「生きている価値が自分にはない」涙をボロボロ流す患者に精神科医がそっと伝えたひと言
プレジデントオンライン / 2021年10月24日 10時15分
※本稿は、バク@精神科医『生きづらいがラクになる ゆるメンタル練習帳』(ダイヤモンド社)の一部を再編集したものです。
■あなたの常識で世界を見ようとしてはいけない
人は、100人いれば100通りの考え方があります。皆が皆、誰かのためになりたいとか、人に感謝されたいとか、人に優しくしたいとは思って生きていません。
あなたが思う以上に世の中には邪悪な人間がいます。傲慢で自己中心的で、他人をバカにして笑う人、だまされる人間が悪いと思っていて、簡単にお金が稼げるなら、法律に違反してだましても全然気にならないという人は少なからずいます。
だから、あなたが「私が虐(しい)たげられるのは、相手を怒らせるようなことをした自分が悪いからだ」とか、「虐められているのは、自分にも悪いところがあったからだし、直したい」とか思っても、何をしてもその環境が変わらないのは、ある意味「当然」だったりします。
相手とあなたの「常識」は全く違うのに、あなたの常識で世界が動いていると思い込んで世界を見ようとしているなら、あなたの気遣いが踏みにじられることもおかしなことではありません。
世の中には平気で他人をだまそうとする人間がいる。相手が自分と同じ価値観で生きていないことを知ろう。
■「あの人さえいなければ!」を捨てる
「あの人さえいなければ」と思う話は、よくありますね。
・会社のプレゼンで、自分でなく同僚の案が採用された
・部活の憧れの先輩が自分の同期と付き合い、結婚した
・福引で自分の前の人が一等を当てた
・自分の子どもと成績は変わらなかったのに、ママ友の子どもがいい学校に受かった
こんなときに「あの人さえいなければ」と思う人はいます。しかし、比較する対象の「あの人」が仮にいなかったとしても、自分にチャンスが舞い込んできたとは限らないという現実は、きちんと見ておきましょう。
・別に同僚がいなくたって、戦略を正しく練れば、次のプレゼンでは自分の案が採用されるかもしれません
・部活の憧れの先輩の目の前に同期がいなくても、先輩はそもそもあなたに目もくれないし、結婚だってしないんじゃないでしょうか
・この先、先輩よりもずっと素晴らしい男性と出会う可能性はあるし、福引どころか、高額の宝くじが当たることだってあるかもしれない
■「勝った」「負けた」はただの幻影
未来の「いいこと」を実現する努力をせずに、現状で人に「負けた」ような気持ちになって、そんなところにばかり目を向けて辛くなる。それでは永遠に辛い毎日から抜け出せません。自分が辛い原因を他人のせいにする限り、永遠に続く底なし沼になってしまうのです。
「幸」という字と、「辛」という字は、構造上横棒が一本入るかどうかの違いしかありませんが、実際の世の中でもその通りに、受け取り方一つで「幸せ」が「辛い」になってしまうことも簡単だし、逆に「辛い」を「幸せ」にすることは、意外に簡単なことだったりします。
それなのに自分の凝り固まった価値観が、一本の棒を足すに等しい「ちょっとした物の見方を変えること」すら拒み、楽観的に物事を考えることを非常に難しくしています。
人生において経験する多くの「勝った」とか「負けた」とかは、すべて自分自身のつくり出した幻影との脳内戦争に過ぎません。
冷静に考えて、その勝敗を決めているのは誰ですか? 自分自身ですよね? そんな幻影はとっとと捨ててしまいましょう。
人生における「勝った」「負けた」という思いは、すべて自分がつくり出した幻影。
■人生で一番大切なのは「あなた自身」
精神科医をしていると、家族間の深い闇を抱えている方々と、よく出会います。
深刻な問題に「搾取子(さくしゅし、さくしゅご)」と言われるケースがあります。聞き慣れない言葉かもしれませんが、「搾取されるための子ども」という意味です。
たとえば、一組の夫婦の、最初にできた子どもが障害者だったとしましょう。親は子どもに付きっきりになり、トイレから食事まで相当な苦労を強いられます。そこでもう一人、子どもをつくるケースは比較的よくあるそうです。
理由は三つあります。
一つは何も考えずにできてしまったケース。もう一つは健常な子どもを、最初の子どもの代わりにしようとするケース。最後に、自分たちが死んだ後に、障害を持った子どもの面倒を見てもらうために子どもをつくるケース。それぞれ問題は抱えますが、搾取子となるのは三番目のケースです。
生まれてきた子どもは、人生のレールを完全に決められて過ごします。これらの人びとは、人生に大きな悩みを当然抱えます。
■実家に毎月10万円を送り続けたある患者の話
友達や周囲の人とあまりに生活が違いますから、「こうせねばならない」という常識が周りと大きくズレており、心が悲鳴をあげてしまうことはよく起こります。
ある日「不眠症」だという初診のKさんが来られました。その方は、「障害を持ったお姉さんのために、毎月10万円を工面して家計に入れ続けないといけないのに、最近夜全く寝られなくなり、朝も起き上がれなくなってしまったんです」と言いながら、涙をボロボロ流していました。
眠れず、会社も休みがちになり、アルバイトも行けない、収入の八割程度に当たる10万円を必死に家に入れ続けてきたけれど、それでも足りないと貯金を取り崩し、維持できなくなって「とにかく寝られるようにしてください」と当院を受診されました。
話をよくよく聞くと、別に親に「10万円絶対家に入れなさい」とは言われていない様子でした。私は一旦仕事を辞めて、心身共に回復するまでは、お金を家に入れることを止めましょう、と提案しました。しかしKさんは「それじゃ私の生きている意味がないんです」と、やっぱり泣きながら訴えます。
■あなたの人生は姉のためのものではない
でも、この状態では薬で寝たって回復できないことは、火を見るよりも明らかでした。Kさんは「自分は障害のあるお姉さんのためにこの世に生まれたから、親が死んだ後は一人でお姉さんを支えていかないといけないし、そうしないと生きている価値が自分にはない」と心から信じていました。
しかし今その「生きる価値」を維持できなくなり、でも死んだらもっと役に立てないし、と思い悩まれていました。人は、その人の人生を生きるために存在しているのに、この「自分の生きる価値」の設定は、本当に救いがありません。
ここで「私は、自分の人生を生きるんだ」と家を飛び出せる力があればいいのですが、ずっと「お姉さんのために生きなさい」と言われてきたKさんは、すでに自分の存在意義が「姉を養うこと」になっているので、「自分のために生きる」ということは、もう頭のどこにも存在しないのです。
実際、調子を崩してしまったのも、その責任が果たせていないことからでした。
あなたはこのケースで、悪いのはやはりこのKさんだと思いますか?
過去は変えられない、現在も変えづらいけれど、未来は変えることができる
■必要なのは「自分を許すこと」
結局、何事にも必要なのは「自分を許すこと」だと私は思います。
このKさんの場合も、精神科医のせいにしていいから、とにかく1回、休んでもらうしかありません。「今、自分は精神科医に仕事を休むように言われたせいで姉のための援助ができません」ということにして、その間に少し休憩して自分自身の人生について考えてもらうことにしました。
別にお姉さんのために何かをするのは止めませんが、生きる意味の大半をお姉さんのために設定してしまっていると、お姉さんが何か不測の事態で亡くなった場合、その後どう生きていくのかすらわからず迷子になりかねません。
だから、やはりその人の人生はその人が主役であり、自分を最優先にすることを自分自身に許さないといけません。
「最優先にすべきは、自分の人生なんだ」ということに気づけたら、改めて、そのうえで無理のない範囲で、自分はお姉さんに何ができるのかを考えられるようになれればいいのです。
人は過去を変えることはできないし、現在もなかなか変えづらい。でも、未来は変えることができます。
精神科医だけに限らず、誰かの何気ないひと言で、考え方の軸が大きく変わることはいくらでもあります。
ただ、そこで変わったことを「悪いこと」と拒絶せず、受け入れ、よい方向に向かうことを、自分に許してあげてください。
■一番大切なのは自分自身だと気づいてほしい
自分の未来を変えることの言い訳に医者が使われて、誰かの心がラクになるのは、医者の私からすれば本望ですし、本書だって、そうした言い訳を皆さんにつくっていただくために書いています。
ですから、辛い未来だけを見なくてはならないという呪いから、勇気を持って抜け出してください。自分を大切にして、「バク先生が『休みなさい』とか『面倒くさいことは避けなさい』と言っていたから」と、一旦休憩することを自分に認めてあげてください。
結局、あなたの人生において一番大切なのは自分自身なんだと、まずそのことに気づいてほしいのです。
生きづらさをラクにするために必要なのは「自分を許すこと」。
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医師
元内科の精神科専門医。精神科単科病院にてさまざまな分野の精神科領域の治療に従事。アルコールなどの依存症患者への治療を通じて「人間の欲望」について示唆を得る。現在は、双極性障害(躁うつ病)や統合失調症、パーソナリティ障害などの患者が多い急性期精神科病棟の勤務医。「よりわかりやすく、誤解のない精神科医療」の啓発を目標に、医療従事者、患者、企業対象の講演等を行う。
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(医師 バク@精神科医)
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