「コンビニ各社のタオルも製造」アマゾンで人気の謎ブランド"タオル研究所"の壮大な野望
プレジデントオンライン / 2021年10月14日 10時15分
■コンビニ、スーパーで次々売れるタオルの正体
東京・代官山の住宅街にあるコンパクトなビル。その3階に全面ガラス張りの部屋がある。白衣の男性が繊維質の拡大画像を凝視している。
「ここは社内のラボです。日本のタオル企業には置いてないようなデジタル顕微鏡やマイクロスコープを使って、タオルの繊維や素材を分析、研究しているのです」
この会社は伊澤タオルという。社長の伊澤正司氏が自らラボを案内してくれた。
伊澤タオルは、OEM(相手先ブランドによる生産)やODM(相手先ブランドによる設計・製造)を中心とするタオルメーカー。会社名があまり表に出ることはないため、ご存じない人も多いだろうが、取引先は国内外で約150社に上る。また、古くから研究開発に熱心で、この東京本社のラボだけでなく、信州大学の繊維学部の施設内に「伊澤タオル技術研究所」を構えている。さらに、最近では東レとの共同開発など、民間企業との連携も進んでいる。
同社が研究開発に力を入れる理由は、多岐にわたる顧客ニーズに応えたいという思いに尽きる。そのため、約5000種類もの素材を比較検討し、それぞれの顧客に合ったサイズやデザインのタオルをゼロから作り上げている。その過程では、タオルを100回以上洗うなどして、耐久性や吸水性などのテストを徹底的に行っている。
「タオルで世界一になりたい」と、伊澤社長の鼻息は荒い。
これは決して夢物語ではない。すでに実績も出ている。セブン‐イレブン、ローソン、ファミリーマートの大手コンビニエンスストアに加えて、西友、しまむら、コストコなどの小売店にも製品を提供し、次々とヒットを生み出している。
さらに、2019年からはアマゾンでも専用商品を販売。今では売り上げランキング上位を常にキープするほどの人気商品に育っている。
伊澤タオルは数年後の株式上場を目指している。その先には世界市場でのトップシェア獲得も見据える。
飛ぶ鳥を落とす勢いの伊澤タオル。その成長の裏側に迫る。
■2代目社長が目を付けた“タオルの盲点”
伊澤タオルは1970年、大阪市住吉区で創業した。「今治タオル」や「泉州タオル」に代表されるように、日本のタオルメーカーの多くは、高級品や贈答品のタオルを主に製造しているが、伊澤タオルは創業以来、実用品のタオルにこだわっている。
1985年に海外生産を始め、専門会社も設立。基本的には中国やインドなどの海外の提携先工場でタオルを作っている。伊澤社長は2代目で、1997年に就任した。伊澤社長の代になってから、海外マーケットと研究開発に大きく舵を切った。それが現在の礎にもなっている。
日本のタオル市場の状況はどうだろうか。矢野経済研究所の調査によると、市場規模は1500億~1600億円。生活必需品であるため、規模が毎年大きく変動することはないが、逆にその安定感が不況にも強い。それはこのコロナ禍にも表れた。
「コロナ禍で落ち込むどころか、むしろ業績が伸びました」と伊澤社長は語る。伊澤タオルの2021年2月期の売上高は約100億円(前年同期は約82億円)。この5年間、前年比約120%のペースで成長を続けている。
一方、不況に強い商品特性であるものの、タオル業界全体の課題として挙げられるのが、業界標準となるようなマス向け商品がないことだ。
「洗剤でも肌着でも、どの家庭にもおいてあるような商品があります。実はタオルにはそれがないのです」と伊澤社長は力を込める。
確かに、高品質・高機能をうたう高級タオルやブランドタオルから、100円ショップで売られている安価なタオルまで、商品は幅広く、細分化されているが、業界標準と言えるようなものはない。マーケットの真ん中の部分がすっぽりと抜け落ちている。従って、基本的には、個々人が好みのタオルを買い続けているか、毎回違うメーカーやブランドのタオルを買っている状況なのだ。
「“タオル難民”という言葉があるのをご存じですか? 自分にぴったりのタオルを探し続けている人が実に多いのです」
10年以上前、マス向けのタオルがないことに気付いた伊澤社長は、この領域を押さえにいくことに心血を注ぐようになった。
■日本と欧米の明確な違い
まずは市場調査するところから始めた。もしかしたら、マス向け商品がないのは日本だけかもしれないと思った伊澤社長は、海外の先進国を一通り見て回った。すると、マス向け商品がないのは欧米でも同じで、消費者が買っているタオルはバラバラだった。
ただし、市販されているタオルに関して、欧米と日本では明らかな違いがあった。
一つは、製品のタイプ。欧米は分厚くて、頑丈なタオルが中心だ。伊澤社長は現地の一般家庭へリサーチに訪れた際、タオルを乾燥機でこれでもかというくらい乾かしている様子を何度も目にした。「欧米の人たちはちょっとでも湿っているのを嫌う性質なのかもしれません。だから熱に強いタオルが求められています」と伊澤社長は説明する。
一方の日本は、薄くて軽いタオルが好まれる傾向にある。昔は綿布がタオル代わりで、天日干しですぐに乾くものを使っていたという風習があるからだという。
■「いいとこどりしたタオルを作ればいい」
もう一つの違いがあった。それは価格だ。米国は普段使いできるバスタオルが500円程度でスーパーマーケット「ウォルマート」などに売られている。一方、日本は1500円ほど。少し良いタオルになると2000~3000円くらいする。
これについて、伊澤社長がGSM(1平方メートルあたりのタオルの重量を表す単位)でさまざまなパターンを想定しながら計算すると、ある事実に気づいた。コスト効率がまるで違うのだ。タオルは基本的に重量が増えると値段が上がるが、ある分岐点で曲線が水平になる部分がある。欧米ではこのゾーンで商品を設計していた。かたや日本は軽量がデフォルトなので、どうしてもコスト効率は悪くなる。
「欧米は最初から生産効率の高い仕様設計ができていました。彼らは小売店ごとに色や縁取りなどで個性を出しているものの、スペックは同じものを作るのです。マス向け商品ではないが、標準規格はあるのです」と伊澤社長は話す。
他方、日本のタオルの良さは、肌触りだったり、手の込んだものだったりする。そこにできるだけ生産効率の良い方法、つまり欧米と日本のいいとこどりしたタオルを作れば、それがグローバルスタンダードになり、マス向け商品になるのではないかと伊澤社長は考えた。調査によって導き出された理論を武器に、伊澤タオルの挑戦が始まった。
■“ど真ん中”のマス市場を狙った結果……
独自の理論を打ち立て、いかに生産効率を高めるかに注力した伊澤タオルは、研究開発への投資を惜しまなかった。その結果、ある程度、効率化できる道筋が立った。
その成果を広く証明するべく、セブン‐イレブンとの共同開発商品である「極ふわ」をはじめ、コンビニ各社や小売・流通企業などと組み、数多くのタオル商品を市場に投入していった。これらは年間で数百万枚規模の売れ行きとなった。
なぜ消費者の心に突き刺さったのか。「売れたい、目立ちたいではなく、ど真ん中のマス市場を狙うという純粋な動機で商品開発に臨んだのが良かったです。市場分析やスペックの精査も徹底的に行いました」と伊澤社長は振り返る。
各社との商品開発で手応えをつかんだ伊澤タオルは順調に業績を伸ばしていく。そうした中で、2018年の夏前に、1本のメールが突然届く。送り主はアマゾンジャパンからだった。
「(アマゾンで販売する)タオルの提案があれば、商品情報と商品を送ってください」と書かれていた。伊澤タオルの担当者はすぐに文面と資料、それに商品も一式送ったところ、しばらく経って、アマゾンからゴーサインが出た。すぐさまアマゾンの専用商品として、「タオル研究所」というブランド名を登録し、販売をスタートすることとなった。
ただし、アマゾンに登録されているのはタオルだけで20万品番もある。当初は5000位前後をウロウロしていた。転機はアマゾンの「スポンサープロダクト」への広告出稿だ。効果は絶大で、一気に50位以内に。しばらくするとトップ10入りを果たした。
■トップ10入りで始まったレビュー荒らし、空注文も
ここからが大変だった。トップ10に入った途端、上位商品へのねたみなのか、突然レビューの評価に大量の「1」を付けられたり、「こんな商品は買うな」「ゴミだ」といった誹謗中傷のコメントを書き込まれたりした。これによって当然ランクは下がる。
多くの一般ユーザーからの評価で地道にランクが上がっていき、再び10位以内に入ると、また評価やコメントを荒らされる。この繰り返しだった。
「アマゾンの人に相談もできないし、どうしようと悩んでいました。そんなさなか、大事件が起きたのです」と伊澤社長は吐露する。
2019年暮れのある日。コンビニでの代金引換で2000枚、あるいは6000枚という規模の注文が次々に入った。金額にして約1000万円。例えるならば、コンビニの倉庫が伊澤タオルの商品だけで埋め尽くされる店が20店舗ほどできる数量だったという。「すごいよ! こんなに売れるなんて!」と、社員は皆大喜びして、テンションは最高潮に達した。
数日後、発注が一気に止まり、アマゾンのバイヤーから電話がかかってきた。「すぐに御社へうかがいたい」と。伊澤社長が対応すると、バイヤーはこう切り出した。
「ごめんなさい。すごい発注が入ったと思いますが、今、オーダーに残っているものを一部キャンセルさせてください」
実は、コンビニの代引きで商品を注文し、その後、受け取らずに返品して、販売元の会社をつぶしにかかるという悪質業者の手口だったのだ。小さな会社であれば、仕入れ分を回収できないから、倒産するしかない。こうした悪事が横行していたのである。
これに対して、アマゾンも以前から目を光らせていて、常時パトロールはしていた。今回も調査を進めているという。ただ、アマゾンの担当者は「今まで50万、100万円の被害はあったが、1000万円は初めてだ」という。
■試供品を自宅に送る「プッシュ型戦略」で売り上げ激増
オーダーのキャンセルは承諾せざるを得ないものの、この1000万円のマイナスをどう取り戻せばいいか。不幸中の幸いだったのは、アマゾンのデータ分析では、伊澤タオルの商品力は高く評価されており、アマゾンの担当者も売る気満々だったことだ。
そこで担当者から「アマゾンのタオルカテゴリーを一緒に強化するパートナーにならないか」と提案を受けた。パートナーになれば、さまざまなデータをみられるようにもなる。ただし、それ相応の協力金はかかるという。
この提案に対し、伊澤社長は「やります」と即答。この決断力とスピードに、アマゾンの担当者も驚いたという。ここからアマゾンとがっぷり四つでビジネスを始めた。20年3月のことである。
アマゾンで商品が売れると、自然とSNSなどに情報が波及していく。その結果、「伊澤タオルの商品はいいよ」と口コミが広まり、相乗効果が生まれていった。
さらに認知を高めるために、プッシュ型のマーケティングにも乗り出す。アマゾンでタオルをよく検索するユーザーに対して、21年7月、一斉に試供品を送った(配布枚数は非公表)。効果はてきめんで、伊澤タオルの商品を購入する新規ユーザーが増えた。例えば、その直後に行われた「Amazonタイムセール祭り」では、タオルという商品カテゴリーの売り上げ規模をはるかに超え、期間中の平均販売数量は通常時の約16倍を記録した。
「アマゾンのレビューで攻撃されたのは、怖かったし、とても傷つけられました。けれども、けがの功名で、そのときの苦悩が今の成果につながっていると実感しています」
■上場は通過点、世界を獲る
伊澤社長が思い描いた、タオルのマス市場をつくり上げるという構想は、コンビニなどの小売・流通各社、そしてアマゾンでの取り組みで現実味を帯びてきた。
これに対して、競合他社はなかなか追いつくのが難しい状況だといえよう。知見や経験に裏打ちされた伊澤タオルの独自のモデルは、そう簡単に真似できるものではないからだ。
伊澤タオルは数年後の上場を目指している。そのために、今年8月にはベンチャーキャピタルのジャフコグループと資本提携した。現状の売上高は約100億円。伊澤社長は、150億~200億円のラインを上場のタイミングだと考えている。この数字は既定路線のビジネスで問題ない。むしろ重要なのはその先で、中長期的には売上高2000億円を掲げる。なぜこの金額かというと、世界のタオルマーケット全体の2割に当たるからだ。これだけのシェアを占めれば、世界一のタオル企業といっても過言ではない。
「売り上げ2000億円の段階では、海外のメーカーを何社もM&A(合併・買収)していると思います。ポイントはその過程の売り上げ500億円。ここまでいけば圧倒的に日本ナンバーワンで、『タオルといえば伊澤だよね』と言われているでしょう。その知名度やマーケティング力を使ってビジネスを拡大できるようになります」
■伊澤社長が“世界”にこだわる理由
現在は通過点。あくまでマーケットは世界だ。すでにその下準備も進んでいる。2020年には、ホームファッション大手の米WestPoint Groupと業務提携し、欧米市場の販路開拓に乗り出した。提携直後に新型コロナウイルスの世界的流行が直撃したものの、既に米国の百貨店であるメイシーズや、米アマゾンなどでの販売は始まっており、初年度目標である売上高5億円は手堅いという。
伊澤タオルはなぜ世界にこだわるのか。そこには伊澤社長のじくじたる思いがある。
「日本は、半導体しかり、家電しかり、手間暇かけて、生みの努力や苦労をしているが、実際のビジネスは外国に持っていかれています。もうかるステージをすべて奪われている現状はとても悔しいし、寂しい。私たちはタオルしかできないけれども、タオルのビジネスにおいては日本の会社が世界で頑張っているよねと言われたいのです」
日本企業としての伊澤タオルの名を世界にとどろかす――。その日を夢見て、挑戦は続く。
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ライター・記者
1979年生まれ。神奈川県出身。専門テーマは「地方創生」「働き方/生き方」。慶應義塾大学環境情報学部卒業、同大学院政策・メディア研究科修了。ニュースサイト「ITmedia」を経て、社会課題解決メディア「Renews」の立ち上げに参画。
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(ライター・記者 伏見 学)
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