「ビジネスホテル社員→性風俗店勤務」児童養護施設を出た20代女性が味わった"二度の絶望"
プレジデントオンライン / 2021年10月19日 9時15分
※本稿は、大藪謙介・間野まりえ『児童養護施設 施設長 殺害事件』(中公新書ラクレ)の一部を再編集したものです。
■カードローンで400万円を超える借金
18歳での施設からの退所は、衣食住をさまざまなスタッフに支えられていた暮らしから、ある日を境に、自分一人で日常生活を切り盛りしなければならなくなることを意味する。家庭からの独り立ち。それは誰しもが人生で一度は経験する壁でもある。しかし身近に頼れる存在がいなかったとしたら、それはより高い壁となって立ちはだかることになる。
次に記すのは、退所後の相談支援に特化した、アフターケア相談所「ゆずりは」の高橋亜美さんが以前、支援にあたった事例だ。生活になくてはならないお金にまつわる問題である。
その女性(当時22歳)は、18歳で就職とともに児童養護施設を退所。
2年後、成人した女性はクレジットカードを持ったことがきっかけで思わぬ事態に直面していく。初めて手にしたカードは、経済的に恵まれて育ってきたとは到底言えない女性にとって打ち出の小槌のように思えたという。
金遣いが荒くなり、精神的な弱さもあいまって徐々にエステの利用や絵画の購入などの勧誘を断りきれなくなった。女性はそのたびに多額のカードローンを組んでしまう。借金は雪だるま式に膨れ上がり、400万円を超えていった。そのことをつまびらかに相談できる相手がいない中で、高金利のローンを支払い続けていたのである。
■「施設には迷惑をかけられない」と抱え込む
もっとも、出身の児童養護施設との関係は良好だったと語る女性。
しかし借金をこしらえてしまったことの後ろめたさゆえに、“世話になった施設には迷惑をかけられない”という思いが先行し、この事実を言い出せなかった。
女性はインターネットで児童養護施設退所者の借金問題を検索している中で「ゆずりは」の支援活動を見つけ、高橋さんのところへ連絡してきたという。
そして高橋さんたちはすぐに女性と面会。弁護士の力を借り、女性の自己破産手続きを行った。
頼れる人もおらず、十分な貯蓄もなく、学歴等が壁となり就職先も限定されてしまう。
私たちの取材でも、安定した暮らしを下支えするために必要な経済的な余裕を持てないという悩みを元入所者から聞くことは多かった。
高橋さんは、そうした環境の中で、施設を出た子どもたちは次第に追い詰められていくと指摘する。高橋さんのこれまでの支援内容を振り返ると、20歳前後でホームレス状態に陥ってしまった若者の多くは親や家族を頼ることのできない環境にあり、児童養護施設等を巣立った若者も例に漏れない。そして男性に比べて女性が住まいを失ってしまった場合、さらなる苦境が待ち受けている。
■「寝泊まりできる場所がない」から水商売や性産業で働く
「ネットカフェを転々としたり、公園で寝泊まりしたり、男性の場合はそれで耐えられます。一方で、女性の場合は、外で寝泊まりすることはできないので何らかの形で出会った異性のもとに身を寄せるか、従業員寮が付いている水商売や性産業で働くことになるケースが多々あるんですね」
以前、高橋さんが支援にあたった20代の女性も児童養護施設の出身だった。
施設を退所した後、女性は正社員としてビジネスホテルに就職した。社宅も完備されていた。女性は平均週休1日のペースで働いたが、月収は手取りでおよそ12万円だった。
女性は激務がたたり、過労により腰を痛めてしまう。そして緊急手術と入院療養が必要になったことを会社側に伝えると、一方的に解雇を通告されたのである。それは社宅からも追い出されることを意味していた。
ある日突然、路頭に迷うことになってしまった女性は、まず出身の児童養護施設に電話で相談した。
しかし、受話器の向こう側にいた施設のスタッフは、助けを求める女性に対し、予想もできなかった言葉を口にしたという。
「悪いんだけど、ここでは対応できないな。役所に行ってみて、そこで相談しなさい」
■施設からも、役所からも見放された女性の行く先
女性がいくら事情を伝えても、理不尽な目に遭っている状況についてありとあらゆる説明を尽くしても、取り付く島はなかったという。「それはできない。そんな余裕もないし、すでにあなたの措置期間は終わっている」と拒絶されたのである。
そして、女性は一縷の望みをもって役所の窓口を訪れた。行政であればなんとかしてくれる、という思いがあったからだ。
ところが、ここで女性はまさかの二度目の絶望を味わうことになる。
「まだ親御さんが生きてますよね。親が生きている場合には、まずは親を頼ってください」
役所の担当者は、カウンターの目の前に座っている女性が児童養護施設の出身者と認識していたにもかかわらず、行政としての支援の端緒も与えなかった。
無論、女性は親とのつながりを断っていた。行政の社会福祉というセーフティネットからも見放された女性。たどりついたのは性風俗店での勤務だった。まとまった金が手に入り、雨風をしのげる住まいも用意してくれる場所は他にはなかった。
■社会保障が性産業に敗北している
その後、女性はインターネットを通じて「ゆずりは」の存在を知った。ようやく高橋さんたちのもとで保護されたときには、心に深い傷を負っていたという。高橋さんは、現在ではアフターケアの重要性への理解が広がってきているが、この女性のようなケースは決して珍しくはないと話す。
「施設にも頼れない、役所にも見捨てられる。いわば社会保障が性産業に敗北した事例です。施設の子どもたちは、一度社会に出たら、その生きづらさにショックを受けることが多いですね。学歴の低さやおよそ理想的とは言えない劣悪な成育環境を生きてきた子どもたちは自分に自信を持つことができません。『初めての一人暮らし』は誰しも大変ですが、そうした子どもたちは一層強いストレスを感じます。“緊張と不安”の中に長年身を置いていたことでメンタルが弱く、朝起きられなかったり、『なぜ他の人ができるのに自分はできないの?』といった不安にさいなまれたりすることもあります」
施設を出た子どもたちがこうした不安を感じたときに、自分のなかに確かな居場所や頼れる存在があることが非常に重要だと高橋さんは訴える。そうでなければ、子どもたちの心の内側に潜んでいたトラウマが環境の変化によって表面化し、暴発してしまう結果を招きかねないからだ。
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NHK報道番組ディレクター
1985年、京都府生まれ。2008年、NHK入局。名古屋放送局を経て、2013年から報道局政経・国際番組部で政治番組の取材・制作を担当。日曜討論、国会中継のほか、クローズアップ現代「“政治を変えたい”女性たちの闘い」、目撃!にっぽん「政治家 野中広務の遺言」、NHKスペシャル「永田町権力の興亡・最長政権その光と影」、「パンデミック激動の世界・問われるリーダーたちの決断」などの制作を担当。
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NHK社会部記者
1988年、愛知県生まれ。2011年、NHK入局。京都放送局・甲府放送局を経て、2018年、報道局社会部へ。警視庁クラブや厚生労働省クラブで事件・社会福祉を取材。NHKスペシャル「#失踪 若者行方不明3万人 座間9人遺体事件」、クローズアップ現代+「徹底追跡! “アポ電強盗”本当の怖さ」、「幼保無償化 現場で何が」、「“新たな日常”取り残される女性たち」などの制作を担当。
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(NHK報道番組ディレクター 大藪 謙介、NHK社会部記者 間野 まりえ)
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