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「このままでは国家財政は破綻する」財務次官による"異例の寄稿"本当の狙い

プレジデントオンライン / 2021年10月20日 9時15分

衆院予算委員会で答弁する財務省の矢野康治主税局長(左手前)(※肩書は当時のもの)=2020年2月10日、国会内 - 写真=時事通信フォト

■現職次官が『文藝春秋』に異例の寄稿

「矢野さんが辞表提出を求められている」――永田町や霞が関は、そんな話で持ちきりになった。10月8日。その日発売の月刊『文藝春秋』に財務次官の矢野康治氏が「このままでは国家財政は破綻する」と題する寄稿をしていた問題についてだ。現職次官が実名で自らの意見を寄稿するのは異例。しかも、選挙戦をにらんで与野党が打ち出す政策を「バラマキ合戦」だと断じていた。ちょうど岸田文雄氏が「分配重視」を掲げて総裁選を勝ち抜き、首相に指名された直後だったから、読み方によっては「新政権批判」と受け取ることもできた。

永田町には、「嶋田隆・首相秘書官と栗生俊一・内閣官房副長官(事務方トップ)が辞表を出せと言っている」「首相と官房長官は沈黙しているらしい」「どうも甘利明・自民党幹事長が怒って、裏で指示を出しているようだ」といった情報が乱れ飛んだ。その一方で、「麻生太郎前財務相の許可を得て寄稿したものだ」といった報道も早い段階から流れていた。

■本当に矢野氏個人の「大和魂」から出た言葉か

寄稿は永田町ウォッチャーだけでなく、SNSを通じて多くの国民の間で話題になった。

文藝春秋2021年11月号
文藝春秋2021年11月号

結局、10月10日にフジテレビの番組に出演した岸田首相が、「いろんな議論はあっていいが、いったん方向が決まったら関係者はしっかりと協力してもらわなければならない」と述べることで、収束をはかった。もともと矢野氏の寄稿文にも、往年の名官房長官と言われた後藤田正晴氏の『後藤田五訓』を引いて、「勇気をもって意見具申せよ」と共に、「決定が下ったら従い、命令は実行せよ」という訓戒を紹介、「役人として当然のことです」としていた。

同じ日のNHK日曜討論に出演した自民党の高市早苗政調会長は「大変失礼な言い方だ」と不快感をあらわにしたものの、翌日の記者会見で松野博一官房長官が「私的な意見として述べたものだ」との見解を示したことで、矢野次官はお咎めなしということで落着した。

「最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、やむにやまれぬ大和魂か、もうじっと黙っているわけにはいかない、ここで言うべきことを言わねば卑怯でさえある」と矢野次官は寄稿文の冒頭で書いている。だが、この一文は本当に矢野氏個人の「大和魂」から出たものなのか。

■「経産省主導内閣」と言われた安倍内閣

もちろん、矢野氏個人の思いが込められていることは間違いない。矢野氏と付き合いの長いジャーナリストによると、酔えば必ず『後藤田五訓』の話になり、寄稿文にもあるような「国家公務員は『心あるモノ言う犬』であらねば」というのは口癖だという。

だが、矢野氏個人の私的な意見を、私憤から寄稿したのかというと、どうもそうではなさそうなのだ。

第2次以降の安倍晋三内閣が「経産省主導内閣」と言われてきたのは周知の通りだ。安倍元首相の政治主導の裏では、秘書官で首相補佐官でもあった元経産官僚の今井尚哉氏が絶大な力を握っていた。今井氏が経産省の課長に直接電話して怒鳴りつけたり指示したりする姿は日常茶飯事だった。一方で、安倍内閣は2014年4月「消費への影響は軽微で早期に復活する」としていた財務省の説明を聞き入れて消費税率を5%から8%に引き上げたが、結果はアベノミクスで急回復していた景気を冷やす結果となり、安倍首相による財務省排除が鮮明になったとされる。

ブロックとコイン
写真=iStock.com/sefa ozel
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/sefa ozel

■「財務省主導内閣ができるのではないか」官僚たちの期待

自民党の歴代内閣は、財布の紐を握る財務省の影響下、支配下にあったとさえ言われたが、安倍内閣は財務省がコントロールできない内閣になっていった。財務省はその地位を取り戻すこと、まさに復権が最優先課題になってきたのだ。

それが成功するかに見えたのが菅義偉内閣だった。首相補佐官だった今井氏が退任、国土交通省出身の和泉洋人氏が首相補佐官となり実権を握った。明らかに経産省色が薄れていく傾向にあったわけだ。そんな中、2021年6月に矢野氏が財務次官になる。実は、矢野氏は菅前首相が官房長官だった2012年から2015年の間、官房長官秘書官として菅氏に仕えていた菅氏の懐刀だった。菅内閣は財務省の悲願である財務省が主導する内閣に戻っていくはずだったのだ。

しかし、菅内閣は短命で終わる。問題は後継になった岸田内閣がどうなるか。岸田氏が会長を務める「宏池会」は、大蔵官僚から政治家となり首相に昇り詰めた池田勇人が創設した派閥で、やはり大蔵官僚出身の宮澤喜一元首相などを輩出した。「親・財務省」とみられる派閥だ。岸田氏が総裁選でぶち上げた「令和の所得倍増」も、多分に池田勇人の「所得倍増計画」を意識していると見られていた。財務省主導内閣ができるのではないか、と財務官僚たちは期待しただろう。

■状況は一変、経産省寄りのムードに

だが、幹事長に就任した甘利氏が岸田内閣の人事に大きな影響力を持ったとされムードが一変する。甘利氏は経産大臣のほか、経済財政政策担当相などを務め、経産省と非常に近い関係にあるとみられてきた。案の定、筆頭首相秘書官には経産省次官を務めた嶋田氏が就任。今井氏も内閣官房参与に復活した。

しかも、総裁選で「(単年度の歳出を歳入範囲に抑える)プライマリー・バランスの棚上げ」などを掲げ、財政再建よりも積極財政を重視する姿勢を明確にしていた高市氏が、党の政調会長に就任。経産省の政策に通じる未来投資などに積極的に財政支出していく方向に舵が切られつつあった。そんなタイミングで矢野氏の寄稿が出てきたわけだ。

経済産業省
写真=iStock.com/y-studio
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/y-studio

■「分配」から「分配も成長も」「まずは成長」へ

矢野氏の「バラマキ批判」は一定の成果を挙げている。「積極財政で、本当に国家財政は破綻するのか?」といった議論がかまびすしいほどに行われるようになったのが一点。そして、もう一つが、岸田氏が総裁選の際に掲げていた政策の微妙な修正を行うきっかけになったことだ。総裁選では「アベノミクスの成長の成果が十分に分配されてこなかった」として「分配」政策を前に出した。「選挙で勝てる顔」を求めていた自民党党員にとって、野党の主張の柱である分配重視を訴える総裁ならば選挙に勝てるとみられた。

ところが、実際に総選挙となれば、都市部の無党派層などを取り込まねばならない。現役世代は成長への期待度が高いから、分配優先では票にならない。選挙が近づくにつれ、「分配も成長も」「まずは成長」と発言トーンが変わってきた。財務省からすれば、バラマキ一辺倒の政策を修正させるだけでも成果だっただろう。もちろん、そのあたりの政策が本格的に具体化してくるのは総選挙後。自民党の議席獲得数などによっても政策は大きく変わってくるだろう。

■消費増税しても財政再建はなされなかった

というわけで、矢野氏がここで財政再建の重要性を指摘したのは、何も、個人的な大和魂の帰結というわけではなさそうだ。実際、寄稿文の内容も、財務省の従来の主張と変わらない。「財務省はこれまで声を張り上げて理解を得る努力を十分にして来たとは言えません」と書いているが、財務省は従来、「このままでは国家財政は破綻する」と危機感を煽って消費税率の引き上げなど増税路線を突き進むというやり方をとってきた。

消費増税して何が起きたか。財政再建などされずに歳出規模を膨らませただけではなかったか。無駄に予算が使われている事業や、経済効果が乏しい助成金などいくらでも景気に影響を与えず歳出を減らす術はある。その役割は本来、財務省が担っているのだが、予算を柔軟かつ大胆に見直していく仕組みすらほとんど機能していない。

消費税率を上げれば財政再建できると言うが、どんどん貧しくなっている日本国民からどれだけ税金を取れると考えているのか。財務省自身が発表している「国民負担率」、国民所得に占める租税負担と社会保障負担の合計の割合は2020年度で46.1%に達している。国民の「担税力」も無限大ではない。

かつて、土光敏夫氏が「第二次臨時行政調査会」で行政改革に大鉈を振るった際、合言葉は「増税なき財政再建」だった。矢野氏には、是非、令和の「増税なき財政再建」について寄稿発表していただきたい。

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磯山 友幸(いそやま・ともゆき)
経済ジャーナリスト
千葉商科大学教授。1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。日本経済新聞で証券部記者、同部次長、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、「日経ビジネス」副編集長・編集委員などを務め、2011年に退社、独立。著書に『国際会計基準戦争 完結編』(日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)などがある。

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(経済ジャーナリスト 磯山 友幸)

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