3割の新人が3年で離職…「若者は根性が足りない」と嘆くオジサン社員の壮大な"勘違い"
プレジデントオンライン / 2021年10月25日 12時15分
■社内の言葉、常識が染み付いた日本の会社員
異業種の企業幹部が集まる研修でモデレーターをした時のことです。どうも話が噛み合わないのです。モデレーターが悪くて、打ち解けていないのかと思いましたが、初対面のわりには雰囲気は悪くありません。
会話を聞いてみると、話している言葉がかなり違うのです。お互い、自分のビジネスは説明しているのですが、かなりの程度、その企業の言葉で語られているのです。もちろん、経営幹部ですから、全く理解し合えないわけでありません。しかし、自分のビジネスや組織の課題を説明する時に、自分の組織固有の言葉をつかうのです。共通言語が少ないのです。
また、「じゃあ、こうすれば良いのではないですか?」と他の人に問われた時に、「いやいや、わが社はこういう事情がありまして……」と特殊事情として説明するのです。本当にそれは組織固有の特殊事情なのでしょうか。気前は良く、ユーモアもあるのだけれど、自分の組織の話となるとやや頑固になるのです。
同じ組織で長い間過ごしていると、組織特殊的な言葉や社内の常識が自然と染み付いてきます。そのような言葉や固有の事情が成立してきた文脈もあるはずです。合理性があって成立していることでしょう。
しかし、そのビジネス、あるいはその組織がなくなってしまうような状況になったら、組織特殊的なスキルばかりを磨いてきた人たちはどのような行動をするのだろうと考えたのです。もしかしたら、新しい変化を推し進めるのではなく、むしろそれをなんとかして止めようとしてしまうかもしれません。
■45歳定年制度に賛成できる理由…終身雇用、年功序列は機能していない
サントリーの新浪剛史さんが45歳定年制度を提案し大きな注目を集めました。60歳未満の定年は現在、法律で禁じられているため、すぐに広がるものではありませんし、新浪さんもそのことは分かっているはずです。
この提言は、経済同友会のセミナーでのものです。経済同友会は、日本の経営者たちが会員となる組織です。新浪さんは、経営者たちにこのままでは相当まずいというメッセージを送ったわけです。
この受け止められ方は、おおむね「何をバカなことを言ってるんだ」というものでしょう。すぐに実現できるものではないとか、ただの賃金カットだとか、あるいは社内の優秀な人材がいなくなってしまうなどという意見が多いようです。あまり評判が良いとは言えません。
実は、45歳定年制度はアイディアとしては新しくはありません。東京大学の柳川範之さんが随分前に40歳定年制を提案しています。その時も、好意的に受け止めたビジネスパーソンは多くはなかったのではないでしょうか。
しかし、イノベーションという観点からすると、賛成と言わざるを得ない点が多くあります。その理由を考えていく前に、少し日本企業での働き方について歴史を振り返ってみましょう。
■働き盛りの人材が企業を支えてきた
これまでの日本企業を支えてきた競争力の1つが優秀なミドル・マネジメント(中間管理職)だったということはこれまでに多くの研究者が指摘してきました。
何も決めない(決められない)トップ・マネジメントと何もビジネスを知らない新卒との間に挟まれながらも、ミドル・マネジメントがトップと現場をつないで、企業を献身的に文字どおり支えてきたのです。
なぜ、日本のミドル・マネジメントはそこまで頑張れたのでしょう。これは、彼・彼女らを頑張らせるインセンティブが埋め込まれていたからです。
図表1を見てください。これは、戦後の日本のいわゆる大企業に根付いたといわれる終身雇用を前提とした年功序列型の賃金のカーブです。縦軸が給与、横軸が時間を示しています。実線で描いたものは、労働者への給与がその人の市場価値で決まった場合に、労働者が受けとる給与のカーブです。
就職してから徐々に給与は増え始めます。自分の能力が上がるとともに、市場価値も高まるからです。しかし、その上昇は徐々に低減していき、ある程度になると少しずつ給与も小さくなります。シニアになるとそれまでに構築した能力は陳腐化しますし、新しい学習もしにくくなります(自己投資をしたとしても、回収期間が短いため、大型の投資はしないからです)、市場価値も少しずつ小さなものになります。
■安い給料でも若手が猛烈に働いた事情
市場価値で給与が決まったとすればこうなるわけですが、戦後の日本の実際の給与カーブはそうなっていませんでした。
赤の点線が実際の給与カーブを描いています。新卒一括採用で入社した若い社員の初任給は高くはありません。まだ、仕事をしたこともないのですから当然です。若い人たちはさまざまな学習を通じて、ビジネスに必要なスキルを身につけていきます。順調に学習を重ねていけば、市場価値も上がっていきます。しかし、日本では、給与は市場価値ほど上昇しません。
ある年齢までは、市場価値よりも低く抑えられているのです。赤く示しているように、市場価値と比べると受け取る給与は過小なものとなります。それでも、若い頃には多くの人は、企業を支えるために働いたのです。社内のネットワーキングのために行きたくない飲み会にも参加し、夜遅くまで残業したのです。
なぜでしょう。それは、ある年齢を超えると実際に受け取る給与が、自分の市場価値に見合った給与よりも高くなるからです。図表1で青く示されているところです。この過剰な給与部分があるために、若い頃に市場価値よりも過小な給与であったとしても頑張るのです。
■転職は損…社内で使えるスキルが一番重要だった
社内では昇進競争もあります。昇進すればもちろん、過剰な給与部分は大きくなります。社内では24時間、365日とは言いませんが、いつも働きぶりを見られています。その競争の中から、良い人材が選抜されていくのです。これは社内に労働市場があるということであり、内部労働市場と呼ばれています。
内部労働市場が発達すると、人々は当然、社内での評価を気にして行動します。どこの企業でも通用する汎用(はんよう)的なスキルはあまり重視されません。例えば、財務会計やファイナンス、法務、英語やコミュニケーションなどは汎用的なスキルの代表的なものです。MBAをとっていても昇進が早まるわけでも給料が上がるわけでもなかったのです。
汎用的なスキルよりも、その産業や社内に固有のスキルの方が高く評価されてきました。自社の製品やサービスに固有の知識やスキル、あるいは、社内の人的なネットワーキング(部長は誰と仲が悪いか、どんな食事が好きかなど)もこれに当たります。ここで組織特殊的な言葉や社内の常識が染み込んでいくのです。
組織での評価の方が市場価値よりも高くなる人が多くなります。そういう人は転職しようとはあまり考えません。給与が下がってしまうからです。
■会社の成長が、会社員の所得増につながった
また、自分のもらっている給与が市場価値よりも過小な段階でその会社を辞めてしまうと、昇進の階段をもう一度上り直さないといけないので、損です。だからこそ、辞める人も少なく、外部の労働市場(特にいわゆる大企業で働く人材の)はそれほど発達しませんでした。
そうなると、自分の生涯獲得給与は、その企業の成果に大きく左右されます。企業が成長すれば、所得は増えますし、企業が競争力を失えば所得は減ってしまいます。だからこそ、部分最適に陥ることなく、自社のビジネスのために全員が協力したのです。企業と個人の利害が一致していたと言えます。
もちろん、この仕組みが全て良かったわけではありません。女性は実質的に排除されてきました。自分が「企業のために頑張っている」というコミットメントを見せるのに最も簡単な方法は、長時間労働です。だからこそ、昇進したい人は長時間労働をしていたのです。
しかし、子どもがいたり、家族で介護が必要であったりする場合には、女性がその役割を担ってきた(女性にのみ押し付けてきた)わけです。女性がコミットメントを示そうとしても、何かを諦めない限り難しかったのです。これは、日本における女性の社会進出の大きな阻害要因でした。
ただ、内部労働市場は、働く人たちのコミットメントを上手く引き出すことに成功しており、日本の成長を支えたと言われてきました。若い人の方が最新の知識を持っている可能性が大きいですし、大型の自己投資も行います。何よりその会社でより長く働くわけですから、長期的な視座を持っていると言えます。そのような人たちにしっかりと働いてもらうインセンティブが内在していたわけです。
■「報われない若手・中堅」から見放される日本企業
しかし、1990年代後半からこのシステムが上手く機能しなくなってきました。それが顕著になったのは2000年代に入ってからです。
1990年代後半から企業の成長は緩やかになりました。余剰人員を抱えた企業は非正規雇用を増やすことで雇用調整やコストダウンを行いました。
さらに、それだけではなく、図表2のように、企業は市場価値よりも過剰な給与部分のカットを行ったのです。
役職定年の導入や子会社への転籍などを通じてです。過剰な給与部分は小さくなりほとんど市場価値での給与と同じになりました。しかし、若い時の過小な給与部分が市場価値に見合うまで上げられることはなく、低いままとどまっています。
この結果、若手やミドル・マネジメントたちは、それまでのようなコミットメントを出すインセンティブを失いました。
市場価値よりも過小な給与で、企業のために頑張ったとしても、その後にそれに報いるような報酬が用意されているわけではなくなったのです。過小な給与で長時間のコミットメント競争をするのは、むしろバカらしくなります。
■「若者の辛抱強さがなくなった」は完全に的外れ
厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況」によると、新人社員の3割が3年で辞めているのが直近20年の傾向です。「若い人の辛抱強さがなくなった」などと言われたこともありますが、それは完全に的外れです。
社内でしか通じないネットワーキングのために長い飲み会に行かないのも、社内でしか通用しないスキルよりも汎用性の高いスキルを重視するのも、むしろ、若い人たちの合理的な行動です。いつまでいるかわからない組織でしか通用しないスキルを身につけるために大きな時間を使うのは合理的ではありません。
もちろん、自分の会社のビジネスや職場が好きで、「頑張ろう!」と思っている若手だっているはずです。しかし、彼・彼女から見れば、頑なに変化に抵抗するシニアや腰掛けだと思っている若手は、フリーライダーに映るでしょう。どうもそれぞれが違う方向を向いているのです。
さらに言えば、企業としての合理性と個人としての合理性の間にも齟齬(そご)がでてきているようにも思えます。45歳定年制度は働く人たちのインセンティブを変えるものであり、人々をイノベーションに向かって大きく動機づけるきっかけになる可能性があります。
次回はこの点について見ていきましょう。
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早稲田大学商学学術院 教授
1973年神奈川県横浜市生まれ。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。ノースウエスタン大学歴史学研究科修士課程修了。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスでPh.D.(経済史)取得。アイントホーフェン工科大学フェロー、一橋大学大学院イノベーション研究センター教授を経て、2019年に早稲田大学商学学術院教授に就任。主な著書に『ジェネラル・パーパス・テクノロジーのイノベーション:半導体レーザーの技術進化の日米比較』(2016年、有斐閣、日経・経済図書文化賞受賞、高宮賞受賞)、『野生化するイノベーション:日本経済「失われた20年」を超える』(2019年、新潮選書)などがある。2021年にイノベーション研究の国際賞「シュンペーター賞」を受賞。
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(早稲田大学商学学術院 教授 清水 洋)
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