8年弱で完全終了…幻のSNS「グーグルプラス」は、なぜフェイスブックになれなかったのか
プレジデントオンライン / 2021年10月29日 10時15分
米インターネット検索最大手グーグルの情報共有ツール「Google+」にアップロードするための写真を撮影する(左から)AKB48の指原莉乃さん、前田敦子さん、篠田麻里子さん、高橋みなみさん、高城亜樹さん(東京・六本木=2011年12月8日) - 写真=時事通信フォト
■匿名ユーザーのアカウントを停止・削除してまで成し遂げたかったこと
2011年6月28日、グーグルから壮大な狙いを持ったサービスが静かに立ち上がりました。それは、グーグルプラス(Google+)と名付けられたSNS。グーグルは、かつてオーカットやグーグルウェーブ、グーグルバズなどのサービスを通じて何度もSNSへの挑戦と撤退を重ねてきましたが、それでもグーグルには諦められない理由がありました。それは「リアルな人間」のデータ取得です。
ご存知の通り、グーグルは企業がグーグルに出す広告と、その情報を欲しがるユーザーとをうまくマッチングさせることで大きな収益を得てきました。グーグルが提供するサービスが使われるほど、そのユーザーのニーズは明確になり、広告との的確なマッチングにつながる仕組みになっています。
そして、ここにグーグルがさらなるマッチングの精度向上のために必要だったのが、実名や属性情報に基づいた生身の人間の多様な情報です。グーグルは2004年にフェイスブックに数千億円で買収を持ちかけたと言われていますが、その頃からグーグルにとって、属性が明確でリアルタイムに情報を取得できるSNSは、ビジネスモデルにおける大きなミッシング・ピースだったのです。
したがって、グーグルプラスのサービスは、ツイッターなどとは異なり、実名登録が大前提でした。グーグルプラス開設当初、グーグルは匿名で利用していたユーザーのアカウントを停止・削除するという強硬手段に出ます。アカウントを停止されたユーザーにとっては、SNSだけでなくGmailやカレンダーなどが使えなくなるため、この強硬策には多くの批判が集まりましたが、グーグルにとって実名登録はマッチング精度を高めるために譲れない一線だったのです。
ただし、実名ベースのSNSとしては、当時既にフェイスブックには7億人超のユーザーがいました。いくらグーグルが大きな力を持っていたとしても、強大な競合が存在している中では厳しい戦いを強いられることは想像できます。ではその中で、グーグルプラスはどのような勝ち筋を描いていたのでしょうか。
■グーグルカレンダーなどとの連携を武器に
グーグルプラスは既存のサービスとの差別化要因として、「サークル」という概念を導入しました。フェイスブックやツイッターは、フォローされてしまえば、投稿される情報は基本的にはフォロワーに等しく公開されます。そこではビジネス関係者か、プライベートの関係なのかどうかなど、フォロワーとの人間関係は考慮されません。グーグルプラスは、そんな既存のSNSの情報公開に関する使いにくさを踏まえて、「家族」や「友人」「会社の同僚」「学生時代の同期」といった違ったコミュニティの人間関係(=サークル)を自分で定義し、それぞれに情報を出し分けられるようにしたのです。
さらに、グーグルプラスには、他のプレイヤーにはないもう1つの大きな武器がありました。それは、グーグルの既存サービスの存在です。例えば、グーグルカレンダー。これは、当時から既に多くのユーザーが使用しており、もはや不可欠なアプリの1つでした。
これをグーグルプラスの機能と融合させて、スケジュール共有ツールに使うことができれば、利便性は一気に高まることが期待できました。
それ以外にも、グーグルドキュメントやスプレッドシートなど企業内で利用者を獲得しているアプリの存在もあり、グーグルプラスにはフェイスブックがリーチできていない「企業内SNS」というポジション確立の可能性もありました。
■既存のグーグルのサービスを横断でつなげる
さらに、グーグルプラスの共同責任者でありグーグルの副社長でもあったブラッドリー・ホロウィッツが、「グーグルプラスは、すなわちグーグルだ」と語るように、グーグルプラスとグーグルの検索機能の融合も進められます。例えばグーグル上である企業名を検索した際、もしその企業がグーグルプラスでページを持っていれば、そのグーグルプラスのページも検索結果として表示されるのです。グーグルプラスやグーグルプラスのページから投稿した記事には、一つひとつに固有のURLが割り当てられ、通常のウェブのページと同様に扱われます。ユーザーはグーグルプラスに積極的に投稿し、さらにグーグルプラス内で「+1」ボタン(=フェイスブックでいう「いいね!」)を多く獲得することができれば、検索ユーザーに対してコンテンツを効率よく訴求することができるのです。
このように、グーグルの人気アプリにとって、グーグルプラスがもたらすソーシャル連携や属性情報の高解像度化、そして広告マッチング精度の向上は、さらに大きな魅力になるのです。
ホロウィッツは、2011年11月、日経新聞のインタビューに際して、グーグルプラスを「プロダクト」とは呼ばずに例外的に「プロジェクト」と呼んでいることについて、こう語っています。
「当社にはネット検索、ファイナンス、メールサービスなど様々なプロダクトがあるが、プロダクトは他のプロダクトから独立して存在している。一方、グーグルプラスはプロジェクトとして、グーグルが手がける全てのプロダクトと関わりを持ち、より大きな意味がある」
つまり、グーグルプラスは既存のグーグルのサービスを横断でつなげるという使命を持った、グーグルにとって極めて野心的なサービスだったのです。
■社内からも批判が起こり、責任者がグーグルを去る
グーグルプラスは2011年6月28日にサービスを開始します。当初は招待制でユーザーを絞りましたが、8月20日には一般公開を開始し、そして10月13日には登録数は早くも2500万人に達します。同年12月には、まだ浸透度が低かった日本市場においても、人気アイドルグループAKB48がグーグルプラスを使った情報発信を開始し、話題を集めました。そして、2011年末までには登録数9000万人に到達。フェイスブックに対抗するSNSとして存在感が一気に高まります。
この勢いを得て、グーグルは当初の狙い通り、より各プロダクトとグーグルプラスの連携の強化を図ります。具体的には、2012年1月に、グーグルプラスのアカウントがないと、Gmailを使えないように変更しました。
![カリフォルニア州マウンテンビューにあるgoogle本社](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/e/4/670/img_e48a513f0a824aa85e1e3907c67f1870473835.jpg)
しかし、こうしたグーグルプラスと各サービスとの連携強化に向けた動きに対して、ユーザーのみならず社内からも批判が出るようになります。2012年2月、グーグルでエンジニアリングディレクターを3年間務め、グーグルプラスのAPIやテストツールの開発を率いた責任者のジェームズ・ウィテカーがグーグルを去ります。ウィテカーは同年3月、「なぜ私はグーグルを去ったか」というブログにおいて、グーグルの経営方針をこう批判します。
■トップダウンの開発体制に不満が起こった
「ラリー・ペイジ(当時CEO)は間違った命令を下してしまった。フェイスブックに対抗するため、全てソーシャルでなければならないと考え、検索、Gmail、ユーチューブ、さらに悪いことに、技術革新までソーシャルであるべき、と命じた。(中略)グーグルは、1つのこと(=グーグルプラスとの連携)が義務付けられた広告会社になっていた」
「私はグーグルプラスのためにたくさんのコードを書いた。しかし、グーグルプラスに(私の)10代の娘がいるかどうか、2度探したが、見つからなかった。フェイスブックから人々は流出しなかった。人々はフェイスブックの中にいるのだ」
つまり、自由な開発体制こそが売りだったグーグルがトップダウンでソーシャル化への機能連携に舵を切ったという経営方針に対する不満と、それにもかかわらずフェイスブックには程遠いユーザー数にとどまっていることに対して内部で不満が高まっていたのです。
その後2013年9月、グーグルは引き続きグーグルプラスとの連携を強め、ユーチューブとの統合も図ります。ユーチューブにコメントをしたい場合には、グーグルプラスのアカウントを必要としたのです。
■実名ポリシーを破棄し、さらには謝罪も
しかし、この各種連携強化の施策増加に反比例するように、グーグルプラスのユーザーの投稿量は減り始めます。月間アクティブユーザー(グーグルプラスに1カ月で一度でも投稿する人)が全世界で400万〜600万人という結果は、フェイスブックが日本だけでも2000万人を軽く超えることを考えると、かなり低い数字でした。
グーグルはこの状況を踏まえ、グーグルプラスの方針を大きく変更せざるを得ませんでした。2014年7月、実名ポリシーを放棄。さらに、ユーザーに対して実名を強制したことを「当社の命名方針が不明瞭であり、そのために一部のユーザーが不必要に困難な体験をする結果になったことも認識している。これについて当社は陳謝する」と、正式に謝罪をします。さらに、2015年7月にはユーチューブとグーグルプラスのアカウント統合も解除しました。
これは、グーグルとして、グーグルプラスの不振の影響を限定的にとどめておくという判断であり、「グーグルプラスはグーグルである」という当初のソーシャル連動型の戦略を諦め、グーグルプラスを切り離す決定をしたということです。
■個人情報の管理体制に不備があったことが「とどめ」に
そして、結果的に死に体として残されたグーグルプラスにとどめを刺す事件が2018年10月に訪れます。それは個人情報の管理体制の問題がウォール・ストリート・ジャーナルの記事により発覚したのです。
記事によれば、2015年に個人向けのグーグルプラスで不具合が生じ、外部のソフトウエア開発会社がサービス内の個人情報にアクセスできるようになっていました。対象はユーザーの名前や住所、メールアドレス、職業、性別、年齢で、人数は最大で約50万人分に上りました。外部企業が個人情報を不正利用した形跡はないとしているものの、3年以上の期間、その状態が放置されていたことに対して非難が集まります。グーグルはその事実を公に認めるとともに、グーグルプラスの閉鎖の方針を明らかにします。
結果的に、グーグルプラスは2019年4月に閉鎖され、8年弱の歴史に幕を閉じます。
グーグルにとって大きな可能性を秘めたソーシャル化へのチャレンジは、またもや撤退という形で終わったのです。
グーグルプラスはなぜ失敗したのでしょうか。それを考えるためには、SNSでうまくいったわずかばかりの成功事例を考えてみるとヒントがあるのかもしれません。
例えばフェイスブック、ツイッター、インスタグラム。これらのSNSは全て開始時点ではスタートアップによるサービスであり、最初は限定的なユーザーが楽しみながら活用し、ユーザーが使い方を見出しながら徐々に大きくなってきたという歴史があります。
■意図が強かったからこそ失敗した
SNSはユーザーがコンテンツを投稿することによって事後的に方向性が定まることを考えれば、企業の狙いや都合よりも、ユーザーが楽しめる場を手探りで作っていく過程が重要だと言うことができるでしょう。
裏を返せば、SNSではユーザーがサービスに意味を見出し、生活に定着するまでの期間は、企業側の都合を感じさせてはならない、ということでもあります。
その観点で見ると、グーグルプラスにユーザーが熱狂しなかった理由も見えてきます。
つまり、アカウントの統一や実名の強制などを通じて、ユーザー側にグーグルという企業の存在や、その都合が見えすぎてしまっていた、ということです。ましてや、既に友達も参加していて、使い勝手も感覚的に理解しているフェイスブックの存在が身近にあるわけです。フェイスブックから乗り換えてまでグーグルに貢献する必要もない……そういう冷めた目で見ていたユーザーが多数を占めていたとしても不思議ではありません。
別の言い方をすれば、この事業は大企業だったグーグルだから失敗したと言えなくもありません。グーグルにとってはSNSサービスを始める必然性があり、明確な意図があった。その意図が強かったからこそ、失敗したという皮肉なストーリーなのです。
■意図の強いビジネスは一旦仮置きする
ではグーグルは、買収以外には自力で永遠にSNSに参入できないのでしょうか。それはもちろんわかりません。SNSがユーザーの微妙な心理の上に成り立つサービスであることを踏まえると、グーグル側の都合に合わないユーザーニーズがある場合、そのニーズに素直に対応できるのか、という点にかかっているのでしょう。
![荒木博行『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/8/9/200/img_89528a93c7e3edd8f217a844c03bf4cf182650.jpg)
時として、私たちは提供側の意図が明確だからこそ失敗する、というパラドクスに陥ります。意図が強いからこそ、「こうでなくてはならない」「ユーザーはこうであるべきだ」という思いが先行し、その強い思いがサービス内容を規定してしまう。しかし、結果的には、その無言の圧力が息苦しさを生み、ユーザー側の離反を招いてしまう……という事態が引き起こされるのです。
私たちには、そういう意図の強いビジネスであればあるほど、企業側の戦略を「一旦仮置きする」という知恵が必要なのでしょう。
それは決して簡単なことではありませんが、グーグルプラスの失敗はその「仮置きする」という知恵の必要性を強く教えてくれるのです。
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学びデザイン社長
住友商事、グロービス(経営大学院副研究科長)を経て、学びデザインを設立。フライヤーやNewsPicks、NOKIOOなどスタートアップ企業のアドバイザーとして関わるほか、絵本ナビの社外監査役、武蔵野大学で教員なども務める。著書に『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる!ビジネス書図鑑』シリーズ(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『世界「倒産」図鑑』(日経BP)など多数。Voicy「荒木博行のbook cafe」毎朝放送中。
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(学びデザイン社長 荒木 博行)
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