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「この中に裏切り者がいる」小5女児を次々と平手打ちにするバレー指導者を、母親らがかばった理由

プレジデントオンライン / 2021年10月30日 12時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/leventince

スポーツの世界では指導者による暴力・パワハラが後を絶たない。なぜ選手たちは暴力を黙認しているのか。スポーツジャーナリストの島沢優子さんは「当事者の多くは『やり方は嫌だけどいい監督だと思う』と評価して我慢してしまう。指導者のためにも、当事者や家族が声を上げる必要がある」という――。

※本稿は、土井香苗・杉山翔一・島沢優子編、セーフスポーツ・プロジェクト監修『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法 もう暴言もパワハラもがまんしない!』(合同出版)の一部を再編集したものです。

■歯が折れても「しょうがない」

2012年12月に大阪の市立高校バスケットボール部の部員が顧問の暴力や不適切な指導を苦に自死した事件を機に、翌13年にはスポーツ界は一斉に「暴力根絶宣言」(※)を発表。スポーツにおける生徒や児童の虐待が、クローズアップされ始めました。

この事件をルポし『桜宮高バスケット部体罰事件の真実 そして少年は死ぬことに決めた』(朝日新聞出版)を上梓した私は、それ以来、スポーツハラスメントの問題を取材し続けてきました。私自身、高校のバスケット部で壮絶な暴力を受けた経験があったため、子どもたちに「自分のようなひどい経験をしてほしくない」と願ってもいました。

そのバスケット部では顧問による暴力や暴言が日常茶飯事でした。一度に50回以上も拳で殴られたこともありました。床に血が飛び散り、前歯を折って差し歯になりました。歯医者に行って寮に帰ると、顧問から「出っ歯だったからちょうどよかったな」と言われました。無論、謝罪などはありません。精神的ストレスからか生理は2年半きませんでした。ひたすら我慢しました。「こんなものだ、しょうがない」と思っていたからです。

■「やり方はいやだけど、いい監督だと思う」

傷害罪にもなるような暴力を、私はなぜ「しょうがない」と考えてしまったのでしょうか。

取材を続ける中で、3つの「あきらめの根源」にたどり着きました。

「スポーツでの暴力は必要悪」ととらえる旧態依然とした考え。
「勝利に導いてくれる指導者を悪く言ってはいけない」という忖度。
「みんな我慢している」といった集団心理です。

実業団の元バスケット選手だった女性コーチが、自分の高校時代の恩師を表現した言葉が非常に的を射ていました。

「私は先生(当時の監督)を、指導者として尊敬できても、指導のやり方に共感はできない」

この言葉には、自分は暴力やパワハラを用いた「指導方法」を絶対に踏襲しないぞという決意がにじんでいます。しかし、そのほかの多くの選手やその家族は私の取材に「やり方はいやだけど、いい監督だと思う」と話しました。つまり、共感できないけれど尊敬、あるいは評価しているため、暴力やパワハラを我慢してしまうのです。この傾向は、2013年の「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」後も長らく続きました。

■暴力根絶宣言後も抜本的対策はなかった

暴力根絶宣言がなされましたが、スポーツ界の取り組みは足踏み状態が続きました。なぜならば、指導者の再教育など抜本的な対策や大掛かりなキャンペーンは張られなかったからです。指導者からはこんな声さえ聞こえました。

「今は企業じゃパワハラはダメとか、それはセクハラとか言われちゃうみたいだけど、そんな考え方を教育現場や部活動に持ち込まれたら僕らは子どもを育てられない」

この発言に象徴されるように、多くの指導者は暴力根絶宣言後も暴力を我慢していただけでした。したがって、問題は表出し続けました。

■スポーツハラスメントへの意識が向上している

2018年には耳目を集める事件が多発しました。3月に五輪4連覇中だった女子レスリング選手が日本代表強化部長のパワハラを訴えると、5月には日本大学アメフト部の悪質タックル問題、8月にはリオ五輪代表だった女子体操選手(当時18歳)への男性コーチによる暴力が明るみになっています。当時盛んになった#MeToo運動もあって、当事者である選手やその家族のスポーツハラスメントに対する意識向上に繋がりました。

日本スポーツ協会(JSPO)が公表した「スポーツにおける暴カ行為等相談窓口相談件数推移」を見ると、2018年から19年にかけて相談件数が大幅に増えています。これは、同協会職員が相談を受けた案件を弁護士がヒアリングして各競技団体へ調査依頼する形から、弁護士8人が直接電話対応するようになった影響もあるとされています。14年10月から20年8月までの累計相談数は651件。子どもから成人まで幅広い被害者区分で相談を受けるなか、小学生が43.7%を占めています。また、相談内容は暴力は2割程度にとどまり、暴言やパワハラが6割近くを占めています。

■「気合が足らない」グラウンド10周と平手打ち

被害当事者が少しずつ我慢しなくなったことを示す象徴的な事例があります。

2013年6月。大分県の小学生バレーボールクラブで夕方以降の練習中、監督が「気合が足らない」と怒鳴り始めました。当時5年生だった女児を含む3人が「外で走ってこい」と、夜の20時前後、照明もなく雑草が膝丈まで伸びた廃校のグラウンドを10周ほど走らされ、その後「声が小さい」という理由で女児ともうひとりが頭を平手打ちされました。

暗い体育館にバレーボール
写真=iStock.com/Matt_Brown
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Matt_Brown

被害女児の母親は「これまでも暴力があるのではないかと思っていましたが、ほかの保護者が(監督を)かばうので、我慢するしかなかった」「これまでも大会前になると保護者の見学を一部の親が立ちはだかって止めることもあった」と言います。

密室状態の練習に不穏な空気を感じた女児の母親が「大丈夫でしょうか?」とほかの親に尋ねると「(監督は)最後のとどめは刺さないから大丈夫。目標は全国大会に行くことだから」と返されたといいます。

■「だれかに聞かれたら全国大会に行けなくなる!」

暴力のあった夜、母親が体育館に到着すると女児はレギュラーではない子どもたちに「大丈夫?」と慰められながら、シクシクと泣いていました。

すると、ひとりの子が目を見開いて叫んだと言います。

「大丈夫? なんて、大きい声で言わないで! だれかに聞かれたら、全国大会に行けなくなるでしょ!」

楽しくバレーをして成長したいと考えていた被害女児と母親は、大きなショックを受けました。子どもたちの価値観が分断されていたからです。監督の暴力を認めても全国大会を目指したい親子と、そうではない被害女児のような親子。しかし、後者は少数派でした。

暴行の事実が報道されると、すぐさま臨時保護者会が開かれ、リークした保護者の犯人探しが始まりました。「調査が入るから」と「口止め誓約書」まで配布されました。

「裏切りは許せません。この中に絶対犯人がいると思っています」

監督を支えるリーダー的存在の保護者が「一人ひとり、聞かせて」と言い、並んだ20人余りの保護者らは、端から順番に自分はリークしていないと宣言させられました。

■「どうして今さらこんな話が出たのか」

そして、保護者のひとりが「犯人が出ないので、OGを呼びました」と言うと、ドアが開き、クラブの卒業生とその親、30人ほどが会場に入ってきました。

土井香苗・杉山翔一・島沢優子編、セーフスポーツ・プロジェクト監修『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法 もう暴言もパワハラもがまんしない!』(合同出版)
土井香苗・杉山翔一・島沢優子編、セーフスポーツ・プロジェクト監修『スポーツの世界から暴力をなくす30の方法 もう暴言もパワハラもがまんしない!』(合同出版)

彼らは「どうして今さらこんな話が出たのか」などと現役の親たちを責め立てました。犯人探しの保護者会は4時間に及びました。

この保護者会後から、女児は体調を崩し、警察や町の教育委員会からのヒアリングを受けるたびに感情を乱しました。心療内科でPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断され、自分が叩かれた日のことや、チームメイトが暴力を受けたことを思い出しては涙をこぼす日々が続きました。

この事実を、保護者は告発すべきか迷いました。

それまで、バレーボールを含めた多くの少年スポーツでは、指導者の暴力を黙認する傾向がありました。取材した多くの保護者は、高校時代の私のように「しょうがない」とうなだれました。

「スポーツに暴力指導はありがち」
「ほかの我慢している人に迷惑をかける」
「暴力がひどくなるのは高学年、1年くらい我慢すれば……」

しかし、女児の保護者は警察に被害届を提出しました。周囲から「たった一発叩かれたくらいで大げさだ」と反感を買いましたが、女児も保護者も監督の暴力行為を許しませんでした。

私は、母親の「もうこんなことを我慢する時代ではない」という言葉に、スポーツハラスメントに対する意識の向上を感じました。

■指導者も被害者かもしれない

この監督は2020年10月、当該地区の検察庁によって暴行罪で罰金10万円の略式命令を受けました。その科料が軽いか重いかはさておき、もうスポーツの指導ができなくなりました。

私はこの事件にかかわる機関をいくつか取材しましたが、いずれの関係者も事件を矮小化しようとしているように感じられました。そのような姿勢が学校や競技団体にある限り、子どもや保護者は指導現場で起きたハラスメントを我慢してしまいます。情報をオープンにし、両者の話を丁寧に聞き取る機関が必要です。

暴力は許されないこととはいえ、犯してしまった指導者も見方を変えれば、暴力を許してきた社会のブラックホールに飲み込まれた被害者かもしれません。暴力を受けた当事者や家族が我慢しないで事実を明らかにしていくことは、未来の指導者たちを守ることになると私は考えています。尊敬され、共感もされる指導者人生を歩んでもらうためにも「あなたの指導はおかしい」と私たちが声を上げることが必要なのです。

※「スポーツ界における暴力行為根絶宣言」:2013年1月以降に発覚した、大阪市立高校バスケットボール部員が顧問の暴力等を苦に自死した事件及び、女子柔道日本代表監督による選手への暴力発覚を機に、同年4月に日本体育協会(現・日本スポーツ協会)、日本オリンピック委員会、日本障害者スポーツ協会、全国高等学校体育連盟、日本中学校体育連盟の5団体が採択。宣言文には「身体的制裁、言葉や態度による人格の否定、脅迫、威圧、いじめや嫌がらせ、さらに、セクシュアルハラスメントなど、これらの暴力行為は、スポーツの価値を否定し、私たちのスポーツそのものを危機にさらす」とある。

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島沢 優子(しまざわ・ゆうこ)
スポーツジャーナリスト
筑波大学卒業後、英国留学等を経て日刊スポーツ新聞社東京本社勤務。1998年フリーに。『桜宮高校バスケット部体罰事件の真実』(朝日新聞出版)、『部活があぶない』(講談社現代新書)、『世界を獲るノート アスリートのインテリジェンス』(カンゼン)等著書多数。『教えないスキル ビジャレアルに学ぶ7つの人材育成術』(佐伯夕利子/小学館新書)を企画構成。「東洋経済オンラインアワード2020」MVP受賞。日本バスケットボール協会インテグリティ委員。沖縄県部活動等の在り方に関する方針検討委員会コーディネーター。

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(スポーツジャーナリスト 島沢 優子)

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