るようになり、本当に正しい情報や自分たちの正しさを疑うような情報が届かなくなる状況に陥ってしまうのである。
そうした状況に陥らないためには、自分好みの話や、ちょっと面白そうなことを知ったときには、それを鵜呑みにするのではなく、ちゃんとそれが事実かどうか、どのくらいの信憑性があるのかを確認しよとする事が必要である。
そのためにはまさに「A玉B玉説」や「ブラジルコーヒー説」といった、間違ってもそれほど問題のないようなことでも、日頃からちゃんとしっかり考えるクセを付ける事が必須であると言っていいだろう。
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フリーライター
1975年栃木県生まれ。2007年にフリーターとして働きながら『論座』に「『丸山眞男』をひっぱたきたい――31歳、フリーター。希望は、戦争。」を執筆し、話題を呼ぶ。以後、貧困問題などをテーマに執筆。主な著書に『若者を見殺しにする国 私を戦争に向かわせるものは何か』『「当たり前」をひっぱたく 過ちを見過ごさないために』などがある。
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(フリーライター 赤木 智弘)
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