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「人生は楽しいことより苦しいことのほうが多い」そんなブッダの悟りは脳科学的にも正しい

プレジデントオンライン / 2021年9月30日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/SAND555

大金を手にしても、愛する人と結ばれても、人間の喜びや幸せは持続しない。サイエンスライターの鈴木祐さんは「ブッダは『人生は苦である』と説いた。それを証明するように、人間の脳には、嫌なことはあとまで残り、良いことはすぐに忘れるという習性があることがわかってきた」という――。

※本稿は、鈴木祐『無(最高の状態)』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。

■ブッダ「生きづらさは人間のデフォルト設定だ」

「人生は苦である」

仏教の開祖であるゴータマ・ブッダは、2500年前にそう言い切りました。この世のすべては苦しい体験ばかりであり、最後にはみな命を落として塵(ちり)に帰る。これこそが人生の真実なのだ、という考え方です。

思わず抵抗を覚えた人は多いでしょう。

鈴木祐『無(最高の状態)』(クロスメディア・パブリッシング)
鈴木祐『無(最高の状態)』(クロスメディア・パブリッシング)

私の人生は最高に幸せだとまでは言えないが、日々の暮らしが苦痛だけに彩られているわけでもない――。

そう考えるほうが普通のはずです。

が、ブッダはあなたの人生をみだりに不幸扱いしたわけではありません。古代インドにおける「苦(dukkha)」とは、虚しさ、不快さ、思い通りにいかないことへの苛立ちなどを含む幅広い概念であり、人生の絶望や苦悩のように大げさな状態だけを意味しないからです。

どんなに好きな仕事をしていても、その過程で地味な作業に退屈感を抱き、計画通りに物事が進まず怒りを感じることは誰にでもあるでしょう。いつもの暮らしのなかで物足りなさを感じたり、ふと過去の嫌な思い出にとらわれて悲しみを覚えたこともあるでしょう。

夏目漱石の言葉にもあるように、「のんきと見える人々も、心の底をたたいてみると、どこか悲しい音がする」ものです。

人生を不満や不快の連続だと捉えるぐらいなら、さほど実感から外れた考え方でもないでしょう。簡単に言えば、ブッダは「生きづらさは人間のデフォルト設定だ」と説いたわけです。

■「尊敬できる上司が人種差別的なコメントをした」

この考え方は、科学的な研究でも裏づけられ始めています。

「ネガティビティバイアス」をご存じでしょうか? 人間はポジティブな情報よりもネガティブな情報の影響を受けやすく、マイナスなことほど記憶に残るという心理を表す用語です(※1)

たとえば、あなたが会社から100万円のボーナスをもらった日に、愛車のエンジンが壊れて100万円の修理代がかかったとしましょう。このとき、1カ月後のあなたはどちらの出来事を強く思い出すでしょうか?

多くの人は、このような場面ではボーナスの喜びを忘れ、代わり100万の修理代に頭を悩ませ続けます。私たちの脳は、ネガティブな事件ほど強く記憶するようにできているからです。

・好きだった有名人がスキャンダルを起こし、急に見るのも嫌になった
・尊敬できる上司が人種差別的なコメントをしたため、距離を置くようになった
・プレゼンはうまくいったが、たった1カ所の間違いが頭を離れない

こういったケースは誰にでもあるでしょう。メディアが悲観的なニュースばかり流すのも、不安を煽るフェイクニュースほど拡散されやすいのも、私たちの脳がネガティブな情報に意識を向けやすいのが原因です。

■生後3カ月の乳児も生まれつきネガティブ

ネガティブの強さは、状況によってポジティブの3~20倍の範囲で推移します。

「出かける日に雨が降った」や「転んでケガをした」ぐらいの日常的な不幸なら、ネガティブの強度はポジティブのおよそ3倍。

友人や恋人とのケンカのように対人関係がからむ問題なら、ネガティブの強度は5~6倍。虐待や事故といったトラウマ的な出来事の場合、ネガティブの強度は20倍以上まで跳ね上がります(※2)

さらにある実験では、三角形や四角形のシンプルなキャラが登場する数秒のアニメーションを乳児に見せたところ、興味深い反応が得られました。

乳児たちは互いを助け合うキャラには約13秒も視線を送ったのに対し、他をいじめるキャラには不快そうな表情を浮かべ、6秒しか見つめなかったのです(※3)

生後3カ月の乳児ですら嫌なキャラを避けようとする事実は、人類にとってネガティビティバイアスが普遍的である事実を示しています。

ネガティブな刺激により強く反応してしまうのは、決してあなたの性格が偏っているからではなく、すべての人類に備わった共通のシステムなのです。

■好きな相手と恋仲になった幸せも半年で薄らぐ

さらに悪いことに、人類にはもうひとつ、「ポジティブな情報ほど長持ちしない」という心理も備わっています。

社会心理学者のデビッド・マイヤーズは、人間の幸福感についてリサーチを重ね、こう結論づけました。

「情熱的な愛、精神的な昂り、新しい所有の喜び、成功の爽快感。すべての望ましい経験は、いずれもそのとき限りのものである。この点はいくら強調しても足りない」(※4)

この現象を、心理学では「快楽の踏み車」と呼びます。ホイールの中を走るハムスターが決して前に進めないのと同じように、人間の喜びも同じ位置にとどまり続ける事実を表した言葉です。

「快楽の踏み車」の存在は何度も実証されており、特に有名なのは、1978年の研究でしょう(※5)

これは宝くじの当選者を調べた古典的な研究で、彼らの心理を調べたところ、大半の被験者は当選の直後にしか幸福度が上がらず、半年後にはほぼ全員が元の精神状態に戻っていました。数千万から数億円の賞金を手にしても、私たちの幸福は高止まりしないようです。

そこまでいかずとも、似たような経験は誰でもあるでしょう。

また別の研究によれば、新しいアパートに引っ越したうれしさは平均3カ月で色褪せ、給料が上がった喜びも半年で消失、好きな相手と恋仲になった幸せも6カ月で薄らぎ、およそ3年でベースラインに戻ります(※6)

大金を手にしても、住む場所を変えても、愛する人と結ばれても、その喜びは常にうたかたです。

カップルは永遠の愛を約束します
写真=iStock.com/kyonntra
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kyonntra

■原始の世界ではネガティブに敏感な人間が“適応”

つまりあなたの脳には、感情に関して2つのシステムが備わっています。

①嫌なことはあとまで残る
②良いことはすぐに忘れる

幸せはすぐ消え去るのに苦しみは数倍の強さで残り続けるのだから、私たちが生きづらさを感じるのは当然でしょう。やはり人間の精神は「苦」がデフォルトのようです。

人体に「苦」が標準で備わったのは、人類の生存に有利だったからです。

私たちの祖先であるホモ・サピエンスが出現したのは約20万年前で、彼らは現代では考えられないレベルの脅威にさらされながら生きていました(※7)

狩りに出かければライオンや蛇に襲われ、天候が悪くなれば飢餓に苦しみ、蚊が運ぶマラリアやデング熱に感染すれば死を待つしかありません。

部族間の争いで命を落とすこともあり、スーダン砂漠で発掘された1万5000年前の遺体からは、手足を縛られたまま撲殺された痕跡が見つかっています。ホモ・サピエンスが暮らした環境では、捕食、飢餓、伝染病、暴力が日常茶飯事でした。

脅威に満ちた環境を生き抜くには、できるだけ臆病になるのが最適解です。

あの怪しい影は猛獣ではないか? あの狼煙は敵の襲撃を知らせているのではないか? 仲間が冷たいのは裏切りの兆候ではないか?

微かな異変を見逃さなかった者ほど、後世に遺伝子を残せたのは間違いありません。原始の環境においては、ネガティブな情報を敏感に察し、その記憶を長く保てた者ほど“適応”でした。

■正しい情報よりフェイクニュースのほうが100倍広まる理由

他方でポジティブな情報には、ネガティブな情報ほど重みをつける理由がありません。

たとえば「獲物が豊富な猟場があるが、そこでは過去にひとりだけ死者が出ている」ような状況では、その場での狩りを避けるのが無難でしょう。

獲物が取れなくてもしばらくは生きていけますが、もし命を落としたら取り返しがつきません。一度の失敗が生死を分ける環境では、危険を知らせる情報の価値のほうが格段に重かったのです。

同じ感覚は現代人にも受け継がれており、何らかの危険を察知すると、私たちの脳はカテコールアミンなどのホルモンを分泌して全身に警戒体勢を取らせます。

そのスピードは脳の理性システムが働くよりも速く、その情報がどこまで正しいのかを判断するヒマはありません。

結果、現代人の心は機能不全を起こし始めました。危険に満ちた原始の世界では役に立った警戒システムが、安全が増した現代ではうまく働かなくなったのです。

ビューを見ている日本人男性
写真=iStock.com/martin-dm
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/martin-dm

代表的な例はフェイクニュースで、マサチューセッツ工科大学の研究によれば、科学的に正確な事実は1000人以上には広まらないのに、恐怖を煽るような偽のニュースは10万人を超えて拡散されます(※8)

まさに原始の心が過敏に反応する現象の典型です。

■15歳の29.8%が「自分は孤独だ」と感じる

現代人の心の機能不全には、他にも次のようなものがあります。

・孤独感

ここ十数年は「孤独感」が世界的な増加傾向にあります。

世界237カ国で約4万人に行われた調査では、若い世代ほど寂しさに悩む現象が世界中で見られ、特に個人主義の文化が知られる国ほど孤独感が強かったとのこと(※9)

2018年にはイギリス政府が「孤独は国を挙げて取り組むべき社会問題だ」と宣言したほか、日本でも「自分は孤独だ」と感じる15歳の子どもの割合が29.8%にも上ります(※10)

どれだけSNSでフォロワーの数が多かろうが、どれだけ他人と付き合っていようが、なぜか心が満たされない現代人の心性がうかがえます。

・鬱と不安

鬱と不安の増加もまた世界的な問題です。

世界26カ国で約15万人を調べた研究では、各国の幸福レベルを計測し、「現代では富裕国ほど不安障害の数が多く、国民の健康を損なっている」と結論づけています(※11)

具体的には、貧困国と富裕国では不安障害の発症率には3倍以上の差があり、やはり若年層ほどこの問題に苦しみやすいようです。

・完璧主義

もうひとつ多くの心理学者が警鐘を鳴らすのが「完璧主義」です。

ヨーク・セント・ジョン大学などのメタ分析では、日本を含む先進国から約2万5000人のデータを集め、1990年代ごろから世界中で完璧主義に悩む者が増えてきた事実を報告しました(※12)

また別の研究では、完璧主義な人ほどミスや失敗に弱く、他人の目を恐れて自死を選びやすいとのデータも得られています(※13)

■人間は本当に苦から逃れ得ぬ存在なのか?

遺伝子に生まれつき苦痛の種を埋め込まれ、現代に特有の機能不全がそれを煽り立てる。この難問に、私たちは何ができるのでしょうか?

言わずもがなですが、遺伝子の問題には対策しようがありませんし、かといって環境を変えようと思っても限界があります。いまさら世界の近代化を止めるのは不可能ですし、現在の暮らしをそう簡単に変えるわけにもいきません。

もちろん、細かい対策ならいくらでも思いつきます。

ポジティブに考えてみる、自然の中で過ごす、規則正しい生活をする、「できること」に目を向ける、人生の目標を立ててみる、自分を褒める、よく眠って運動する――。

どの考え方も間違いではなく、複数のテストで一定のストレス解消や幸福度アップの効果が確認されています。実践すれば何がしかのメリットは得られるはずですし、少しでも人生の苦痛が減るなら実践すべきでしょう。

とはいえ、これらの手法により、根本的な人生の寄るべなさが解決されないのもまた事実です。

どのような手段で立ち向かっても「人間は“苦”がデフォルト設定である」事実は動かず、細かい対策は激流を泳ぐようなもの。

いかなる幸福もすぐベースラインに戻り、あなたは再びデフォルト設定の支配下に置かれます。

結局のところ、私たちは江戸の人生訓よろしく「重き荷を負いて遠き道をゆく」ほかないのでしょうか? 人間は苦から逃れ得ぬ存在とあきらめ、粛々と土に還るべきなのでしょうか?

※1.Rozin, Paul; Royzman, Edward B. (2001). "Negativity bias, negativity dominance, and contagion". Personality and Social Psychology Review. 5 (4): 296–320.
※2.Sabey CV, Charlton C, Charlton SR. The "Magic" Positive-to-Negative Interaction Ratio: Benefits, Applications, Cautions, and Recommendations. Journal of Emotional and Behavioral Disorders. 2019;27(3):154-164. doi:10.1177/1063426618763106
※3.Kuhlmeier V, Wynn K, Bloom P. Attribution of dispositional states by 12-month-olds. Psychol Sci. 2003 Sep;14(5):402-8. doi: 10.1111/1467-9280.01454. PMID: 12930468.
※4. Myers DG, Diener E. The Scientific Pursuit of Happiness. Perspectives on Psychological Science. 2018;13(2):218-225. doi:10.1177/1745691618765171
※5. Brickman P, Coates D, Janoff-Bulman R. Lottery winners and accident victims: is happiness relative? J Pers Soc Psychol. 1978 Aug;36(8):917-27. doi: 10.1037//0022-3514.36.8.917. PMID: 690806.
※6. Diener E, Lucas RE, Scollon CN. Beyond the hedonic treadmill: revising the adaptation theory of well-being. Am Psychol. 2006 May-Jun;61(4):305-14. doi: 10.1037/0003-066X.61.4.305. PMID: 16719675.
※7. Vaish A, Grossmann T, Woodward A. Not all emotions are created equal: the negativity bias in social-emotional development. Psychol Bull. 2008;134(3):383-403. doi:10.1037/0033-2909.134.3.383
※8. Vosoughi S, Roy D, Aral S. The spread of true and false news online. Science. 2018 Mar 9;359(6380):1146-1151. doi: 10.1126/science.aap9559. PMID: 29590045.
※9. Manuela Barreto, Christina Victor, Claudia Hammond, Alice Eccles, Matt T. Richins, Pamela Qualter. Loneliness around the world: Age, gender, and cultural differences in loneliness. Personality and Individual Differences, 2020; 110066 DOI: 10.1016/j.paid.2020.110066
※10. United Nations (2013)Child well-being in rich countries: A comparative overview (Innocenti Report Card) .United Nations Pubns. ISBN-10 : 8865220163
※11. Ruscio AM, Hallion LS, Lim CCW, et al. Cross-sectional Comparison of the Epidemiology of DSM-5 Generalized Anxiety Disorder Across the Globe. JAMA Psychiatry. 2017;74(5):465–475. doi:10.1001/jamapsychiatry.2017.0056
※12. Smith MM, Sherry SB, Vidovic V, Saklofske DH, Stoeber J, Benoit A. Perfectionism and the Five-Factor Model of Personality: A Meta-Analytic Review. New Media & Society. 2019;23(4):1508-1527. doi:10.1177/1461444814562162
※13. Smith MM, Sherry SB, Chen S, Saklofske DH, Mushquash C, Flett GL, Hewitt PL. The perniciousness of perfectionism: A meta-analytic review of the perfectionism-suicide relationship. J Pers. 2018 Jun;86(3):522-542. doi: 10.1111/jopy.12333. Epub 2017 Sep 4. PMID: 28734118.

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鈴木 祐(すずき・ゆう)
サイエンスライター
1976年生まれ。慶応義塾大学SFC卒業後、出版社勤務を経て独立。10万本の科学論文の読破と600人を超える海外の学者や専門医へのインタビューを重ねながら、現在はヘルスケアや生産性向上をテーマとした書籍や雑誌の執筆を手がける。自身のブログ「パレオな男」で心理、健康、科学に関する最新の知見を紹介し続け、月間250万PVを達成。

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(サイエンスライター 鈴木 祐)

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