猛反対に動じず…イオンを創った男が"あっさりジャスコを捨てた"本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年10月11日 10時15分
※本稿は、東海友和『イオンを創った男』(プレジデント社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■岡田屋の家訓「大黒柱に車をつけよ」の真意
イオンの前身、岡田屋には家訓として、「大黒柱に車をつけよ」がある。
大黒柱とは、伝統的な日本建築では家の中心にあり、その家を支えている特に太い柱のことである。屋台骨や要といってもいいだろう。
また、一家やチーム、組織などの主人や中心となって支える人のことを大黒柱と称することもある。
いずれにしても、大黒柱がなくなったら家であれ、チームや組織であれ、ガタガタに崩れてしまう。不動のものである。
岡田屋では、この「大黒柱に車をつけて動かせ」というのが家訓である。
おそらく、多少なりとも建築の知識がある方ならば、「それは、一度壊して、作り直すということといっしょだ」と思われるだろう。
そう、まさにそれを岡田屋では、家訓としているのだ。
■本店であっても、あっさり移転を決断する
かつてこんなことがあった。先祖伝来の「辻」という土地に岡田屋呉服店はあった。
戦前、この辻は、四日市銀座と言われるほどのにぎわいで、四日市の最大の繁華街だった。が、戦後、復興がいまひとつ遅い。
一方、市役所に近い諏訪新道は、店が並びはじめ、人通りも多くなった。配給物資等の手続に市役所へ向かうための一時的なことだろうと思ってみていたが、日曜・祝日にも人通りが絶えないなど、新しい繁華街ができそうな雰囲気だった。
そこで、岡田卓也は、姉の千鶴子に相談した。
実は千鶴子も、そのように感じて、ひそかに諏訪新道の街角に立って、何日も人の流れを観察していたという。
「これは、大黒柱に車をつけよ、やで!」
ふたりの意見があった。そこで、早々に諏訪新道に店を出す準備を始めた。
■先祖伝来の土地と「地上権」を交換
ここまでなら、単なる移転ではないか、と思うだろう。
しかし、このとき、岡田には資金がなかった。
そこで、先祖伝来の土地(これまでの店があったところ)と、諏訪新道の「地上権」とを交換したのである。
上に建てる建物に関しては自由にできるが、土地そのものを手に入れるのとは訳が違う。
この岡田の行為に対して、
「先祖伝来の土地を地上権というかたちのないものと交換した」
「地上権なんて、実際には何もないのと同じ」
幹部はもちろん、まわりの人からもたいそう非難された。姉の千鶴子ただ一人、同じ「大黒柱に車をつけよ」を理解するものとして、「お客の便利なところ、お客の必要なところへ店をもっていくのは当たり前のこと」
と、応援してくれた。
160年近くいた辻の地を離れ、諏訪新道に移転した結果、岡田屋は大きな飛躍を遂げたのは、今日を見ればわかるとおりである。
■「ジャスコを捨てよ」イオングループへの転換
とはいえ、「大黒柱に車をつけよ」とは物理的な建物を動かせということではない。
その意味は、もっと深淵でかつ応用範囲が広い。
次に岡田卓也が大黒柱に車をつけたのが、ジャスコの発足といえるだろう。そして、さらにジャスコからイオンへの転換がある。
ジャスコは1969年、シロ、フタギ、岡田屋の3社の共同出資で設立した。
地域連邦制という独特の制度で、合併に次ぐ合併で大きくなっていった。小売店だけでなく、外食、コンビニエンスストア、カーライフ、クレジットサービスなど新業種、業態の開発と事業の多角化を行っていった。
ところが、1987年、岡田は「現在の事業、組織、グループのすべてを否定すること。ジャスコそのものを捨ててもよい」として、新たな事業体への生まれ変わりへと動き出す。
ジャスコが発足してまもなく20年、21世紀を10年後に迎えるという節目の年。一般に30年といわれる企業の寿命から、「ここでもう一度大黒柱に車をつけて走り出さなければならない」と1989年、ジャスコグループという名称を捨て、イオングループへと転換した。
(当初は、お客様の混乱を懸念し、中核事業であるスーパーのジャスコの名称は残し、グループ名だけの変更。2001年にジャスコもイオンと名称を変更した)
これにも社内外から大きな波紋、もちろん反対が相次いだ。
「せっかくここまでお客様になじんでいただいたグループ名を変えるなどもってのほか」というわけである。日本だけでなく、東南アジアの店舗からも変えないでほしいといった陳情が相次いだという。
■「店はお客様のためにある」究極の顧客志向
それに対し岡田は、「本当に新しく生まれ変わろうとするなら、長年培ってきたこれまでのイメージはマイナスにはなっても決してプラスにはならない」として、突っぱねた。
同時に、それまでの連邦制経営を捨て、「ゆるやかな連帯」へと、経営方針自体も転換した。
合併や親子関係にこだわらない、よりフレキシブルなグループ構造を目指したのである。
「変化の激しい時代に一からすべて自分でやっていては時代に取り残されてしまう。それよりも、こちらがもっていないノウハウやソフトを保有している企業とゆるやかでもいいから提携していく」ことを目指した。
親会社のジャスコが支配力を発揮するのではなく、各社が台頭の立場で意見を出し合い、そのノウハウをいかしていくほうに大きく舵を切ったのである。
そうして、今日イオングループは、国内外300社以上の企業グループからなる巨大流通企業グループとなった。
このように、「大黒柱に車をつけよ」とは、ただ単に立地の変化への対応だけでなく、「お客様の変化に適応する」、あるいは「時代の変化を先取りする」ということになる。つまり、政策そのものの変更をも意味する。
その根底にあるのは、「店はお客様のためにある」という、究極の顧客志向の体現を目指すものである。
■徹底したお客様本位の中で育った7代目
岡田卓也は、初代から7代目にあたる。徹底したお客様本位の中で育ってきた。
岡田屋というのれんを守るための理念、「店は客のためにある」を、姉の千鶴子から徹底的に叩き込まれた。
採算を度外視した返金、座売りから立ち売り、伝統的な呉服店から洋品店へ、ショーウインドウや出張販売など、のれんを守りつつ、とにかく目新しいものへと、取り組んでいった。
「今度は岡田屋は何をするのか」といった斬新さは群を抜いていた。
一方、社長となってから、広くは商業界の若きリーダーとして、地域では商店連合会の会長、商工会議所の副会頭として、「岡田屋を滅ぼすのではないか」といわれるほど大きな店舗を平気で地元へ誘致をしたりもした。これも「お客様のため」である。
さらには、岡田屋を捨て大同団結してのジャスコ誕生等、単なる商売の域を超え、大企業になるべく動き出す。
■地域産業として「連邦制経営」を採用
さらには合併した企業を運営する方法としては、設立した地域会社に任せる「連邦制経営」というものを採用。連邦制経営の妙は、小売業は「地域産業である」という理念のもと、地域のことは合併した企業のトップ、またはその従業員に任せた。
それが一層、全国の同業小売業から多くの賛同者を得た。そして一挙に全国展開にのりだしたのである。
つまり集中するメリット、規模の経済による仕入れコスト削減、人材と資金の集中をはかることで、より安価に、安定して、お客様によいものを届けることを目指してきた。
こういった岡田の政策の数々は、すべて家訓の「大黒柱に車をつけよ」「店は客のためにある」の実践的な応用である。
■1996年の時点で「インターネット時代への対応」を重視
1996年に受けたインタビューで岡田卓也は、「次に大黒柱に車をつけるのは、インターネット時代への対応だ」と答えている。
実際に、ITの進化で、距離的・時間的・金銭的なコストはもはや過去のものとなった。ほとんど気にかけなくともよいくらい低減された。その結果、企業でなくとも個人が、全国、あるいは世界にむけて、商品やサービスを提供することが可能になった。
そして市場というかたまりではなくして、個人へ直接のアプローチが可能になった。仮に素人であっても、店舗といった存在すらなくても、商人となりえる世界になった。
こういった、新しいチャネルの登場によって、「顧客とは誰か」ということすら変えてしまいつつある。
過去において衰退没落した企業に共通しているのは、「顧客を見失った企業」「世の中の変化に適応できなかった企業」「大きな変化の潮流と小さなインシデントに気付かなかった企業」「顧客志向と言いながら実はわが社志向に陥った企業」等、いずれも企業組織の神経系統がマヒした企業であると言える。
思い切った改革を行わなければ、企業は必ず衰退する――。
岡田卓也が、もしいま現役であったなら、いったいどういった革新を行ったであろうか。
おそらく、「大黒柱に車をつけて」また新しい何かを創り出しているに違いない。
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東和コンサルティング代表
三重県生まれ。岡田屋(現イオン株式会社)にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、創業者小嶋千鶴子氏の私設美術館の設立にかかわる。美術館の運営責任者として数々の企画展をプロデュース、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長を務める。その後独立して現在、株式会社東和コンサルティングの代表取締役、公益法人・一般企業のマネジメントと人と組織を中心にコンサル活動をしている。著書に『イオンを創った女』(プレジデント社)、『イオン人本主義の成長経営哲学』(ソニー・マガジンズ)、『商業基礎講座』(全5巻)(非売品、中小企業庁所管の株式会社全国商店街支援センターからの依頼で執筆した商店経営者のためのテキスト)がある。
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(東和コンサルティング代表 東海 友和)
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