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あっという間に公約を撤回…岸田新政権の「新しい日本型資本主義」に期待できないワケ

プレジデントオンライン / 2021年10月12日 15時15分

衆院本会議で所信表明演説をする岸田文雄首相=2021年10月8日 - 写真=AFP/時事通信フォト

岸田文雄首相は、10月10日、総裁選で公約に掲げた「金融所得課税の見直し」を当面の間、撤回する意向を示した。ジャーナリストの鮫島浩さんは「岸田首相は『小泉政権以降の新自由主義からの転換』を訴えているが、アベノミクスは否定していない。公約を撤回したように、所得の再分配に後ろ向きになれば、結局はアベノミクスと変わらない」という――。

■ぼやける衆院選の争点

岸田文雄首相が「新しい日本型の資本主義」を掲げている。20年前に誕生した小泉純一郎政権以降、安倍晋三政権や菅義偉政権へと受け継がれてきた規制緩和や構造改革などの新自由主義的な政策は、日本経済を成長させる一方、「富める者と富まざる者、持てる者と持たざる者の分断」を生んだと総括。「新自由主義からの転換」を進め、「成長と分配の好循環」をめざすという主張だ。岸田首相が「分配」政策の目玉として自民党総裁選の公約に掲げたのが「金融所得課税の見直し」だった。

岸田首相は10月8日に衆参本会議で行った就任後初の所信表明演説でも、富の分配によって中間層を拡大させる「新しい資本主義の実現」を表明。新自由主義的な政策が「深刻な分断を生んだ」と主張し、「成長と分配の好循環」というキーワードを掲げて「分配なくして次の成長なし」と訴えた。

このような主張は、安倍政権が進めた経済政策「アベノミクス」が貧富の格差を拡大させたと批判し、所得の再分配を唱える野党・立憲民主党の衆院選公約と重なる。マスコミ各社は岸田政権が「成長」より「分配」を重視していると報道しており、与野党の対立軸はぼやけつつあった。

■分配の目玉政策は早々に先送り

ところが、岸田首相は10日のテレビ番組で、目玉公約の金融所得課税の見直しについて「当面は触ることは考えていない。まずやるべきことをやってからでないとおかしなことになってしまう」と述べ、早くも撤回したのだ。

「さまざまな課題のひとつとして金融所得課税の問題を挙げたが、それを考える前にやることはいっぱいあるということも併せて申し上げている」「そこばかり注目されて誤解が広がっている。しっかり解消しないと関係者に余計な不安を与えてしまう」という弁明の数々は、岸田首相の実行力への疑念を膨らませるばかりだ。

岸田首相はキングメーカーである安倍氏と麻生太郎副総裁の強力な支援を受けて自民党総裁選に勝利したため、「安倍氏と麻生氏に完全支配された傀儡政権」と指摘されている。安倍・麻生両氏と親密な甘利明氏を政権の要である自民党幹事長に起用。内閣・自民党の主要ポストは「安倍、麻生、甘利の3A」に近い人物で固められた。金融所得課税見直しの撤回は、3Aが推進してきたアベノミクスを否定することは絶対に許されない岸田首相の限界を早々に露呈することになったのである。

■岸田新政権の狡猾な戦術

閣僚20人のうち初入閣が13人。「フレッシュ」というよりも「軽量級」という印象が強い。岸田首相が陣取る首相官邸よりも麻生副総裁と甘利幹事長が仕切る自民党が政策決定を主導する「党高官低」型の政権になるのは間違いない。

国会議事堂
写真=iStock.com/Free art director
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Free art director

岸田首相が所信表明演説で強調した「成長と分配の好循環」は、安倍氏が首相時代に繰り返したフレーズである。「岸田首相は安倍氏に刃向かえず、アベノミクスを否定できない。『新自由主義からの転換』は衆院選の争点をぼかすためのキャッチコピーにすぎず、衆院選後の『分配』は中途半端に終わり、『成長』重視のアベノミクスを継承していくだろう」と財務省OB。岸田首相の「新自由主義からの転換」は看板倒れに終わり、アベノミクスの微調整にとどまるという見方だ。

岸田首相と総裁選を争った河野太郎氏や高市早苗氏は大胆な規制緩和や投資など新自由主義的な政策を掲げた。河野政権や高市政権が誕生していれば与野党の対立軸は鮮明だった。岸田政権にはオモテとウラがあり、内実を見極めにくい。「安倍支配」を覆い隠して衆院選の争点をぼかす狡猾な戦術といえるだろう。

■“首相交代”でも変わらない選挙の争点

10月19日公示-31日投開票の衆院選は岸田新政権の是非を問うばかりでなく、この4年間の自公政権(安倍政権と菅政権)の実績を問う場でもある。その前提として、岸田首相はアベノミクスを継承するのか、否定するのかをはっきり認定する必要がある。岸田首相は本気で「新自由主義的な政策」を転換させるつもりなのかを見極めなければ投票先を決められない。

まずは2012年末以降のアベノミクスで日本社会はどう変わったのか、安倍政権前後を比較した東京新聞の特集記事(20年8月31日)のデータをもとに分析してみよう。

アベノミクスは①大胆な金融緩和②機動的な財政出動③規制緩和による成長戦略ーーの三本の矢を柱とする第二次安倍政権(12年12月発足)の経済政策である。なかでも3本の矢の1つ目である「大胆な金融緩和」は、円安誘導やゼロ金利・マイナス金利政策を大胆に進める「異次元緩和」と呼ばれ、海外輸出で稼ぐ大企業に巨額の利益をもたらし、株価を大幅に上昇させた。

第二次安倍政権発足直前の12年12月25日の日経平均株価は1万80円だったが、安倍首相が退陣する直前の20年8月28日には倍以上の2万2882円になった(今年9月14日にはバブル崩壊後以降、31年ぶりの高値水準である3万795円に達した)。株式を大量保有する大企業や富裕層は労せずして巨額の利益を手にする一方、株式を持たない貧困層はほとんど恩恵を受けることがなく、「持てる者と持たざる者の格差」は急速に拡大したのである。

■この4年間で“豊か”になったのは誰か

大企業の「儲けぶり」を映し出すデータが、売上高から人件費や原材料費などの費用を差し引き法人税や配当を支払った後に残る利益を積み上げた「内部留保」である。12年7~9月期は273兆円1556億円だったが、20年1~3月期は470兆8442億円に膨れあがった。日本企業はアベノミクスによる円安株高の恩恵を受けて大いに潤ったのである。

大企業が大儲けすること自体は必ずしも悪いことではない。その利益が労働者に広く「分配」されるのなら歓迎されるべきことであろう。ところが、アベノミクスのもとで労働者の賃金はほとんど変わらなかった。いや、円安(日本円の価値の下落)が進んだことで、労働者の「実質賃金」は下がったのである。

平均月給は12年11月(26万1547円)と20年6月(26万1554円)でほとんど変化はない。実質賃金はどうか。15年を100とした実質賃金指数は12年(年平均)の104.5に対し、20年(1~6月)は93.4。安倍政権の円安誘導によって、実質賃金はぐんぐんと下がったのである。企業の懐はみるみる膨らんだのに、労働者の財布はどんどん痩せ細ったのだ。アベノミクスがもたらした企業の巨額の利益は労働者に還元されなかったのである。大企業や富裕層がアベノミクスの果実を独占したといっていい。

■恩恵を受けたのは「勝ち組」だけ

注目すべきは給与所得者の年収の格差だ。年収200万円以下は12年には1090万人だったが、18年には1098万人へ微増した。一方、年収1000万円超は12年は172万人だったが、18年は249万人へ大幅に増えた。労働者の大部分の賃金が上がらないなかで一部の「勝ち組」の年収は大幅アップしたのである。

硬貨の山の上に立っているミニチュアの人々
写真=iStock.com/hyejin kang
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/hyejin kang

雇用環境も格差が広がった。12年に35.2%だった非正規労働者比率は20年(1~6月)には37.2%へ上昇。企業経営者は円安株高で巨額の利益をあげながら労働者の非正規化を推進して人件費を削減したのである。安倍政権は完全失業率が4.1%(12年11月)から2.8%(20年6月)へ、有効求人倍率が0.82倍(同)から1.11倍(同)へ改善したことをアピールしたが、実態は「正規社員の非正規化」が進んで家計を支える働き手の賃金が低下した結果、高齢者や専業主婦らが低賃金で働かざるを得なくなったという指摘もある。

円安で企業の利益は増えているのに労働者の賃金は横ばいが続く。労働者は「賃金が上がらない」と不満を募らせているが、実際にはもっと深刻な事態が進行している。日本円の価値が下落しているのに賃金が据え置かれているということは、気づかないうちに「実質賃金」は下がっているのだ。

実質賃金が下がるとどうなるか。わかりやすい例は、海外旅行や輸入品購入を極めて割高に感じることだ。日本円の実力を測る「実質実効為替レート指数」は、小泉政権発足前の90年代中ごろと比べると半分以下になった。70年代の水準に下落したのである。大企業や富裕層が円安株高で潤う一方、現代の日本人の多くはいつの間にか半世紀前と同じくらいの購買力しか持たなくなってしまったのだ。

■アベノミクスを否定できない岸田政権の曖昧さ

立憲民主党はアベノミクスを「お金持ちを大金持ちに、強い者をさらに強くしただけに終わった」と総括。枝野幸男代表は「間違いなく失敗だった」と強調し「適正な分配と安心を高める経済政策」への転換を衆院選の最大の争点に掲げている。

岸田首相が内閣発表前の記者会見に回答
岸田首相が内閣発表前の記者会見に回答=2021年10月4日(写真=内閣官房内閣広報室/CC-BY-4.0/Wikimedia Commons)

具体的には①消費税を時限的に5%へ引き下げる②年収1000万円以下の個人を対象に所得税を1年免除する③所得税の最高税率引き上げや法人税への累進税率導入、金融所得課税の強化を通じて大企業・富裕層への課税を強化する――という大胆な政策メニューを衆院選公約で打ち出した。

これに対し、自民党の経済政策の具体像ははっきりしない。岸田首相は立憲民主党の格差是正策に対抗して「成長と分配の好循環」による「新しい日本型の資本主義」を掲げたものの、肝心の「分配」政策の目玉である金融所得課税の見直しを早々に撤回する羽目になったことは、自民党が円安株高を期待する大企業や富裕層の意向に反して「分配」政策を選挙公約に掲げることの困難さを浮き彫りにした。岸田政権はアベノミクスを否定できないのだ。

今後の衆院選の与野党論戦を通じて、与野党の格差是正策の落差はより鮮明になることが予想される。私たち有権者は立憲民主党の大胆な公約に対しては財源確保の視点で実現性を吟味し、自民党の曖昧な公約に対しては格差是正が進むのかという実効性の観点から厳しく追及する必要がある。

■岸田首相「新自由主義からの転換」の狙い

最後に岸田首相が「新自由主義からの転換」に込めた狙いを再考したい。私は単なる「立憲民主党との争点ぼかし」とはみていない。岸田首相の真意を読み解くポイントは、小泉政権以降の「新自由主義」と安倍政権が進めた「アベノミクス」を峻別し、「新自由主義」だけを否定していることである。

岸田首相が言う「小泉政権以降の新自由主義」を主導した中心人物は、小泉政権下で経済政策の司令塔を担う経済財政担当相に民間から抜擢された大学教授の竹中平蔵氏である。

労働市場をはじめとする規制緩和や郵政などの民営化を大胆に推進した小泉政権の経済政策は「小泉・竹中構造改革」と呼ばれ、市場重視の競争原理を前面に打ち出し「富める者をますます富ませる」新自由主義の典型とされた。

竹中氏は小泉政権の5年半で金融相や総務相も歴任し、霞ヶ関の官僚機構に幅広い人脈を築いた。小泉政権後も民間の有識者として規制緩和政策を中心に大きな影響力をふるってきた。

菅義偉前首相は小泉政権下で竹中総務相の下の総務副大臣に起用された。そのあと総務族議員として実力を蓄え、総務省は菅氏の政治基盤を支える重要な根拠地となる。菅氏は首相就任後も竹中氏と面会を重ね、経済政策のブレーンとした。竹中氏に近い元財務官僚の高橋洋一氏を内閣官房参与に起用。高橋氏が新型コロナウイルスの感染拡大をめぐる言動で辞任した後は、かつて竹中氏の大臣秘書官を務めた元経産官僚の岸博幸氏を後任に起用し、「竹中人脈」を公然と重用した。

菅氏は首相退陣を表明した後、総裁選に出馬表明した河野太郎氏を支援すると表明。竹中氏も河野氏支持に回ったとの見方が政界に広まった。河野氏はそもそも規制改革の推進論者で、総裁選でも規制改革の推進を主張した。

岸田首相が総裁選で「小泉政権以降の新自由主義からの転換」を打ち出したのは河野氏への対抗策であったのは間違いない。さらにいえば、河野氏を後押しする菅氏や竹中氏の影響力を政権から一掃するという宣言であったと私はみている。

■結局、アベノミクスの主導権争い……

岸田氏を全力で支援した麻生氏は、小泉政権下で政調会長を務め、竹中氏と経済政策の主導権を激しく争った犬猿の仲だ。安倍政権時代は副総理兼財務相として官房長官だった菅氏と激しく「政権ナンバー2」の座を競い合った。岸田政権がこれから進める「竹中氏や菅氏の影響力排除」は麻生氏の意向を強く反映したものだろう。

岸田政権の「新自由主義からの転換」は、安倍政権が進めたアベノミクスを「竹中氏や菅氏を排除して麻生氏や甘利氏が主導するかたち」で進めるという、極めて政局的意味合いが強いメッセージである。岸田政権が衆院選を乗り切り、竹中氏や菅氏の影響力を一掃した後は「新自由主義からの転換」という看板はその役割を終えて次第に色あせ、「分配」重視の経済政策はなりをひそめていくのではないか。

金融所得課税見直しの撤回は、岸田政権の「新自由主義からの転換」が看板倒れに終わる未来を早くも予感させたのだった。

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鮫島 浩(さめじま・ひろし)
ジャーナリスト
1994年京都大学法学部を卒業し、朝日新聞に入社。政治記者として菅直人、竹中平蔵、古賀誠、与謝野馨、町村信孝らを担当。政治部デスク、特別報道部デスクを歴任。数多くの調査報道を指揮し、福島原発の「手抜き除染」報道で新聞協会賞受賞。2014年に福島原発事故「吉田調書報道」を担当。テレビ朝日、AbemaTV、ABCラジオなど出演多数。2021年5月31日、49歳で新聞社を退社し、独立。SAMEJIMA TIMES主宰。

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(ジャーナリスト 鮫島 浩)

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