「あえてコスト削減はしない」アイリスオーヤマが工場の3割をわざと遊ばせているワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月17日 9時15分
※本稿は、別所宏恭『ネクストカンパニー 新しい時代の経営と働き方』(クロスメディア・パブリッシング)の一部を再編集したものです。
■企業は血のにじむコスト削減を続けているが…
経済の先行きへの危機感から、あるいは景気の影響もあって、多くの会社では、さまざまなコスト削減の取り組みを行っていると思います。
こまめに照明や空調のスイッチを切ったり、コピー機の紙として裏紙を使ったり、会社によっては少しでも交通費を安くするために、時間がかかっても安い路線をわざわざ使って打ち合わせに行かせたり……ということもあるかもしれません。
これらは本当に効果があるのか不明な部分もありますが、とくに製造業であれば、もっと厳密で科学的なコスト削減を日ごろからしているはずです。たとえば、1工程当たりの時間をコンマ単位で削ったり、工場内のモノの配置を効率化したりと、それこそ血のにじむような努力を当たり前にされているでしょう。
ただ、とくにこれからの時代は、コスト削減の効果がこれまでのようには儲けにつながらなくなってきます。
■高品質で安価な製品を大量に売る時代は終わった
それはなぜか?
実は「コスト削減」は、あることが前提になっています。
それは「今、これを、こういう形でつくるのが正しい」ということ。この点を大前提として、「現在」に特化して効率化を進めていくのがコスト削減の考え方です。
これまで日本の製造業は、従業員をうまく巻き込みながら、「乾いた雑巾をさらに絞る」と表現されるような地道で細やかな改善活動を続けてきました。そのおかげで、品質を高めつつコストを下げることを可能にし、高品質かつ安価な製品を世界中に提供してきたのです。
ただ、この考え方が通用していたのは、「いいものを安く大量につくり、たくさん売る」ことで儲けていられた時代までです。
■コスト削減の先に「明るい未来」はない
新しい技術がどんどん出てきて、消費者の嗜好も目まぐるしく変わり、結果として商品のライフサイクルが短くなっている現在。製造業に限りませんが、商品ごとに血のにじむようなコスト削減をいくら積み重ねようが、売れなくなってしまえばすべてが水の泡です。また、売れ筋自体が大きく変わっていく中では、今あるものを改良しても、おのずと限界が訪れます。
いずれにせよ、「コスト削減」で儲かっていた時代はすでに終わり、ゼロベースで考えて商品をつくっていかないと儲からない時代に突入しているということです。
もちろん企業の基礎的な能力として、コストを抑えつつプロダクトをつくっていくノウハウは必要ですが、無駄を極限まで省いてコスト削減していっても、もはやそこに「明るい未来」は訪れません。
「何を、どんな形でつくるのが正しいのか」という前提自体が変わっていくのですから、それに特化しすぎるのは逆に危険。注力すべきはそこではないのです。
■今のビジネスを「最適化」しすぎるリスク
コストダウンは「最適化」の一種といえますが、より大きな視点でいえば、コストダウンに限らず、「現在に最適化しすぎない」ことが重要です。
商品やサービスのアイデアを生み出し、リリースするまでには、「現場で情報を集め、社内で共有して分析し、アイデアを練って商品開発する」=「企画」という一連の流れがあります。「企画」は業種にかかわらず、企業のコアとして普遍的な役割を担っており、この部分については、今後も徹底的に最適化した仕組みづくりをするべきです。
ここでいう「やってはいけない最適化」とは、あくまで「今やろうとしているビジネス」に対してのものです。
具体的に「最適化」のどんな点が問題になるのか? それは、そもそもの大枠である現在のビジネスに対する「最適化」が度をすぎてしまえば、「それしかできないプレーヤー」になってしまうことです。そうなると、そのビジネスが通用しなくなったとき、儲からなくなったときに、身動きが取れなくなってしまう危険があるのです。
■「世界の亀山モデル」頼りのシャープは敗北した
2000年代に、シャープは液晶テレビ「アクオス(AQUOS)」で一世を風靡(ふうび)し、三重県の亀山工場で一貫生産する液晶テレビをブランド化して「世界の亀山モデル」と謳っていました。吉永小百合さんが出演したテレビCMを覚えている方も多いでしょう。
この勢いを駆って、シャープは液晶ディスプレイのパネル生産のために、2009年設立の大阪・堺工場(当時)など莫大な投資を実施。さらに生産能力を高め、液晶パネルのビジネスへの「最適化」を進めます。
その一方で、ソニーや東芝などほかのメーカーへのパネルの外販が想定したほどにはうまくいきませんでした。そうこうしているうちに世界的なパネル価格の低下などに巻き込まれて韓国のサムスンやLGに敗北を喫し、結果として台湾・鴻海精密工業の傘下となったのは、記憶に新しいところです。
■インテルの半導体の未来も安泰ではない
もうひとつ例を挙げましょう。アメリカの半導体メーカーとして誰もが知るインテルは、PCのCPUをほぼ独占していましたが、近年は同じくアメリカのAMD(Advanced Micro Devices, Inc.)などの存在感も増しています。
これはインテルがPCに「最適化」しすぎて、モバイル時代の流れを逃してしまったことも大きな原因と考えられます。覇権を握ったフィールドに根を張りすぎたためか、CPUの半導体の「微細化」と呼ばれる技術革新の流れにおいて、近年は後手後手に回っており、その間にAppleは自社開発のCPU「M1」を完成させています(正確にはCPUではなく「SoC=System on a Chip」と呼ばれる、システムを動かすのに必要な重要機能を1つのチップに載せたプロセッサ)。
現状では、まだまだ圧倒的な地位を占めてはいるものの、インテルは3Dグラフィックスなどの画像処理を行うプロセッサであるGPU(Graphics Processing Unit)でも失敗しており、Apple製品のCPUが自社開発になっていくことで、大きなダメージを受ける可能性は否定できません。
■「今売れているもの」を追求していくと魅力が落ちる
先ほど、コスト削減をはじめとする「最適化」は、「今、これを、こういう形でつくるのが正しいという前提に立っている」と述べましたが、逆にこうした前提に立つと、「今やっていることは正しいはずだ」という固定観念もまた強くしてしまいます。
商品を企画していく中では、失敗は絶対にあるもの。でも、こうした固定観念が行きすぎると、「外すこと」自体を避けようとして、結果として魅力のない商品ばかりをつくってしまう危険が高まります。
1990年代に、マクドナルドが「100円バーガー」を打ち出して成功したのを見て、コンビニも「100円おにぎり」を出して対抗しました。この低価格路線がヒットしたのを受けて、「次は90円だ」となります。ただ、そうして値段を下げていくうちに、どんどんおにぎり自体がまずくなってしまった時期がありました。
テレビの番組制作においても、毎分の視聴率を参考にして細かく分析をすることで、「こういうシーンで視聴率が上がる」「こういう要素を入れるとよく観られる」というのが詳しくわかります。そうしたデータを絶対視して、現在の視聴率に「最適化」を図っていくと、結果的にどのチャンネルでも同じような形式、同じような演出、同じような出演者の番組ばかりになり、かえってテレビ番組全体の魅力を落とすことにつながってしまっています。
■デジタルツールは回収できないコストを気にしない
また、先ほど述べたように、商品やサービスを生む仕組みについては、普遍的な部分は最適化すべきですが、その仕組みづくりの中で、とくにデジタルツールについては、「今の技術」をベースに最適化しすぎるのは問題かもしれません。
なぜなら、情報の記録や共有などにより適した新しいデジタルツールは、次々にリリースされるからです。そうなったら、本来はツールを乗り換えて仕組みをアップデートするのが「真の最適化」となるはずです。
その切り替えを素早くできる組織ならよいのですが、日本人はとかくサンクコストに囚われがちでもあるので、意識的に「今のデジタルツールで効率を突き詰めすぎないようにする」のもひとつの手でしょう。
■工場を100%稼働させないアイリスオーヤマは大成功している
このように、新しいものを使ったり、試したりする分にはよいのですが、そこでは必要以上に最適化せず、常に余裕を持っておくことが重要なのです。
たとえばアイリスオーヤマは、工場のラインのつくり方が特殊で、稼働率を100%に近づけるのではなく、あえて7割くらいしか稼働させていません。つまり、あえてコスト削減はせず、3割は遊ばせているわけですが、そうすることで、つくりたい商品ができたとき、その生産をすぐ始められる体制を整備し、さまざまな商品を迅速にリリースして大成功を収めています。
これらの例からも私は、今の時代に100%最適化してはいけないと考えます。
これは何も工場のラインやデジタルツールに限った話ではなく、人材についても同様のことがいえます。
■「前時代的な価値観」に最適化した企業がすべきこと
パワハラやセクハラが横行しながらも成果を出してきた企業もあると思います。ただ、それは「古い時代に適したビジネスに、極限まで(悪しき)最適化がされている」のかもしれません。
昭和の時代ならよかったのかもしれませんが、21世紀に入ってからでもすでに20年をすぎた令和の現在、こうした「前時代的な価値観の人材」と「中小・ベンチャー企業がこれから手掛けるべきビジネス」との相性は最悪です。こうした価値観の人材が要職にある会社は、本当の意味で変わろうとするなら、人員の大きな入れ替えも必要になるでしょう。
企業の体質や気質は、当然ながら人と密接に結びついています。現在、「前時代的な何か」に最適化してしまっている企業は、ドラスティックな人事も検討するべきかもしれません。
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レッドフォックス 社長
1965年兵庫県宝塚市生まれ、西宮市育ち。横浜国立大学工学部中退。独学でプログラミングを学び、大学在学中からシステム開発プロジェクトなどに参画。1989年レッドフォックス有限会社(現レッドフォックス株式会社)を設立し、代表に就任。モバイルを活用して営業やメンテナンス、輸送など現場作業の業務フローや働き方を革新・構築する汎用プラットフォーム「SWA(Smart Work Accelerator)」の考え方を提唱。2012年に「cyzen(サイゼン/旧称GPS Punch!)」のサービスをローンチ、大企業から小規模企業まで数多くの成長企業・高収益企業に採用される。
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(レッドフォックス 社長 別所 宏恭)
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