「恋愛沙汰が起きても男子はお咎めなし」防大OGが見た時代遅れの"女性差別"
プレジデントオンライン / 2021年10月9日 11時15分
※本稿は、松田小牧『防大女子 究極の男性組織に飛び込んだ女性たち』(ワニブックスPLUS新書)の一部を再編集したものです。
■「嫌いだから合わない」という選択肢がない
ここで紹介するのは、防衛大学校における「人間関係」についてだ。これは時として、心をひどく蝕む原因ともなる。「人間関係」と一口に言っても様々あるが、まず「人間的に合わない」というものがある。
別に防大でなくたって合う、合わないはあるし、合わない人間と毎日顔を突き合わせていればしんどい。だが防大では、「嫌いだから会わない」という選択肢がない分、余計につらい。
「上対番と仲良くなれなかった」「いきなり同期から距離を置かれるようになった」「あの上級生は苦手だった」等々、やはりそういった事態は起こり得る。
上級生同士の仲が悪いと、部屋の下級生が気を配るということもある。ただ、「人間的には嫌いだけど仕事はできる」や、はたまた「人間的には好きだけどどうしようもなく仕事ができない」ということもある。
次に、指導されることによって起こる事柄だ。防大生なら誰しも、これまでの人生で受けてこなかったような激しい指導を受ける。この「指導を受けること」を「しばかれる」と呼ぶ。「今日○○さんにかなりしばかれた」と、毎日どこかで誰かが口にしている。
この「しばき」にも、よい指導と悪い指導がある。幹部自衛官たる資質を伸ばすために目的をもって行う指導はよいが、防大ではしばしば「指導するための指導」が散見される。
■「今から誰かをしばきに行こうっと」
上級生は「指導する」ことも責務の一つのため、「とりあえず怒鳴っておこう」という者が生まれてしまうのだ。そういう指導を行う者には、どういう返事をしてもムダだ。
たとえ上級生が指摘するミスの発生に真っ当な理由があったとしても、未熟な上級生はもれなく「言い訳か!」とそれすらも攻撃材料にする。そうなると1学年の取る術(すべ)は、ただひたすら反省しているふりをして時間が過ぎ去るのを待つことしかない。
大変不毛な時間だ。同期で一人、「いえ! これは言い訳ではなく理由です!」と返したとして同期から賞賛を受けた男子がいたが、裏を返せばそんな当たり前の返答が賞賛されるほど、怒る方も怒られる方も思考が硬直化していると言える。こんな状況下では、「尊敬できない」上級生も生まれる。
「1年のときはあの先輩やばいと思って反論もしたが、途中から何を言っても変わる人じゃないなと諦めた。一貫性がなかったり、日本語がおかしかったり、呼び出された原因と話し始めたことが違ったり、話が収束しなかったり……理解できないことが多かった。指導の意図がよく分からないのは女子の方が多かった印象」
「『今から誰かをしばきに行こうっと』と廊下に出て行く先輩がいると男子から聞いて信じられなかった」
■ストレスで過食に走り4年で20キロ太った女子学生
取材の中で、「女子部屋がとにかく嫌だった」と話す者がいた。
防大では、「上級生は同部屋の1学年をしばかない」という不文律がある。同じ部屋の上級生に厳しい指導を受けると、部屋の中で萎縮してしまい、「逃げ場」がなくなるからだ。部屋の中はなるべく居心地のよい環境にしたい、という感覚がある。
ところが、女子部屋ではそうはいかない。旧号舎では4階すべてが女子フロア、つまり複数の女子部屋があるため、同じ部屋ではなく、隣の部屋で指導を受けるということができるが、新号舎では各階の端に一つずつしか女子部屋がないため、どうしても同じ部屋内での指導が行われることが多くなる。その環境に批判的な意見は多い。
「とにかく女子部屋の緊張感がすごすぎた。リラックスできる場がなかった」
「男子部屋は和気あいあいとしているのに、女子部屋は逃げ場がなくなる。部屋でしばかないでほしい」
「女子がちゃんとしなかったら文句を言われる、などと言われてみんなすごくちゃんとしようとしていた。部屋の中でも普通にしばかれる。素の自分を出せない。もうずっと目立たないように目立たないように生きてきた」
「ストレスで過食に走ってしまった。4年間で20キロ太った」
また、男子部屋とも同じフロアで距離が近い。ある者はこんな経験を振り返る。
「男子部屋が近いのはどうかと思う。各国の士官学校や部隊の女性の隊舎は鍵がかかっている。しかし防大はそうなっておらず、女子トイレに男子学生がいたこともあった。それはダメだと指導教官に言っても、『公になるとあいつにも未来があるから』と揉み消された」
では旧号舎のように女子フロアの方がよいのかというと、今度は「旧号舎は4人部屋、新号舎は8人なので数が多い方が楽しい」「旧号舎が『大奥』と呼ばれているのが嫌だった。それは女子が異質扱いされてるってことだから」という意見もあった。
■「お前みたいなクズはいらねぇんだよ!」
心や身体が弱っているときに受ける指導は、より心に突き刺さる。
「1年のとき、怪我して松葉杖をつくことになった。できないことも増えて同期に迷惑をかける代わりに、できることは同期の分まで引き受けた。でも、ある日呼び出しを受けた上級生に、『お前、階段では松葉杖使ってないって聞いてるぞ! お前みたいなクズはいらねぇんだよ! お前の存在が同期の邪魔だ! お前みたいな奴は早くやめちまえ! いらねぇよいらねぇ!』と言われた。
自分ではこれ以上ないくらいに必死に生きていたつもりだったから、かなり応えた。こいつの前では涙を見せるものかと思って耐えたけど、部屋に帰って泣いていると過呼吸になった。
息ができなくて手足が痺れて、なんで頑張ってるのにこんな思いをしなくちゃいけないんだろう、私は防大にいない方がいいんじゃないかと思った。その4年生はその後親しげに話してくるようになったけど、卒業まで苦手だった」
上級生としては、「自衛隊に馴染めそうになければ早くやめさせるのがその子のため」「続けるのであれば覚悟を持たせる」という思いがあるので、1学年の比較的早い時期だからこそこういう指導になったのではないかと推察する。だが、そういった上級生の心情を推し量ることのできない1学年にとっては、ただただつらいだけだ。
■苛烈な指導を受けた生徒がうつ病に
ある者はこう振り返る。
「防大の教育自体が、その人の性格や感じ方、考え方を一度壊して作り替える印象がある。私は本当に世間知らずで甘えていた部分があるから、一度ペシャンコになってそこからいろいろ学んで『人格をもう一度、一から作りあげられた』と感じている。
結果、たくさんのことを学べたり身に付けられたりしたと思う一方で、ペシャンコにされたときのことが忘れられず、今も自己評価が低いまま」
彼女は自己肯定感の低下に苛(さいな)まれ、しばらくうつ病を患ってしまった、と話す。
また、苛烈な指導を向けられるのが自分ではなくても、つらさを感じるときがある。最もつらかったこととして、「他人がやられてるのを見たとき」と答えてくれた人も複数いた。
「上対番が自分のミスで腕立てをさせられるが、腕立てができない人だったので見ているのがつらかった」
「同期の女子が恋愛沙汰で問題を起こしてやめた。いろいろ言われて『女子でこういうことをやっちゃったからもういられない』って。でも男子はおとがめなしだった。それを見て、なんなんだこれはと思った」
「同期がテンキー(ロッカー)の中にゲーム機を隠していたのがばれて、反省ミーティング。みんな腕立て伏せをして、何が悪かったか一つずつ言っていく。その後は空気椅子で今度は改善点を一つずつ言うまで終わらない。そんなに数があるわけもないのに。同期は10キロくらいの重しが入ったテンキーを載せられてもうボロボロ。それを見るのはキツかった」
■帰省の理由は「希死念慮」
防大では、本当に残念なことだが命を自ら断つ者もいる。
数字的には一年に一人出るか出ないかといったところだが、仲間の死は、遺された者にも大きな影響を及ぼす。毎日顔を合わせ、共に乗り越えていこうとする仲間が死を選ぶわけだから、影響を及ぼすのは当然のことだろう。
「同期の子が自殺したのはきつかった。逃げたらいいのにって思うけど、そうさせてくれない環境と圧力が結果として死という逃げ道しかないと思わせてしまうのは正直いただけない」
「ちょっとのミスから追い討ちをかけられて、その人が頑張って取り返そうとしても『一挙手一投足そいつがすることは詰めていこう、それが方針だ』という風潮になって、疑問だった。そして同期は亡くなってしまった。同期とも『絶対こんなの普通の世の中じゃおかしいよ』と話してた」
また、自殺とまではいかないまでも、密かに自傷行為を繰り返す者もいる。取材の中でも、「リストカットをしてた。部屋がつらかったというのが大きくて。冬だったので長袖だったから誰にもバレなかった」と話してくれた者もいた。
ほかにも防大では怪我や病気で日常生活を送れない場合、部屋の前にその者の氏名と理由を貼り出す決まりがある。一番多いのは風邪だが、忌引きや入院などでも使用される。
「ある日、同期の部屋の前を通ったら、その紙が貼られてて。親元に帰る《帰休》で、その理由が《希死念慮のため》となっていた。その子が『帰らせてくれ』と訴えるまでにはどんなにつらかったんだろうと思うし、要するに『自殺の懸念あり』とわざわざ貼り出すその無神経さが信じられなかった」と振り返る者もいた。
■SOSを発信すると「弱い人間」の烙印を押されてしまう
防大が把握している「自傷行為を行っている者」としての数は毎年ゼロ〜1人だというが、上記のように数には含まれていないが、自傷行為を行う者、心を病む者は実際にはもっと多そうだ。過呼吸を起こす学生もそれなりにいる。
ある者は「いつの間にか過呼吸が癖になってしまっていて、ちょっと怒られたり、運動したりしただけで出るようになってしまった」「『過呼吸は精神的なものだよね』と同じ訓練班の女子学生に言われ、自衛官としての自信を打ち砕かれた」と話す。
ある者は防大の環境についてこう批評する。
「一人で寛(くつろ)いだりリフレッシュできる時間がなく、何度か精神的なバランスを崩した。限界を感じて帰療を申し出たことがあったが、その後、中隊の指導教官から冷ややかなものを感じた。
防大でSOSを発信することは『弱い人間』という烙印を押されることなんだと感じて、今後は何があっても指導教官や医務室に頼るのはやめようと思った」
ただ、「精神的につらかった」と話す者は多かった中で、特徴的なのは、誰も「誰々さんのせいでつらかった」と特定の何者かのせいにはしなかったことだ。誰しも、下級生や同期の「心を傷付けよう」という意図があるわけではない。悪意には悪意で返せるが、「幹部自衛官になるための指導」となると誰のせいにもできなくなる。
うつ病を患ったという者も、「防大教育はそのままでいい」と話す。だからこその難しさもある。コロナ禍では、ストレスも増大するようだ。
緊急事態宣言下の防大では、2カ月程度の外出禁止の措置が取られたといい、2020年11月の衆院安全委員会では自傷行為を行った者が同年1〜9月の間だけで少なくとも5名いたことが明らかになっている。
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ライター
1987年生まれ。大阪府出身。2007年防衛大学校に入校。人間文化学科で心理学を専攻。 陸上自衛隊幹部候補生学校を中途退校し、2012年、時事通信社に入社、社会部、神戸総局を経て政治部に配属。2018年、第一子出産を機に退職。その後はITベンチャーの人事を経て、現在はフリーランスとして執筆活動などを行う。
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(ライター 松田 小牧)
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