「"第6波"に対してまた無策を続けるのか」エビデンス収集を軽視する"霞が関と永田町の共犯関係”
プレジデントオンライン / 2021年10月4日 15時15分
菅義偉首相の記者会見を映す大型ビジョン。政府は、新型コロナウイルス対策で半年近くに及んだ緊急事態宣言を30日の期限をもって全面解除すると発表した=2021年9月28日、東京都新宿区 - 写真=時事通信フォト
■田村大臣が思わず吐露「よく分からずに減っている」
「緊急事態宣言」がようやく解除された。沖縄県は5月23日から4カ月、東京都は7月12日から2カ月半という長期にわたって宣言が続いたが、両都県を含む19都道府県で、9月30日をもって一斉に解除された。
1日の新規感染確認者数は驚くほどのペースで減っている。東京都では8月中旬に6000人に迫ったが、9月29日まで38日連続で前週の同じ曜日を下回り、9月27日月曜日には154人と半年ぶりに200人を下回った。完全に「第5波は去った」と言っていいだろう。
いったいなぜ、こんなに急激に新規感染者が減ったのだろう。田村憲久厚生労働相は、9月27日に開かれた厚労省の専門家組織の会合に出席し、次のように語った。
「感染状況は急激に下がっている。よく分からずに減っているということは、また増えてくる可能性も十分にある」。
田村氏は正直だ。大臣が思わず吐露したように「よく分からずに減っている」というのが実態だろう。「政府の施策が感染を封じ込めた」とは残念ながら言えず、まさに手探り状態。政府は新規感染者が減った「エビデンス(証拠)」をつかんでいないのである。
■「5つの要因」もエビデンスの裏打ちはない
9月28日に行われた菅義偉氏の首相としての最後の記者会見に同席した政府コロナ分科会の尾身茂会長も、激減の原因についてはあやふやだった。一応「5つの要因」が考えられると述べていたが、これもエビデンスに裏打ちされたものではない。
尾身氏が示した、考えられる要因の5つとは、①深刻な医療ひっ迫が報じられたことで国民の危機感が高まり感染対策が進んだこと、②夜間の滞留人口が減少したこと、③ワクチン接種の効果、④高齢者の感染が増えなかったこと、⑤気温や降水など気象要因――である。
確かに国民の間で危機感がこれまで以上に高まったのは事実だ。だが8月中旬の「お盆」の時期に比べれば人流は減ったとは言え、2020年4月の1回目の緊急事態宣言時とはまったく様相が違った。百貨店も営業し、大型イベントも開催されて、政府が求めた通りに人流が抑制されていたわけではない。尾身会長が指摘した5つ以外にも、私たちがまだ知らないウイルスの特性など、理由があるのかもしれない。
■エビデンスが無いから、対応策も場当たり的になる
いずれにせよ、政府が求めてきた「飲酒なしの少人数会食」や「営業時間の短縮」「アクリル板の設置」「テレワーク活用による出勤者の7割削減」がどれぐらい「激減」に寄与したのか、どの施策が減少の決め手になったのかまったく分からない状態なのだ。感染拡大がどうして止まったか、その「エビデンス」が無ければ、次にやってくる「第6派」を防ぐことも、ヤマを低く抑えることもできないだろう。
日本の新型コロナ対策がこれまで「後手後手」に回って来た背景には、「エビデンス」の収集を疎かにしてきたことがある。つまり、因果関係を解析しないままに対応策を決めるため、「場当たり的」にならざるを得ないのだ。6月20日に7つの都道府県に出ていた緊急事態宣言を解除した時も、すでにその段階で新規感染者確認者数は増加傾向に転じていた。しかも4月に国内で初確認されていたインド由来の変異型ウイルス「デルタ株」に急速に置き換わっていた。結局、そのタイミングで緊急事態宣言を解除したことが裏目に出た。東京では1カ月もたたない7月12日に緊急事態宣言を再発令する結果になった。
■霞が関にも永田町にも根付かない「エビデンスに基づく政策決定」
日本でも「EBPM」が言われるようになって久しい。EBMPとはEvidence Based Policy Making(エビデンスに基づく政策決定)の略だ。だが、いまだもって、霞が関にも永田町にもまったくと言っていいほど根付いていない。霞が関は従来の体制や制度を変えることに猛烈な抵抗がある組織で、伝統的に、自分たちがやりたい政策に都合の良いデータだけをエビデンスとして使う習性がある。政治家である大臣も、役人の説明を信じて発言するので、結果的にEBPMから遠くなる。
新型コロナに関する会見で「エビデンス」という言葉がどれだけ使われたか分からないが、大半が自らの政策決定や行動を正当化するために都合の良いデータだけを「エビデンス」としている。政治家の中には思い付きや自らの信念で政策をぶち上げる人もいるので、EBMPを実践できる人はさらに少ない。
■首相が指示してもPCR検査数は増えなかった
話を戻そう。新型コロナ対策では、初めからエビデンスの収集に後ろ向きだった。当時の安倍晋三首相がPCR検査の拡大を指示しても一向に検査数が増えなかった。「厚労省はどうなっているんだ、首相の会議での発言を無視するとは」と、別の省の幹部は驚愕していた。
検査件数が増えなかったのは検査で感染源を特定する「積極的疫学調査」を保健所や地域の衛生研究所が独占していたためだ。保健所の機能がパンパンになると、行政検査を民間に拡大することはせず、今度は「PCR検査は当てにならない」という論理が横行した。医療ガバナンス研究所理事長の上昌広医師は、繰り返しメディアで厚労省の「医系技官」たちの抵抗が検査数が増えない背景にある、と指摘してきた。保健所長は医系技官が座るポストで、その「保健所利権」である疫学調査の保健所独占を守ろうとしている、というのだ。
■無策のまま、「第5波」の感染爆発を許した
新型コロナが従来のウイルスと違うのは、多くの感染者が無症状の段階からウイルス感染を広げていることだ。そうなると、感染が本当にどれぐらい広がっているかを知るには検査を徹底的にやるしかない。多くの先進国では検査を徹底的にやっていたのに対し、日本だけが極端に少なかった。
2021年のはじめの段階で、人口比で世界138位。2月17日の衆議院予算委員会で田村大臣は「PCR検査数が少ないのは感染者数が少ないから。感染者数で比べれば、欧米と日本では同じ(検査の)比率になっている」と述べていた。だが、その発想では無症状の感染者を含めた全体像を把握することは難しい。対策の大前提となる感染状況のデータ収集を放棄しているに等しいのだ。結局、「無策」のまま8月の「第5波」の感染爆発を許すことになった。
■いまだに「感染状況の全容」を把握できる仕組みがない
9月27日、厚労省は、新型コロナに感染しているかどうかを自宅で調べることができる医療用の「抗原検査キット」について、特例的に薬局での販売を認める通知を自治体などに出した。新型コロナの国内蔓延から1年半である。政治の圧力に屈したともいえるが、PCR検査を使った疫学調査は頑なに「独占」している。民間でもPCR検査が広がっているが、医師が必要と認めた場合以外は自費で、3万円前後の費用がかかる。医師が必要と認めた場合というのは、感染が疑われる症状が出ている場合や、他の病気での入院や検査のためだけで、陰性を証明するためだけの検査は基本的に認められていない。
しかも、自費でPCR検査を受けてもそのデータは国に行かないので、全容を把握するためのエビデンスとしては寄与しない。ワクチンを接種したかどうかの記録を国が管理するシステムがようやく稼働したので、感染が判明した人がワクチンを打っていたかどうかは辿れるようになった。だが、陽性者が出た周囲でどれくらい感染者が広がったか、ワクチンを打った人と打っていない人がいた場合、感染率に差があったか、などは簡単には把握できない。そもそもほとんどのケースで「濃厚接触者」と保健所は認定しないから、PCR検査が行われていないのだ。
■新首相に求められる「エビデンス」と「説明」
8月末から9月にかけて、国内では新たな変異がある新デルタ株が初めて確認されている。日本国内で変異したのではないかとも見られているが、感染源を把握して封じ込めるには幅広い検査が不可欠になる。感染拡大の把握が遅れれば、6月20日の解除失敗と同様、「第6波」の感染爆発を引き寄せることになりかねない。
自民党総裁選挙では岸田文雄氏が新総裁に選ばれ、首相に就任する。政策発動が「後手」に回らないためには、状況を正確に把握する「エビデンス」の収集が不可欠だ。そしてそれを正確に国民に伝える「説明」が必要になる。これは新型コロナ対策だけではなく全てに通じる。選挙を前に、歓心を買う「良いことずくめ」の政策ばかりが打ち出される可能性もある。だが、そんな場当たり的な対応を国民は新首相に求めているわけではないだろう。
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経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。
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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)
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