「行列に並ばなくても食べられる」スシローが"持ち帰り店"を加速させる本当の狙い
プレジデントオンライン / 2021年10月23日 12時15分
■2021年中に15店舗以上の出店をめざす
回転ずし大手「スシロー」がテイクアウト専門店の出店を加速させている。
2020年9月、スシローは、期間限定でテイクアウト専門の実験店を兵庫県のJR芦屋駅の改札横に開設した。この店舗での試行的な販売の後に同社は、2021年2月に「スシロー To Go」の名称によるテイクアウト専門の1号店を、千葉県のJR我孫子駅にオープン。以降同社は、スシロー To Goの新規出店を首都圏、中部圏、近畿圏の各地で次々に行い、2021年内に15店舗以上の出店をめざしている。
以前よりスシローの既存店舗でも、テイクアウトは行われていた。どこが新しいのか。
スシロー To Goはテイクアウト専門店であり、店内での調理は行わず、近隣の回転すしスシローの店舗で調理したすしを運び込む。スシロー To Goの店舗は、駅改札付近にある小型店舗ほどの大きさで、駅や商店街などの小さなスペースに出店できる。調理は近隣のスシローの既存店舗で設備の空き時間を使って行うので、開店のための投資は低く抑えることができる。
スシロー To Goは、従来のスシローの回転ずし店ではカバーできていなかったエリアに小回りを利かせて出店していくことができる。利用者には日常の買い物や通勤などの生活動線上でふらりと立ち寄り、スシローのすしを気楽に手にしてもらうことが可能になる。これまでとは異なるすしへの需要にこたえられるとの手応えを、スシローは強めている。
■コロナ禍以前から浮上していた根本的課題
スシローの既存店舗はコロナ禍以前から、1店舗当たりの売り上げが頭打ちになるという課題に直面していた。多くの店舗では食事時に来店客の行列ができる。テイクアウトについても受注が多く、繁忙期には早々と予約の枠が埋まる。店内飲食も、持ち帰りも、ピーク時になると供給の上限に近い水準での操業が続いており、そのために売り上げをこれ以上成長させることが難しくなりはじめていた。
■「時間差販売」というアイデアはあったが
「ぜいたくな悩み」と聞こえるかもしれない。しかし、店舗がフル稼働となっていたのはピーク時の話である。問題は夜の23時から翌朝の11時までの「裏側」の時間帯だった。
各種の飲食店チェーンのなかには、24時間営業に踏み切っている業態もある。しかし、スシローが企業理念として掲げる「うまいすしを、腹一杯」というニーズが、24時間常にあるとはいいがたい。回転ずし店が深夜・早朝の時間帯に千客万来となることは考えにくく、あり得るとしても、それは巨大都市の中心部などの特殊なエリアでしかない。
そこで、既存店舗の設備の空き時間帯に持ち帰り用のすしを調理し、時間差で販売してみてはどうかというアイデアが浮上した。しかし、作ったすしをどこでどのように販売すればよいのか。考えてはみたが、新たな事業の開始にはいたっていなかった。
■スーパー視察で得たヒント
2020年4月、コロナ禍による緊急事態宣言の発出を受け、飲食店の営業休止や営業時間短縮などが相次いだ。激変する市場環境のなか、あきんどスシローの堀江陽社長は大阪府下のスーパーを視察した。すると、街中の飲食店の利用に制限がかかるなか、入り口付近にある持ち帰りずしの専門店が活況を呈していた。スーパーでも持ち帰りのすしは販売されていたが、お客が集まっているのは専門店の方だった。
堀江氏の胸中にコロナ禍以前からの課題がよぎった。スシローの既存店舗で空き時間に調理したすしを、駅前や商店街などにスペースを確保して運び込めば、新しい生活様式の下での旺盛なすしへの需要をとらえるとともに、既存店舗の成長問題への解を手にすることができるのではないか。
程なくして、コロナ禍による各種の店舗の撤退などから、各所の商業スペースに空きが広がっていく。そのなかでJR芦屋駅の改札横に空いたスペースに、期間限定で出店しないかとのオファーがスシローに舞い込んだ。
たまたまスシローでは、芦屋エリアの2つの既存店舗を、契約年限の満了にともない閉店していた。改札横にテイクアウト専門店を出店すれば、同エリアのスシロー・ファンの渇望感にもこたえることにもなる。実験店の開設を、堀江氏は決断した。
■テイクアウト専門店のためのチューニング
テイクアウト専門店で販売するすしは、近隣の既存店舗で早朝と昼のピーク後の時間帯に調理を行うことにした。新たな設備は不要であり、スタッフの勤務時間を延長したり、新規スタッフを雇用したりするだけで対応できる。
調理に使う魚や米や酢などは、従前の回転ずしと同じものを使用することにした。とはいえ、解凍の手順や酢飯の合わせ方などについては、新しい方法を採用した。顧客に「うまい」と感じてもらうためのポイントや、衛生管理上の条件が、回転ずしとは異なるからだ。
例えば、シャリの温度もそのひとつである。街中のすし店などでは「シャリは人肌で」がよいとされ、スシローの既存店舗もこれを踏襲していた。だがテイクアウト専門店では、冷蔵ケースに並べて販売したすしを顧客が持ち帰り、さらに冷蔵庫などで保存してから食べるケースが多くなる。当然、口にするシャリの温度は寿司店内で食べるすしとは異なり、この違いを踏まえた対応が必要になる。
そうした準備を経て、JR芦屋駅のテイクアウト実験店舗がいよいよ開業した。ところが、当初の販売は伸び悩んだ。堀江氏が店舗を訪れたところ、問題が何かは一目瞭然だった。パックされて冷蔵ケースに並ぶすしの、ネタの置き方にばらつきがあり、「寿司の顔」がそろっていなかったのである。
スシローは既存店舗でもテイクアウトを行っていた。予約をした顧客が店舗を訪れ、すしおけを持ち帰るというスタイルである。その場合、すしのネタの置き方がおけごとに違っていても、他人の注文したおけを見ることはないから、顧客は気にしない。
しかし、パックされた商品を冷蔵ケースに陳列するスシローTo Goでは、そうはいかない。同じ「にぎり盛り合わせ10貫(税込み690円)」は、すべて同じ見た目で並んでいなければならない。素材や衛生や調理方法に問題はなくとも、陳列時の見た目にばらつきがあれば、顧客は違和感を抱き、購買をためらってしまう。
問題に気づいた堀江氏は、改善を指示した。ネタの置き方のノウハウは短期間で確立し、販売は上向いていった。こうした試行錯誤の成果を踏まえたうえで、スシロー To Goの多店舗展開は始まったのである。
スシローにとって、スシローTo Goの展開は単にコロナ禍への短期的対応にとどまらない。既存店舗のピーク時以外のリソースを活用し、新たな売り上げ拡大の余地を創出したスシローToGoは、コロナ後の世界においても同社の成長戦略に大きく貢献する可能性が十分にある。
■「危機対応」をその場しのぎで終わらせてはならない
外食産業だけでなく多くの業界で、市場環境はコロナ禍によって一変した。各企業はそれぞれ、ネット販売の強化、マイクロツーリズムの深耕、テレワークの推進、テイクアウトの拡大など、新たな動きを次々と見せている。
とはいえ、突発的な環境変化への対応を続ける一方で、各企業は単なる出血停止にとどまらない、未来への展望につながる行動ができているだろうか。私たちはコロナ禍を、進化を止める言い訳にしてはならない。
慶應義塾大学名誉教授の池尾恭一氏は新著『ポストコロナのマーケティング・ケーススタディ』(碩学舎刊、2021年)のなかで、オンライン商談を例にとりながら「多くは、新型コロナウイルス感染症を回避するために……やむを得ずとった動きであることがほとんどであった」と述べている(p.32)。コロナ禍を受けての迅速な行動は企業のバイタリティーの表れだが、今後の中長期的な競争を勝ち抜くには冷静な戦略的見通しの裏打ちが必要だ。
企業家精神の旺盛な組織や個人は、コロナ禍が生んだ状況をもひとつの実験場として、事業の新たな展開を着々と進めている。テイクアウト専門店のスシロー To Goもまた、そのひとつであるといえるだろう。
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神戸大学大学院経営学研究科教授
1966年、米・フィラデルフィア生まれ。97年神戸大学大学院経営学研究科博士課程修了。博士(商学)。2012年より神戸大学大学院経営学研究科教授。専門はマーケティング戦略。著書に『明日は、ビジョンで拓かれる』『マーケティング・リフレーミング』(ともに共編著)、『マーケティング・コンセプトを問い直す』などがある。
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(神戸大学大学院経営学研究科教授 栗木 契)
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