「取りやすいところから徹底的に取る」政府がたばこの次に増税を狙っている"ある嗜好品"
プレジデントオンライン / 2021年10月1日 11時15分
■1年ぶり6度目のたばこ税増税
2021年10月1日から、たばこ税増税により販売価格が引き上げられます。2003年から2020年まで計5回の増税を重ね、値上げは昨年10月以来1年ぶりです。
代表的な紙巻たばこの改定価格は、JT(日本たばこ産業)の「メビウス」(20本入り)が現行の540円から580円に、セブンスターは560円から600円と、いよいよ大台に乗ってきました。銘柄によっては、最近まで400円台だったものが600円台になったものもあり、愛煙家の負担は小さくありません。
実際、喫煙者は年々減少を続けています。紙巻きたばこの販売数量は、1996(平成8)年度の3483億本をピークに年々減少し、2020(令和2)年度では988億本とピーク時の3割以下にまで落ち込んでいます。
■税収は必ず「2兆円」になる仕組みになっている
では、この間のたばこ販売による税収の推移はどうなっているのでしょうか? 驚くべきことに、1990年代から現在に至るまで、2兆円を超える水準でほぼ横ばい状態を保ってきています。2018年度は2兆円を割っていますが、今回のたばこ税増税は安定して2兆円台をキープさせることを狙って行われるものと思われます。
つまり、たばこ税の税率は「税収ありき」で決められているのです。「毎年約2兆円という財源を確保する」ことを目的として、たばこの販売量が減少するたびに税率を上げてきているわけです。
たばこには依存性があるため、増税によって価格が高くなっても一定数の人は定期的な購入を続けるでしょう。そのため、税収は安定的に確保できます。喫煙者は、世の中の嫌煙ムードの高まりによって声を上げにくい立場に置かれています。また、値上げによって喫煙者が少なくなれば増税に反対する人も少なくなりますから、たばこ税は増税しやすいという事情があるのです。つまり「取りやすいところから取る」。これが現在のたばこ増税の実態なのです。
現在の財務省の至上命令は「社会保障費の削減」です。1990年度に11兆6000億円だった社会保障費は、2021年度には35兆8000億円と11年で3倍以上に膨れ上がっています。今後はさらに高齢化が進展し、2022年にはいわゆる「団塊の世代」が後期高齢者である75歳以上にさしかかります。75歳以上になると1人当たりの医療・介護にかかる費用は急増することから、社会保障費の削減は急務なのです。
■健康と経済のバランスを取る「ハームリダクション」
たばこ増税の是非をめぐる議論のプロセスにおいては、たばこ価格を一気に引き上げることで、「医療費抑制と税収確保の両立」が可能になるという試算も見られました。しかし、大幅な増税は「健康増進のための消費抑制策」としてはあり得るとしても、喫煙者を減らす目的で増税する一方で、その増収分を当てにするのでは筋が通らないという指摘もあります。
医療費は抑制したいが、2兆円の安定税収はキープしたい……この矛盾を解消する考え方があります。それが「ハームリダクション」です。
「ハームリダクション(Harm Reduction=被害の低減)」とは、健康上好ましくない行動習慣を持っている人が、そうした行動をただちにやめることができない場合に、その行動に伴う害や危険をできるかぎり少なくすることを目指すものです。
ここで言う行動習慣には、薬物やアルコールなどの依存も含まれますが、たばこで言えば「紙巻たばこ」から「加熱式たばこ」への移行がそれにあたります。
加熱式たばこの健康への影響については、まだ明らかになっていませんが、喫煙者の健康被害軽減だけでなく、周囲の非喫煙者が被る受動喫煙による健康への影響を軽減する可能性があるからです。
■加熱式たばこは増税すべきではない
自民党の「ルール形成戦略議員連盟」(会長:甘利明税制調査会長)では、すでにハームリダクション政策の検討に着手しています。私は、紙巻たばこから加熱式たばこへの誘導の議論も行われていると見ています。将来的には「増税」や「喫煙できる場所の制限」などの施策によって紙巻たばこへの圧力を強めると同時に、加熱式たばこに比べて高い税率を課すことによって、喫煙者を加熱式たばこへと誘導しようというもくろみです。
紙巻たばこを好んで購入している愛煙家のなかには、たばこがどれだけ値上がりしても買い続けるという人もいます。一方で、加熱式たばこは今回の増税での値上げ幅が紙巻たばこよりも小さいものが多く、懐へのダメージもまだ軽いはずです。年間にしてみると銘柄によっては万単位で差額が生じるため、増税を機に加熱式たばこへ移行する人を増やしたい、というのがハームリダクションに基づいた政府の狙いです。
ただ、この「加熱式たばこへの誘導策」も、将来にわたってうまくいくとは限りません。現在、喫煙者に対する世間の圧力によって喫煙できる場所は減少の一途をたどっています。さらに相次ぐ増税となっては、加熱式たばこを吸う人の数も確実に減少していくでしょう。だから、今のうちから加熱式たばこの増税は避けるべきだと私は考えています。しかし、たばこ税収が減少すれば、政府は2兆円をショートした分の税収を、たばこ以外に求める必要が生じます。
■次に課税ターゲットとなる嗜好品とは?
では今後、どのような増税策が考えられるのでしょうか? 私は、ハームリダクションを口実に、生活習慣病の原因となりうる食品などに目をつけるのではないかと考えています。
その代表的な例が「砂糖税」です。2016年にWHO(世界保健機関)が、糖分を多く含む飲料に課税するよう加盟国・地域に呼びかけたことをきっかけに、各国で導入が進んでいます。
WHOは報告書の中で、加盟国政府から生活習慣病予防に関する方策についての相談が増えていることを挙げ、「政府が適切に税制や助成金制度を実施し、日常食の価格に介入することで、健康促進を図ることができる」と指摘。そして、世界的に肥満人口の割合が増加していることを課題として取り上げ、砂糖の摂取量を下げるために、各国政府は甘味飲料に「砂糖税」を課すなどして甘味飲料の価格を釣り上げ、人々の消費マインドを抑制すべきだと提言したのです。
2018年4月に砂糖税を導入した英国では、炭酸飲料などのソフトドリンクは値上がりしました。ドリンク100ミリリットル中に、5~8グラムの砂糖を含むものは1リットル当たり18ペンス(約27円)、8グラム以上のものは24ペンス(約36円)の値上がりとなっています。導入による税収は、半年後の10月末時点で1億5380万ポンド(223億100万円)に達し、英国政府が年度当初に見込んだ額を上回りました。
現在、砂糖税(砂糖入り飲料水に対する課税等)が何らかの形で導入されている国や地域は、英国をはじめ、アイルランド、ノルウェー、ボルトガル、ベルギー、デンマーク、フィンランド、アメリカ、南アフリカ、エストニア、フィリピンなど50以上におよんでいます。また、国によっては、ポテトチップス税(ハンガリー)、脂肪税(デンマーク、その後廃止)などの例もあります。
■国はどれだけ税収が増えても満足しない
新型コロナウイルスによって国民の消費生活が一変し、苦しい思いの日々を送っている一方で、2020年度の税収は実は過去最高益の60兆8216億円を記録しています。これは消費税を10%へ引き上げたことによってもたらされた結果です。これだけの税収があっても、まだ「足りない」と国はこの度のたばこ税増税も実施するのです。
新型コロナウイルス対策費や、巨額の赤字を出した東京オリンピック・パラリンピックへの財政出動により、国の財政赤字は近年に類を見ないほど増加しています。財政を健全化するためには税収の増加が不可欠だ、とあらゆる場面で増税を繰り返すのです。この状況で政府が、次はどんな増税策を打ち出してくるのか、注視しなければなりません。
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早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員
パシフィック・アライアンス総研所長。1981年東京都生まれ。早稲田大学大学院公共経営研究科修了。機関投資家・ヘッジファンド等のプロフェッショナルな投資家向けの米国政治の講師として活躍。創業メンバーとして立ち上げたIT企業が一部上場企業にM&Aされてグループ会社取締役として従事。著書に『メディアが絶対に知らない2020年の米国と日本』(PHP新書)、『なぜ、成熟した民主主義は分断を生み出すのか アメリカから世界に拡散する格差と分断の構図』(すばる舎)などがある。
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(早稲田大学公共政策研究所 招聘研究員 渡瀬 裕哉 構成=梅澤聡)
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