「経済が下がったときこそ役に立つのが本当の商人」イオンを創った男が守り続けてきた"ある家訓"
プレジデントオンライン / 2021年10月21日 15時15分
※本稿は、東海友和『イオンを創った男』(プレジデント社)の一部を抜粋・再編集したものです。
■大正時代の大不況で生まれた家訓
イオンの前身「岡田屋」には、「上げに儲けるな、下げに儲けよ」という家訓がある。
この家訓は大正9年、第一次世界大戦後の大暴落のときにできた。
この年の3月に株が暴落したことに端を発し、米や綿布生糸の商品市場は閉鎖、各地の銀行は取り付け騒ぎ、その当時に日本の主力産業であった紡績も全国の工場のほとんどが生産停止に追い込まれるなど、日本中が大恐慌に襲われた。
まだ呉服店であった岡田屋の蔵には、冬のうちに仕入れた夏物商品がいっぱいあった。当時の呉服店は、金融業のようなものだったという。
夏に冬物を産地から仕入れ、冬には夏物を土蔵いっぱいに仕入れ、近隣の農村のお客様に掛け売りをし、農作物が収穫されお金にかえた後、その掛け売り分を集金していた。
そのため、当然、蔵には生糸やら綿やらの在庫が山のようにあった。
岡田卓也の父・惣一郎はじめ番頭たちは頭を抱えた。
「このまま持っていたらどうだろうか。半値で売ったらどうだろうか」
右往左往していると、病床にあった祖父の岡田五世惣右衛門がみんなを一喝して「蔵の商品は全部タダになったと思い、半値で売ってしまえ。タダみたいな商品を値上がりするまで待つなんて小売業のすることではない。上げで儲けんでもええ、下げで儲けるんや」といったという。
そんな生易しい暴落ではないと見て、「今年入った丁稚小僧にでも好きな値段をつけさせて、売ってしまえ」と。
■不況でこそ、儲けるのが本当の商人
そのときは、まだ一般消費者の購買力がさほど落ちてはいなかったため、在庫商品を安く売り切り、そこでできた資金でより値下げをして販売されている商品を仕入れ、さらに売るという、「暴落大売出し」をした。
その結果は大成功で、大正9年の四日市市一般会計歳出が28万5911円だったのに対し、岡田屋呉服店の利益(売上ではなく、仕入代金、諸経費を差し引いて残った金額)が25万円だったというのだから、いかに大盛況だったかわかるものだろう。
それが、「上げに儲けるな、下げに儲けよ」という、「大黒柱に車をつけよ」とならぶ岡田家の家訓となった。
■「あまり買うな」の耳打ちで周囲を観察
この家訓に基づいて、岡田卓也が社長となってからの岡田屋も大きく儲けたことがある。
昭和26年の年末に近いころ。名古屋の大手問屋「滝定」で、荷開きがあった。荷開きが始まるとすぐに上得意先であった岡田のところに、番頭がすっと近寄ってきて、「きょうはおさえめに」と耳打ちをしてすぐに離れていった。
「あまり買うなとはどういうことだろうか」
見ると、まわりでは百貨店や小売関係の業者が梱包を解かれたサージ生地を奪い合うように買いあさっていた。
■「値上がりを期待して仕入れ」の逆を行く
「暴落だ!」
![暴落](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/5/670/img_f550c4f80afbfa53509e0d43dafed7741281650.jpg)
ピンときた岡田卓也は、そこを離れ、そのまま愛知、京都、大阪などの産地の情報を集め、暴落を肌で感じた。
「下げで儲けよ」の局面だと認識した岡田卓也は、現金をかき集め、暴落含みで弱気のメーカーからサージやオーバー地などをトラック単位で安く買い付けた。
その間、店では番頭らが大売出しの準備をすすめ、その後、有名デパートなどの売価の6掛け程度の値段で売り出しを行った。当然、客は押し寄せ、大儲けをすることができたという。
一般的に、商取引というものは、安く仕入れ、値上がりを待って売るのが当たり前とされている。一般的な商品でさえ、安く仕入れて高く売るというのが常識である。さらに、株や土地はもとより、美術品、希少な高額品も値上がりを期待して購入したり、仕入れたりするものであろう。
その逆を行くのである。
「下げ」を見る肌感覚、そこから瞬時に行動に移す機敏さ、さすがである。
また、大正9年の戦後恐慌で同じように下げの局面で儲けたところも決して少なくはないだろうが、それを家訓として残し、次世代へとつなげていくことができたことも大きいだろう。(蔵の中で見つけた父の日記より、この家訓を知ったという)
■バブル真っ只中でも、誘い話には乗らなかった
「大黒柱に車をつけよ」という家訓同様、「上げに儲けるな、下げに儲けよ」とは、解釈的には応用のきく家訓である。
実は、この家訓を岡田卓也が生かしたもう一つの大きな出来事がある。平成のバブル景気のときである。
高級なものがとにかく売れ、就職も超売り手市場、卒業を待つまでもなく就職が決まるのが当たり前だった。テーマパークやリゾート地、ゴルフ場やスキー場などいつも超満員。
企業は高額な接待を行うのが当たり前だったし、夜は札束をちらつかせないとタクシーも止まらないなどと言われた。
企業も、銀行が無限に貸してくれる資金を元手に財テクに走り、日本のみならず海外の株や不動産も買いあさった。当然、ジャスコ(当時)にも、たくさんの“儲け話”が持ち込まれた。
だが、これを岡田卓也は「上げ」ととらえた。
「上げに儲けるのはおかしい。商人の本当の姿ではない。下げに儲けるのが本当の商人だ」
と、何もしなかったというほど、その誘い話に一切乗らなかった。
銀行から融資を受けないのは経営者失格とさえ言われたときに、銀行から融資を受けることも、また貸すことも辞めたのである。
このとき、この「上げに儲けるな」という家訓を貫くのは、そうたやすいことではなかったと後年述べている。
■新卒採用に「採れなかったら採るな」
また、単にお金だけの話としてではなく、採用も同様のスタンスでいた。
「寮でもつくらないと、大卒の新入社員が来ない」という人事部に対して、「採れなかったら採るな。ここで人材を大量採用することは、上げで儲けることと一緒だ」として、寮などをつくってまで採用はしなかった。
その後バブルが崩壊し、多くの企業が不良債権で苦しんでいる中、ジャスコは、「何もやらない」ことで生き残り、それどころかその後大きく成長することができた。
■「それ本当か?」を問い続け、自ら結論を出す
岡田卓也はものごとの見方として、「上がったものは必ず下がる。下がったものは、また上がる」としてとらえている。
![東海友和『イオンを創った男』(プレジデント社)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/d/200/img_adaa9a4c7b50242af22d2233e1c56f93204089.jpg)
つまり大勢が飛びつくようなものの裏を見るという慎重さを持っているのである。
「人の行く道の裏に道あり花の山」ごとく独自の見解を持っている。
情報の入手も一次情報か否か、それとも誰かを介しての経由情報か? 内容的にも結果情報か? 現象情報か? それとも限定的なことか、一般化情報か? と慎重に吟味する。そのことをふまえて懐疑的に「それ本当か?」という問いを自身に投げかけ、結論を出す。
要は軽々に世間の風潮や人の誘いに乗らない、いわゆる脇が硬い。だからバブルの際にも他企業のように現を抜かすようなことをせず本業に徹した。
これも家訓「上げに儲けるな、下げに儲けよ」を徹底する信念の強さがあってのものだろう。
■「下がるときにお客様の役に立つのが本当の商人だ」
コロナ禍は生活を一変させた。外食はデリバリーにあるいは内食にとってかわった。リモートワーク、リモート学習による家庭内行動も大きく変化した。
そもそも従来のオフィスへの通勤を前提とした、会社の在り方や住居の決め方なども、今後大きく変わってくる可能性がある。
一方で、所得の減少による貧困層の増大と高齢者の貧困化、高所得者とそれ以外の格差等社会問題化の要素もあぶりだした。
いま、日経平均株価はじりじりと値を上げてきており、一時ではあるが3万円を超えた。
この局面を「上げ」と見るか、「下げ」と見るか。そして、どう行動するか。
「下がるときにお客様の役に立つのが本当の商人だ」
と岡田卓也はいう。
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東和コンサルティング代表
三重県生まれ。岡田屋(現イオン株式会社)にて人事教育を中心に総務・営業・店舗開発・新規事業・経営監査などを経て、創業者小嶋千鶴子氏の私設美術館の設立にかかわる。美術館の運営責任者として数々の企画展をプロデュース、後に公益財団法人岡田文化財団の事務局長を務める。その後独立して現在、株式会社東和コンサルティングの代表取締役、公益法人・一般企業のマネジメントと人と組織を中心にコンサル活動をしている。著書に『イオンを創った女』(プレジデント社)、『イオン人本主義の成長経営哲学』(ソニー・マガジンズ)、『商業基礎講座』(全5巻)(非売品、中小企業庁所管の株式会社全国商店街支援センターからの依頼で執筆した商店経営者のためのテキスト)がある。
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(東和コンサルティング代表 東海 友和)
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