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「韓国人、中国人に完敗」オペラの本場で日本人が活躍できない根本的な理由

プレジデントオンライン / 2021年10月22日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/suteishi

日本は声楽大国だ。主要団体に所属している人だけで3000人近い声楽家がいる。しかしオペラの本場である欧州の主要歌劇場では、その姿をほとんどみない。一方、中国や韓国のオペラ歌手は多数活躍している。音楽評論家の香原斗志さんは「日本人がオペラの本場で活躍できないのは、骨格以外に原因があるからだろう」という——。

■なぜオペラのキャストに日本人の名前がないのか

東京オリンピックで日本選手は58のメダルを獲得し、そのうち27は金メダルだった。過去最多はリオ大会の41、金メダルの数はアテネ大会の16から、大幅に記録を更新しての史上最多である。

開催国が有利といわれるにせよ、多くの競技で日本の選手の技能レベルが向上しているのは間違いない。欧米やアフリカなどの選手とくらべ、フィジカル面でハンデを背負う競技も多いが、よく克服しているのは、同じ日本人として誇らしい。

スポーツにかぎらない。バレエ・ダンサーにせよ、ピアノをはじめとする楽器にせよ、技量が問われる分野で、このところ日本人の活躍はめざましい。

その一方、日本人が国際的になかなか活躍できずにいる分野もあって、その一つにオペラの歌唱が挙げられる。新型コロナウイルスの感染が拡大する前まで、私は欧米で毎年、少なくとも十数公演のオペラを鑑賞していたが、残念ながら、キャストに日本人の名が含まれる公演には、まれにしか出会わなかった。

■声楽家の数は決して少なくない

オペラとは、要するに「セリフが歌われる音楽劇」のこと。だから歌手の技量が肝心かなめで、しかもポップスなどと違い、拡声器を通さない生の声を、オーケストラを突き抜けて客席まで響かせなければならない。スポーツにも似た、鍛え抜かれた技量が問われるが、それを習得した日本人が少ないということだろうか。

しかし、実は日本は声楽大国なのだ。日本を代表する声楽家の組織に二期会と藤原歌劇団があり、所属歌手は、前者は会員と準会員を合わせて約2700名、後者も団員と準団員の合計が1000人前後に達する。もちろん、両団体に所属していない日本人歌手も多い。

それなのに、海外の歌劇場からのオファーが少ないのは、フィジカルに問題があるからだろうか。

実際、日本人のフィジカルはオペラの発声に向かない、という指摘はあって、それは次のように説明される。白人や黒人は、正面から見た顔の横幅よりも頭の奥行きのほうが長いが、日本人は顔の横幅よりも頭の奥行きが短く、頭蓋骨の前後の長さが足りない。だから声が頭蓋骨のなかで共鳴しにくい——。

■韓国人は欧州で主役を勝ち取っている

だが、それは決定的な問題ではないはずだ。というのも、「キャストに日本人の名が含まれる公演には、まれにしか出会わなかった」と書いたが、韓国人や中国人の名は頻繁に見たからだ。とりわけ韓国の歌手は、ヨーロッパの主要歌劇場の公演なら、1人や2人、配役されているのが当たり前で、主役への抜擢も少なからずあった。

ほんの一例を挙げてみよう。2018年4月30日にスイスのチューリッヒ歌劇場で鑑賞したヴェルディ『ルイザ・ミラー』。ウルム役にウェンウェイ・チャン、ラウラ役にソヨン・リーと書かれ、ともに韓国人だ。

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場は毎年、世界にライブビューイングを配信している。2015年10月、日本の映画館でも上映されたヴェルディ作曲『イル・トロヴァトーレ』の主役は、ヨンフン・リー。やはり韓国人である。

ニューヨークにあるメトロポリタン劇場は、世界最大級のオペラハウスとしても知られる。(写真=Ajay Suresh from New York, NY, USA/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)
ニューヨークにあるメトロポリタン劇場は、世界最大級のオペラハウスとしても知られる。(写真=Ajay Suresh from New York, NY, USA/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

つまり、日本人と骨格の構造が近い東アジアの歌手たちは、かなり活躍できているのだ。人口が多い中国の歌手は措くとしても、人口が日本の半分にも満たない韓国の歌手が、日本人の何倍も起用されている以上、日本人に骨格以外の原因があると考えるべきだろう。

■他国に比べ圧倒的に低い留学志向

ドイツへの長期留学経験がある女性歌手は、日本人留学生の特徴をこう指摘する。

「日本人は内向きで、思い切って留学しても、与えられた課題をこなすだけで、自分で課題を見つけられません。また、自己肯定感に欠ける人が多い」

コロナ禍を迎える前の2019年5月に発表された内閣府の「我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」(13歳~19歳までの男女が対象)によると、「将来外国留学をしたいか」という問いに、短期留学も含めて「したい」と答えたのが、日本人は32.3%なのに対し、韓国人は65.4%と2倍以上だった(注)

この意識の差は、たとえば、アメリカの大学に通う留学生数からも裏づけられ、韓国人は5万人を超えるが、日本人はその3分の1にも満たないのだ。

イタリアに留学中の別の女性歌手は、日本人が留学に消極的なのは、大学教育や専門教育のあり方も関係していると語る。

「オペラは欧米の文化なのに、音楽大学の声楽科の教員には留学経験者が必ずしも多くない。しかも、教え子が留学を希望とすると、『日本でできることがまだあるはず』と言って足を引っ張る教員も多い。自分の門下に留めておきたがる傾向があるのです。一方、韓国の音大は欧米で学んだ教員が中心で、学生にはできるだけ早いうちから本場で学ばせようという意識が強い」

日本で能楽を学びたいドイツ人学生に、「ドイツでできることがまだあるはず」と諭すような指導が、現実に行われているというのだ。

■自己肯定感が低いと外国人が肯定してくれない

また、海外で成果をあげるには、自己肯定感が欠かせないとよく指摘されるが、これについても、前出の内閣府の調査で結果が示されている。

「自分自身に満足している」という問いに「そう思う」と答えた人は、日本人は10.4%にすぎないのに対し、韓国人は36.3%。さらにフランス人は42.3%で、アメリカ人は57.9%で、調査対象の7カ国中、自分への満足度すなわち自己肯定感は、日本人が圧倒的に低かったのだ。

「出演予定の歌手が急病のときなど、歌劇場は代役を探します。若手はそういうチャンスをものにすることが大事。全曲通して歌えるレパートリーを増やして代役のオファーを待つとか、勉強したことがない作品のオファーを受けても、急いで楽譜を買って数日で仕上げて舞台に立つとか、積極性が必要です。でも、そういう前向きな姿勢がある日本人は少ない」(前出の女性歌手)

海外で認められるとはすなわち、是が非でも食らいついて、外国人に自分を肯定させるということだろう。そういう突破力は、自己肯定感があってこそのものである。

■日本語はしゃべるときに表情筋を使わない

最後に、日本人にとって最も根の深い問題に触れたい。それは留学しても修正するのが難しい、日本語特有の発語に関するものである。

イタリアに長く住んでいた歌手が言う。

「日本人は喋っているときに表情が見えにくい。日本語は顔の表情筋をほとんど使わずに喋れてしまうからで、韓国語や中国語とくらべても、圧倒的に表情筋を必要としません。口先をわずかに動かすだけで、ほとんどの意思疎通が可能なのが日本語で、このコロナ禍にかぎれば、飛沫が飛びにくいというメリットがありますが、外国語を発音し、外国語で歌ううえでは、大きなハンデを背負っています」

イタリア語とくらべてみたい。母音を強調するのでカタカナに近く、日本人には発音しやすい言語だとよくいわれるが、実は、日本語とは発語する場所がまったく違う。

日本語は口先だけを動かせば、舌も口内の筋肉もほとんど使わずに発語できる。一方、イタリア語は口の奥の舌根付近で発語し、口内のあらゆる筋肉を動かして音を響かせる。

こうした特徴は、英語にもフランス語にもドイツ語にも共通している。ところが、その違いに気づかないまま、口内の筋肉は遊ばせたまま口先だけで発語し、表面的にイタリア語やフランス語、英語を真似ている人が多いのだ。

■欧米の身体表現を学べば外国語も上手くなる

「オペラ歌手の楽器は自分の肉体です。イタリア人歌手は、口内の筋肉を動かして発語する型を作り、その上に息を通し、言葉を乗せます。一方、日本人には筋肉を動かすという発想がないから、楽器がゆるんだまま発語し、あとから息が出る。筋肉と息と言葉の関係がバラバラになってしまいがちなのです」(同前)

たとえば、いわゆる「三大テノール」の一人としても一世を風靡(ふうび)したルチアーノ・パヴァロッティの歌を聴けば明瞭だと思う。

ルチアーノ・パヴァロッティの歌声は、神に祝福された声とも称された。2002年6月15日、スタッド・ヴェロドローム(写真=Pirlouiiiit/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)
ルチアーノ・パヴァロッティの歌声は、神に祝福された声とも称された。2002年6月15日、スタッド・ヴェロドローム(写真=Pirlouiiiit/CC-BY-2.0/Wikimedia Commons)

たしかに母音を強調しているが、日本語よりはるかに奥行きがあり、響きが深い。

海外に長く住んでも、この問題に気づかない日本人が多いのだが、なぜだろうか。

だれでも母語は無意識に発語し、舌をどう使い、どの筋肉を動かし、息をどう通すかなど意識しない。だから、イタリア人は(ドイツ人でも、フランス人でも)日本人の発音がどこかおかしいと思っても、原因を指摘するのが難しい。その結果、日本人も、なにを修正すべきなのか気づきにくいのだ。

すでに述べたように、日本語は身体表現なしに発語できるが、欧米の言語は、しゃべること、そして歌うことが、そのまま身体表現になる。言うまでもなく、オペラの歌唱はその延長にある。

そのことについて、おそらく韓国人のほうが気づきやすいと思われる。というのも、韓国の英語学習熱は日本と比較にならないほどすさまじく、小学生のうちから週に3~5日塾に通い、1回につき3~6時間、ネイティブの講師のレッスンを受けるケースも珍しくないという。欧米の言語の「身体表現」が身に付くわけである。

■日本人オペラ歌手で活躍が期待されるのは…

現在、コロナ禍で欧米人の発語や発声に接する機会が減り、日本人のオペラ歌手にとっては、いっそうの困難が続いている。しかし、主に自己肯定感と発語の問題をクリアできるなら、世界に伍する歌手がもっと現れるはずだ。

実際、新国立劇場の2021/2022シーズン開幕公演、ロッシーニ『チェネレントラ』でヒロインを歌ったメゾソプラノの脇園彩のような例もある。ミラノに住み、イタリアでの舞台経験も豊富な彼女は、早くから世界レベルだったが、さらに磨かれていた。ここに記したさまざまな問題が克服されれば、日本人も世界で活躍できるのだ。

最後に、日本人が欧米の言語をしゃべる際、上手に発音できない原因も同じところにあることを指摘しておきたい。日本語の特徴を理解したうえで欧米人の身体表現をまねながら、自信をもって訴えることができれば、オペラにかぎらず外国人との間の意思疎通は、もっとスムーズになると思うのだが。

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香原 斗志(かはら・とし)
歴史評論家、音楽評論家
神奈川県出身。早稲田大学教育学部社会科地理歴史専修卒業。小学校高学年から歴史に魅せられ、中学時代は中世から近世までの日本の城郭に傾倒。その後も日本各地を、歴史の痕跡を確認しながら歩いている。音楽、美術、建築などヨーロッパ文化にも精通し、オペラを中心としたクラシック音楽の評論活動も行っている。著書に『イタリアを旅する会話』(三修社)、『イタリア・オペラを疑え!』(アルテスパブリッシング)、 『カラー版 東京で見つける江戸』(平凡社新書)がある。

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(歴史評論家、音楽評論家 香原 斗志)

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