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「あなたは"死の踏切"を渡る覚悟があるか」歩くのが遅い高齢者300万人は日々苦しんでいる

プレジデントオンライン / 2021年10月21日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/majorosl

横断歩道を渡っているときに交通事故で亡くなった人のうち、8割は65歳以上の高齢者だ。リハビリ専門デイサービス代表の神戸利文さんは「青信号の時間内に渡りきれないことが事故の一因だろう。歩行者用の青信号は1mを1秒で歩ける人を想定しているが、その速度で歩けない高齢者は全国に300万人以上はいるとみられる」という――。

※本稿は、神戸利文・上村理絵『道路を渡れない老人たち』(アスコム)の一部を再編集したものです。

■「買い物難民」になる東京の高齢者

皆さんは、青信号の間に、横断歩道を渡れずに、道路の真ん中でたたずむ高齢者の姿を見た経験をお持ちでしょうか?

青信号の点灯時間は、1mを1秒で歩ける人に合わせているといいます。しかし、さまざまな統計から見ると、その速度で歩けない日本の高齢者は、300万人以上はいると推測できます。

ちなみに、私が代表を務めるデイサービス施設・リタポンテのご利用者さま397人について、歩行速度を調べたところ、約55.4%にあたる220人の歩行速度が0.8m/秒以下でした。また、397人全体の平均の歩行速度は、0.58m/秒となりました。

リタポンテ利用者の歩行速度
出典=『道路を渡れない老人たち』

つまり、半数以上のご利用者さまが、歩行者用信号が青信号のうちに横断歩道を渡り切れない可能性が高いのです。渡り切れないことによって、事故が引き起こされます。

警察庁交通局の発表によると、2020年の横断歩道横断中の交通事故の死者数は230人です。そのうち、65歳以上の高齢者は186人。なんと、約8割を高齢者が占めています。

横断歩道以外での場所も含む横断中の交通事故の死亡者数651人のうち、65歳以上の高齢者は537人で、こちらもその割合は82%を超えています。

■横断歩道、踏切で多発する死亡事故

また、危険なのは道路だけではありません。高齢者が踏切内に取り残され、死亡する事故が起きています。高齢の親と離れて暮らす人などは、そうしたニュースをテレビや新聞で目にするたびに、自分の親のことが心配になるのではないでしょうか。

2019年11月、京王線・東府中駅近くの「東府中2号踏切」で、府中市内に住む小林さん(83歳・仮名)が、列車と衝突して亡くなりました。自転車を押して踏切を渡ろうとしていたところ、途中で転倒し、そのまま東府中駅を発車したばかりの快速列車にはねられてしまったのです。

実は、この踏切では、2004年以降、4人もの歩行者が亡くなっています。被害者の内訳は、2004年10月に84歳の女性、2008年1月に72歳の男性、2010年9月には67歳の女性と、いずれも65歳以上の高齢者です。

この踏切は、線路と道路が約30度の角度で斜めに交差しているため、歩きにくかったり、自転車のハンドルを切ると車輪がレールの間に挟まりやすかったりする危険があります。このような独特の形状、構造も、事故が続く一因には違いありません。

もっとも、踏切を管理する京王電鉄もただ手をこまねいているわけではなく、2004年の事故後、遮断機を線路と平行に付け替える、踏切の長さを35mから23mに短縮する、警報時間を8秒から14秒に延ばすなどの対策をとっています。

それでも事故はやまず、特に高齢者ばかりが犠牲になっているのです。

2010年11月1日、下北沢駅の踏切
写真=iStock.com/peeterv
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/peeterv

■「少し距離の長い踏切」が“死の踏切”になる

いうまでもなく、被害に遭った人たちは、警報機が鳴る前に、踏切を渡り始めています。ところが、踏切の長さを10m以上短くし、さらに警報時間を長くしても、列車が踏切に差しかかるまでに渡り切れず、再び高齢者が事故に巻き込まれてしまいました。

多くの人にとっては「少し距離の長い踏切」も、歩行弱者になりがちな高齢者にとっては向こう側に渡るのもまさに命がけの「死の踏切」になりかねないのです。

実際、学識経験者、鉄道事業者、道路管理者、警察庁、国土交通省からなる「高齢者等による踏切事故防止対策検討会」の報告によれば、2013年度の踏切事故死亡者のおよそ7割が歩行者で、そのうちの約4割を65歳以上の高齢者が占めています。

事故にまで発展しなかったとしても、横断歩道や踏切を渡り切れなかった経験は、高齢者に悪影響を与えます。

一度、危険な目にあった状態で、再び外に出たくなるでしょうか? 無事に横断歩道や踏切を渡り切れないことで、外出のハードルが、とてつもなく高くなってしまうのです。

結果、買い物にも行けない、友人たちと会うこともできない。家に閉じこもってしまい、身体がどんどん弱り、寝たきりへと進んでいくのです。

もちろん、横断歩道にしても、踏切にしても、何かしらの改善をしてほしいと思いますが、それよりも考えなくてはならないのが、なぜ、青信号や踏切を渡り切れないほど、身体機能が低下してしまったのかということです。

彼らの多くは、のんびり歩いていたために渡り切れなかったのではありません。渡り切ろうと一生懸命歩いても、身体機能が追いつかず、渡り切れなかった方がほとんどです。

■介護支援が行き届いていないという根本問題

ここで現れるのが介護による支援の問題です。

青信号の間に道路を渡り切れないことは、すでに、介護による支援が必要な状態であることの目安です。介護によって支援し、なるべく、そのような身体の状態にならないようにする必要があります。

それなのに「道路を渡れない老人たち」が300万人以上もいるわけです。この事実は、今の日本の介護による支援の問題を、如実に表しているような気がしてなりません。

私は、大きく分けて、2つの問題があるのではないかと考えます。

1つは、身体能力が弱っていても支援を受けていないということ。もう1つは、医師や介護の専門職による情報提供不足や介護に関する社会的インフラが整っていないなどの理由から、介護による支援を受けていても、支援のやり方などが間違っていて、結局、身体機能の改善が見られず、外出もできないまま、徐々に歩けなくなっていくということです。

これらが「道路を渡れない老人たち」を生み出す大きな要因なのです。

■介護の持つ負のイメージを払拭した先に幸せは訪れる

なぜ、身体能力が弱っていても、支援を受けないのでしょうか。それには、介護の持つイメージが影響しているのではないかと考えています。皆さんは、介護という言葉を聞いてどのようなイメージを持たれるでしょうか。

私もいろいろと周りの方々に聞いてみると、お風呂に1人で入れなくなった人の介助をする、排泄の処理をする、食事の世話をするなど、どこか大変そうで暗いイメージばかりが先行しています。

さらにいえば、介護についてはあまりメディアも取り上げないですし、取り上げるとしても、介護離職で親の年金で暮らす人や介護離婚をして困っている人、老老介護で疲れ切った人、といった極端な場面ばかりです。

車椅子を押すヘルパー
写真=iStock.com/kazoka30
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazoka30

もちろん、そのような状況があることを伝えて、危機感をあおることはとても大切なのですが、マイナスなイメージを抱くような内容があまりにも多いように感じます。介護にプラスのイメージを少しでも抱けるようなメッセージを伝えている番組は、ほとんど見たことがありません。

介護による支援はお風呂の介助、排泄の処理といったようなものだけではありません。もっと前の段階から、日常生活に支障をきたしはじめたあたりから、受けられるものなのです。

それなのに、介護支援に関して、マイナスなどこか暗いイメージしかないため、できれば考えたくないこと、どこか忌むべきものというイメージを抱く方が、特に男性に多いのです。

これだと、介護に対して、苦手意識を抱き、考えたくないと思ってしまうのも無理もありません。

■親と介護の話をしよう

親に介護の話をすると、「そんなに俺は衰えていない」とか「そんな縁起の悪い話をするな」などと言われたという話をよく聞きます。

また、「両親はまだ若いし介護なんて考えなくていい」と家族が考えて、ほうっておいたり、家族に迷惑がかかるから言わないでおこうと考え、生活に不自由さを感じても、なんとかなるからと、本人が何も言わなかったりします。

そうなると、介護による支援が遅れて、結果的に家族も本人も苦労してしまう。せっかく介護保険制度という制度ができ、十分ではないですが、国や地方自治体で支援する体制があるのにもかかわらず、支援を受けないのは、なんとももったいないことです。

ぜひ、介護のマイナスなイメージを払拭して、前向きに考え、情報を得て、介護による支援をどんどん利用していってほしいのです。

■介護が必要になってからでは遅い

他人に迷惑をできるだけかけず、身の回りのことを自分でできて、買い物に行ったり、友達と外出したり、好きなものを食べたり。これまで長い間家族で歩んできた当たり前の幸せを、本人も家族もあきらめることなく「護る」ために、専門職が「介入」すること。それこそが介護だと私は思います。

神戸利文・上村理絵『道路を渡れない老人たち』(アスコム)
神戸利文・上村理絵『道路を渡れない老人たち』(アスコム)

しかし今日の介護の現場では、効率重視や無知による誤った支援で、「高齢者が当たり前の幸せを感じ続けられる可能性」を、潰してしまっているケースが散見されます。いざとなってからでは、なかなか考える余裕が生まれません。日々を過ごすのに手いっぱいになってしまいます。言われるがままにして、その時々で必要な支援を受けられず手遅れになってしまう恐れもあります。

ケアが早ければ早いほど、他人に迷惑をかけず、余計な気遣いをせず、自尊心を保ったまま、あるがままの姿で、人生のエンディングという総仕上げの時間を送れる期間は長くなる——。それは、長年多くの高齢者を見てきて、断言できます。

だからこそ、なるべく早めに、自身や自分の家族の最後の時期をあきらめることなく、流されることなく、情報を集め、どう守るかを考えてほしい。そして、本人も家族も幸せな時を最後まですごしてほしい。

「道路を渡れない老人たち」では、介護の現状や課題、知っておきたい介護の基礎知識を紹介しています。皆さんの人生がより良いものになるために、少しでも役立てば、これほどうれしいことはありません。

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神戸 利文(かんべ・としふみ)
リハビリ専門デイサービス・リタポンテ代表
1965年生まれ。三重短期大学卒業。保険販売会社「保険市場」の代表取締役などを経て、リハビリ専門デイサービス、リタポンテを設立。「日本から寝たきりをなくすために、おせっかいを科学する」を合言葉に、リハビリを中心にした介護サービス事業を展開する。

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上村 理絵(かみむら・りえ)
理学療法士、リタポンテ執行役員事業部長
1974年生まれ。中京女子大学(現・至学館大学)卒業後、関西女子医療技術専門学校理学療法学科(現・関西福祉科学大学)を経て、理学療法士として活動。リタポンテを立ち上げに参画。

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(リハビリ専門デイサービス・リタポンテ代表 神戸 利文、理学療法士、リタポンテ執行役員事業部長 上村 理絵)

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