1. トップ
  2. 新着ニュース
  3. 社会
  4. 政治

「少子高齢化で日本社会は崩壊する」は世界のリアルを無視した真っ赤な大ウソである

プレジデントオンライン / 2021年10月20日 9時15分

科学者のバーツラフ・シュミル氏(写真=シュミル氏提供)

科学者のバーツラフ・シュミル氏は新著『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』(NHK出版)で、数字を通して正しい世界像を把握する大切さを説いた。今回、本書に感銘を受けたジャーナリストの佐々木俊尚氏が、日本の社会課題を含めた未来予測をシュミル氏に聞いた――。

■なぜ数字を理解せず、感情や勢いでものごとを判断するのか

【佐々木俊尚(佐々木)】ご著書『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』を読ませていただきました。圧倒的な数字によるファクトの数々、私がまったく知らなかったこともたくさん記述されており、たいへん強く感銘を受けました。

このような数字に基づいた世界観や考え方、思考の姿勢が、これからの世界には重要なものであると考えます。

ご著書で多く提示されている数字はどれもたいへん強い説得力を持っていました。しかし日本では新聞やテレビも含めて情緒的な雰囲気で伝える報道が多く、SNSでもそうした情緒的な人が多い印象があります。

これは他の国でも同じようなものだと思いますが、なぜ数字を理解できないで、感情や勢いでものごとを判断してしまう人が多いのでしょうか。

【バーツラフ・シュミル(シュミル)】SNSなどでのとっさの反応は、感情のままに応じることになります。というのもとっさのときには、私たちが長い進化の過程で身につけてきた、“fight-or-flight”反応(「闘争・逃走反応」=恐怖への反応として闘うか逃げるかを準備すること)を示すからです。

感情を抑えて熟考し、一歩下がってある程度先の見通しを立てれば、闘うのも逃げるのもよくなくて、理性的に考えて行動していくのがいちばんだという結論にいたるかもしれません。

そのためには状況をしっかりと把握し、慎重に検討し、強い意志を持たなければなりませんが、それは感情や勢いにまかせて行動するよりも、はるかにむずかしいことなのです。

しかも、だれもが自分の感情や偏見を世に広めたがるような、こんにちの「ポスト・ファクチュアルな(事実を超越した)」電子メディアの世界においては、残念ながら闘争・逃走反応が幅を利かせています。明るい未来が近づいているとは、とても言えません!

■幸福度の鍵を握るのは宗教ではなく精神性

【佐々木】fight-or-flight、日本語では「闘争」と「逃走」と同じ発音なので面白いです。たしかに日本でもSNSなどを見ると、闘争ばかりしている人や、逃走しまくっている人が目立ち、理性的に考えて行動する人が少ないように感じます。

ジャーナリストの佐々木俊尚氏
ジャーナリストの佐々木俊尚氏(写真=佐々木氏提供)

しかしそういう理性的な人の数は実はたくさんいて、ただ目立たないだけなのではないかとも私は捉えています。そういう理性的な人たちが中心になって議論できるような場所を作ることができれば、よりよい社会へのスタート地点になり得るのではないかとも思いますが、どうでしょうか。

【シュミル】アメリカでは、そうした物言わぬ多数派を「サイレント・マジョリティー」と呼んでいますが、デジタルメディアに煽られて世論の分極化が進み、いま、サイレント・マジョリティーの割合は減りつつあります。

よって残念ながら、この点に関してはとても楽観できないと、私は思っています。

【佐々木】ご著書で「幸福度では下位の国のほうが経済的には豊かで、政情が安定していて、暴力事件が少なく、ずっと暮らしやすい」「幸福度で上位のほうの国は貧しく、問題が多く、暴力事件も多発してはいるが、圧倒的にカトリック教徒が多い」と指摘されているのには驚きました。この数字からは、宗教というものが持つ意味が伝わってきます。

しかしいまは先進国ではどの国でも宗教離れが進んでいます。日本でも伝統的仏教は、多くの人にとっては近親者の葬式の際にしか出会う機会はなく、「葬式仏教」とも揶揄(やゆ)されているありさまです。

こういう状況を乗り越えて、私たちは宗教に回帰すべきなのでしょうか。

【シュミル】鍵を握るのは宗教ではなく精神性だと、私は考えています――宗教のなかには、形式にこだわるものもあれば、組織や階級を偏重したり、不自然な儀式を押しつけたりするものもありますから。

人類そのものも、人類の偉業といわれることも、気の遠くなるような地球的な進化のほんの一部に過ぎないということを気づかせてくれ、私たちが鼻にかけていることをもっと大きな枠組みでとらえ、限界を思い知らせてくれるもの、それこそが精神性なのです。

■人間は「ニュース、願望、目標」に絶え間なく振り回される

【佐々木】「私たちが鼻にかけていることをもっと大きな枠組みでとらえ、限界を思い知らせてくれるもの」という言葉はとても印象深いです。ともすればヒエラルキーや教義にとらわれがちな既存の宗教ではなく、もっと大きな概念をわたしたちは持つべきなのだと思います。

私たちはなぜ生まれてきて、なぜ死んでいくのかという人間としての最も根源的な疑問も、そういう大きな概念の中で考えていければと思います。

未来に、おっしゃるような精神性が多くの人に広まっていくことは期待できるでしょうか。

【シュミル】そう期待したいところですが、根源的な疑問について沈思するだけの余裕は、大半の人にとってほぼなくなっています。

ニュース、気晴らし、要求、願望、野心、目標といったものに絶え間なく振り回され、頭がいっぱいになっているうえ、そうした願望や目標にはきわめて非現実的なものが多いため苛立ちが高ずるばかりで、明晰な思考ができなくなっているのです。

言わずもがなの話ではありますが、すべての組織宗教はもうとっくに役割を終えているにもかかわらず、延命する道をさぐり、教条主義にとらわれ、ヒエラルキーに固執していて、その結果、どこにでもあるような団体になりさがっています。

■「災害が来れば栄華も終わる」を肌で感じる日本人

【佐々木】ご著書で「日本人の宗教性や精神性が長寿を実現しているのでは」と指摘されていたのにもハッとしました。このようにデータとして数値化されない話が盛り込まれているところも、シュミル先生の本の魅力だと思います。

データ的な考え方は大事ですが、あまりにもそちらに寄ってしまうと日本の独自の精神性が失われるのではないかと危惧する人もいます。このバランスをどうすればよいでしょうか。

【シュミル】あなた自身もきっとあてはまるでしょうが、日本では、形式的な宗教ではなく精神性を重んじる傾向が依然として強いですね。

地震、津波、火山噴火、台風など、幾多の災害がいつ起こってもおかしくない土地柄で、そうした災害が起こるたびに、人の一生ははかないのだと思い知らされます。だからこそ、精神性が重んじられてきたのでしょう。

ただ、ご指摘のとおり、そうした精神性は弱まっているようですね。

【佐々木】日本では2011年に東日本大震災が起き、また今世紀に入ってから水害も多発しており、これが多くの日本人を揺り戻して、おっしゃるような古くからの精神性に回帰しているようにも感じます。

「どんなにお金持ちになって家を建てても、災害が来れば栄華も終わる」と多くの人が感じるようになり、特に最近の若者にはそういう精神性を感じます。

アメリカでは2008年のリーマンショック以降に、大きな家に住むのではなく小さな家に住もうという「タイニーハウスムーブメント」などの運動が生じていると聞きますが、やはり欧米の若者も精神性へと進んでいく傾向があるのでしょうか。

【シュミル】そうした昨今のムーブメントはごく一部にすぎません。例えば「タイニーハウスムーブメント」は実際のところ、必要に迫られて仕方なくおこなった行為を美談に仕立てあげたものです。

住宅のコストを考えれば、1950年代に祖父母が、そして70年~80年代に父母がふつうに実現できていたことも、いまの若者にはとても実現できません。祖父母や父母は、結婚、就職、持ち家をぜんぶ20代で実現していたというのに!

■富裕国が急速に高齢化しても乗り越えられる理由

【佐々木】大国の繁栄の長さは昔と比べると短くなるというお話がご著書に出てきますが、日本も20世紀終わりに栄華をきわめたものの、十数年と一瞬でしかありませんでした。

この先の高齢化社会に日本がどうなるのかは、学者も政治家も見通せていません。中国にテクノロジーで追い越され、人口は減り、しかし移民には強い拒否感があります。それでもこの先に日本はまだ発展しうるでしょうか。

【シュミル】高齢化はたしかに問題ではありますが、乗り越えられない障害ではありません。そもそも、すべての富裕国は急速に高齢化しています。それは中国も同じです。

アメリカとカナダは移民を大規模に受け入れているため、この問題はそれほど表面化していませんが、大規模移民によって別の問題が生じています。

幸い、いまでは多様な高齢化の形にも対処できる手法や医療があり、健康寿命も長くなっています。それに、私たちは充分に豊かなのですから、高齢化社会を背負っていくうちに高い生活水準がいくらか落ちたとしても耐えられます。

今後さまざまな変化が起きるのはまちがいないでしょう。変化した社会の形を正確に言い当てることはできませんが、高齢化と人口減少が進行するからといって、経済や知性が壊滅的なまでに退行するわけではありません。

■AIやロボットで「雇用は減る」は本当か

【佐々木】人間社会の強靭さがあれば、今後の高齢化社会にも対応できる。大事なのは、そこで起きてくるさまざまな変化を、わたしたちがどこまで柔軟に受け止められるのかということだと思います。

ところでシュミル先生は、2019年のトヨタの従業員数が37万人だったのに対し、フェイスブックの同時期の従業員数は4万3000人しかいないと指摘されていますね。製造業は雇用の維持のために重要なのだとわかります。

しかし今後はAIとロボットによりさらに雇用が減るとも言われています。

いっぽうで少子高齢化が進行すれば生産人口が減り成長が維持できなくなるという問題も指摘されています。この「技術により雇用が減る」と「高齢化で生産人口が減る」は両立すれば何の問題もないようにも感じますが、どうお考えでしょうか。

【シュミル】たしかにAIやロボットを人間の代わりに労働力として活用するという適用法もあるでしょう。私の考えでは、昨今喧伝されている将来のAIやロボット化の適用に比べれば、こんにちの労働力が機械化される重要度はさほど高くはないでしょうが、重要にはちがいありませんね。

ただし、明確な限界があるとすれば、それは人間の認知機能の低下への対処です。AI制御の介護ロボットに基本的な動作を安心して任せられる日は、まだまだ遠いのです。

この分野における日本のグロテスクな試みと失敗のいくつかは、あなたもご存じでしょう。人ひとりをベッドから起こして移動させることさえ、非常に困難な仕事なのですから!

■数字でものごとを考えるのが浸透しない根本原因

【佐々木】「科学的な大発見や、技術的な大躍進」のような大げさな惹句の夢の道具ではなく、現代文明社会の縁の下の力持ちになるようなシンプルな装置が大事というご指摘はたいへん同意いたします。

19世紀末のさまざまな技術革新の時代から100年以上が経ちますが、そのような力持ち的な新たな技術は今後も期待できるでしょうか。

【シュミル】今後、たくさんの新しい「力持ち」が必要となるのは間違いありません。

例えば、燃焼機関の燃料として利用でき、大気中に新たな炭素を放出しない(そのうえ、プラスチックにもなる)炭化水素を産生する遺伝子組み換え微生物。

また太陽光を利用した単純かつ安価な水素製造法、認知機能低下の最悪のケースを予防するための脳組織の修復……どれも理論上は実現可能ですが、まだ実用化のめどはたっていません。

【佐々木】ご著書を読み、数字やファクトが大事ということがあらためて実感させられました。このような数字の考え方を広めていくためには、私たちはどうすれば良いのでしょうか。

【シュミル】残念ながら、この目標を達成するための近道はありません。基礎科学や基礎数学を地道に教えていくしかないでしょう。自分で基礎的な計算ができるようになってはじめて、現実世界の限界も、変化の好機も見えてくるのです。

しかし、ひょいひょいと指を動かすだけで、すぐに答えを見つけてくれる「ブラックボックス」があふれている世界では、そうした知識を必須化するのも、義務化するのも、いっそうむずかしくなっています。

■老いたる犬に新しい芸を仕込むことはできない

【佐々木】パソコンやスマートフォンのようなデバイスは、目で見ることができて機能もわかりやすいのですが、情報通信テクノロジーが進化すると、やがてデバイスはわたしたちの視界から姿を消し、見えないバックエンドで動くようになるのだと思います。

またAIも「なぜAIはその結論を出したのか」ということが人間には理解しにくいというブラックボックス化、別名「魔術化」と呼ばれるような方向へと進んで、抽象的すぎてますます理解できなくなっていくのでしょう。

このような抽象化した世界を理解するのはたいへんな能力が必要で、ここでも世界は能力の格差が広がり、分断が広がっていくのかもしれません。

ひょっとしたら人類社会の未来は今のような民主主義ではなく、昔の貴族政や寡頭政に回帰していくこともあり得るのでしょうか。

バーツラフ・シュミル(著)、栗木 さつき(翻訳)、熊谷 千寿(翻訳)『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』(NHK出版)
バーツラフ・シュミル(著)、栗木 さつき(翻訳)、熊谷 千寿(翻訳)『Numbers Don’t Lie 世界のリアルは「数字」でつかめ!』(NHK出版)

【シュミル】最後も懐疑的な回答ですが、私たちの民主主義はこれまでずっと薄っぺらなものであり、貴族政や寡頭政が主導権を握ってきました――イギリスでは何人の首相や高官がイートン校、オックスフォード大学、ケンブリッジ大学を出たかを考えてみてください。

それにアメリカの政府高官は、ハーバード、イェール、シカゴ、スタンフォードといった大学の卒業生が大半を占めていますし、日本では東大が神のように崇められ、早稲田や京都大学の地位が高いことは、あなたもよくご存じのはずです。

例のごとく、気の滅入るような物言いが多く、恐縮です。ことわざにあるように、老いたる犬に新しい芸を仕込むことはできないのです。

----------

バーツラフ・シュミル(ばーつらふ・しゅみる)
マニトバ大学(カナダ)特別栄誉教授
エネルギー、環境変化、人口変動、食料生産、栄養、技術革新、リスクアセスメント、公共政策の分野で学際的研究に従事。カナダ王立協会(科学・芸術アカデミー)フェロー。2000年、米国科学振興協会より「科学技術の一般への普及」貢献賞を受賞。2010年、『フォーリン・ポリシー』誌により「世界の思想家トップ100」の1人に選出。2013年、カナダ勲章を受勲。2015年、そのエネルギー研究に対してOPEC研究賞が授与される。日本政府主導で技術イノベーションによる気候変動対策を協議する「Innovation for Cool Earth Forum(ICEF)」運営委員会メンバー。

----------

----------

佐々木 俊尚(ささき・としなお)
ジャーナリスト、評論家
毎日新聞社、月刊アスキー編集部などを経て2003年に独立、現在はフリージャーナリストとして活躍。テクノロジーから政治、経済、社会、ライフスタイルにいたるまで幅広く取材・執筆を行う。『レイヤー化する世界』『キュレーションの時代』など著書多数。総務省情報通信白書編集委員。TOKYO FM放送番組審議委員。情報ネットワーク法学会員。

----------

(マニトバ大学(カナダ)特別栄誉教授 バーツラフ・シュミル、ジャーナリスト、評論家 佐々木 俊尚 構成=NHK出版編集部、編集協力=栗木さつき、熊谷千寿)

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

記事ミッション中・・・

10秒滞在

記事にリアクションする

デイリー: 参加する
ウィークリー: 参加する
マンスリー: 参加する
10秒滞在

記事にリアクションする

次の記事を探す

エラーが発生しました

ページを再読み込みして
ください