「ありえないところに大行列」シャトレーゼを大成功に導いた"意外な出店場所"
プレジデントオンライン / 2021年10月9日 12時15分
※本稿は、齊藤寛『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。
■工場火災、新工場の不調、人材不足という不運
主力工場の火災、新工場の不調、人材不足と不運が続く中、シャトレーゼの商品が並んでいた小売店の棚は、他社の製品に置き換わっていました。厳しい競争が続く業界で、満足に商品が届けられなかったのですから、仕方がありません。
さて、どうするか。
営業の要だった弟は、もういません。でも僕は、頭を下げて注文をとるのは大嫌いなんです。
売り場を持たないメーカーは、立場が弱い。卸す先によっては、「いやならやめてもらっていいよ」と言わんばかりのところもあります。「取引を続けたかったら、わかっているよね」という無言の圧力で、販売協力費という名目の寄付金を強要されたり、約500万円の高級腕時計を買わされたりしたこともありました。
何よりも悔しかったのは、おいしさは二の次で安さを優先させようとする姿勢です。お値打ち価格で提供するのは悪いことではありませんが、それはおいしさあってのことです。安かろう悪かろうでは、まったくお客様をバカにしています。
■「売りに行くのではなくて買いに来てもらおう」
シュークリームに続いて力を入れた商品は、ロールケーキです。シャトレーゼのロールケーキは、鉄板の上に直接スポンジ生地をのせて焼くのではなく、鉄板の上に紙を敷いて、その上に生地を流して焼くやり方に改良しました。そうすることで、スポンジが非常にソフトになるのです。
それを小売店に持っていったところ、「これはうまい!」ということで商談成立。一躍、シャトレーゼのロールケーキは人気商品になりました。
ところが、「ロールケーキというのは売れるものだ」と味をしめたのでしょうね。もっと安くできないかと要求され、質を落とすわけにはいかないからと断ったら、安い他社製品に置き換えられてしまったのです。
シャトレーゼの商品がおいしくてロールケーキが人気になったのに、安いというだけで他社に乗り換えるなんて、悔しいじゃないですか。
そういう苦い経験もありましたので、このピンチを機に、「ようし! だったら、売りに行くのではなくて買いに来てもらおう」と頭を切り替えたのです。
■「100円アイスなら66円」卸値価格で販売
まずは試験的に、アイスを売り出すことにしました。どうせ20年間利益の出なかった商品ですから、それ以上悪くなることはありません。甲府駅と会社を結ぶ中間ぐらいの場所にプレハブの店(実験店「新々平和通り店」)を作って、アイスの冷蔵ケースをダーッと10台ぐらい並べました。
通常はメーカーが問屋に卸し、問屋が小売店に卸すわけですが、直接売るならその分安くしても、十分利益は出るわけです。ですから、売値は卸す値段と同じ34パーセント引きにしました。100円のアイスなら66円です。
売れるとは思っていましたが、想像以上なんてものではありません。甲府駅から4~5キロメートル離れ、周囲が田畑ばかりのところに「どこから人がわいてくるのかな」と思うほどの行列です。「これはいける!」という手応えがありました。
そこで、すぐに千葉県柏市にあった子会社に「スーパーの卸しなんてやっている場合じゃないぞ。すぐに店を作ろう!」と連絡して、国道16号沿いに直売の店舗を出しました。山梨とはマーケットの規模が違いますから、予想通り輪をかけての大繁盛です。
■工場直売システムで、年商100億円を達成
全国的にも話題になって、大手メーカーのみなさんも見学に来られました。しかし、スーパー等の販路を持っている大手メーカーのみなさんは、「工場直売をやるなら、お宅の商品はもう売りません」と言われると困りますから、どなたも真似はできなかったようですね。販路を失うというピンチだったからこその大逆転です。
工場直売システムで、夏はアイス、冬はシュークリームやロールケーキ、100円ケーキという体制で売れに売れ、出店の申し込みも後を絶たず、あっという間に年商100億円を達成しました。中道工場だけでは供給が追いつかなくなり、白州(はくしゅう)名水で知られる北杜(ほくと)市に、白州工場を建設することになったのです。
![人気アイス「チョコバッキー」](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/9/670/img_f982646745d7ab06da8b386d711613a8385619.jpg)
■判断の物差しは「三喜経営」
工場直売の店舗をフランチャイズ・チェーン(以下FC)方式で展開したことが、シャトレーゼが大きく業績を伸ばす原動力となりました。
出店戦略の話をする前に、シャトレーゼの経営にあたって僕が最も大切に考えている方針について、少しお話ししたいと思います。
1967年に社名をシャトレーゼに変更した際、僕は社是を「三喜経営」とし、経営の根幹に据えました。「お客様に喜ばれる経営」「お取引先様に喜ばれる経営」「社員に喜ばれる経営」、この三つの喜びがあってこそ経営が成り立つ、という考えです。
まず一番はお客様ですから、何事もお客様視点で考えること。扱う商品が食べものなので、おいしいことはもちろんですが、安全・安心であることも不可欠です。
次に、お取引先様が喜んでくれること。平たくいえば、生産者や小売店が儲かる仕組みを考えることです。
シャトレーゼでは、欧米式FCでは当たり前のロイヤリティを一切取りません。売上金を本部に送金する義務もありません。FCオーナーはいわば「のれん分け」をしたパートナー、一緒に成長していきたいと考えているからです。
![シャトレーゼの社是の書](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/1/670/img_41539890b6018bfefdeed72cec675132245813.jpg)
■「お客様のために」上場を取りやめた
そして、お客様とお取引先様に喜んでいただけたら、今度は社員の頑張りにも報いなくてはなりません。
これは最近の取り組みですが、おかげさまで売り上げが好調ですので、業績目標が達成できた年は、決算前に利益の1割を決算賞与として配分することにしました。
こうした社是や経営理念というものは、とかく形骸化しがちですが、シャトレーゼではこれを「判断するときの物差し」にするよう繰り返し指示していますし、僕自身肝に銘じて実践しています。
たとえば、僕は古い人間ですから、企業たるもの株式市場に打って出ることを一つの到達点だと考えたことがないわけではありません。正直な話、証券会社に上場用の資料を提出し、公表する一歩手前まで準備を進めていたのです。でも、明日公表という直前に、取りやめました。
上場すれば「株主のために」が一番になってしまいます。「お客様のために」を押しのけて、株価を上げたり、配当を増やすための経営をしなければならないなんて、本末転倒もいいところです。
株主の顔色をうかがうことなく、これまで通り自分の信念に従って、思い切った挑戦をしていきたい。お客様のことを第一に考えていきたい。そう思って、やめました。
■両親の背中が教えてくれた「人に親切にする」こと
「三喜経営」は、両親の背中から学んだ教えです。
齊藤家というのは来客の絶えない家で、毎日たくさんの人が来ていました。父は分家なのですが、分家した先の周囲の農家が田や畑や桑畑だったのを見て、収入のいいぶどう栽培に転向する手助けをして、地域の世話役のようになっていました。
自分のぶどう畑には雇い人がいますから、自身は地元を回って棚の作り方やら剪定(せんてい)の仕方やらを教えていました。そういうことをするのが、好きだったのでしょうね。
また、拡大志向の強い人で、ぶどう栽培だけではなくワイナリーのほか、戦後は干しぶどうの事業なども手がけていました。買い付けに来た市場の人が旅館代わりに泊まっていったり、僕の小学校の先生までが、帰宅途中に毎晩うちに寄っては父と一杯やって帰ったり、とにかく賑やかな家でしたね。
一方、母はといえば、父との結婚を機に女学校の先生を辞めたのですが、面倒見のいい母を慕って生徒たちが「もっと教わりたい」と集まってきて、しばらく齊藤家の二階が私塾のようになっていたこともありました。多いときは50人ぐらい、裁縫やら作法やら教わりに来ていたと思います。
そんな家だったのですが、僕が高校生ぐらいのときに、アメリカから大量のカリフォルニアレーズンが日本に入ってくるようになって、干しぶどうの事業に失敗し、大きな借金をすることになってしまいました。そんなとき、それまで父がなにくれとなく世話をしていた人々が、「齊藤を助けろ」と資金を出し合ってくれたりしたのです。
そんな姿を見ていましたから、「利他の心」で誰かのためになることをしていれば、まわりまわって自分に返ってくる、人には親切にするものだということを学んだのだと思います。
■いまも毎日両親の仏壇に手を合わせ、話しかけている
どんなに大変なことがあっても、絶対に人の悪口を言わない母からは惜しみない愛情を、仕事に厳しい父からは働くとはどういうことなのかを、みっちり仕込んでもらいました。長男の僕ばかりが厳しく怒られるので、もしや実の父親ではないのではと疑うくらいだったのですが、鏡を見れば見るほど僕は父そっくりなのです。
残念なことに、父は僕が27歳のときにがんで亡くなりました。
![齊藤寛『シャトレーゼは、なぜ「おいしくて安い」のか』(CCCメディアハウス)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/4/200/img_4421a32315a2c803036a6628e33794ce229769.jpg)
手術を控えて泊まった旅館で父と一緒に風呂に入ったとき、「そっちを向け。背中を流してやろう」と言われ、父の手を背中に感じながら「あれだけしごかれたのは、僕を一人前にするためだったんだ」としみじみ思いました。
「甘太郎」の成功を喜んでくれた父ですが、「おい、ぶどうやワインも忘れるなよ」と言われたことが、後年ワイナリーを手がけるようになったことにつながっています。
いまも毎日両親の仏壇に手を合わせ、生きている人に話すように話しかけています。「おかげさまで今日も一日終わりました」とお礼を言ったり、「今日は少し間違ったことをしてしまいました」と詫びたり、「教わった通り、こんなことをしましたよ」と報告したり。
そうやって床に就くと、不思議なことにいい発想がぱっと浮かんできたりするのです。ただ、朝になると忘れてしまうので、電気もつけずに急いでメモするようにしています。
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シャトレーゼホールディングス・シャトレーゼ 代表取締役会長
1934年、山梨県生まれ。1954年、20歳のときに焼き菓子店「甘太郎」を創業。5年後、有限会社甘太郎を設立し、代表取締役に就任。1964年に大和アイスを設立しアイスクリーム業界に参入。1967年、10円シュークリームを発売。同年、2社を統合し、株式会社シャトレーゼに社名変更。2008年、代表取締役会長に就任。2010年、シャトレーゼをはじめ、ワイナリー事業、リゾート事業、ゴルフ事業などを統括して株式会社シャトレーゼホールディングスに商号変更し、代表取締役社長に就任。新設分割会社、株式会社シャトレーゼを設立。2018年から代表取締役会長。株式会社シャトレーゼの代表取締役会長も兼任。
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(シャトレーゼホールディングス・シャトレーゼ 代表取締役会長 齊藤 寛)
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