「お笑い芸人やYouTuberは本当に頭がよくなければ成功しない」齋藤孝がそう考える理由
プレジデントオンライン / 2021年10月8日 15時15分
■なぜ中学生オリンピアンはあんなに楽しそうだったのか
史上最多のメダルラッシュとなった今夏のオリンピック。中でも印象的だったのは、10代選手の活躍です。檜舞台でライバルと競う姿は、実に堂々としていました。中には12歳、13歳という選手もいて、そのあどけなさに驚かされたものです。
オリンピックに出られるのは、ほんの一握りの選手です。天才か、あるいは想像を絶する努力を積み重ねた優秀なアスリートに許される場所、というのが一般的なイメージでしょう。ところが今回は、そのハードルを軽やかに越えた中学生、高校生が何人も現れました。
彼らに共通しているのは、好きなことをやってきただけという気負いのなさです。多くの選手がメダル獲得、入賞、としっかり結果を残しながら、「汗と涙と根性」を感じさせない爽やかさも印象的でした。
なぜ、あれほど楽しそうに大舞台に臨めたのか? なぜ、物怖じせずに結果を出すことができたのか? それは、彼らがとてもすぐれた「アウトプット力」を持っていたからだと思います。
■「意見はありますか?」静まり返る大人たち
アウトプット力とは文字通り、「外に出す力」です。自分の考えを話したり書いたりする。自分が正しいと思う行動をする。何かを作り出す。得意なことを人に見せる。そういう能力です。
ところが日本人は、アウトプットが苦手な人が多い。講演会で「何かご意見は?」と尋ねると、会場は大抵シーンとしてしまいます。仕方がないので誰かを指名すると、なかなか鋭い質問が出てきたりする。自分の意見はちゃんと持っているのに、それを人前で披露することに臆病なんですね。これは、知識を獲得することに重きを置いてきた日本の教育のあり方にも問題があると思います。
知識の獲得は、いわばインプットです。本を読む、漢字の練習をする、数学の公式を覚える、日本の産業について調べるなど、子どもたちは学校で多くの知識をインプットします。知識の定着具合はテストで確認されますから、テストの結果がいい子=頭のいい子、とされてきました。
静かに先生の話を聞くことが求められ、疑問を口にするとたしなめられたりします。「なぜ?」と質問できる能力こそアウトプット力なのですが、それを封じてしまう空気がありました。今の大人の多くは、そういう雰囲気の教室で学んできたのではないでしょうか。
■日本の教育が大きく変わり始めている
実は最近、こうした教育のあり方に変化が兆しています。グローバル化やデジタル化が進み、ものごとがダイナミックに変容する時代に、知識を身につけるばかりでは世界から取り残されてしまうという危機感からでしょう。インプット力だけでなく、アウトプット力も育てていこうという機運が生まれているのです。
与えられた知識を記憶してそれを再生する力は、子どもに身につけさせたい大切な学力です。しかし2020年度から小・中・高で順次スタートしている新しい学習指導要領では、思考力や判断力、表現力、そして学んだことを人生や社会に役立てようとする姿勢も同時に重視しています。知識を理解して記憶するインプット力と、自ら問題を発見して解決する・自分を表現するアウトプット力の両方を育てるのが、国の目標になったわけです。知識があれば優秀とされてきた時代とは明らかに変わってきています。
これからの時代を生きる「頭がいい」子どもには、アウトプット力が求められています。苦手な人が多いからこそ、親世代はそれを意識する必要があると思います。
■アウトプットは場数を踏むほどうまくなる
アウトプットで大切なのは、自信を持つことです。自信があれば「人に伝えたい」「表現したい」という勇気も湧いてくる。それには場数を踏むしかありません。
兼好法師は『徒然草』にこう書いています。「手のわろき人の、はばからず、文書き散らすは、よし。見ぐるしとて、人に書かするは、うるさし」
字が下手でも、そんなことは気にせずにどんどん書くのがよろしい。下手だからと人に代筆を頼むのはいやらしいことだ、というわけです。
ドキドキしながらアウトプットしたことが失敗すれば恥ずかしいし、カッコ悪いと思うものです。そうした空気を親まで醸し出してしまうと、子どもの勇気はしぼみます。最初はうまくできなくても、場数を踏むうちに見せ方、伝え方は上手になっていきます。親は結果に一喜一憂せず、子どもの勇気をたたえてやってほしいと思います。
■アウトプットするためにインプットする
アウトプット力を育てるためには、徹底的なインプットも有効です。ただし、ここで言うインプットには、「好きなことを」という条件がつきます。
サッカーでもピアノでも将棋でも歌でも、なんでもいい。大好きなことを徹底的に練習する。上手な人に聞く。調べる。名人のまねをする。関連の本を読む。ワクワクしながらインプットすればどんどん身につき、上達し、詳しくなります。するとそれを人にも話したくなる。見てもらいたいと思うようになります。
好きなことだから努力が苦にならないし、インプットすればするほどアウトプットがうまくなる。中学生のオリンピック選手などは、その最たるものでしょう。
■芸人やYouTuberはアウトプットの優等生
最近はお笑い芸人になりたい、YouTuberになりたいという子どもがたくさんいるようですが、これもアウトプット力が見直されていることのあらわれかもしれません。
芸人さんはバカなことばかり言っているようですが、「どうですか?」と話を振られてパッと面白いことを言うなんて、アウトプット力がなければできません。
YouTuberに至ってはひとりテレビ局のようなものですから、企画立案からパフォーマンス、制作、編集まですべて自分でこなす必要があります。そうやって世の中に出したものに何千人、何万人ものフォロワーがつくというのは、大変なアウトプット力です。教えられたことを律儀に覚えるだけでは、こういう力は身につきません。
■アウトプット力のある子どもが成功する
これから、アウトプットの重要性はますます大きくなってくるでしょう。たとえいい会社に入っても、言われたことをやっているだけではなかなか評価されません。どんな魅力的な商品が作れるか、どんな風に会社をアピールするか、そういうことを一部のエリートではなく社員全員でやっていこうというのが時代の潮流です。
アウトプットの技術があるということは、自分が所属している組織のためにもなる。決して自分のためだけではないのです。
知識をインプットするのは、それを使っていいアウトプットをするため。いいアウトプットができれば人生が豊かなるし、世の中の役にも立つ。大きく変化する時代の中で、教育界はその方向に舵を切りました。インプット重視の教育を受けてきた親世代も、そろそろ知識偏重の呪縛から脱しましょう。
子どものアウトプット力をどう伸ばすのか。これからの日本の教育は、それが重要なテーマになってくるはずです。
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明治大学文学部教授
1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業後、同大大学院教育学研究科博士課程等を経て、現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。ベストセラー作家、文化人として多くのメディアに登場。著書に『ネット断ち』(青春新書インテリジェンス)、『声に出して読みたい日本語』(草思社)、『語彙力こそが教養である』(KADOKAWA)『新しい学力』(岩波新書)『日本語力と英語力』(中公新書ラクレ)『からだを揺さぶる英語入門』(角川書店)等がある。著書発行部数は1000万部を超える。NHK Eテレ「にほんごであそぼ」総合指導を務める。
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(明治大学文学部教授 齋藤 孝)
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