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「信念を紙に書いて、声に出せば、夢はかなう」そんな自己啓発を信じすぎた人たちの末路

プレジデントオンライン / 2021年10月9日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/flyparade

信念を紙に書いて、声に出せば、夢はかなう。そうした「自己啓発」を信じすぎてしまうと、荒唐無稽な「陰謀論」に取り込まれる恐れがある。オカルト研究家の雨宮純さんは「今年5月ごろ『信じれば6月4日に60億円が振り込まれる』という投稿がネット上で話題になった。荒唐無稽に思うかもしれないが、こうした投稿も自己啓発の延長線上にある」という――。

※本稿は雨宮純『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト2545新書)の一部を再編集したものです。

■自己啓発のベースを作ったナポレオン・ヒル

現在に至る自己啓発のベースをつくった代表格がナポレオン・ヒルです。

彼の主著である『思考は現実化する』(原著の出版は1937年。邦訳版は1989年にきこ書房より刊行)は全世界での発行部数が8000万部を超えており、世界的なベストセラーとなっています。筆者も十代の頃に出会い、大変感銘を受けたのですが、この本はそのタイトルからしてニューソート(*1)を思わせます。

(編集部註)
(*1)人間の心と身体が密接に関連しており、身体的な病気すらも想念の力で治癒できるとするアメリカの宗教思想

雑誌記事のためのインタビューがきっかけで、鉄鋼王アンドリュー・カーネギーにインタビューしたヒルは、カーネギーから「巨富を築く哲学」を1つのプログラムにする依頼を受け、紹介された大勢の成功者に話を聞くことで、独自の成功哲学をまとめあげました(とされていますが、これに疑義を呈する説もあります)。

『思考は現実化する』では繰り返し「思考」や「信念」「潜在意識」の力が強調され、願望を強く胸に刻みつけることや、目標を紙に書いたり、声に出すことが奨励されます。願望を繰り返し自分に言い聞かせることで潜在意識が活性化し、人生が望んだ方向へと進んでいくというわけです。

反対に否定的な思考を持つと潜在意識もそのように働き、悲劇を呼んでしまうとされます。『思考は現実化する』の前半に登場する「願望実現のための6か条」は、今の自己啓発書でもよく似た内容を目にするもので、ヒルの著作を読んだことがない方も何となく既視感を覚えるのではないでしょうか。

1.あなたが実現したいと思う願望を「はっきり」させること。単にお金がたくさん欲しいなどというような願望設定は、まったく無意味なことである。
2.実現したいと望むものを得るために、あなたはその代わりに何を“差し出す”のかを決めること。この世界は、代償を必要としない報酬など存在しない。
3.あなたが実現したいと思っている願望を取得する「最終期限」を決めること。
4.願望実現のための詳細な計画を立てること。そしてまだその準備ができていなくても、迷わずにすぐに行動に移ること。
5.実現したい具体的願望、そのための代償、最終期限、そして詳細な計画、以上の4点を紙に詳しく書くこと。
6.紙に書いたこの宣言を、1日に2回、起床直後と就寝直前に、なるべく大きな声で読むこと。このとき、あなたはもうすでにその願望を実現したものと考え、そう自分に信じ込ませることが大切である。

この6か条は「計画を立てて行動し目標を実現する」、つまり「行動することで世界に影響を与える」内容になっています。これは「信じたものがそのまま実現する」という宗教的な話よりも現実的であり、現在でも流用されている理由と考えられます。

■物理学者が困惑した「スピリチュアル量子力学」

一方、この本では祈りについても触れられており、潜在意識は人間の祈りを「無限の知性」が理解できる周波数に変換する媒体であり、「無限の知性」からの返信が目的を達成するための明確なプランやアイデアであるとされます。

女性
写真=iStock.com/golubovy
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/golubovy

また、「感情と結びついた思考は、似たような思考を引き寄せる磁石である」という内容や、人間の脳には「思考の振動」があり、その波長が他人と合ったとき、「マスターマインド」という思考のバイブレーションが生まれて、偉大なエネルギーを得ることができるという内容もあり、ここではベルやヘルツ、アインシュタインといった物理学者が引用されます。

ここで見られる「引き寄せ」や物理学の引用は、後述する「引き寄せ量子力学」にもほぼそのまま引き継がれることとなります。

2021年2月、Twitterを眺めていると、「量子力学」に困惑する物理学出身者のツイートが流れてきました。物理学出身者がなぜいまごろ量子力学に困惑しているのだろうかと思って読んでみました。

すると、それは当時流行っていたClubhouseという音声SNSに「量子力学コーチ」なる人物のルームが存在し、物理学の話ではなく「自己実現」や「潜在意識」についてスピリチュアル系の人々が語っていて意味がわからないというものでした。

Clubhouse流行の勢いで本来の「量子力学」をやっている人たちが、スピリチュアル量子力学と出会ってしまい、何を言っているのか理解ができない状況が生まれていたのです。

■全世界で2800万部を突破した『ザ・シークレット』シリーズ

スピリチュアル量子力学は物理学の量子力学を無理に解釈して自己啓発に接続したものであり、自然科学系の人たちが困惑するのも無理はありません。それは、自己啓発の系譜でよく使われる手法で、本質的には物理学とまったく違うものだからです。

引き寄せと物理学の引用はナポレオン・ヒルの頃から見られますが、量子力学コーチに直接結びつく「量子力学と自己啓発の組み合わせ」を広めたのは、2006年に出版されたロンダ・バーン『ザ・シークレット』(邦訳版は2007年に角川書店より刊行)です。

本書はもともとモチベーショナルスピーカーやチャネラーといった引き寄せ系自己啓発の関係者にインタビューした映画で、その内容を書籍化したものが自己啓発書としてベストセラーとなりました。発行部数はシリーズ累計で全世界で2800万部を突破しており、ご存知の方も少なくないでしょう。

タイトルのとおり、『ザ・シークレット』は秘密を明らかにする本で、「欲しいものすべてが手に入る」「人生に成功をもたらす『偉大なる秘密』なのです」と期待を高めた後、その秘密が「引き寄せの法則」であると明かされます。

これは、「人生であなたに起きていることは、すべてあなたが引き寄せています。あなたが思い、イメージすることが、あなたに引き寄せられて来るのです」という、ニューソートや自己啓発に多くみられる考え方です。

■「究極的には私たちは宇宙の源です」

『ザ・シークレット』では、「思考は磁石のようなもので、その思いにはある特定の周波数がある」「あなたは思考を用いて、周波数のある波動を放射している人間放送局のようなものである」「宇宙は特定の周波数であなたと交信している」という説明が行われ、さらにはそのまま「思考は現実化する」という言葉も重要事項として登場します。

女性
写真=iStock.com/metamorworks
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/metamorworks

自己啓発としての主張が、ナポレオン・ヒルの頃からほとんど変わっていないのがわかります。

『思考は現実化する』に比べ、『ザ・シークレット』では「詳細な計画を立て、モチベーションを保ってやり遂げる」部分が薄くなっており、「考えていることが現実になる」という、ある種の信仰が前面に出ているため、80年以上前のナポレオン・ヒルよりもむしろニューソートに近い印象を受けます。これがスピリチュアル系で人気の理由かもしれません。

さきほどもの述べたように、『ザ・シークレット』が自己啓発やスピリチュアル界隈に普及させたのが量子力学を持ち出す考え方です。少し引用してみましょう。

宇宙は本質的に思考から発生しました。量子力学や量子宇宙学がこれを確認しています。私たちの周りの物質も凝固した思考から出来ているのです。究極的には私たちは宇宙の源です。(『ザ・シークレット』)

一度でも(自然科学としての)量子力学について勉強したことがある人なら、一見して違和感を持つと思います。量子力学で扱うのは原子や素粒子であり、人間の精神ではないからです。

■スピリチュアル系のいびつな科学信仰

ただしここで注意が必要なのは、量子力学が説得に使われるのは、スピリチュアル系の人たちが科学を否定しているのではなく、むしろいびつな科学信仰を持っているためだということです。

たとえば、ニューソートで裏づけに使われたのは聖書でした。「聖書を独自に解釈するとニューソートの主張する内容が読み取れる、したがって正しい」という論理を受け入れられるのであれば、何もわざわざ量子力学を持ち出す必要はありません。最初から聖書を読んでおけばいいのです。

ところが時代が下り、聖書は信じられない、しかし「考え方を変えればすべてうまくいく」という希望を信じたいというニーズがあるときに、それらしいことを言う量子力学が持ち出されるわけです。

「宗教には抵抗がある、科学なら信じられる」からこそ生まれる現象です。しかし、ここで必要とされるのはあくまで希望の裏づけであり、「自然法則を解き明かす実験や理論」ではありません。

したがって、本来の量子力学には目が向けられず、科学側からすると違和感のある解釈が一部の人たちで共有され続けるのです。

■「6月4日に60億円が手に入る」という謎のツイート群

2021年5月の終わり頃から、「UBI60億引き寄せ」というワードをTwitterで検索すると、「6月4日UBI60億のデビットカードが届きました。ありがとうございます。引き寄せ、引き寄せ。言霊パワー発動のため完了形です」というツイートを大量に行う一群のアカウントが見られました。

雨宮純『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト2545新書)
雨宮純『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト2545新書)

何を言っているのかわからない方がほとんどでしょうから説明します。

「UBI」とはユニバーサル・ベーシック・インカムの略で、無条件で一定の金額を全国民に配る制度のことです(これは社会制度案として実際にあります)。これが地球規模で6月4日に発動し、全員に60億円が配布されると信じている人たちがいたのです。

なぜ60億円なのかというと、もともと米国に「ディープ・ステートという闇の勢力が倒れたあかつきには、経済システムが金本位制へと移行、借金が帳消しになり、所得税が廃止になる『GESARA』という法案が存在する」という陰謀論が存在し、これと同時に「衛星軌道上に浮かぶ量子コンピュータ衛星によって全個人の『量子金融システム=QFS』が実用化され、UBIとして600万ドルが振り込まれる」という話が輸入されたためです。

600万ドルであれば6億円となりそうですが、陰謀論界隈で出回るうちにいつの間にか金額が増え、60億円となっていました。

また、なぜ6月4日なのかというと、とある陰謀論インフルエンサー(フォロワー数は5万人以上)が「6月4日に小切手か何かが届いて覚醒が起こる」というツイートを行ったためです。

■「行動すれば実現する」から「強く思えば実現する」へ

この陰謀論インフルエンサーは日頃から謎の「賢者」や「高次元存在」からのメッセージと称して陰謀論を拡散しているスピリチュアル色が強いアカウントで、6月4日に関するツイートも「賢者からのメッセージ」として投稿されていました。

これが支持者たちに予言として受け取られ、現実にするべく引き寄せツイートを行う人々が大量に発生したというわけです。ここでは「行動を起こして世界に影響を与える」部分が完全に抜けてしまい、シンプルに「強く思えば実現する」だけの話になっています。

ちなみに、当然ながら60億円の振込はなかったわけですが、引き寄せツイートを行っていた人々からは、「外れたけれども引き寄せを信じていれば実現するはず」「我々には想像できない理由で実現しなかった」ということが言われ、その後も毎日のように引き寄せ儀式が行われています。

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雨宮 純(あまみや・じゅん)
オカルト・スピリチュアル・悪徳商法研究家
都内在住の30代。思春期にカルト宗教による事件が多発したことから、新宗教に関心を持つ。オカルト検証好きが高じて(ノストラダムスの大予言が外れたため懐疑派に転向)、理工系大学院を修了し現在に至る。悪質商法、疑似科学、陰謀論、オカルト史などについて調査し、記事や動画で情報発信中。週末はメイクをする女装男子。著書に『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト2545新書)がある。

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(オカルト・スピリチュアル・悪徳商法研究家 雨宮 純)

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