「iPhoneの生産工程は100%再エネへ」世界の巨大企業がCO₂ゼロに躍起になる本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年10月13日 10時15分
※本稿は、森川潤『グリーン・ジャイアント』(文春新書)の一部を再編集したものです。
■iPhoneの部品や素材の製造元にも派生する
企業へ気候対応を要求しているのは、投資家だけではない。もう一つ忘れてはならないのは、製造業における「サプライチェーン」という観点だ。サプライチェーンというのは、自動車や電気製品などの最終製品ができるまでの、原料から、部品、組み立てまでの全工程のことを指す。
2020年7月、米アップルは、事業全体、製造サプライチェーン、製品ライフサイクルのすべてを通じて、2030年までにカーボンニュートラルにすることを目指すと発表した。もちろん、石油や石炭を扱うエネルギー会社と比べ、iPhoneやITサービスを展開するアップルは、そもそもの排出量が膨大なわけではない。とはいえ、世界の企業がIPCCの評価報告書を基に2050年を目標に掲げるなかで、20年前倒しというのは野心的な目標だ。
「気候変動に対するアクションは、新時代のイノベーションの可能性、雇用創出、持続的な経済成長の礎になり得るのです。カーボンニュートラルに対する当社の取り組みが波及効果をもたらし、さらに大きな変化を生み出すことを期待しています」と、アップルのティム・クックCEOは発表に際し、コメントしている。
これは、裏を返せば、再エネ100%で部品や素材を生産しないと、iPhoneに使ってもらえなくなるということだ。これはアップルが公表するサプライヤートップ200社のうち、34社を占める日本企業にとっても同じだ(2020年現在。トップ200のうちの日本企業の数は2017年の43社から減り続けている)。
■脱炭素がサプライヤーの新たな競争軸に
年間2億台を超える出荷台数を誇るiPhoneに自社の部品を組み込んでもらうことは、電子部品や半導体、電池、パネル、筐体などを供給するサプライヤーにとって生命線である。以前からアップルはこうしたサプライヤー同士を競わせ、低コストで部品を購入することで知られているが、ここに新たに脱炭素という競争軸が入り込んできたということになる。
「アップルとの交渉はずっと購買責任者との価格や納期の交渉がメインでしたが、2018年ごろから、毛色の違う人が同席し始めたと思ったら、グリーン担当の人でした。再エネでの生産も強制力はなかったのが、徐々に要件が厳しくなり、2020年には契約書を交わすまでになりました。今はサプライヤーとしてアップルにPRしてもらえるのも、グリーンに取り組む企業がメインになってきています」と、あるアップルサプライヤー企業の幹部は話す。
さらに踏み込んだのは、マイクロソフトだ。かつてはアップルのライバルだったマイクロソフトは、2014年に就任したサティア・ナデラCEOの下で抜本的な改革に成功したが、気候分野へのコミットメントも野心的だ。
■マイクロソフトは「月面着陸」並みの目標に挑戦
2020年1月にマイクロソフトが宣言したのは「2030年のカーボンネガティブ」だ。まだまだ聞き慣れない言葉だが、カーボンニュートラルが排出と除去で差し引きゼロ(ネットゼロ)を意味するのに対して、CO2除去の量が排出を上回るようにするということだ。このカーボンネガティブ実現のために、新たに設立したファンドを通じて、CO2除去技術の開発に10億ドル(約1100億円)を4年間にわたって投資するとまで宣言している。
ついでにいえば、2050年の目標については、「1975年の創立以来、直接的に、および電力消費により間接的に排出してきたすべてのCO2を2050年までに除去するという目標達成の道筋を確立する」として、75年分のCO2の相殺を宣言している。マイクロソフトはソフトウェア事業がメインのため、アップルと比べてもCO2の排出量はさらに限られているが、それでも時価総額200兆円近い巨大企業がもたらすインパクトは大きい。
特にマイクロソフトの本気度が見えるのが、自社による直接の排出(スコープ1と呼ばれる)だけでなく、電力会社から購入する電気や熱(スコープ2)、さらにはサプライヤーから購入する原材料や部品から社員の出張など1、2以外のすべて(スコープ3)までを含めて、カーボンネガティブを実現しようとしているということだ。
具体的には、社内でのカーボン・プライシングを始めることで、スコープ3を2030年までに半減させ、さらに炭素回収技術でネガティブを実現していくのだという。この野心的な取り組みをマイクロソフトは「moonshot(月面着陸。実現困難な目標へのチャレンジの意)」と呼んでいる。
■現場の声が経営トップを動かしたアマゾン
米国の時価総額ランキングで、アップル、マイクロソフトに次ぐ3位に当たるのがアマゾンだ。アマゾンの場合は、従業員からの厳しい突き上げがカーボンニュートラル宣言につながった側面がある。
アマゾン社内では2018年に「Amazon Employees for Climate Justice(気候の正義を求めるアマゾン従業員)」という活動団体ができており、350人を超える従業員が実名でコメントを寄せているほか、2019年4月には従業員4500人が気候変動対策に真摯に取り組むようにジェフ・ベゾスCEO(当時)に書簡を送った。これを受けてアマゾンは排出量削減の目標を厳格化し、2019年9月に2040年までのカーボンニュートラルを宣言した。
実際のところ、アマゾンにとってネットゼロは、かなりハードルが高い。自社倉庫の再エネ化だけでなく、世界中を飛び交う荷物を運ぶトラックや飛行機など配送でのCO2削減にも取り組まないといけないからだ。だが、アマゾンが立ち上げた「気候変動対策に関する誓約」にはすでにペプシコやビザなど100社以上が参加しており、徐々にネットゼロへの取り組みが進むことは間違いない。
■気候変動に対応しない企業は背を向けられる
このように、今や気候変動をめぐる要求は、市民活動家だけでなく、資本市場、サプライチェーン、さらには従業員、消費者からも強まり始めている。一橋大学の名和高司特任教授は「今は『エシカル消費』という言葉が出てきているように、ミレニアル世代やその下のZ世代は、環境や社会に良いことをしている企業しか応援しなくなり始めました。つまり、そうでない企業にとっては買われなくなるリスクが増えている。そうなると、消費者市場から背を向けられてしまうことになります」と話す。
もはや、気候対応と無縁でいられる企業はない、といっていいだろう。ESGの情報公開や指数の選定を始め、まだまだ環境は未整備で抜け穴があるのも事実だが、あらゆる気候変動対策の大きな波が押し寄せていることは間違いない。
「これまでは気候変動の問題はエネルギーや金融業界ぐらいしか関係ないと思われていましたが、もはやあらゆる企業にとってのリスクであり、同時にチャンスになっています。私は気候変動問題対応やESGを『まあ流行り物のファッションでしょう。サステナビリティといっても儲からないし』として捉えている経営者は、かなりリスクのある経営判断をしているのだと思っています」。ゴールドマン・サックス投資銀行部門出身で、再エネのレノバ元CFOの森暁彦はこう指摘している。
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NewsPicksニューヨーク支局長
米国生まれ。トロント大学留学、京都大学文学部卒業後、産経新聞を経て、2011年週刊ダイヤモンド、2016年にNewsPicksに参画。テクノロジー、サイエンスと音楽などをカバー。2019年から副編集長、ニューヨーク支局長。Quartz Japanの創刊編集長。主な著書に、『アップル帝国の正体』(共著、文藝春秋)、『誰が音楽を殺したか』(共著、ダイヤモンド社)。
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(NewsPicksニューヨーク支局長 森川 潤)
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