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なぜ心はこんなに脆いのか…進化生物学者が考える「抑うつ」の意外な効用

プレジデントオンライン / 2021年10月15日 15時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/bee32

なぜ人は気分が落ち込むのか。アリゾナ州立大学生命科学部のランドルフ・M・ネシー教授は「抑うつにも様々な役割があるという研究結果がある。例えば、相手に『自分は脅威ではない』というシグナルを送ることで、攻撃をかわすという効用がある」という——。

※本稿は、ランドルフ・M・ネシー『なぜ心はこんなに脆いのか』(草思社)の一部を再編集したものです。

■気分の変化が役に立つのはいつ、どのような状況なのか

うつ病に関する混乱の多くは、ものごとにはそれぞれ特定の機能があるはずだと考えがちな私たちの傾向からきている。私たちが作るモノ、例えば槍や籠などは、特定の機能をもっている。

同じく、目や親指などの体の一部にも、特定の機能がある。そのため、「落ち込んだ気分の機能は何か?」という問いも、ごく自然なもののように思える。しかしながら、情動について考える場合には、これは適切な問いではない。より良い問いは、こうだ。「落ち込んだ気分と高揚した気分は、どのような状況において選択的優位性をもたらすのか?」だが、気分の役割に関してこれまでに唱えられてきた説のほとんどは、機能の解明という枠組みの中で語られることが多い。

ここではまず、そのような説の紹介から始めてみよう。

まず、気分の変化は、極端なものであってもなくても、基本的に何の役にも立たない、と仮定してみる。つまり気分の移り変わりは単なる誤作動であり、てんかんの発作と同じく、有用性はほとんどない、という考え方だ。だが、この説が間違っていると考えるのに妥当な理由がある。

てんかんや腫瘍など体の不具合によって生じる症候群は、一部の人にしか起きない。一方で、気分の変化は、ほぼすべての人が経験することだ。私たちには、自分の周りで起きる出来事に応じて気分を上げたり下げたりするシステムが備わっている。このような調節システムが形づくられるのは、何かの役に立つ反応についてだけだ。痛みや、熱、嘔吐、不安、落ち込んだ気分は、そのような反応が必要とされているときにスイッチが入るのだ。

とはいえ、だからといってこうした反応が毎回役に立つというわけではなく、誤報があるのも正常の範疇(はんちゅう)だ。だがここで重要なのは、気分の調節システムを理解するためには、そのような反応が役に立つのはいつ、どのような状況なのかを見極める必要がある、ということだ。

■母親と引き離された後の赤ん坊の反応

ロンドンの精神分析医だったジョン・ボウルビィは、落ち込んだ気分がもつ機能を進化的に考えた最初の研究者の一人だ。ボウルビィは、ドイツ人動物行動学者のコンラート・ローレンツと、英国人生物学者のロバート・ハインドとの対話にヒントを得て、母親から引き離された赤ん坊の行動に、進化的な視点から注目した(*1)

赤ん坊の中には、母親と短時間引き離された後、すぐに母親との結びつきを回復する子もいれば、よそよそしく振る舞う子もいた。そして、怒りを露わにする赤ん坊も数人いた。離れている時間が長くなればなるほど、行動のパターンは安定した。最初は抵抗して泣き、次に黙ってうずくまり、体を揺らすのだ。その様子はどこから見ても、絶望した大人そっくりだった(*2,3)

ボウルビィは、赤ん坊の泣き声は母親が戻ってきて赤ん坊を抱き上げる動機になることを見抜いた。さらに、泣いている時間が長くなるとエネルギーの無駄使いになり、かつ捕食者を引き寄せてしまうので、母親がすぐに戻ってこない場合にはひっそりと静かにしているほうが有益であることにも気づいた。

これらの発見は愛着理論として発展し(*4)、母子の絆の形成、および絆の形成がうまくいかなかった場合に発生し得る病的な影響を理解するうえでの基礎を形づくった。愛着が進化したのは、それが母親と赤ん坊の両方の適応度を高めるからだ。このことを見抜いたボウルビィは、進化精神医学の創始者の一人として認識されるべきであろう。

■うつ状態には愛着に関連した機能がある

母親から引き離された赤ん坊の行動について、過去一〇〜二〇年でより明確な進化的視点から分析が行われ、「安定型」の愛着だけが正常であるとする考え方に疑問が呈された。状況によっては、「回避型」または「不安型」の愛着を示す赤ん坊の行動も、母親にもっと世話をさせる動機付けとして機能する可能性がある、というのだ(*5~7)。微笑んで可愛い声を出すだけではうまくいかない場合には、母親が去ろうとしたら延々と叫び声を上げ続けたり、戻ったときに冷たいそぶりをしたりするほうが、効果があるかもしれないからだ。

「生物心理社会モデル」という用語を作ったロチェスター大学の精神科医、ジョージ・エンゲルは、うつ状態には愛着に関連した機能があると主張した。エンゲルは、仲間からはぐれた子どものサルは、一つの場所に静かにとどまることでカロリー消費を抑え、捕食者に見つからないようにできると指摘した。彼はこれを「保存のための引きこもり(conservation-withdrawal)」と呼び、この状態が抑うつと似ていること、さらには抑うつと冬眠も似ていることを指摘した(*8,9)

■産後うつは血縁者から助けを得られるのか

ロンドンのキングス・カレッジ・ロンドン精神医学・心理学・神経科学研究所の設立者であるオーブリー・ルイスは、助けを必要としていることを伝えるシグナルとして抑うつが現れる場合があると考えていた(*10)。スタンフォード大学医学部精神医学科の主任だったデイヴィッド・ハンバーグは、この考えをさらに発展させた(*11)

また、何人かの進化心理学者は、自殺のほのめかしをはじめとする抑うつ症状は、ほかの人を操作して自分を助けさせるための戦略であるという可能性を指摘し、この説にシニカルなひねりを加えた。さらに、エドワード・ハーゲンは、産後うつは血縁者から助けを得るという特定の目的のために形づくられた適応なのではないかという説を唱えた(*12,13)

ハーゲンは、産後うつ病の症状は子育てを放棄することをほのめかす受動的な脅しであるとし、そしてその裏付けとして、産後うつ病を発症しやすいのは、夫からの支援が少ない場合や、リソースが限られている場合、あるいは赤ん坊に通常よりも多くのケアが必要な場合であることを挙げた。

確かに、抑うつや自殺のほのめかしは、他人の操作につながる面がある。しかし、そのような状況にある母親にとって抑うつという反応が確実に有用であるというエビデンスは、ほとんど存在しない。

それに、抑うつ症状をみせる人のほうが、通常なら支援してくれない血縁者から多くの助けを引き出すことができるという、明確な論拠もない。さらに、この説はジェームズ・コインによる先行研究と矛盾する。コインは、抑うつ症状は血縁者から同情的で役に立つ反応を引き出せるが、それは短期間だけであり、血縁者の多くはすぐに手を引く傾向があることを明らかにしているのだ(*14)

■序列の下位に転落したニワトリは服従的になる

カナダ人心理学者のデニス・デカタンザロは、これよりもさらに不穏な説を唱えた。自殺が個体の遺伝子に利益をもたらし得る、というのだ(*15)。デカタンザロの考えによれば、個体が過酷な環境下にあり、将来的に自分が直接繁殖できる可能性がほとんどない場合でも、自殺をすれば血縁者のための食料とリソースを節約することが可能になる。そしてその場合、自殺する個体は血縁者の繁殖を通して遺伝子を次の世代に伝えることができる、という。

これが本当なら、選択が形づくるのは個体よりも遺伝子のためになる形質である、ということの究極の例と言えるだろう。だが、この考えはクリエイティブではあるが、ほぼ確実に間違っている。過酷な環境下にあったとしても、自殺は決して日常的に起きることではない。将来の繁殖が望めない病気を抱えた高齢者であっても、なんとかして少しでも長く生きたいと願う人は多い。さらに、なぜわざわざ自分を殺す必要があるというのだろう? ただどこかに消えるか、食べるのをやめれば済むことではないか?

英国人精神医学者のジョン・プライスは、ニワトリをつぶさに観察し、抑うつ症状がもつ重要な機能に気づいた(*16)。体重が減って序列の下位に転落したニワトリは、ほかのニワトリと関わりをもたなくなり、服従的になる。そうすることで、階層の上部にいるニワトリからの攻撃を軽減させるのだ。

■「自分は脅威ではない」というシグナルを送ることで攻撃をかわす

プライスは次に、サバンナ・モンキーを対象に同様の観察を行った(*17)。サバンナ・モンキーは、オスとメスがそれぞれ二〜三頭ずつの小さな群れを作って暮らす。ボスであるアルファオスは、基本的に交尾を独り占めし、その睾丸は鮮やかな青色をしている。ただし、それが続くのはオス同士の喧嘩で負けるまでだ。負けたほうのオスはうずくまって体を揺らし、引きこもりがちになり、落ち込んだ様子を見せる。そしてその睾丸は、くすんだ灰色に変わる。

プライスはこの変化を、「不本意な降伏(involuntary yielding)」のシグナルであると考えた(*18,19)。自分はもはや脅威ではないというシグナルを送ることで、敗者は新たなボスからの攻撃をかわす。降伏し、シグナルを送るほうが、攻撃されるよりはましだからだ。

プライスは精神医学者のレオン・スローマンとラッセル・ガードナーとともに、これらの説を臨床の現場で適用してみた(*20)。その結果、地位を争う競争において負けを受け入れられなかった場合に、多くの抑うつエピソードが引き起こされることがわかった。彼らの考えでは、落ち込んだ気分は競争での敗北に対する正常な反応として発生する。

うつむいているひと
写真=iStock.com/AntonioGuillem
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/AntonioGuillem

■「自分は価値が低い」と思い込むことで得られる効果

そして、彼らがいみじくも「降伏の失敗」と名付けた状況——つまり、地位の獲得に向けて無駄な努力を続けてしまう状況に陥った場合に、正常な反応として抑うつが引き起こされる。英国人心理学者のポール・ギルバートとその共同研究者をはじめとする研究者らが、この考えをさらに発展させた(*21)。彼らは、大きなストレスがかかるさまざまなタイプのライフイベントを「地位の喪失」として捉えて観察を行った。そして多くの患者が、勝ち目のない地位争奪戦を諦めると回復することを明らかにした。

人類学者のジョン・ハルトゥングは単独で、この説の応用編とも言える面白い研究を行い、「自分を低く見せる」という興味深い行動に着目した。本来、自分よりも能力が低い者に服従することは危険を意味する。だが一方で、自分の力を見せつけたいという自然な傾向のままに行動すると、脅威とみなされ攻撃を受けるか、悪くすればグループから追放されてしまう。

ではどうすればいいのか。自分を低く見せる、つまり、自分の能力をあえて隠せばいいのだ(*22)。その最良の方法は、自分は価値が低く、能力もないと自ら思い込むことだ。このパターンは、フロイトが去勢不安によるものと考えていた神経症的な抑圧や自己破壊にも似ている。

■ライフイベントとうつ病発症との関係性

地位の喪失と抑うつの関係をさらに裏付ける証拠となるのが、英国人疫学者のジョージ・ブラウンとティリル・ハリスが集めた膨大な量のデータだ(*23)。二人がロンドン北部の女性を対象に行った詳細な調査によれば、うつ病を発症した女性のうち八〇パーセントが、慎重に定義された「深刻」という基準に当てはまるレベルのライフイベントを最近経験していた。そして、深刻なライフイベントを経験したすべての女性のうち、うつ病を発症した人はたった二二パーセントという低い割合だった。

といっても、そのようなライフイベントを経験していない女性のうち、うつ病を発症した人の割合は、そのわずか二二分の一にあたる一パーセントだった。さらに、深刻なライフイベントを経験した女性のうち残りの七八パーセントは、その後一年間にわたってうつ病を発症しなかった。

この結果は、「レジリエンス」に関する新しい研究へとつながっていった(*24)。この丹念な調査によって、ライフイベントがうつ病の発症にどのように影響するかについての素晴らしいエビデンスが得られた。その後次々に新たな研究が行われ、ライフイベントがうつ病の発症に及ぼす影響が確認されただけでなく、その関係性についてさらなる探求が行われている(*25~33)

■「自分を低く見せる」という社会的な戦略の見返り

ライフイベントの中には、うつ病につながる可能性が高いものと、そうでないものがある。ブラウンとハリスの研究では、抑うつエピソードが起きるきっかけとなるライフイベントのうち七五パーセントが「屈辱または泥沼化」によって特徴付けられ、喪失に関するライフイベントは二〇パーセント、危険に関係するライフイベントは五パーセントに過ぎないことがわかった(*34)

屈辱や泥沼化といった状況には地位を巡る対立が関わっていることが多いと仮定すると、このデータはプライスの説にぴたりと合致する。ライフイベントをすべて一括りに扱ったり、単に「ストレス」として片付けたりする代わりに、患者の人生を取り巻く状況をより具体的に把握することができれば、発症の可能性などをもっと正確に予測できるようになる、ということだ。

「不本意な降伏」説は、私がこれまでに治療にあたったうつ病の症例の多くに当てはまるように思える。私が会った患者の中には、結婚生活を守るために自分の成功を制限するばかりか、自分のことを実際より能力が低いと思い込む人たちが大勢いた。自分を低く見せるという社会的な戦略は、より強い者からの攻撃から身を守ってくれる。だがその見返りは、抑うつ症状だ。

■落ち込んだ気分が果たすほかの役割

私がかつて治療した若い有能な弁護士は、この戦略を使う代わりに、素晴らしいプレゼンテーションをやってのけ、無能な上司のお株を奪った。そしてその後すぐに、その上司に巧みに陥れられ(この点については実に有能な上司だったようだ)、うつ病を発症した。

降伏のシグナルがもつ「攻撃をかわす」という機能を、その機能が役に立つような状況——つまり「地位争奪戦での敗退」という状況から捉え直してみると、その状況で落ち込んだ気分が果たすほかの役割についても検証することができる。例えば、社会的な戦略を練り直す、ほかのグループに移る可能性を検討する、仲間になれそうなほかのメンバーを注意深く選んでそこにリソースを割く、情勢が良くなるまで引きこもる、といった可能性が考えられる。

だが、状況という視点から考え直してみても、この「不本意な降伏」説は「社会的なリソース」という一つの分野の、「階層における社会的地位」という一つの側面に限定されている。地位争奪戦において勝ち目がない状態に陥るのは、「目標追求における失敗」というより一般的な状況の、一つのサブタイプに過ぎないのだ。

■どんな状況がどんな抑うつ症状を引き起こすのか、研究の余地がある

地位の喪失においては、降伏のシグナルを出すことでより強い力をもった個体からの攻撃を避けることができる。それでは、ほかのタイプの失敗についてはどうだろう? 地位を喪失した後に攻撃を逃れることだけが、抑うつ症状の主な機能なのだろうか?

臨床医としての私のこれまでの体験から考えて、おそらくそうではない。たとえ社会的地位という分野に限って考えても、抑うつ症状は、降伏のシグナルのほかにも、新しい戦略選びや仲間作りの促進といったほかの役割も果たす。

さらに、私のうつ病患者の約半数は、達成できない目標の追求に囚われているようにみえるが、その目標のうち多くは社会的地位に関するものではない。例えば片思いは、地位に関する目標の追求と言えるだろうか? 子どものがんの治療法を探し求めることは?

論争を続けるだけでは、そのような問いに答えることはできない。私たちに必要なのは、抑うつ症状の引き金になるようなライフイベントと状況に関するデータだ。うつ病に関連する脳の異常の解明には、何十億ドルものお金が注ぎ込まれている。また、いわゆる「ストレス」が果たす役割の研究にも、大勢の人が取り組んでいる。

にもかかわらず、具体的にどんな種類のライフイベントや状況がどんな抑うつ症状を引き起こすのかを解明する研究には、資金提供機関から資金が出ていない。これは科学界における大きな恥であり、悲劇と言わざるを得ない(*35~37)

■反芻はうつ病とどんな関係があるのか

落ち込んだ気分の一つの特徴は、自分の抱える問題についてくよくよ考えすぎてしまうことだ。このような思考は、単なる反芻(はんすう)に過ぎないことが多い。問題が心の中でぐるぐると回り続けて、解決には決して結びつかない。ちょうど、牛が草を噛んで飲み込み、吐き戻して、また噛むのと同じことだ。私のかつての同僚の一人である心理学者のスーザン・ノーレン=ホークセマは、反芻はうつ病の中心的な問題となる不適応な認知パターンであり、可能な限り止めるべきものだと考えた(*38)

ホークセマは、悲劇的にして奇跡的な巡り合わせにより、一九八九年にカリフォルニア州で発生したロマ・プリータ地震の直前に、うつ病と反芻傾向に関するデータを収集していた。地震後に同じ被験者に対して面談を行った結果、反芻傾向が強い人はうつ病を発症しやすいことがわかった。この結果は、うつ病に対するほかの脆弱性の予測因子を統制しても同じであった(*39)

二〇〇九年に心理学の学術誌『Psychological Review(サイコロジカル・レビュー)』に発表され大きな話題となった論文の中で、生物学者のポール・アンドリューズと精神科医のJ・アンダーソン・トムソン・ジュニアは、これとはほぼ正反対の考え方を提示した(*40)。二人は、反芻は人生の重要な諸問題を解決するのに役立つと主張したのだ。

■反芻で社会的問題が解決できるという根拠はない

彼らの考えでは、抑うつ状態になって活動や外的な生活に対する興味が低下すると、時間と精神的なエネルギーが余るようになり、問題解決に向けて反芻ができるようになるという。この論文は、アンドリューズと生物学者のポール・ワトソンが二〇〇二年の論文で行った、うつ病は「ソーシャル・ナビゲーション」機能を果たすために進化したという主張を発展させたものだった(*41)

この主張に対する強力な反論として、ニューカッスル大学の進化心理学者であるダニエル・ネトルは、反芻によって社会的問題が解決できるという根拠も、解決策にたどり着くのが早まるという根拠もほとんどないことを指摘した(*42)。ノルウェー人進化臨床心理学者のレイフ・ケネアもこの反論に同意しており、私も彼らの批判と同意見だ(*43)

とはいえ、社会的引きこもりや考えすぎは、人生の大きな壁にぶつかったときには役に立つ場合がある。私の好きな本の一つに、スウェーデン人精神分析学者であるエミー・ガットが一九八九年に著した『Productive and Unproductive Depression: Its Functions and Failures(生産的うつと非生産的うつ:その機能と弊害)』がある(*44)

■抑うつが役に立つのはどのような状況においてか

ガットは歴史上の人物に関する鮮やかなケース・スタディーを用いて、抑うつによる社会的引きこもりと集中的な思考は、人生の大問題が引き起こす大規模な変化に対処する力を高める場合があると指摘したうえで、非生産的な抑うつに陥ったままになってしまう人もいると論じた。

ランドルフ・M・ネシー『なぜ心はこんなに脆いのか』(草思社)
ランドルフ・M・ネシー『なぜ心はこんなに脆いのか』(草思社)

人生に関わるような大きな失敗は、新たな戦略を見つけるために大きな労力を割く動機になる場合がある。だが、ガットやネトル、ホークセマらが指摘しているとおり、そのような状況における反芻と社会的引きこもりが、常に最適な反応であるとは言い難い。

本稿ではここまで、落ち込んだ気分とうつ病の機能に関してこれまでに提唱された中でももっとも説得力のある説をいくつか紹介した。こうした説のうちどれが正しいのかが議論され続けているが、これは不要な議論であり、実際にはすべての説が当てはまり得る。そして何より、抑うつが果たし得る機能は何か、という問いから、抑うつが役に立つのはどのような状況においてか、という問いに焦点を移すことで、各機能の重要性や関係性をより明らかにできるようになる。

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2. Ibid.
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ランドルフ・M・ネシー(らんどるふ・えむ・ねしー)
アリゾナ州立大学生命科学部 教授
医学博士。アリゾナ州立大学進化医学センターの創設ディレクターであり、同大学生命科学部の教授を務める。ミシガン大学の精神医学教授、心理学教授、研究教授を歴任。著書に『病気はなぜ、あるのか 進化医学による新しい理解』(新曜社)がある。

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(アリゾナ州立大学生命科学部 教授 ランドルフ・M・ネシー)

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