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数日で1割が辞める…「エリート自衛官の養成所」防大を卒業した女性ライターの現場ルポ

プレジデントオンライン / 2021年10月8日 11時15分

2021年4月5日、防衛大入校式 - 写真=picturedesk.com/時事通信フォト

「防衛大学校」は自衛隊の幹部候補生の教育機関だ。その卒業生であるライターの松田小牧さんは「忙しなく動く上級生の姿、清掃や点呼の厳しさを見て、だれしもが着校したその日から『これが防衛大か……』と息を呑むことになる。例年、わずか数日で入学者の1割が辞めてしまうほどだ」という——。(第1回)

※本稿は、松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。

■二千人の学生が生活する防衛大学校

2007年4月1日。私は京浜急行馬堀海岸駅からタクシーに乗り、防大にたどり着いた。

正門からは、白く綺麗な建物が見える。受験はすべて居住地にある施設で行われたので、防大を見るのは着校日が初めてだった。

持ち物は判子、文房具、洗面用具、下着、Tシャツと短パン、それにいくばくかのお金程度。そこまで大きいわけでもないカバンに収まってしまう程度の分量だ。とてもこれから大学生活を始める女子の荷物の量とは思えない。胸には新たな生活への期待と、厳しい環境でやっていけるだろうかという一抹の不安があった。

午前8時半から11時の間に着くよう事前に指示があったため、余裕を持って8時半過ぎに着くと、すでに多くの同期たちが到着していた。私の心情も手伝ってか、みなやや緊張した面持ちに見えた。

当時は大体が本人だけで来ていたが、今は保護者の付き添いも目立つという。防大は大隊制を敷いており、二千人弱の学生が四つの大隊に分かれ、校内の「学生舎」と呼ばれる寮で生活している。

学生隊の編成(出所=『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』p.47)
学生隊の編成(出所=『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』)

■入校してすぐに叩き込まれる「連帯責任」

私の所属は第1大隊だとの指示を受け、校内を移動する。校門から学生舎までの道のりは桜が立ち並び、思わず見惚れてしまうような光景だった。防大のみならず、自衛隊の駐屯地には桜が咲き誇っている場所が多い。

一見美しく整備された防大を見て、「ここならやっていけそうだ」と何の根拠もない感慨が湧いたことを強く覚えている。そして1大隊に到着すると、学生舎の前で待っていた上級生に名を告げ、またしばらく待つ。

そのうちに、上級生の女子学生がやってきた。「よろしくね! 早く来てくれてよかった」。威圧感を感じさせない、明るい人だった。この上級生が、防大で導入している「対番制度」の相手、私から見た「上対番(うえたいばん)」だ。

対番というのは企業でいうメンターのようなもので、新入生にいろんなことを教えてくれる、なくてはならない存在だ。入校してしばらくは、ミスをするたびに上級生に呼び出されて叱責されるが、最初のうちは自分が怒られる代わりに「きちんとした指導ができなかった」と上対番が怒られることもままある。

自分のせいでなんの落ち度もない上対番が怒鳴られる姿を見るのは極めて心苦しい。「上対番のためにも早く成長しなければ」。こうして、入校ほどなくして「連帯責任」「誰かのために頑張る」ことを学ぶ。

基本的には2学年が1学年の上対番となるため、校内には四人の「対番系列」が存在することになる。

バックパックを背負っている人
写真=iStock.com/mangpor_2004
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/mangpor_2004

■「おぉ、軍隊だ……!」

「対番会」といって最上級生が下級生を街へ連れ出す独特の風習もある。対番系列は脈々と続いているものなので、自分の下対番が防大を去ることになると、「自分の代で対番系列を途切れさせてしまった」と悲しむことになる。

話を戻すと、「早く来てくれてよかった」と言われたのには理由がある。防大の生活はとにかく初日から忙しいのだ。まずは特にお世話になる指導官、上級生への挨拶を行う。そして制服の採寸から作業服への着替えに校内の案内、学生舎のルールの説明など、あっという間に時間が過ぎる。

身体検査も行われるが、この際併せて薬物検査も実施される。ちなみに、1学年の間は外出時にも私服を着ることが許されないため、学校まで着てきた私服はその後実家に送り返すことになる。移動中、他学年とすれ違えば敬礼を交わし、頻繁に「1300(ひとさんまるまる)舎前に集合せよ」といった専門用語を交えたアナウンスが流れる。

最初のころはそんな一つ一つに「おぉ、軍隊だ……!」と心の中で感動していた。私の住む寮は、学生隊で最も古い「旧号舎」と呼ばれる建物だった。「旧号舎」という字面だけでもいかめしいが、とにかく住環境としては全く褒められたものではない建物だった。

■「大奥」と呼ばれていた女子フロア

クーラーなんてものはなく、あるのは大きな音を出すヒーターのみ。夏は暑く、冬は寒い。ベッドには真夏でも毛布しかない。時々、暑すぎて床に伏して涼を取る者もいたくらいだ。雨が降ると雨水が室内に浸入してくるのを防ぐため、窓の桟に新聞紙を折り曲げて挟む。

強風が吹けば、窓が割れないようにガムテープをバッテン印に貼る。「このガムテープになんの意味が?」と長らく思っていたところ、ガムテープを貼りそびれた窓は確かに割れた。ちなみに紙のガムテープだと剝がすのに苦労するので、布テープのほうがいい。どんなに昔の話かと思われるかもしれないが、恐ろしいことに、これは2010年代の話である。

今は全員が新号舎に移っており、さすがにこういったことはない。羨ましい限りだ。

建物の構造としては、1〜3階が男子フロア、四階が女子フロアになっており、女子フロアは心理的にも男子が極めて足を踏み入れにくいことから、「大奥」とも呼ばれていた。

■テレビもない殺風景な8人部屋で生活

部屋員は1~4学年混成の4~6人で構成されていた。防大の部屋割は時代によって変化し、同期二人部屋という時期もあったが、「同期二人では堕落がすぎる」というのですぐに廃止となり、現在の学生舎では8人部屋が基本となっている。

部屋は居室と寝室に分かれ、居室にはそれぞれの机が置かれている。テレビやゲームはおろか不必要なものが全く見当たらない、いたって殺風景な部屋だ。漫画は持っていてもいいが、見えない場所に隠さなければならない。

高校まではかなりのテレビっ子だったので、テレビがない生活に戸惑うかと思いきや、とてもそこまで思いを致す余裕などないことをすぐに知ることになる。机の上の書籍は、綺麗に背の順に並んでいる。これを「身幹順(しんかんじゅん)」といい、何事もこの順序が自衛隊の基本となる。

パレードなどでも「身幹順に整列!」と指示される。ただこのパレードでの身幹順というのは、背が高い者から前に並んでいくため、女子は基本的に一番後ろに並ぶことになる。結果、女子の視界には男子の背中しか入らない。

忙しなく動く上級生の姿、清掃や点呼の厳しさを見て、誰しもが着校したその日から「これが防衛大か……」と息を呑むことになる。

ユースホステルの室内
写真=iStock.com/wakila
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/wakila

■「やばいところに来ちゃったと思った」

防大では着校日、上級生による「歓迎の腕立て伏せ」が行われることが多い。

入校した1学年の期別の数だけ(私の場合は55期=55回)上級生が腕立て伏せをする姿を見て、「なんだこれはと衝撃を受けた」「やばいところに来ちゃったと思った」「見ている分には面白かった」などという声が取材の中でちらほら聞こえた。

防大について「なんの予備知識もなく来た」という者の中には、「あまりにびっくりしてしまってその夜は寝られなかった」という声もあった。

防大生には毛髪の長さの指定がある。染髪は当然禁止だ。女子は1学年のみショートカットにせねばならず、その長さも耳や襟足が完全に隠れればアウトと決められている。春高バレーでよく見かける髪型、と言えば想起しやすいだろうか。ショートの中でもベリーショートの部類だ。

うら若き十代の乙女がこの髪型にするのはなかなかの決意がいる。私は高校時代、いわゆる「お姉系」を軽く自称していた。休日には髪をコテでグルグルに巻き、大人っぽい服装を好んで着用していた私にとって、この「髪を切ること」が防大入校への第一の関門となった。

散髪している様子
写真=iStock.com/Satoshi-K
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Satoshi-K

■同じ髪型になるからこそ個性が浮き彫りになる

女子の中にもこの髪型を「あまり気にしていない」というツワモノもいるにはいたが、「好ましい」と思っている者は聞いたことがない。2学年の5月以降は伸ばしてもよくなるため、みなその時期を心待ちにしていた。

しばらくは鏡で自分の姿を見るたびに落ち込んでいたが、同時に1学年時はドライヤーで髪を乾かす時間すら取れないため、あっという間にドライヤーいらずで髪が乾くこの髪型は、防大1学年の生活を送る上ではなるほど合理的だとも思うに至った。

ちなみに、男子の髪型は「帽子からはみ出さない」が基準となる。そのためトップには多少ボリュームを残し、サイドが短いといった男子が量産される。この髪型は1学年であろうが4学年であろうが、はたまた部隊に行こうが大して変わらない。

駐屯地や基地のある地域でこういう髪型をした屈強な男がいたら、それは大体自衛官だと思って間違いない。ただ、最初のうちは「みんな似たような髪型で同じ制服を着て、見分けがつかない」と思っていたのが、みな同じ服装だからこそ、その人の持つ本質的な個性がより浮き彫りになることを実感したのは面白い発見だった。

■次々と中退していく新入生

防衛大学校に到着したのは4月1日。入校式は4月5日。この期間は通称「お客様期間」と呼ばれ、まだ防大生として正式に認められない期間となる。

最初は歓迎ムードで迎え入れてくれ、優しかった上級生も、入校式を終えて正式に「1学年」として認められると一転、厳しい態度になる。この数日間は、「すぐに防大をやめられる期間」でもある。

入校までに退校の意思を伝えると即日受理され、家に帰ることができるが、入校式を過ぎてからの退校手続きは完了までにかなりの時間がかかるようになる。上級生も、やめるなら早い方が本人のためになると信じているので、この「お客様期間」にあえて厳しい態度を見せつける。

ただし、まだお客様の1学年に、ではなく、2学年にこれでもかというほどの指導をし、1学年を震え上がらせるのだ。とはいえ、私は「仮にも幹部自衛官になると決意して入校してきたやつが、数日やそこらでやめるわけがないだろう」と思っていた。

仮にも軍隊組織であり、入校案内にも、「熟考し、しっかりとした自覚と、やり抜く覚悟を持って入校することを期待する」と書いてあるくらいだから、厳しい場所であることくらいは分かっていただろう、と。しかし学生の数は目に見えて減っていった。

■わずか数日で1割が退校

私の隣に座っていた北海道から来た女子学生も、2日目までは「とりあえず最初の給料日までは頑張ろう」と言い合っていたのに、3日目には「ごめん、無理だわ、やめる」と去って行った。

松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)
松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)

毎日入校式のための練習があり、最後に学生代表が「総員○名!」と言う場面があるのだが、うろ覚えだが当初520名ほどいた学生が、入校式当日には470名超になっていた。わずか数日で約1割が減った。

ちなみに卒業時にはもう1割ほど減っている。私の3期上にあたる52期では、入校561名、卒業424名、退校106名、留年31名だった。また女子に限って言うとやめる割合はさらに高く、これまでの女子全体では入校したうちの3分の1は卒業前にいなくなる(直近5年間では6分の1)。

ただし一つ補足しておくと、やめていく人間というのは別に弱い人間でも、頑張れない人間でもない。単に自衛隊という組織に合わなかっただけだ。

自衛隊には「国を守る」という崇高な大義があるだけに、「みんな頑張っているのに、これを乗り越えられない自分はダメなんじゃないか」と思い悩んでしまう真面目な人間が必ずいる。でもそれは違う。組織がその人に合わなかっただけなのだ。

国の守り方、志の実現の方法など、ほかにもいくらでもある。やめることは逃げではない。自衛隊的に言うと、長い目で見て勝利を得るために必要な「戦略的撤退」だ。この点は声を大にして言いたいところである。

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松田 小牧(まつだ・こまき)
ライター
1987年生まれ。大阪府出身。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。 陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、時事通信社に入社、社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。

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(ライター 松田 小牧)

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