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「会社は残業するなと言うが…」在宅勤務の女性たちを追い詰める成果主義という落とし穴

プレジデントオンライン / 2021年10月7日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Virojt Changyencham

在宅勤務では長時間労働をしていても、その実態が見えづらい。ノンフィクションライターの飯島裕子さんは「労働時間ではなく、定められた職務を評価するジョブ型雇用はテレワークと相性がいい。しかしそこには“隠れ過重労働”を引き起こすという罠がある」という――。

※本稿は、飯島裕子『ルポ コロナ禍で追いつめられる女性たち』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

■子育て中と比べれば「ありがたい」と思っていたが…

由紀恵さん(53歳)は新卒で外資系IT企業A社に入社後、30年が経つベテランエンジニアだ。コロナ第1波の2020年3月初めから現在まで在宅勤務が続いている。

当初、由紀恵さんの勤める会社は、情報産業をリードする存在として率先してテレワーク推進を打ち出したというが、情報漏えいやコンピュータウイルス感染の恐れがあるとして、非正規は在宅不可だったという。その後、組合などからの要求があり、派遣社員を含め、パソコンが貸与される形で、約9割がテレワークに移行した。在宅の条件は9時から18時までの間連絡が取れる状態であること。

「昔、子育て中、早く帰宅するかわりに家に持ち帰って仕事をしていた時代がありました。夜中に資料を作って自宅のプリンターで出力したり……。完全なサービス残業だった。あのころに比べれば今回のテレワークは環境も整っていてありがたいという気持ちがありました」

■24時間、365日体制で働くエンジニアも

ところがテレワークを始めて数カ月経つと、通勤している時より長時間拘束されているような感覚を持つようになったという。

「在宅だからいいだろうとお客様との会議が夜20時からセットされることもあって。お客様相手なので『勤務時間は◯時から◯時までです』と言いづらく、結果的に長時間労働になってしまうことが増えています」

特に若手エンジニアなど職位が低い人ほど、長時間労働に陥る傾向があるという。終業時間後はメールを見ないことになっていてもついつい見てしまい、客先に連絡したり、依頼に応じてしまう。しかしメールを勝手に見たのは自分なので残業は申請しづらい。テレワーク体制により、24時間、365日体制でエンドレスに仕事をしてしまうエンジニアも出てきているという。

■長時間労働へと駆り立てる「稼働率」評価制度

その背景にはこの企業が導入している裁量労働制とジョブ型評価制がある。エンジニアをはじめとする技術職が裁量労働制とジョブ型評価制にシフトしたのは今から10年ほど前のことだ。裁量労働制においては、由紀恵さんなどのエンジニアにとって、業務の「稼働率」が重要な評価基準となる。稼働率が低い状態が続けば、リストラの対象になってしまう。

暗闇の中でラップトップで遅くまで働く若い女性
写真=iStock.com/Ping Li
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ping Li

「稼働とは有料の仕事をした時に換算されます。たとえば、お客様のためにドキュメント(書類)を作成することは“稼働”ですが、研修を受ける、有給を取ることは“非稼働”となります。全労働時間に対して稼働がどれだけあったかによって稼働率が計算され、稼働率が低い社員は売上に貢献していないとみなされ、査定の時、低い評価になってしまうのです」

由紀恵さんの昨年の稼働率は94%。高い稼働率のように思われるが、ごく平均的な数値だという。稼働率が低ければ有給を取ることはできず、残業してでも稼働率を上げなければならなくなる。

この企業ではエンジニアに対してみずから公募してプロジェクトに入る、アサイン制をしいており、プロジェクトごとにメンバーが入れ替わる。

「一つのプロジェクトが終わると社内の募集サイトにログインして次の案件を探すことになります。就活生のようにこれまでの経歴をまとめたエントリーシートを送り、面談を受け、採用されなければならないのです」

■次の仕事が決まらず社内で1カ月間“就活”

2020年秋、由紀恵さんが関わっていたプロジェクトが終了した。早めに次を決め、待機期間に研修を受け、休暇を取るつもりでいたのだという。

「2週間ほどあれば次が決まると思っていたのですが、まったく決まらず、1カ月近く“就活”することになりました。10カ所くらいに応募したのではないでしょうか。この“ベンチアサイン期間”は稼働にならないので、長引くほど査定に響いてきます。だんだん焦ってきて、希望しない仕事や条件の良くない仕事に応募せざるを得なくなっていくのです」

一つの仕事が終わると必死になって次の仕事を探さなければならない――街中で次の配達を待つウーバーイーツのドライバーの姿と重なってしまうのは私だけだろうか。

“ベンチアサイン”を恐れるあまり固定化したメンバーで閉鎖的なグループをつくり、プロジェクトをまわそうとする人たちもいるという。

「採用の決定権があるPM(プロジェクト・マネジャー)が力を持っていますから、少しでも優秀と思われたいと隠れて長時間労働するなど無謀な働き方をして、心身を壊してしまう人もいます」

■サービス残業で成り立つ苛烈な弱肉強食の世界

特にテレワークが続く今、長時間労働の実態が見えづらくなっている。個人として査定される際は稼働率の高さが重要になってくるが、プロジェクト単位で考えると稼働率が高くなるほど、顧客の支払いが増えることになる。そのため、追加稼働(残業)が必要になった場合、顧客や上司の心証を良くしたいとサービス残業で済ませてしまう社員も少なくないのだという。

「残業代を請求することはもちろんできますが、残業が多いと仕事ができないやつということになり、人事考課が悪くなったり、PMから次のプロジェクトに呼んでもらえなくなることを恐れているんです。若手の中には厳しい競争社会の中で鍛えられると錯覚する人もいますが、心身をすり減らし、最新技術についていくことは容易なことではありません」

由紀恵さん自身、今回、次のプロジェクトがなかなか決まらなかったことについて技術面の問題をあげる。研修等で補っているものの、エンジニアに求められる技術は日々変化しており、新しい技術で育ってきた若手社員のほうが有利な場面も少なくない。しかしそれもいずれ古くなり、新たなライバルが出現する。まさに苛烈な弱肉強食の世界だ。

■テレワークの社員を適正に評価するためには

この企業で40年以上働き、現在は嘱託職員となっている正志さん(63歳)は組合活動にも携わり、社員からのさまざまな相談に応じてきた。アサイン制が導入されて以来、社内がギスギスした雰囲気になり、離職率が上がり、メンタル疾患を抱える社員が増加していると正志さんは言う。特にテレワークと成果主義がセットになることの危うさを指摘する。

「実態が見えづらいテレワークで、成果を期待され、隠れて過重労働をしてしまう人も少なくありません。その結果、心身ともに追い詰められる社員が増えているのではないでしょうか。しかし出社して顔を合わせる機会もないため、互いの不調にすら気づかない」

労働時間での評価が見えづらくなったことを理由にジョブ型へ移行する企業が増え始めている。富士通や日立は2020年、一部従業員に対し、ジョブ型を導入し始めたことで話題になった。

ジョブ型とは事前に職務内容を明確に定める雇用制度で、これまで曖昧だった仕事の範囲が明らかになり、働きやすくなるという側面もある。特に出勤せず、自宅などで個別に働くテレワークにおいては、職務を明確に定める必要性もあるだろう。

こうした観点からも労働時間ではなく、定められた職務に対して評価を行うジョブ型雇用はテレワークと非常に相性がいいということができる。

■成果主義のもと横行するジョブ型リストラ

一方でジョブ型が成果主義の温床になりやすいことは、由紀恵さんが勤める大手外資系IT企業A社の例からも明らかだ。

ジョブ型という言葉を最初に用いたのは濱口桂一郎氏(労働政策研究・研修機構)である。ジョブ型では採用時に職務内容、勤務地、勤務時間など仕事の条件があらかじめ決定され、文書(ジョブ・ディスクリプション)化される。それはあくまでも「仕事の範囲」を示すものであって「評価基準」を示すものではない。しかし、現在多くの日本企業においてジョブ型制度は、職務を明確に定義した上で労働時間ではなく、仕事の成果で評価する成果主義として浸透しつつあるようだ。

A社が採用するジョブ型制度でもあらかじめ職務内容を定めたジョブ・ディスクリプションをもとに成果を測った上で査定を行い、賃金やボーナスを決定する方法を取っている。

「ジョブ型を逆手に取り、『あなたのジョブはなくなりました』と退職勧奨やリストラを受けるケースが多数出ています。会社の都合で職務を改廃する際に必要となる配置転換や教育訓練などについても『あなたの能力が足りなかったせいだ』と自己責任のように扱われてしまうことがあるのです」(正志さん)

由紀恵さんも体調不良による長期休暇を取得し、稼働率が下がった際、上司からジョブ・ディスクリプションを提示され、「能力が足らない」「今後のキャリアをどう考えるのか」とジョブ型リストラを断行されそうになったことがあったという。

上向きと下向きのチャートを示すビジネスマン
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/takasuu

■会社側にはメリットばかりだが社員側にはリスクも

職務内容が明確で専門性が重視されるジョブ型は、キャリアを追求したい個人にとって魅力的な制度のように思われる。一方で仕事が個人に固定化されるため、その職務が必要なくなった場合、リストラの対象となりやすく、行き過ぎた成果主義による査定が行われるリスクもあるのだということを覚えておく必要があるだろう。

そしてジョブ型がさらに普及すれば、会社は正社員を採用せず、ジョブ単位での雇用契約、あるいは業務委託契約を個人と結ぶようになることも十分考えられる。個人事業主化すれば、企業側は社会保険料を削減でき、労務管理上の責任から逃れることが可能となる。

実際、A社ではジョブ型制度に移行した際、エンジニアを含む技術系正社員等多くの職種を契約社員あるいは個人事業主に置き換える計画があった。組合等が強く反対したため、ジョブ型への移行のみで終わったが、事務部門などはすべて外部委託先が請け負うことになったのだという。

■社員のフリーランス化が進む大手企業

テレワークの普及や政府の後押しなどもあり、副業や雇用によらない働き方への関心が高まっている。専門性の高い個人にとっては仕事の機会が増えるほか、キャリアアップや収益増に繋がる可能性もあるだろう。人生100年時代を見越して一つの企業や仕事にしがみつくのではなく、複数のスキルを身につけ、柔軟にキャリアを変革させていくべきという考え方も理解できなくはない。

こうした機運の中、電通やタニタなどの企業は希望する社員を個人事業主(フリーランス)化する制度を実施し始めている。電通は2021年から正社員の3%に相当する約230人を業務委託契約に切り替え、個人事業主化させる制度をスタートさせた。すぐに完全フリーランス化させるのではなく、希望者は退職した後、電通の子会社と業務委託契約を結ぶことで最大10年間は仕事の受注と一定の報酬を受け取ることができる仕組みだ。

■社会保障の網からこぼれ落とさない政策を

一方、個人事業主化への動きは非正規社員などの立場においても起こり始めている。ウーバーに代表されるようなドライバーや配達人の個人事業主化をはじめ、事務や経理など契約社員や派遣社員が多く担ってきた仕事が、クラウドソーシングなどデジタルを活用することにより、個人請負化してきている。今後もこうした非雇用型のテレワーカーが増加していくことが想定される。

飯島裕子『ルポ コロナ禍で追いつめられる女性たち』(光文社新書)
飯島裕子『ルポ コロナ禍で追いつめられる女性たち』(光文社新書)

当初、コロナ禍により仕事を失ったフリーランスに対して何の保障もなかったことが問題となった。その後、持続化給付金という形で最大100万円までの保障が受けられることになったのだが、雇用保険、労災保険など社会保障制度から外れたフリーランスの危うさが露呈した出来事だったといえる。雇用によらない働き方が増加する中、労災保険の特別加入制度の導入など、政府はしかるべき政策を早急に打っていく必要がある。

コロナ禍におけるテレワークの普及や副業人口の増加など、働き方改革関連法の想定すら超えて、働き方は急速に変化しつつある。テレワークを含めた新しい働き方のメリットのみならず、デメリットにも目をやり、ここ数十年にわたり広がってきた正規、非正規といった雇用形態による差別や格差を広げる方向に進まないようにしていかなければならない。

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飯島 裕子(いいじま・ゆうこ)
ノンフィクションライター
東京都生まれ。大学卒業後、専門紙記者、雑誌編集者を経てノンフィクションライターに。人物インタビュー、ルポルタージュを中心に取材、執筆を行っているほか、大学講師を務めている。著書に『ルポコロナ禍で追いつめられる女性たち』(光文社新書)、『ルポ貧困女子』(岩波新書)、『ルポ若者ホームレス』(ちくま新書)等がある。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程満期退学。

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(ノンフィクションライター 飯島 裕子)

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