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「輸出量はたった4年で300倍に」茨城県がメロンの海外展開を大成功させたシンプルな手法

プレジデントオンライン / 2021年10月16日 13時15分

出典=IMF

2014年まで青果の輸出がほぼゼロだった茨城県が、農産物輸出を急増させている。初代JETRO(日本貿易振興機構)茨城事務所長の西川壮太郎さんは「バイヤーを招待して実際に商品や生産現場を見てもらう。『百聞は一見に如かず』だ」という——。

※本稿は、西川壮太郎ほか『グローカルビジネスのすすめ』(紫洲書院)の一部を再編集したものです。

■「海外で稼ぐ」なくして繁栄はあり得ない

西川です。ここでは、地元産品を海外に売り込むグローカルビジネスの身近な実例として、茨城県が農産物を海外に輸出することにより、地域活性化に成功した事例をご紹介します。この事例で得られた知見は他県の場合にも十分に応用可能だと思いますので、これを横展開して日本の地方経済の復興に少しでもつながればありがたいと思っています。

まずは質問から始めさせていただきます。『私たち日本人は、世界で何番目にお金を稼いでいる国民でしょうか?』。

日本は、アメリカ、中国に次いで、世界第3位の経済大国だということは広く知られています。しかし、これはあくまで国全体で計算した場合に限られるということはご存知でしょうか?

日本が一年に稼ぐ金額(GDP)を一人当たりに換算すると、実は世界25位にまで後退してしまいます(図表1)。国際通貨基金(IMF)が2020年に発表したデータによると、日本の一人当たりGDPは年間約400万円(4万256米ドル)とされており、ヨーロッパ諸国はおろか、シンガポールや香港よりも稼ぎが低いということになります。

今後のわが国が確実に迎えるであろう超高齢化社会や人口減少による影響を考えると、労働人口が減り、国内の需要も期待できなくなるでしょう。このような環境では「海外で稼ぐ」ことなくして、日本人が再び豊かな生活を取り戻すことはあり得ないといえるのではないでしょうか。

■日本経済は「茹でガエル」状態である

いざそう言われてもなかなか危機感を抱きにくいと思いますが、この問題はいつまでもなおざりにしておけるものではありません。「茹でガエルの法則」という訓話をご存知でしょうか?

カエルは、自分が泳いでいる池の水が急激に熱くなれば、その変化を察知して逃げることができます。しかし少しずつ温度が上がった場合には、そのうち何とかなるだろうと思ってそのまま同じ場所に居続けて、いつの間にか茹で死んでしまうというお話です。

この話の「池の水」を私たちの環境である「日本経済」に置き換えても、同じことがいえるでしょう。少しずつ人口が減り、少しずつ売上が減っている、しかし今のところなんとかなっている。

このような状況では、適切なタイミングで正しい決断を下すことが非常に難しいのです。今は国内市場だけでも十分に稼いでいけるかもしれませんが、いつまでもその環境が変わらないとは限りません。将来への布石として、今からでも海外市場とのつながりを作っておくということは重要なオプションだと思います。

しかし、もちろん盲目的に海外市場に挑戦するのは賢明とは言えません。海外市場に進出する際にリスクが存在するのは事実です。実際、私は日本貿易振興機構の海外事務所(ベトナムおよびバングラデシュ)での駐在期間中に、現地に進出する多くの日系企業を支援してきましたが、現地企業に騙されて失敗したという事例も少なからず見てきました。契約金額を振り込んでも契約書通りに履行されないことなど日常茶飯事でした。

このように、アクションをとることにはリスクが伴います。その反面、人口がどんどん減少し、高齢化が進む日本国内においてアクションをとらないこともまたリスクなのです。幸いなことに、現在では海外企業との貿易決済においてリスクを回避する方法が数多く編み出されており、事前にさまざまな情報を収集することで海外進出の際のリスクを最小化することができるようになってきました。

やみくもにリスクを恐れるのではなく、そのリスクの大きさや回避手段などを加味して冷静に判断することが大切です。リスクヘッジの手段を踏まえた上で、経済発展が著しい新興国などの海外マーケットに攻めていくというのが賢いやり方だといえます。

■生粋の茨城人よりも茨城について知る

茨城県からアジアへの挑戦は2014年から始まりました。私は、それまでベトナム、ハノイのJETRO事務所に約4年間駐在していましたが、「茨城県にJETROの地方事務所を新設するので、その初代所長をやってくれないか」というお声がかかり、これを機に日本に帰ってきました。

茨城県に着任して真っ先に始めたのが、県内の44市町村のすべてを見てまわることです。各地を実際に訪問することは、地図を見て想定していたよりも大変なことではありましたが、今では生まれも育ちも茨城県民の方よりもむしろ私の方が詳しいという逆転現象が起きているほどです。この経験が、JETROで活動する際の私の財産となりました。

各地の商工会議所などを訪問するにあたって、それぞれの地域にどういう課題があるのか、私が持っているノウハウはどのように活かせるだろうか、などといろいろと考えを巡らせました。やがて、さまざまな地域に共通する根本的な課題が明らかになりました。

■日本2位の農業県なのに輸出がほぼゼロ

あまり知られていないかもしれませんが、茨城県は北海道に次いで、農業産出額で日本第2位を誇る農業県です。しかし、東京では茨城の農産品は他県のものよりも安く売られる傾向があるため、結果として農家の収入が低くなり、ひいては後継者問題を深刻化させる原因の一つとなっていたのです。

さらに調べてみると、2014年時点で、茨城県の農産品はほとんど海外に輸出されていませんでした。茨城県が生産量日本一を誇るメロンでさえも、輸出量はほぼゼロだったのです。

この状況を何とかしなければならないと考えた私たちは、農産品を新たに輸出することにより地域を活性化させる戦略を考え始めました。茨城県の農産品を海外に輸出し、それをメディアで報道してもらうことでブランド化を図る。それが成功すれば農産物の売価が上昇し、農家の方々の収入も上がる、という戦略です。

青果物の年間輸出量
出所=茨城県農林水産部(筆者作成)

結論を先に申し上げると、この取り組みは大成功をおさめました。図表2の通り、もともとすべて合わせても2トンほどしかなかった青果物の輸出は、その翌年から約20倍の41トン、更に翌々年には前年の4倍の179トンというように、飛躍的に伸びていきました。

青果物に加えて、最近では茨城で生産されている常陸牛というブランド牛肉の輸出量も勢いよく伸びています。

■「百聞は一見に如かず」価格交渉なしで成約

一体JETROはどのようなカラクリで輸出を伸ばしたのかと疑問に思われることでしょう。しかし答えはシンプルです。買い手側に実際に茨城に来て、商品を見てもらうこと。

実は私が駐在していた5年間で、世界16カ国から、合計62社の海外食品バイヤーに来日してもらい、茨城県内の圃場や選果場、食品工場を見てもらいながら、食品事業者との商談会を開催しました。茨城県の輸出作戦では、この商談会が功を奏したといえるでしょう。

「百聞は一見に如かず」という言葉の通り、実際の品物を見てもらうことには大きな効果があります。

例えばメロンの輸出が初めて成約に至ったときのことは、今でも忘れられません。この時はマレーシアの大手スーパーのバイヤーを、茨城県鉾田市にあるメロン選果場にお連れしました。その選果場では光センサーを用いて一個一個のメロンの糖度を計測し、基準に満たないメロンは梱包されないという厳しいシステムを用いて出荷品の選別を行っています。

これをご覧になったマレーシア人のバイヤーは、「日本の技術は素晴らしい! 工業製品の品質検査システムだけでなく、果物までも、甘くないものは出荷されないようになっているとは!」と感嘆され、値段交渉もせずに言い値で成約に至りました。

メロン
写真=iStock.com/Boonchuay1970
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Boonchuay1970

■商談会の開催は活きた税金の先行投資

海外バイヤーを視察に招くためには、飛行機代などの経費を含めて、1社あたり数十万円かかります。もちろん視察が必ず成約に結びつくかどうかは分からないため、一つの企業がこれを全額負担して海外のバイヤーに来てもらうことは、リスクが大きいのです。そこでJETROでは、県内の酒蔵、水産加工業者、納豆工場など、食品事業者のみなさまを取りまとめて、海外からバイヤーを招待して商談する機会を提供しています。

JETROは政府機関ですので、この事業を実施するにあたっては、みなさまからお預りしている税金を使っています。海外からバイヤーを複数招待するには、それなりの出費を伴います。しかし、結果としてそのようなイベント開催にかかった経費の何倍もの利益が輸出を通じて茨城に還元されてきました。そう考えると、このような商談会の開催は価値ある投資だといえるでしょう。活きた税金の先行投資として、今後も積極的に進めていこうと思っています。

握手をしている人
写真=iStock.com/GCShutter
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/GCShutter

■バイヤーの選定が勝負を分ける

さて、この事業において最も重要なのが、招待するバイヤーの選び方です。どのバイヤーに来てもらうかが決まった時点で、すでに勝負の半分は決まっているといっても過言ではありません。

バイヤーを選定する際には、いくつか見るべきポイントがあります。その中でも絶対に欠かせない1つ目のポイントが、「ネガティブチェック」です。この点は、そのバイヤーが進出先の国において過去に不払いなどの問題を起こしていないかという情報を、JETRO海外事務所に照会することができます。このようなスクリーニングを予め行っておくことで、大きなリスクを軽減できるでしょう。

2つめのポイントは、いざ成約となった場合に輸出ルートが確立されているかどうかの確認です。日本国内に代理店があり、そこを通して決済ができれば理想的です。バイヤーが実際にこのような代理店を通じて輸入を行った経験があれば、スムーズに手続きを進めることができます。日本から食品を輸入した実績のない海外バイヤーに来てもらうのは、新規開拓として良さそうに見えるかもしれませんが、私の実体験から申し上げると、時間ばかりかかって費用対効果は低いと言わざるを得ません。

他にも望ましい海外バイヤーの条件として、例えば多少なりとも日本語ができることが挙げられます。また、大手バイヤーの発注ロットに対応できずに商談が流れてしまうということを防ぐために、取引の規模が身の丈にあっていることも重要です。そして、価格よりも品質を重視して、少量で長期的な関係を構築してくれることも大切です。

大量に買うからといって安値で買い叩いてくる海外バイヤーは多数いますが、少なくとも私はそのようなバイヤーは呼びませんでした。今挙げたほかにも細かいポイントはいろいろありますが、最後は人間と人間の関係であるため、「この人と一緒にやっていきたい」という気持ちを持てるかどうかが鍵であるように思います。

こうしたことを踏まえ、私自身もバイヤー選びのために事前に海外に足を運び、バイヤーにインタビューを行い、自分の目で確かめてから招待する方々を正式に確定する、というプロセスを繰り返し行いました。せっかくの機会を無駄にしないためにも、このような地道な下調べと準備は欠かせません。

■商談会の出展の目的はバイヤーの見極め

続いて、梨の海外輸出で地域活性化を成し遂げたJA常総ひかり(下妻市)の取り組みをご紹介します。

JA常総ひかりでは、JETRO茨城事務所が開設される以前から、独自の輸出戦略に取り組んでいました。しかしその場限りの商談ばかりで、なかなか継続的な輸出にはつながらなかったそうです。

前述の通り、私は県内各地の関係団体を訪問しましたが、JAグループの中では、間違いなくJA常総ひかりが最も真剣に輸出を考えていました。「輸出によって梨のブランド化を図り、この地域を変えたい」というJA常総ひかりのみなさんの熱い気持ちに、私もすっかり彼らのファンになり、JA常総ひかりとJETRO茨城との二人三脚で、2014年から新たな輸出プロジェクトが始まりました。

どの国が輸出可能性が高そうか、検討に検討を重ね、まずはマレーシアで開催される食品輸出商談会に出展することにしました。私も一緒にマレーシアに渡航し、マレーシア企業のバイヤーとの商談に同席させていただきました。この時の目的も、日本にどのバイヤーを招待するかを見極めることです。マレーシア滞在中には数多くのバイヤーとの商談が行われ、その中で最も確実性が高そうなマレーシア企業の社長さんに、「飛行機代などの諸経費はJETROが負担するので、茨城県に招待したい」と提案し、快諾をいただきました。

飛行機
写真=iStock.com/Elenathewise
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Elenathewise

■輸出によるブランディング効果は絶大

翌年、約束通り、ご来日いただき、それを機にJA常総ひかりにとって初めての本格輸出が始まることになりました。JA常総ひかりが主導したこの戦略の素晴らしい点は、あくまで長期的な関係構築を目指している点です。

バイヤーが儲かっていなければ、次の発注は期待できません。そのため、安売りはしないまでも、地元農家のみならずバイヤー側も徹底的に支援します。具体的な例を挙げると、現地での販売プロモーションを応援するために、生産地の市長が現地スーパーで店頭に立ってプロモーション活動を実施していたのが印象的でした。

それ以降、同じような手法でタイやベトナムからもバイヤーが来日し、梨の産地を実際に見てもらうことで順調に販路を広げています。

2018年には、JA常総ひかりの梨の輸出量は年間150トンにも達しています。下妻市全体の梨の生産量(2018年)が2680トンであることを考えると、全体の6%弱が輸出にあてられていることになります。1割にも満たないので少ないと感じるかもしれませんが、重要なのは量だけではありません。輸出によるブランディング効果は絶大です。

例えば、NHKなどの全国放送で「茨城県下妻市の梨が、東南アジア市場で現地の方々からとても甘いと大変好評で、わずか3日間で完売しました」とのニュースが報道されたことがあります。すると日本全国から「海外で大人気となった下妻産の梨を食べてみたい」との問い合わせが多数寄せられ、販売量が大きく増えました。

それまでの販売先は関東エリアに限られていましたが、それをきっかけに北海道などの遠方からも宅配依頼が来るようになりました。下妻市内の直売所も、首都圏からの買い物客で行列ができるほどの盛況を博しました。

プラスになったのは販売量だけではありません。前々から、茨城県産の農産品は他県産品と比べると全般的にブランド力が弱く、価格の低さに悩まされてきました。しかし、一度メディアに取り上げられたことにより、下妻市の梨を他県産よりも高い価格で流通させることができるようになりました。東京の大田市場でも、下妻市の梨には前年度と比べて約2割も高い値がつけられるようになりました。ブランド価値が市場関係者に認められたという何よりの証拠だといえるでしょう。

■農家の収入増で新規投資も

しかし何よりも大きなメリットは、売価が上昇し、販売量も増加したことで、下妻市の梨農家の収入が増え、人々の意識が変わったことです。地域の農業を持続可能に発展させていくには、農家の「やる気」が欠かせない要素です。

それまでは、下妻市の梨農家の間でも高齢化が進んでいたため、梨の苗木を植える新規投資をそれまでしばらく控えていたそうです。しかし、この成功を受けて可能性の実感が広がり、一転して新たに1000本以上の苗木が購入されました。

さらには、それまで大きな課題となっていた後継者問題にも光明が見えてきました。下妻市の梨園が伸びていると情報発信し続けることで、市外の若者が就農のために移り住んで来たのです。まだ2人だけだそうですが、高齢化の一途を辿っていた頃と比べれば、大きく前進しているといえます。

このように、日本の農業に明るい先行きを見通すことができれば、農業をやりたい若者はいくらでも出てくると思います。下妻市の事例を間近に見てきて、海外展開という選択肢は農業経営のツールの一つとして、さまざまなメリットをもたらすものだと感じました。

■「ファーストペンギン」が次の時代を作っていく

地域活性化の手段の一つとして海外展開の可能性を述べてきましたが、海外展開を成功させる上で何よりも重要なのは、ノウハウやコツを知っていることではなく、その地域に住む人々の強い情熱だと思います。

西川壮太郎ほか『グローカルビジネスのすすめ』(紫洲書院)
西川壮太郎ほか『グローカルビジネスのすすめ』(紫洲書院)

先にご紹介したJA常総ひかりの場合は、輸出プロジェクトを牽引した上野課長の情熱が原動力となりました。私も含めて、周囲の皆が上野課長の熱意に突き動かされて、彼が進む道を後ろから追いかけていたら、いつのまにか地域を変える大きな事を成し遂げていた、というのが実感です。

地元を変えていくためには、誰かが最初にリスクを取って、これまでやってこなかったことに挑戦しなければなりません。これがいわゆる「ファーストペンギン」です。海には危険なシャチが泳いでいるかもしれないので、最初に飛び込むのは大変勇気のいることです。

しかし、そのファーストペンギンたちのおかげで、次の時代が作られていくのも事実です。幸運にも、人や情報の行き来が盛んになった現在では、手に入る情報の量も質もかつてと比べ物になりません。グローカルビジネス化の成功例も徐々に増えつつあります。

そのような中、一人一人が、自分の所属する会社や業界で小さなファーストペンギンとなって飛び込めば、世の中は大きく変わっていくと思います。私も、そのように、小さいながらもファーストペンギンでありたいと思っています。

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西川 壮太郎(にしかわ・そうたろう)
JETROナイロビ(ケニア)事務所長
1996年、JETRO入構。2002年から2006年までJETROダッカ(バングラデシュ)事務所、2009年から2014年までJETROハノイ(ベトナム)事務所に駐在。2014年から2018年までJETRO茨城事務所の初代所長。2020年9月より現職。

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(JETROナイロビ(ケニア)事務所長 西川 壮太郎)

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