「直近首相の約9割が"東京"の高校卒業」岸田文雄新総理が"地元"広島弁で会話できないワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月4日 18時15分
■広島から4人目、岸田新総理大臣誕生で振り返る「歴代首相の出身県」
9月29日に行われた自民党総裁選挙は、1回目の投票で4人の候補者はいずれも過半数に届かなかったため、上位2人に対する決選投票が行われ、その結果、岸田前政務調査会長(64)が、河野規制改革担当大臣(58)を抑えて新しい総裁に選出された。
これを受けて臨時国会が召集され、10月4日に行われた総理大臣指名選挙の結果、岸田新総裁が第100代の総理大臣に就任した。
第100代は、内閣成立ごとの延べ回数であり、例えば安倍元総理は第90代、第96~98代と4代もの総理大臣を経ている。当稿では総理として何人目かという代を採用するので、岸田新総理は、第64代総理大臣である。
岸田新首相は、広島県出身の通産官僚だった父・衆議院議員岸田文武の秘書を経て、当時65歳だった父の死を受け35歳で旧広島1区から衆議院選に立候補し1993年に初当選した。その後、新広島1区での選出を含めて9回連続で当選している。
親の教育方針もあり、東京の永田町小、麹町中、開成高、早稲田大を卒業し、秘書になるまでは日本長期信用銀行に勤務していたので基本的には東京人である。当然、広島に学校時代の友人はゼロであり、秘書時代に人脈づくりのために青年会議所のメンバーとなったが、選挙ではその仲間が実働部隊を担ったという。
広島出身の総理としては宮澤喜一元総理に次ぐ4人目であり、広島は山口(8人)、東京(5人)に次いで3番目に多い総理大臣出身県となった。
岸田新首相については、政見、履歴、人柄などさまざまな報道がなされているが、ここでは、出身県をめぐる話題を提供したいと思う。
図表1には、都道府県別の戦前・戦後の総理大臣の数と名前を示した。これは筆者オリジナルのグラフである。
何といっても総理大臣は日本の政治家が到達しようとする頂点であり、角界に入ったら横綱を目指すのと同じような地位にある。そこで、政治家に向いている県民性はどこかといった興味で総理大臣出身地が見られることが多い。
しかし、以下にふれるように県民性以外の要因が大きく作用しているので、政治について県民性で判断できる余地はかなり小さいというのが実情である。
なお、出身県がいずれかという点の判定方法であるが、総理大臣が必ずしも国会議員ではなかった戦前は「出生地」としているが、正式に議員内閣制となった戦後は議員として選出された「選挙区」の都道府県としている。
出生地と選挙区が大きく食い違った例は、菅義偉前総理である。菅前総理は秋田県の農家出身であるが、自らが神奈川1区選出の小此木彦三郎代議士の秘書を務めていた関係で、神奈川2区選出の衆議院議員であるため、図では神奈川県に区分されている。秋田出身だとすると歴代初となったところである。
■明治維新以来の経緯:倒幕派か佐幕派か
図表2に整理したように、戦前、戦後を通じて総理大臣をもっとも多く輩出しているのは山口県である。これは明治維新時に長州藩が倒幕派代表だったからという要因が大きい。初代の総理大臣自体、長州の伊藤博文である。
倒幕派は「薩長土肥」の各藩が主な担い手である。これらの地域、すなわち鹿児島、山口、高知、佐賀では、それぞれ、3人(黒田清隆ほか)、8人(山県有朋、佐藤栄作、安倍晋三ほか)、2人(吉田茂ほか)、1人(大隈重信)とすべて総理大臣を輩出している。
他方、佐幕諸藩が多かった東北地方は、岩手の4人(原敬、鈴木善幸ほか)を大きな例外として、その他すべての県で総理大臣はゼロなのである(岩手の戦前の総理大臣は、初代政党内閣の首相となった原敬、そして海軍軍人2人なので、まずは例外的要素が大きい)。
大きく見れば、明治維新の時の倒幕か佐幕(幕府政策を擁護する勢力)かという経緯がその後も尾を引いて来ている側面があると言えよう。
だが、こうした倒幕か佐幕という地域性は必ずしも戦後にまで引き継がれているとは限らない。鹿児島や佐賀も戦後については総理を出していない。
そもそも明治維新の時の倒幕か佐幕かという経緯はどのように作用したのであろうか。直接の人脈に加えて出身地の気風(これはある意味、県民性ともいえる)が考えられる。県人会の存在が大きく作用していた時代には人脈も大きかろう。また地元高校などにあふれる地域の気風も政治家として立つかどうかの決断に影響を与えよう。
山口県の戦後の総理大臣第1号である岸信介の場合は、政治家になった要因として明治維新を担った地域の人間だという自負心が大きく作用していたのではなかろうか。
■有力政治家の出身地かどうかが重要
山口に次いで、総理大臣を多く輩出している県としては、東京(高橋是清、東条英機、鳩山一郎、菅直人ほか)、岩手(前出)、群馬(中曾根康弘、小渕恵三、福田赳夫・康夫)、そして今回の岸田新総理の出身地広島(池田隼人、宮沢喜一ほか)が目立っている。山口以外を倒幕か佐幕かで説明するのは難しい。
東京出身の総理が多いのは、もともと人口が多く、さまざまなタイプの才人が集う首都だからという説明が適切だろう。その割に戦後の総理が2人というのは少ないとも言える。
群馬や広島で総理大臣を多く出しているのは、そもそも有力政治家がいたからという理由が大きい。
群馬は、戦後、福田赳夫、中曽根康弘という2人の有力政治家を輩出した点が大きい。広島の場合は、所得倍増計画で有名な池田勇人の出身地だった点が大きい。
岸田新首相と同じく広島出身の宮沢喜一元総理は、広島県福山出身で山下汽船勤務後広島3区選出の衆議院議員となった宮沢裕の長男として東京で生まれ、武蔵高校、東大、大蔵省と進み、父裕と古くから付き合いのあったやはり広島選出の池田勇人蔵相の秘書官となった。そうしたことから東京生まれ、東京育ちだが、広島選出の政治家となったのである。
池田勇人元首相がつくった自民党の名門派閥「宏池会」はこうして、父親の地盤を受け継ぐ宮沢喜一、そして岸田文雄と広島選出の東京人政治家に引き継がれていくことになった。なお、宏池会の名は中国の古典に拠っているが「池」は池田勇人、「宏」は広島に掛けていると言われる。
つまり、広島に関しても、有力政治家が出たから、その後も総理大臣を多く輩出しているという側面が大きいのである。群馬では、福田達夫氏が福田赳夫、福田康夫という親子に次ぐ三代目の衆議院議員となっている。福田達夫議員は54歳で当選わずか3回であるにもかかわらず、今回、岸田新総裁によって総務会長に抜擢されており、将来の総理候補の雰囲気を醸し出している。
山口出身の総理大臣が多いのには、長州派閥が明治政府の要職を占めていたからという側面だけでなく、戦後、岸信介、佐藤栄作という2人の有力政治家を輩出したことそのものの効果が大きいと考えられるのである。
■世襲議員が総理となるケースが増えるカラクリ
総理大臣の出身県はどこかをめぐって、ますます重要度を増している要素は、増加する世襲議員の存在である。
日本の選挙システムは、地元の個人後援会とこれを中心とした人的ネットワークからなる「地盤」と称されるものが基礎となっており、国会議員になるためには、①市町村議会議員→県会議員→国会議員というルートをたどって自らの地盤を作りあげていくか、②政治家である親・親族の地盤を引き継ぐ(二世議員の場合)、③秘書として仕えていた政治家の地盤を引き継ぐ場合が多い。岸田新総理は②であり、菅前総理は③である。
自由民主党は政党のかたちを取ってはいるが、実は、こうした選挙地盤の形成・維持を家業とする自営業政治家が組合員となってつくる農協のような存在であるといってもよい。さらに言えば、もともと現職有利の小選挙区で当選を重ねる衆議院議員は江戸時代の藩主に似ている。自民党の党役員は、譜代大名の有力藩主が就く江戸幕府の老中のようなものであり、幹事長はさしずめ大老に比せられるのである。
政治家が総理大臣にまで出世するには時間がかかる。自民党内には当選何回という年功序列システムがあるためである。党や政府の要職に就くにはそれぞれの段階で当選何回という基準が重要になっている(もちろん能力や評判による抜擢人事もあるが)。従って、党の要職や閣僚を経て、総理大臣にまで上り詰めるにはかなりの時間を要するのが普通だ。
その場合、①の市町村議会議員→県会議員→国会議員というルートではやっと国会議員なれてもそれから当選を重ねた頃には年を取りすぎていることになる。やはり、②で若い時に親や有力政治家の地盤を継いで国会議員となり、その後、当選を重ねるというケースが総理大臣への近道ということになる(岸田新総理のように早く継げればさらによい)。総理大臣に二世議員が多くなるのは当然なのである。
二世議員の場合、親が東京で子どもに教育を受けさせようとするので、出身地は地方でも育ちは東京、出身高校も東京の高校である場合が多くなる。これは、江戸時代の藩主は参勤交代の制度から母親が住む江戸生まれ・育ちが多く、藩主にとって地元はむしろ単身赴任先のような位置づけとなっていたのと近いのである。
この点を見るために、図表3に49代宮沢喜一元総理(上で履歴を略述)以降の出身県、父親の職業、卒業高校・大学を掲げた。宮沢喜一元総理は旧制高校出身としては最後の世代である。
森喜朗(石川)、菅義偉2首相以外の自民党の総理大臣はすべて衆議院議員を父親に持つ世襲議員である。そのため、東京隣接県出身の小泉純一郎(神奈川)、野田佳彦(千葉)の2首相を除くと、地方出身県の高校卒業は、森、菅の2首相だけであり、他はすべて東京の高校卒業である。今や方言を話す総理大臣などはいない。岸田総理は広島弁で会話しないのである。
今後も、政治家の家業化に依拠した自民党一党支配の政治構造が続いていくとすると、総理大臣の出身県も有力な政治家の系譜を抱える地域にさらに特化していくとも考えられる。すなわち、「もともと有力政治家が多かった県以外の出身総理は出にくい」という法則が続きそうだ。
また、自民党はもともとイデオロギー政党として側面はそう強くないが、東京の進学校出身の総理大臣が多くなれば、そこで醸成される上品で進歩的な気風が日本の政治に反映してくるのが自然な流れだろうが、今回の重要閣僚の顔ぶれを見る限り、古臭い「昭和自民党」のにおいがぷんぷんするのである。
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統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)
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