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「日本から中国に頭脳が流出」これから日本人ノーベル賞学者は激減する恐れがある

プレジデントオンライン / 2021年10月7日 15時15分

ノーベル物理学賞の受賞が決まり、プリンストン大で記者会見する真鍋淑郎上席研究員=2021年10月5日、アメリカ・ニュージャージー州 - 写真=時事通信フォト

■受賞ラッシュの日本に中国が立ちはだかる?

2021年のノーベル物理学賞に、日本出身で米国籍の研究者・真鍋淑郎さんが決まった。自然科学3賞と呼ばれる、生理学・医学賞、物理学賞、化学賞を受賞した日本国籍の研究者は22人、真鍋さんのような米国籍の人も加えると25人になった。

現在90歳の真鍋さんは、東大大学院を修了後、渡米。1960年代にコンピューターで気候変動モデルを作成し、地球温暖化予測の基礎を築いた。気候科学が物理学賞の対象になるのは初めてで、真鍋さんは「驚いた。初めは好奇心でやっていた。こういう大事な問題になるとは夢にも考えていなかった」と語った。

2000年代に入ってから日本はノーベル賞受賞ラッシュが続いているが、研究力低下という深刻な問題を抱える。背景には、海外への「頭脳流出」の問題もあると見られる。真鍋さんは1997年に帰国し、科学技術庁(現・文部科学省)の研究プロジェクトの研究領域長に就任したが、2001年に辞任し再渡米した。役所の縦割り行政に、他の研究機関との共同研究を阻まれたことが原因と見られている。

一方、中国は質の高い論文数ランキングで米国を抜いて世界1位になり、ノーベル賞候補と目される藤嶋昭・東大特別栄誉教授が中国の大学に移籍するなど、世界から注目を集める。今後、ノーベル賞候補に中国の人材や大学が名を連ねるようになるのだろうか。真鍋さんも藤嶋さんも、良い研究環境を求めて「頭脳流出」した。研究環境を改善しないと、ますます日本は研究力の低下とノーベル賞候補の減少を招く恐れがある。

■日本政府は「50年で30人受賞」を目指してきた

中国籍のノーベル賞受賞者はまだ1人しかいない。中国系米国人などの受賞はあったが、中国籍の人が受賞したのは、2015年にマラリア治療薬の研究で生理学・医学賞を受賞した女性研究者・屠呦呦(トゥ・ヨウヨウ)さんが初めてだ。

2000年代に入ってからのノーベル賞受賞ラッシュで、真鍋さんなど米国籍の3人も加えると日本はこの21年間で計20人が自然科学系の賞を受賞した。ほぼ毎年1人が受賞している計算になる。日本政府は2001年に、「50年で30人」という世界でも例のないノーベル賞受賞の数値目標を立て、「ノーベル委員会」の拠点があるストックホルムに事務所を開設し、情報収集や日本の情報を発信するなど、受賞者拡大に力を入れた。国を挙げて科学研究を推進する中国も、日本のように続々と受賞者を出したいだろうが、専門家たちの見方は厳しい。

理由は、中国に対する国際的な評価がまだ高くないことだ。質の高い論文数で1位になったとはいえ、ノーベル賞選考にあたっては、国際的に著名な賞を受賞していることや、同分野の研究者間での評価など、さまざまな「指標」で判断される。この点で中国はまだ弱い。

■「引用栄誉賞」に中国人材は少ない

指標の代表格が、米情報調査会社クラリベイト・アナリティクスの「引用栄誉賞」だ。同社は9月22日に、論文の引用数をもとにノーベル賞が有力視される2021年の「引用栄誉賞」16人を発表した。日本からは3人が選ばれたが、中国は入らなかった。過去に中国系研究者が2人選ばれたことがあるが、中国本土出身者ではない。同社によると「引用栄誉賞」受賞者59人が実際にノーベル賞を受賞している。

Sweden
写真=iStock.com/vladacanon
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/vladacanon

真鍋さんも2015年に米国のノーベル賞と呼ばれる「ベンジャミン・フランクリン・メダル」、18年にスウェーデン王立科学アカデミーの「クラフォード賞」など、国際的権威のある賞を受賞している。

他にも、米国の医学賞「ラスカー賞」、カナダの医学賞「ガードナー国際賞」、国際科学技術財団の「日本国際賞」、稲盛財団の「京都賞」など数々の指標となる賞がある。今年の京都賞では、中国のコンピューター科学者で、清華大・学際情報学研究院長の姚期智(アンドリュー・チーチー・ヤオ)氏が受賞したが、まだ中国の存在感は薄い。

では、研究者を輩出する大学の実力はどうか。8月に、ノーベル賞候補と目される藤嶋昭・東大特別栄誉教授が研究チームごと上海理工大学に移籍したことが注目を集めたが、今、中国の大学は勢いを増している。

■東大を大きく上回る「世界16位」にランクイン

英国の教育専門誌「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」は、教育、研究、論文の引用数、国際性、産業収入の5項目について、大学の点数を計算し、世界の大学ランキングを発表している。

9月2日に発表された「世界大学ランキング2022」によると、中国からは、北京大学と清華大学が16位に入った。100位以内を見ると、復旦大学(60位)、浙江大学(75位)、上海交通大学(84位)、中国科学技術大学(88位)、と続く。

北京大は2015年には48位だったが毎年順位を上げ、昨年は23位。清華大も2012年の71位からほぼ毎年順位を上げ、昨年は20位になった。両大学ともそれをさらに押し上げ、今年は10位台にくいこんだ。一方、日本で100位以内に入ったのは、35位の東大と61位の京大の2校だけ。中国の大学の元気さが分かる。

文部科学省文部科学審議官などを歴任し、20年以上にわたって中国の科学技術を調査分析している林幸秀・ライフサイエンス振興財団理事長は「2003年に北京、西安、上海の大学を視察したが、使っている装置は10年以上前の古いもので、遅れが目立った。しかし経済発展に伴って、2010年頃から研究に投じる国の予算が倍々ゲームで増え、装置も施設も新しくなり、研究者も増えた。今や中国の大学の金、人、装置は各段に違う」と話す。

■世界で活躍する留学生の呼び戻しを進めているが…

こうした勢いを生んだのは、経済力を背景に進めたグローバル戦略だ。中国政府は、米国の大学などへ留学生を送り出し、能力、成果、人脈を築かせた上で、自国へ呼び戻す政策を進めている。成長後、故郷の海に戻ってくる海亀の生態になぞらえ、「海亀政策」と呼ばれる。

2008年以降は、呼び戻しにいっそう力を入れ、中国だけでなく、海外の優秀な研究者も積極的に呼び込んでいる。その結果、海外との共同研究や共著論文が増え、国際的評価を向上させることにつながっている。

だが、ノーベル賞を獲得するための大事なものが中国には欠けている、と専門家は口をそろえる。それは、他の人がやらないようなテーマに挑む独創性だ。論文の数や引用数だけで測れるものではない。独創性の源となるユニークな発想を研究者が追求する自由を、中国政府がどこまで保証できるか。そこが問題だ。

■好奇心だけで研究できず、論文は二番煎じ…

林さんは「中国では論文数や引用数が、研究者の出世や研究費に直結する。論文を書かないと職を追われたり、研究費ももらえなくなったりする。下手をしたら一生うだつが上がらない。独創的研究は論文に書けるような成果がすぐに出ない可能性があり、リスクが大きい。だから研究者は確実に論文を書けるテーマに取り組む」と指摘する。真鍋さんのように「好奇心」に突き動かされて研究を続けるのは難しい。

例えば、ノーベル賞候補の1人、日本の細野秀雄・東京工業大栄誉教授が、それまでの常識を覆す「鉄系の超伝導物質」を発見すると、中国でも一斉に研究が始まり、温度など実験条件をいろいろと変えて取り組む。論文は確実に書けるが、二番煎じ、三番煎じであり、ノーベル賞が求めるものとは異なる。「政治や行政はお金をつけさえすれば、業績が上がると考えるが、研究とはそういうものではない」と林さんは苦言を呈する。

■博士号をもたない「隠れ人材」を見つけられるか

研究成果を出してからノーベル賞に決まるまでは、20年~30年かかることが多いと言われる。真鍋さんは50年以上かかっている。成果がきちんと認められたり、実際に役立つものに結実したりするには時間を要するからだ。そうした「時差」に加え、指標でとらえることができなかった、思いがけない受賞者が登場することもある。

日本でも例がある。2002年にノーベル化学賞を受賞した田中耕一さんは、完全にノーマークの状態だった。田中さんは企業の技術者で、受賞が決まった際の肩書は「主任」。大学院へも進学していない。分析装置の開発という、研究を支える仕事をしていた。「主役」というより「脇役」のイメージだ。国内外が仰天し、「サラリーマンが受賞」と報じられた。

実は中国初の受賞となった屠呦呦さんも、中国政府や学術界にとって思いがけない受賞者である。屠呦呦さんは「三無の人」と呼ばれる研究者だったからだ。「三無」とは、博士号を取っていない、外国に留学していない、中国の最高研究機関「中国科学院」が位の高い研究者と認定する「院士」にもなっていない――ことを指す。正統派の研究者像からかけ離れていた。

屠呦呦さんは著名な「ラスカー賞」を2011年に受賞しているが、そのことが知られておらず、受賞が決まってからしばらくは、国内の研究者たちから反発を浴びせられたという。屠呦呦さんのような「隠れ人材」がまだ中国にいるかどうか、それをノーベル委員会が見出すことができるかどうかも重要だ。

■中国に移籍した藤嶋さんが注目される理由

今後のノーベル賞を考えると、呼び戻し政策を進める中国が、これからどのように研究力や存在感を発揮してくるかが焦点となる。その意味でも、8月に上海理工大学に研究チームとともに移籍した藤嶋昭さんが注目される。

藤嶋さんはこれまでに中国からの留学生30人以上を指導し、そのうち3人が「中国科学院」の院士に選ばれている。自身の研究が優れているだけでなく、日本にいながら中国の若手を育成した実績を持つ優れた指導者でもある。

上海理工大は、藤嶋さんのチームを支援するプラットフォームとして、新しく研究所を作ると表明している。ここに国内外から優秀な人材を呼び込めば、中国の存在感は増す。今はまだ国際的な評価が高くなくても、だんだん変わっていく。藤嶋さんがノーベル賞を受賞すれば、いっそう高まることは間違いない。

手袋を着用した研究者
写真=iStock.com/gorodenkoff
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gorodenkoff

■「古き良き時代」にすがっていると置き去りにされる

グローバル化をうまく利用してきた中国を思うと、むしろ心配なのは日本だ。科学研究の世界もグローバル化が進み、国際共同研究や共著論文の数や割合が増加している。日本も増えてはいるがまだ少ない。2019年の日本の国際共著論文数は約3万件だが、米国は約18万件、中国約12万件、英国約8万件、ドイツ約7万件、フランス約5万件、だった。差は大きい。このままでは国際的な研究者ネットワークに入れなかったり、日本の存在感が薄れたりする恐れがある。

2000年代の日本のノーベル賞ラッシュは、経済が豊かで、国の研究費をもとに研究者が興味に従って好きなように研究ができた「古き良き時代」の置き土産でもある。今、日本の多くの研究者は研究費不足や、短期間で実用につながる成果を求められることに悩まされている。「古き良き時代」の後をどうやって継いでいくかを考え、対策をとらないと、世界に置き去りにされてしまう。

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知野 恵子(ちの・けいこ)
ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。

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(ジャーナリスト 知野 恵子)

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