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「恐怖、怒り、嫉妬にも役割がある」ネガティブな感情を無理に消そうとしてはいけない

プレジデントオンライン / 2021年10月14日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

怒りや嫉妬などのネガティブな感情は何のためにあるのか。アリゾナ州立大学生命科学部のランドルフ・M・ネシー教授は「それらは人間の遺伝子に利益をもたらしている。いたずらに否定してはいけない」という——。

※本稿は、ランドルフ・M・ネシー『なぜ心はこんなに脆いのか』(草思社)の一部を再編集したものです。

■内科では原因究明が治療の鍵となる

人々が医学的な治療を求める理由は、自分が病気だと知っているからではなく、苦しみを感じるからだ。人が内科の病院に行くのは、痛みや咳、吐き気、嘔吐、倦怠感などの症状から解放されるため。そしてメンタルヘルスの専門家のところに行くのは、不安や抑うつ、怒り、嫉妬、罪悪感を軽減して楽になるためだ。だがこのような症状に対する内科と精神科の臨床的なアプローチは、大きく異なっている。

まずあなたが内科のクリニックで働く医師だったとする。若い女性患者が訪れて、腹部の痛みがここ数カ月間で徐々に悪化していると訴える。下腹部に痙攣するような痛みやズキズキする痛みを感じるという。夜間に酷くなることが多いが、食べた物や月経周期には関係がないようだ。

ほかに健康上の問題はなく、薬も飲んでいない。あなたは原因を探るために、問診をして、検査の予約をいくつか入れる。がんなのか、便秘なのか、過敏性腸症候群なのか、子宮外妊娠なのか。いずれにしても、あなたは痛みを症状として捉える。そして、その原因を見つけることが、治療の鍵となる。

次に、精神科のクリニックで働く精神科医の場合はこうだ。若い女性患者が、絶え間ない不安と不眠、活力の低下を訴える。ほとんどの活動に対して興味がもてなくなり、かつては美しく整えられていた庭の手入れすらやる気がしないという。症状は数カ月前に始まり、ここ二、三週間でさらに酷くなったため、病院に来る決心をした。

■不安や落ち込んだ気分などは、それ自体が問題とされる

ほかに健康上の問題はなく、薬も飲んでいない。本人によれば、ドラッグやアルコールの摂取はなく、最近生活上の大きなストレスになるような出来事があったわけでもない。あなたは精神科の医師として、こうしたネガティブな情動そのものを問題として捉え、症状を和らげるための治療を施す。

いわゆる「医学的モデル」の使用を標榜する生物学的精神医学と呼ばれる分野において、実際には生物学的な考え方の半分の側面しか用いられないうえに、ほかの医学領域とはまったく異なるモデルが使われていることは、実に皮肉な事態だ。ほかの医学領域では、痛みや咳などの症状は問題の存在を示唆する有用な反応として捉えられ、その原因の解明が試みられる。

一方で精神医学においては、不安や落ち込んだ気分などは、それ自体が問題としてみられることが多い。そして、何が不安や落ち込んだ気分を引き起こしているのかを解明しようとする代わりに、多くの精神科医は、単にそのような症状を脳の異常や認知の歪みなどの病的産物だと決めつける。

人は問題を前にしたとき、状況による影響を無視して、各個人に原因を見いだそうとしがちだ。

■「愛するものとの死別」はうつ病と関係あるか

この傾向は非常に広くみられるもので、社会心理学では「根本的な帰属の誤り(*1)」と呼ばれる。

DSMはその良い例だ。DSMにおいては、不安や抑うつなどの症状が一定以上の期間にわたってある程度の強さで出ていれば、患者を取り巻く人生の状況がいかなるものであれ、精神障害として診断するに十分とみなされる。

社会学者のアラン・ホーウィッツとジェローム・ウェイクフィールドは、DSMにみられるこの誤りを修正するために、ある方法を提案した。二人は、DSM-IVの定義では、愛する者を失って間もない場合はうつ病の診断から除外されることに触れ、ほかの主要なライフイベントも同様の例外条件として含めるべきだと指摘したのだ(*2)

DSM5の作成者たちは一貫性の欠如を認めたが、彼らが取った解決策は逆にすべての例外を——「愛するものとの死別」を含め——なくすことだった(*3)。彼らはこの変更を加えた理由を、一貫性を確立するために必要な改定であり、かつ、死別によって引き起こされる症状が深刻な場合には、治療が必要なうつ病である可能性も考えられるためだとした。

そして、関連するライフイベントの重大性を診断の過程で判断する必要が出た場合に、診断の信頼性が損なわれるのを避けようとしたためでもあった。

■恐怖や怒り、嫉妬なども時には有用

症状を疾患として捉える傾向は、ほかの医学領域においても問題であり、「臨床医の幻想(clinician’s illusion)」とも呼ばれている(*4)。症状自体が問題であるかのようにみえてしまうのは、その多くがとても不快で、生活の妨げになるものだからだ。痛みにつきまとわれる生活は苦しみそのものだし、下痢は致死的な脱水症状につながりかねない。このような症状は、通常は投薬によって安全にブロックできるため、そもそも不必要であるかのように思える。

だが、痛みや下痢、熱、咳などは、状況によっては役に立つ。このような症状は、ある特定の状況が訪れたとき、そして煙探知機の原理が示すように、特定の状況が訪れる可能性があるときに、正常な反応として現れる。

異常なのは、反応が過剰に現れる場合だ。そして反応が十分に現れない場合も、過剰な場合と比べて目立ちにくいが、同じく異常だ。ある反応が正常なものか、または異常なものなのかは、それが現れたときの状況がどのようなものかによって決まるのだ(*5〜7)

反応の中には、変化する状況に体を適応させるために起こるものも多い(*8〜10)。生理学者は、環境の変化に合わせて呼吸や心拍数、体温などが調節されるメカニズムを研究する(11〜13*)。そして行動生態学者は、生物の認知や行動、動機などの変化によって、移り変わる状況に生物が自らを適応させるメカニズムを研究する(*14〜16)。同様に、汗や震え、熱、痛みなどと同様に、恐怖や怒り、喜び、嫉妬などを感じる能力も、特定の状況においては有用なのだ(*17)

■遺伝子にとっては有益な症状もある

ネガティブな情動が役に立つ場合もあるという考え方は、それを体験している本人にとっては、受け入れがたいこともあるようだ。この、当然といえば当然の疑念に答えるために、「病気の症状には進化的な起源と役割がある」と考える根拠を四つ示したい。

まず一つ目に、不安や悲しみといった症状は、予想不可能なタイミングでごく一部の人にだけ現れる、特異な変化ではない。むしろ、汗や咳と同じように、ある特定の状況下ではほぼすべての人に一貫して現れる反応だ。

二つ目に、情動が表出する背景には、特定の状況において特定の情動が湧き上がるように調節するメカニズムが存在する。そしてそのような制御システムが進化するのは、それが適応度に影響するような形質に関するものである場合だけだ。

三つ目に、反応の欠如は、有害な結果につながることがある。例えば咳が十分にできないと、肺炎は致死的になり得るし、高所恐怖が足りないと、落下の可能性が高まる。

四つ目に、症状の中には、個体にとっては重大なコストを生じさせるものであっても、その個体の遺伝子にとっては有益なものがある。

■幸福より繁殖の成功が重要視される

一九七五年のある暑い夏の夜、私は当直医として待機すべく、病院に出勤した。病棟では何も問題は起きておらず、救急救命室も静かだったので、私はエドワード・O・ウィルソンの新刊『社会生物学』を読み始めた。真夜中近くになって、私はある衝撃的な文章に出くわした。

つまり愛情には憎悪、攻撃心には恐怖心、大胆さには躊躇が伴うようになる。しかし、これらの感情のとり合わせもなんらその生物の幸福と生存のために考え出されたものではなく、あくまでこれらの感情を制御している遺伝子群の子孫への受け渡しが、最大限に行われるべく考え出されたにすぎない(*18)
(『社会生物学』エドワード・O・ウィルソン著、坂上昭一他訳、思索社、1999年)

これを読んだ瞬間、私は行動と情動に関する自分の考え方が間違っていたことに気づいた。私はそれまで、自然選択は、健康で幸せで善良で協力的な社会の一員になるように私たちを形づくっているのだと思っていた。だが悲しいかな、そうではないのだ。自然選択においては、私たちの幸福などどうでもいい。進化の計算式において重要なのは、繁殖の成功だけだ。私は一〇年ものあいだ、正常な情動とは何かをほとんど知らないまま、情動の障害を治療し続けていたのだ。

■嫉妬に苦しむ男子学生

眠れぬ夜を過ごした後、私はもう一度勉強し直すことを決意した。次の日、私は精神医学のテキストブックを開いて、情動に関する記述を探した。見つかったのは、曖昧で中途半端な説明だけで、これは私に混乱と退屈を感じさせた。だがここで感じた情動は、しっかりと役に立った。おかげで、ほかの方法を探ってみようと決めることができたからだ。

その直後、ある嫉妬に苦しむ男子学生が助けを求めて私を訪ねてきた。「緊急事態なんです」とその学生は言った。

「僕のガールフレンドは、すごい美人なんです。彼女を失ったら、もう二度とあんなに綺麗な人と付き合うことはできないと思います。同棲して二、三カ月経つんですが、彼女は僕がやきもちを焼くのをやめないと出て行くって言ってます。だからなんとかして変わりたいんです」。

ガールフレンドがほかの男とキスをしているところばかり想像してしまうが、彼女の浮気を疑うような根拠はどこにもないという。ときには出かける彼女を尾行して、本当に仕事に行っているのかどうか確かめたり、居場所を確認するために用事をでっち上げて電話をかけたりすることもある。精神病やうつ病の兆候はなかった。

■性的な嫉妬は、情動の中でも特にやっかい

私は、彼の両親の夫婦関係や、幼少期の体験、これまでの恋愛について尋ね、ほかの精神障害の症状がないかチェックしたが、関連性のありそうな要素はなかった。そこで、彼の非理性的なその思考を変えるために、認知行動療法を試みることにした。だが、改善はほとんどみられなかった。男子学生が、「彼女がいよいよ出て行こうとしている」と言うので、もう一度状況を検証してみることになった。

そのころには気心も知れてきていたので、私は病的な嫉妬のよくある原因についても探ってみた。「いいえ、僕は浮気なんかしていません」と彼は答えた。「なぜそんなこと聞くんですか?」

だが彼女の浮気を疑う根拠が本当にないのか、もう一度尋ねると、彼はこう言った。「まったくありません。帰りが遅くなるときは、必ず彼女の親友が一緒にいますし」。「帰りはどのくらい遅くなるの?」私は聞いた。「週のほとんどは僕と一緒にいます。でも、たまに外出して、朝まで帰ってこないんです」。「一緒にいる相手は、本当に女友達だけ?」「ああ、彼女の親友は、女じゃないんです」と彼は言った。

「男の友達で、幼馴染みみたいなものだそうです。でも、ただの友達ですよ」。私はしばらく黙って、今自分が聞いた情報を消化した。それから口を開き、静かに言った。「それについて、ちょっと話そうか」

性的な嫉妬は、情動の中でも特にやっかいなものだ。一九六〇年代には多くの人がコミューンを形成し、自由恋愛主義を標榜して嫉妬を消し去ろうとした。その前提となったのは、嫉妬は社会的な慣習に過ぎず、排除することができる、という考えだった。だが、そのようなコミューンは結局一つも残らなかった。嫉妬は、どんなに押さえ込もうとしても雑草のように必ず湧いてきて、恋愛関係に多大な影響を及ぼす。

窓の外を眺めている人
写真=iStock.com/FTiare
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/FTiare

■嫉妬深いほうが遺伝子に利益がある

進化と嫉妬の研究者であるデヴィッド・バスによれば、殺人の一三パーセントは配偶者によるものだという(*19)。また、一九七六年から二〇〇五年のあいだに米国で発生した殺人事件の被害者のうち、性的なパートナーに殺された人の割合は、女性が三四パーセントなのに対し、男性はわずか二・五パーセントだ。殺人とまでいかなくとも、嫉妬による絶え間ないののしり合いや暴力、関係の破綻は、日常茶飯事だ。なぜ自然選択は、これほど恐ろしい情動を残したのだろう?

ランドルフ・M・ネシー『なぜ心はこんなに脆いのか』(草思社)
ランドルフ・M・ネシー『なぜ心はこんなに脆いのか』(草思社)

二人の男がいて、一人はパートナーの心移りを察して嫉妬を燃やすタイプ、もう一人はなるようになると構える鷹揚(おうよう)なタイプだったと仮定する。より多くの子どもを残すのは、どちらの男だろう。鷹揚な男は、嫉妬深い男よりも幸せな人生を送るかもしれない。だが彼のパートナーは、ほかの男の子どもを身ごもる確率が平均よりも高くなるだろう。そしてその女性は、妊娠中、そして生まれてきた赤ん坊を母乳で育てているあいだは妊娠ができない。

嫉妬はすべての関係者と社会全体にとって不快で危険で忌むべきものだが、嫉妬深い男のパートナーがほかの男の子どもを妊娠する確率は、鷹揚な男の場合よりも低くなる。すべての情動が、私たちにとって有益なものだったら、どんなにいいだろう! だが悲しいかな、感情は私たちの遺伝子に利益をもたらすように形成されているのだ。

1. Ross L, Nisbett RE. The person and the situation: perspectives of social psychology. London: Pinter& Martin Publishers; 2011.
2. Wakefield JC, Schmitz MF, First MB, Horwitz AV. Extending the bereavement exclusion for major depression to other losses: evidence from the National Comorbidity Survey. Arch Gen Psychiatry.2007 Apr1;64(4):433.
3. Wakefield JC. The loss of grief: science and pseudoscience in the debate over DSM-5’s elimination of the bereavement exclusion. In: Demazeux S, Singy P, editors. The DSM-5 in perspective [Internet]. Springer Netherlands; 2015 [cited 2015 Nov 27]. pp.157-78. (History, Philosophy and Theory of the Life Sciences). Available from: https://link.springer.com/chapter/10.1007/978-94-017-9765-8_10
4. Nesse RM, Williams GC. Evolution and the origins of disease. Sci Am. 1998 Nov:86-93.
5. Keltner D, Gross JJ. Functional accounts of emotions. Cogn Emot. 1999;13(5):467-80.
6. Nesse RM. Evolutionary explanations of emotions. Hum Nat. 1990;1(3):261-89.
7. Nesse RM, Ellsworth PC. Evolution, emotions, and emotional disorders. Am Psychol. 2009 Feb;64(2):129-39.
8. Bateson P, Gluckman P. Plasticity, robustness, development and evolution. Cambridge (UK):Cambridge University Press; 2011.
9. Stearns SC. The evolutionary significance of phenotypic plasticity. Bio-Science. 1989;39(7):436-45.
10. West-Eberhard MJ. Developmental plasticity and evolution. New York: Oxford University Press;2003.
11. Ellison P, Jasienska G. Adaptation, health, and the temporal domain of human reproductive physiology. In: Panter-Brick C, Fuentes A, editors. Health, risk and adversity:a contextual view from anthropology. Oxford (UK): Berghahn Books; 2008. pp.108-28.
12. Schmidt-Nielsen K. Animal physiology:adaptation and environment. Cambridge (UK):Cambridge University Press; 1990.『動物生理学─環境への適応』クヌート・シュミット=ニールセン著、沼田英治、中嶋康裕訳、東京大学出版会、2007年
13. Schulkin J. Rethinking homeostasis: allostatic regulation in physiology and pathophysiology. Cambridge (MA): MIT Press; 2003.
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17. Lench HC, editor. The function of emotions: when and why emotions help us. New York: Springer Science+Business Media; 2018.
18. Wilson EO. Sociobiology: a new synthesis. Cambridge (MA): Harvard University Press; 1975. p.4『. 社会生物学』エドワード・O・ウィルソン著、坂上昭一、宮井俊一、前川幸恵、北村省一、松本忠夫、粕谷英一、松沢哲郎、伊藤嘉昭、郷采人、巌佐庸、羽田節子訳、新思索社、p.4-5
19. Buss DM. The dangerous passion: why jealousy is as necessary as love or sex. New York: Free Press;2000.『一度なら許してしまう女 一度でも許せない男─嫉妬と性行動の進化論』デヴィッド・M・バス著、三浦彊子訳、PHP研究所、2001年

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ランドルフ・M・ネシー(らんどるふ・えむ・ねしー)
アリゾナ州立大学生命科学部 教授
医学博士。アリゾナ州立大学進化医学センターの創設ディレクターであり、同大学生命科学部の教授を務める。ミシガン大学の精神医学教授、心理学教授、研究教授を歴任。著書に『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』(新曜社)がある。

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(アリゾナ州立大学生命科学部 教授 ランドルフ・M・ネシー)

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