「うちの会社はブラックかも…」そんなとき労基署に通報するまえに確認したいこと
プレジデントオンライン / 2021年10月12日 12時15分
■あなたの会社は本当にブラック企業なのか
「無理して残ってもつらいだけだよ。退職すればいいじゃん」
私はたまに、社会人歴の浅い方から勤め先の労働環境に関して相談を受けることがあります。『どうしたらよいか教えてください』と。ただ、大抵は最終的にこのようなアドバイスになることがほとんどです。なぜなら、よくよく内容を聞いてみると、必ずしも会社や上司が悪いというわけではないからです。
“ブラック企業”というワードはすっかり定着しており、社会人であればこの言葉そのものを知らないという人はほとんどいないのではないでしょうか。その一方で、「ブラック企業の定義は?」と質問すると途端にあやふやな回答になる方がほとんどです。その理由は、法律上ブラック企業という言葉の定義は存在しないからです。
ネットで“ブラック企業 定義”と検索すると「新興産業において若者を大量に採用し、過重労働・違法労働・パワハラによって使いつぶし、次々と離職に追い込む成長大企業」「従業員の人権を踏みにじるようなすべての行為を認識しつつも適切な対応をせずに放置している企業」(いずれも2021年9月28日現在のWikipediaより)と書かれています。
■厚労省はブラック企業の定義をしていない
この他では極端な長時間労働やノルマを課す、企業全体のコンプライアンス意識が低いといったものも定義として挙げられています。このように、世間的にもブラック企業の定義はザックリとした印象のものばかりなので、みんなが考えるブラック企業の定義そのものもあやふやな感じになってしまっているのでしょう。
なお、厚生労働省もブラック企業について定義をしておらず、「若者の『使い捨て』が疑われる企業等」と表現しています。
■長時間労働の考え方は全員一緒ではない
ブラック企業の定義があやふやなので、その解釈は人によって異なります。
例えば「極端な長時間労働」とありますが、その具体的な時間は何時間なのかはわかりません。労働基準法では36協定を締結していれば1カ月に45時間までは時間外労働(いわゆる残業)をさせても問題ありません。さらに、特別条項があれば、条件によっては1カ月100時間未満までは残業可能なのです。
この36協定で締結した時間を超えて残業させるような場合は、それはもはやブラックうんぬんではなく法令違反となるわけです。ただし、これはあくまでも法令の問題であり、長時間労働と感じるかどうかはその人次第です。
もともと「残業なんか一切したくない」という人にとっては1カ月で10時間残業しただけでも「残業時間が長いブラック企業」という人もいれば、「前職では毎月60時間が当たり前だったので10時間はとても楽です」という人もいます。
この話はどちらが正しいという話ではなく、『その人にとってどちらの労働環境が向いているのか』という話になります。ですから、社会人歴の浅い方から相談をされると、いったんは私の感じる価値観をお話はしますが、納得できなければ、冒頭のようなアドバイスをすることになるわけです。
■法令違反が当たり前の会社に入ってしまった時は
「うちは有休なんて病気や家族の看護以外とれないから」
スタッフを前にこんなことをごく当たり前に宣言する社長がいたそうです。アルバイトの学生や社会人経験の浅い人にとっては「へーそうなんだ」と疑うことすらしないことがあります。つまり、それが当たり前なので法令違反という認識がないのです。
ところが、その当たり前が当たり前ではないことに気が付く瞬間が訪れます。それは家族や友人に自分の当たり前を話したところ否定され疑問に思い始めることや、何気なくネットやYouTube等を見ていて気が付くケースも少なくないようです。
それでは気が付いた場合にどうすればよいか? 初動として以下の3つが考えられます。
② 先輩や上司にこの件について聞く
③ 労働基準監督署に相談してみる
実際に行動しようとすると①はかなりハードルが高く感じられるでしょう。会社がやっていることの良しあしは置いといて、社長との関係性が悪くなる可能性は一番高いと考えられます。中には、社員の切実な訴えにしっかりと耳を傾ける社長もいますし、単に知識がないだけかもしれません。ただ、先の発言を聞く限りその可能性は低いでしょう。①はブラック企業の経営者には有効とは言えません。
次に②ですが、これも説得されるか、あきらめろと言われる可能性が高いでしょう。過去に同じことをして退職に追い込まれたエピソードを聞かされるだけで終わってしまうこともあります。それどころか、相手によっては相談したこと自体が社長に伝わる可能性もあるのです。相談相手は慎重に選びましょう。
最後に③ですが、ブラック企業の経営者への対処としてはこちらが一番無難でしょう。ただ、労働基準監督署も暇ではありません。言えば何でも動いてくれるわけではありません。
■違法状態であれば労基署が動いてくれるが…
労働基準監督署は企業が労働基準法に違反している場合に是正勧告や指導を行います。つまり、違反している状態でないと取り扱ってはくれないのです。
先ほどの「うちの会社は有休なんて……」の例で行くと、まずは実際に有休の申請をし、その上で「休んだ日の給与を控除された」という場合に法令違反となり指導対象となりやすくなるのです。
まずは違法の状態にあることがポイントになります。そのほか「とても有休を申請できるような状況にない圧力をかけられた」といったようにすぐさま法令違反とは判断できないようなケースでも相談することは無駄にはならないでしょう。なぜなら、その手の会社は有休に限らず違反をしている可能性が高いからです。
労働基準監督署に相談し、会社に指導に入る場合、基本的には通報者の氏名は伏せた状態で調査を進めてくれます。しかし、社員数が少ない会社や、対象者が絞られるような相談内容ではいわゆる身バレをする可能性もゼロではありません。いざバレてしまうと居心地は悪くなるのは間違いないでしょう。ケースによっては退職前提で相談に行く覚悟が必要になります。
■サービス残業を指示する上司への対処法
「タイムカードを押してから残業するように」
今どきは珍しいですが、かつてはこのような上司が一定数存在していました。このようなケースは、会社そのものは労働時間の削減に取り組んでいるつもりなのですが、現場の責任者にそれが伝わっていないときに発生します。
上司としては仕事をやりきる、成果を出すといった責任感から来ていることもあり、会社の意図とは別に忖度しているような格好になってしまうのです。このように、上司が平然と法令違反をしている場合やパワハラをしてくるような場合は、直接その上司に訴えても効果は薄いでしょう。
ではどうすればよいか? これはしかるべきルートに相談することが効果的です。人事部や人事担当者がいればその担当者に。いなければ上司のその上の上司に相談するのも解決の糸口になります。最近では社内にコンプライアンス通報窓口等が設置されているので、そういったところに連絡するのも有効です。
■「今後もこの会社で働きたいか」がポイント
「会社がブラックかも」「上司がブラックかも」と思ったらまずは感情ではなく、事実を時系列に整理してみましょう。案外、一般的には“ブラック”といわれるような状態ではなく、ただ単に、ご自身の価値観とは合わない会社である可能性があるからです。
その場合、会社に変わってもらうことはほぼ不可能ですので、自分自身そこは我慢するのか、我慢できないのであれば自ら退職するしかありません。また、結果として違法行為が散見されるのであればしかるべきところに相談するしかありません。違法の程度にもよるかもしれませんが、今後もここで働きたいと思うのかどうかで「どこまで行動するか」を決めることになるでしょう。
最後に余談ではありますが、「最初から分かっていればこんなことにならなかったのに」という例が多くあります。例えば、「会社の飲み会には参加したくない」というのが重要であれば、あらかじめ面接の場でその旨確認しておけば良いのです。企業側も残業をある程度させなければならないのであれば、正直に面接で伝えなければなりません。「平均では……」などとごまかすようなことはやめて、正直に募集すべきです。
こうした求人・求職のミスマッチがなくなれば、思い込みによるブラック企業、ブラック上司についての悩みは間違いなく減るでしょう。
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特定社会保険労務士
1972年、東京生まれ。日本最大級の社労士事務所である大槻経営労務管理事務所代表社員。オオツキM 代表取締役。OTSUKI M SINGAPORE PTE,LTD. 代表取締役。社労士事務所「大槻経営労務管理事務所」は、現在日本国内外の企業500社を顧客に持つ。また人事担当者の交流会「オオツキMクラブ」を運営し、220社(社員総数18万人)にサービスを提供する。
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(特定社会保険労務士 大槻 智之)
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