「愛社精神など不要、45歳で辞めてよ」サントリー新浪社長は経営者の腹の内を代弁した
プレジデントオンライン / 2021年10月8日 11時15分
■サントリー新浪社長の「45歳定年制」発言の真意とは何か
「45歳定年制にして、個人は会社に頼らない仕組みが必要です」
9月9日、経済同友会のセミナーにおいての新浪剛史・サントリーホールディングス社長の発言が波紋を呼んでいるが、その前後にも、他の日本有数の大企業が45歳以上をターゲットにした「早期退職者募集」が報じられていた。
8月6日にはホンダが今春に募集していた早期退職優遇制度に2000人超が応募していたことが明らかになった。対象となったのは55歳以上64歳未満の国内正社員だ。
8月12日には大和ハウス工業が45~54歳かつ勤続10年以上の社員を対象に早期退職募集を実施すると発表。退職日は今年12月31日の予定だ。
そして9月25日、今度はパナソニックが7~8月に募集した早期退職優遇制度に1000人超の社員が応募し、9月30日に退職したと発表した。
新浪社長は「45歳定年制」発言の翌日に「クビ切りをするという意味ではない」と釈明。その真意について「45歳は節目であり、自分の人生を考え直すことは重要。早い時期にスタートアップ企業に移るなどのオプション(選択肢)をつくるべきだ」と説明している。
■企業が早期に新陳代謝を進められる環境の必要性を訴え
45歳発言の前日には「国は(定年を)70歳ぐらいまで延ばしたいと思っている。これを押し返さないといけない」と述べ、企業が早期に新陳代謝を進められる環境の必要性を訴えている。
新浪社長は、個人に対し、自分のスキルの棚卸しや学び直しによって高度な仕事に就けるように備えるべきというキャリア自律を促す半面、これからの企業は“45歳を節目”に社員のセカンドキャリアを支援し、人材の入れ替えによる活性化の必要性を説こうというわけだ。
ちょっとわかりづらいが、要するに「早期退職優遇制度」が新浪社長の提唱する“45歳定年制”の具現策だろう。
■大企業が社員の「キャリア(転職・独立)支援」をうたうワケ
前出・大和ハウス工業の早期退職優遇制度の名前は、セカンドキャリアを支援する「キャリアデザイン制度」だ。同社のリリースでもこう説明している。
「2008年より、定年を問わず社員自身のライフスタイルにあった時期に退職し、その後の第二の人生における転進・独立を支援する『キャリアデザイン支援制度』(早期退職優遇制度)を導入していますが、2021年度は本制度を拡充して募集します」
![サントリーホールディングス(HD)の新浪剛史社長=2019年3月6日、アメリカ・ニューヨーク](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/0/7/250/img_07299ca691ca63fd42ea21359fad9979427547.jpg)
第二の人生における転進という転職・独立を支援するとし、応募者には通常の退職金と、特別加算金に加えて「希望者はセカンドキャリア支援策が利用できる」と明記している。
パナソニックの場合も社内に配布された内部資料によると制度の趣旨についてこう述べている。
「会社が新たな体制に向けて再スタートを切るこの機会に、これまで当社で培ってきたキャリアとスキルを活かし、社外に活躍の場を求めチャレンジする従業員に対しても、既存のライフプラン支援制度を拡充し、『特別キャリアデザインプログラム』として適用することで最大限の支援を行いたいと考えています」
特別キャリアデザインプログラムとは、通常退職金にプラスする割増退職金のほか、希望する社員は転職活動に必要な「キャリア開発休暇」の取得や人材会社による再就職支援が受けられる。
■「キャリア自律」を名目に大企業の行動を正当化
こうした早期退職優遇制度のパッケージは、新浪社長が主張する45歳を節目に社員の新陳代謝を促す「45歳定年」と軌を一にするものだ。とはいっても短期間(1~2カ月)に限定して募集し、大量の社員に退職してもらうという点では実質的なリストラ策であることに変わりはない。
建前上“自ら手を挙げる応募”であっても、会社としては、辞めてほしい社員に手を挙げてもらいたい。これまでの希望退職者募集では「残ってほしい社員」を慰留し、「辞めてほしい社員」に退職勧奨を行うのが通例だ。
しかも自ら手を挙げたにもかかわらず「自己都合退職」ではなく「会社都合退職」で処理されるのがほとんどだ。
コロナ禍で吹き荒れている「早期退職優遇制度」が新浪社長の「45歳定年」の実践版であるとすれば、この時期の新浪氏の発言の意図が見えてくる。
実は個人の「キャリア自律」を名目に大企業の行動を正当化するものであり、明らかに企業のリストラに免罪符を与えるものと言ってもよいだろう。
■早期退職者募集で起こる「優秀社員の流出」「愛社精神の希薄化」
しかし、新浪社長が言うように本当に企業の活性化を促し、ひいては日本経済を救うことになるのだろうか。
45歳を基準に必要な人を残し、残りは去ってもらえば会社としてはすっきりするだろう。そして新たに必要な人材を外部から調達するのが会社の算段だ。
だが、これまで早期退職者募集を実施した企業を振り返ると、さまざまな“副反応”をもたらしたことも事実だ。
具体的には以下の3つの症状が順を追って現れる。
優秀社員の流出
↓
残った社員の業務負荷の増大や将来不安によるモチベーションの低下
↓
愛社精神の希薄化と一体感の喪失
会社としては次世代のリーダーや研究開発の担い手として期待する人材には残ってほしいと思っていても、一定数の優秀な人材が手を挙げて辞めていく現象が必ず発生する。
![懐から辞表を取り出す男性社員](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/3/670/img_434aba904d7cc19f7a9b499ce3dfbffb342578.jpg)
実はパナソニックの今回の早期退職者募集に関して、同社の楠見雄規社長は記者会見で「パナが大きく変わっていくという説明ができていれば、活躍を期待していた人まで退職することにはならかった」と発言した(2021年10月1日)。やはり退職者の中には優秀な人材も相当数含まれていたのだろう。
■辞めてほしくない社員が引き留められても辞めてしまう理由
なぜ辞めるのか。
動機はさまざまだろうが、常時リストラをしている企業ならともかく、人員削減となると優秀な社員であっても精神的ショックを受けるだろう。リーマンショック後の2010年に希望退職者募集を実施したIT企業の開発職のA氏(48歳)もそんな1人だった。
A氏の会社では部門長が全員を集めて「希望退職募集を実施します」と告げたという。
「部長との不定期の評価面談が設定されるのですが、何月何日に面談を実施しますというメールが届きます。同僚の一人は面談後に『今、辞めたら退職金をこれだけ上乗せすると言われたよ』と言い、さすがにショックを隠せない様子でした。私は幸いに残ってほしいと言われたのですが、同僚とはたまたま開発中のソフトウエアが違うだけで、なぜ同僚が引導を渡されたのかよくわかりません。誰が選ばれて、誰が残るのか職場内で疑心暗鬼が渦巻きしました。
そのうち誰かが部長に『退職金が上乗せされるのは今回だけ』と言われたらしいという噂が広まり、辞めてほしくない人たちも手を挙げて辞めていきました。私も、このまま残ってもいつか辞めてほしいと言われるかもしれません。考えた末に応募を決意しました」
■残された社員に辞めた社員の分の業務量が降ってくる
もちろん会社側も残ってほしい社員は慰留する。2012年に早期退職者募集を実施した大手電機メーカーの人事担当役員は「それでも流出は避けられない」と指摘する。
「部門の統括部長が残ってほしい人には個別に面談し、会社の意向をきちんと説明し、早期退職募集に応募しないように説得しましたが、それでも辞めていく人がかなりいました。募集のニュースはリリースを通じて外部に伝わりますし、トップクラスの優秀人材にはヘッドハント会社から数多く声がかかります。残ってもらうために賃金を上げるなどの措置はとっていませんし、早期退職募集を契機に辞める人が出るのはしかたがない。辞める人は辞めるし、引き留めるにしても限界があります」
優秀人材の流出が避けられないだけではなく、これまでの早期退職者募集のケースを見る限り、いくらセカンドキャリア支援と言われても、前向きに手を挙げる雰囲気は感じられない。もちろんヘッドハント会社を通じて何社からもオファーを受け、大金を積まれれば別の話だが。
早期退職者募集によって辞めてほしくない人材を含めていなくなると、残された後輩に業務量などの負荷がかかる。前出のA氏はこう語る。
「同じ仕事をしている人が2人いた場合は、成績の悪い人が退職勧奨のターゲットになりますが、そうでない場合は代替可能かどうかで判断されます。多くの部署では3人で2つの仕事をしているか、2人で1つの仕事をしているので1人減らされると、1人で1つの仕事を引き受けるので業務量が増えます。さらに、その人がいなくなると回らなくなる仕事を抱えていた人まで自ら手を挙げて辞めてしまうと、残された人たちの負荷は相当のものだと思います」
■「愛社精神とは、自分と関係する“人間集団が好き”ということ」
それだけではない。先輩たちが複雑な思いを抱えて職場を去って行くのを見ている後輩たちも当然、精神的ショックを受ける。中には「課長がいなくなって自分にそのポストが回ってくる」と喜んでいる人もいるかもしれないが、そういう人ばかりではない。
入社後のOJT(職場内訓練)や「ブラザー(シスター)メンター制度」を通じて育まれた先輩指導員や上司との公私にわたるつながりはその後も生き続ける。仕事に対するやりがい、働きがいは職場の良好な人間関係によって醸成される場合も多い。
![オフィスで談笑](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/6/670/img_e65379ccf11a25312599ba4b2d2fab9a363809.jpg)
それが意に反して辞めていく先輩を目の前にすると「自分はこのまま会社で働き続けられるのか、明日はわが身かもしれない」という不安感に苛(さいな)まれ、仕事に対するモチベーションが下がる人も発生する。
社員の会社に対するロイヤルティ(忠誠心)の高さで表彰されたことのある企業の人事部長が、愛社精神についてこう語ってくれたことがある。
「愛社精神、つまり会社が好きというのは、企業文化や経営者がどうのというより、自分と関係する“人間集団が好き”ということなのです。尊敬すべき上司や信頼できる同僚の存在が大きいのです」
そうした上司や同僚との関係が会社の方針によって一方的に絶たれると、愛社精神も自然に薄れていくだろう。
また、社員には培った知識やスキルを武器に転職し、キャリアアップを図りたいという人もいれば、今の職場の良好な人間関係の中で職業人生を全うしたいという人もいるだろう。年輩社員の中には自分を育ててくれた会社への恩返しの気持ちから後輩に技能を伝承したいと考える人も少なくない。
しかし、長期雇用を否定するリストラが頻繁に行われるようになると、職場や先輩と後輩の一体感が寸断され、チームワークにも影響を与える。
45歳以上をターゲットにする早期退職者募集は企業活動に影響を与えるさまざまなリスクを内包する。それは「45歳定年」が掲げる理想が、個人や会社にとって必ずしも思惑通りにならないことを示唆している。
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人事ジャーナリスト
1958年、鹿児島県生まれ。明治大学卒。月刊誌、週刊誌記者などを経て、独立。経営、人事、雇用、賃金、年金問題を中心テーマとして活躍。著書に『人事部はここを見ている!』など。
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(人事ジャーナリスト 溝上 憲文)
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