「発売2カ月で100円に値下げ、1年で販売終了」アマゾンがスマホ事業で盛大にスベったワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月26日 11時15分
2014年7月25日、アメリカ・ニューヨーク州ブルックリンにあるAT&Tの店舗に展示されている、新しいAmazon Fire Phone。オンライン小売業のアマゾンが独自に開発したスマートフォン「Fire Phone」が、米国でAT&T限定で販売された。 - 写真=EPA/時事通信フォト
■見た瞬間ワンクリックで即購入
2014年当時は既にiPhoneやアンドロイドベースのスマートフォンが乱立している時代でした。この競争が激しい市場において、遅れて参入したアマゾンは、どのような勝ち筋を描いたのでしょうか。
このファイアフォン(Fire Phone)というスマートフォンの最大の特徴は、「電話もできる携帯レジ端末」と表現されるほどの「買い物体験の向上」にあります。
具体的には搭載された「Firefly(ファイアフライ)」という機能です。
この機能を活用すると、スマートフォンのカメラでDVDや書籍の表紙を撮影することで、すぐにアマゾンのウェブページでレビューを読んだり購入したりできるようになります。さらにはカメラだけでなく、テレビや映画、音楽などをファイアフォンに聞かせることで、コンテンツを特定し、すぐに購入することが可能になるのです。
つまり、ファイアフォンは、実空間にあるもの全てをスキャンの対象にするツール、とも言えるでしょう。
もちろん、単なる検索機能であれば、アプリ上ではそれほど難しくないかもしれません。
しかし、このファイアフォンの特徴は、検索から購入に至るまでのシームレスかつスピーディな動作にあります。当然、この裏側にアマゾンの巨大なデータベースがあるのは言うまでもありません。つまり、膨大な商品画像やコンテンツデータのストックがあるため、認識できるものの種類が多く、かつ次の瞬間ワンクリックで即購入できるものの種類も多いということです。「1億を超えるアイテムを、いつでもどこでも1秒で認識できる」と当時アマゾンのCEOだったジェフ・ベゾスは語りましたが、このシームレスな体験はアマゾンでしか実現できないことでした。
■世の中を丸ごとショールームに変える
私たちの購買活動の利便は向上しつつありますが、検索から購入までの過程には、検索作業やアプリの横断など、「わずかな障壁」が存在します。その代表例が、iOSのキンドルアプリからはいまだにコンテンツを直接買うことができない、という制約です。これは、アップルがアプリ開発者向けの規約で、アプリ内から直接デジタルコンテンツを購入させることを禁じているためで、アマゾンにとっては厄介極まりない処置です。
アマゾンはこのようなあちこちに散らばる購入体験上の障壁を完全に取り去ることを目指しました。それが「電話もできる携帯レジ端末」と言われるファイアフォンの本質です。
また、当時は消費者が小売店の店頭で実物を見てからネットで購入する「ショールーミング」と呼ばれる消費行動が台頭してきた頃でした。ファイアフォンには、「世の中を丸ごとショールームに変える」という狙いがあったのです。当時のアメリカでの小売売上高に占めるネット通販の比率はわずか6%。つまりネット通販のポテンシャルは巨大です。この「ショールーミング」の可能性を睨んだファイアフォンというデバイスにはアマゾンの大きな野心があったのです。
■発売わずか2カ月で100円程度に値下げ
しかし、アマゾン側の期待とは裏腹に、発表直後、市場や業界の反応は否定的でした。その背景には、iPhoneやギャラクシー S5といった強力な先行者の存在がありました。
言わずもがな、スマートフォン市場は最も競争の激しい市場の1つです。GAFAと呼ばれる大手プレイヤーでさえ、ハードウエアにおいて成功したのはアップルのみ。フェイスブックもグーグルも参入しては撤退したという苦い経験を持ちます。
2014年7月に発売したものの、やはりアマゾンの想定した通りにはならず、9月にはファイアフォンの価格を199ドルから99セント(100円程度)に引き下げるという発表をして世間を驚かせました。アマゾンのサブスクリプションサービス「アマゾンプライム」1年分(当時99ドル)の利用権は引き続き特典として提供されるので、価格においては無料以上のメリットまで提供したのです。
しかし、それだけの対応をしても、アマゾン自身のサイトの購入者評価でも5段階中の3にとどまるなど消費者の反応はいまひとつ。電池の過熱や持続時間に対するハード面の不満も少なくありませんでした。
他方で、同じ9月にはアップルによるiPhone6が発売となり、市場におけるファイアフォンの人気は急速に下火になっていきます。
■なぜファイアフォンは失敗したのか
翌10月、アマゾンは第3四半期決算を発表し、ファイアフォン関連の損失として1億7000万ドルを計上するとともに、ファイアフォンの在庫8300万ドル分を保有していることも明らかにしました。計算上では、この段階で数十万台のファイアフォンが売れ残ったことがわかります。損失計上処理ということから、アマゾンは発売して3カ月後のこのタイミングで、公にファイアフォンの失敗を認めた形になりました。
そして、もはや話題にも上らなくなった2015年9月というタイミングで、アマゾンはファイアフォンの販売中止を公表します。その販売期間はわずか1年。当初の大々的な発表とは裏腹に、市場に注目されないままの、ひっそりとした終幕となりました。
![カリフォルニア州パロアルトのアマゾンオフィスに掲げられたアマゾンのロゴ](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/6/f/670/img_6feb65e1e62beb78cc3beabbe0a00a05425786.jpg)
では、なぜファイアフォンは失敗したのでしょうか。それは端的に言えば、ユーザーがスマートフォンに求めるものとのズレがあったということにあるでしょう。
アマゾンの「買い物をよりシームレスにする」「世の中全てをショールーム化する」という野望は、ユーザーには受け入れられませんでした。
■斬新な「世の中ショールーム化計画」
ユーザーにとっては、スマートフォンにおける「買い物」の位置付けは、その他多くの機能のうちの一部分でしかありません。もはや1日のうちで最も多くの時間を共にしてると言っても過言ではないスマートフォン。そのスマートフォンで買い物が少し便利になったからといって、簡単に買い替えるでしょうか。
もちろん、アマゾンの視点に立った際、自社サービスとユーザーをつなぐスマートフォンという大きなミッシングピースを埋めたいという課題意識は理解できます。スマートフォンを起動させ、アマゾンのアプリを立ち上げ、キーワードを入力して注文する(さらにデジタルコンテンツの場合は、アプリからサファリなどのブラウザに移行してから注文する)という何重にも存在するステップから解放されたい、というユーザーの声はアマゾンにとって切実な課題でしょう。
さらに言えば、販売されている商品のみならず、世の中に存在する全てのものを注文可能にするという「世の中ショールーム化計画」という野望は数年経った今でも斬新に感じます。街中を歩いていて「欲しい」と思った瞬間にアマゾンで決済が済んでいる、という直感的な導線を作ることは、いまだにアマゾンが描く未来像でしょう。
■経営の本質は「バランス」感覚にある
しかし、当時のユーザーにとって、その機能は「あれば良い」程度のものであり、例えば電池の持ち時間や通信料などもっと身近に解決されていない課題があったのです。
![荒木博行『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/9/200/img_89528a93c7e3edd8f217a844c03bf4cf182650.jpg)
そういう意味では、この商品は「ユーザー視点で見た現在」を疎かにしたまま、「自社視点で描いた未来」に重心をかけすぎていたと言えるでしょう。
ここで言いたいのは、「ユーザー視点を忘れるな」という紋切り型のメッセージではありません。「自社視点で描く未来」というのは、スティーブ・ジョブズの例を引用するまでもなく、時として大いなるイノベーションを生み出します。しかし、同時にその地点にユーザーを導くためには、やはり「ユーザーの目の前に立ち塞がる課題からの解放」がセットで準備されるべきなのです。
ファイアフォンは、そのバランスがわずかながら欠けていた、という事例なのでしょう。
アマゾンがファイアフォンの失敗に挫けずに、すぐさまアマゾンエコーという商品を出す姿勢は、この「言語化しにくいバランスの取り方」を、怪我をしながら学んでいるように見えなくもありません。
後日談はいくらでも語れます。しかし、日々大きな変化が矢継ぎ早に起こる今、傷を負いながらも前進しようとする企業の中にこそ、この微妙なバランスの取り方のヒントが見出せるのかもしれません。
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学びデザイン社長
住友商事、グロービス(経営大学院副研究科長)を経て、学びデザインを設立。フライヤーやNewsPicks、NOKIOOなどスタートアップ企業のアドバイザーとして関わるほか、絵本ナビの社外監査役、武蔵野大学で教員なども務める。著書に『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑』シリーズ(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)など多数。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。
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(学びデザイン社長 荒木 博行)
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