「若い人も躊躇する必要はない」25歳で倒れた私が生活保護の利用を強く勧めるワケ
プレジデントオンライン / 2021年10月30日 10時15分
■「限界です」という若者からのSOS
新型コロナウイルス感染症の拡大が続く中、経済的に限界を迎え、生活困窮状態に陥る人々の悲鳴が続々とあがっている。
とりわけ若者の生活保護受給が増加しており、現場で貧困支援をしている団体によれば、これはいまだかつてない傾向であるという。この状況から、いかに新型コロナウイルス感染症の影響が大きく、膨大な数の失業者や貧困家庭への公的補助が追いついていないかがうかがえる。
貧困問題について執筆することの多い私の元にも、コロナ禍以前に比べて読者からの相談が増えた。私はもともと支援に直接携わる仕事をしているわけではなく、相談窓口を公に開いているわけでもないため相談の数がそこまで多いわけではないが、これまでは月に1〜3件ほどだった相談が、今では10件ほど、約3倍にまで達している。しかしそのような状況下で私が問題だと感じているのは、その数だけではなく、寄せられる相談内容である。
先日私に連絡をくれたのは、まだ20代の働く女性だった。彼女は精神科への通院歴があり、現在は非正規雇用で働いているが、持病の悪化により精神・身体ともに限界を感じているという。「働かねば」と強く思う一方で、身体がつらくてどうしても会社にいけない日もあるといい、少しでも自分に適した環境で仕事を続けたいという思いから、転職をくりかえしながらどうにかここまでやってきた。
てっきり「こういう状況の場合、何か公的な支援を受けられるでしょうか」という相談だろうと思いつつ彼女から送られてきた文面を読んでいたのだが、最後の最後に書かれていた彼女からの質問内容に思わず驚いてしまった。
■「公的支援に頼るわけにはいかない」という思い込み
「吉川さんは、会社員時代にご自身の精神や身体の状態が悪かったとき、どのようにキャリアを選択し、自分を律してがんばっていましたか?」
彼女は満身創痍(そうい)の状態にもかかわらず、休息を取ることを考えるのではなく、自分に鞭(むち)を打って、さらに働き続けようとしているのである。客観的に考えると、彼女にいま必要なのは休養と、治療だと思う。しかし彼女は「自分はまだ頑張らなければならない」「公的支援に頼るわけにはいかない」と強迫的に思い込み、どうにか「社会のレール」からはみ出さないように、わらをもつかむ思いで私に相談をするに至ったのだ。
彼女がなぜ私に相談をくれたかというと、彼女の境遇が過去の私の境遇に酷似しているためである。私は貧困家庭に生まれ、虐待や家庭内暴力を受けながら育った。就職と同時に実家から逃げ出し、転職をしながらも会社員をしていたが、25歳のときにうつ病と複雑性PTSDの悪化で倒れてしまい、約半年間は強制的に休養を取らざるを得なくなり、働くことができなくなった。
※
倒れた直後も生活費の工面のため、「もう少し残業が少ない会社なら働けるかもしれない」と考えて転職を試みたが、知人から「今また働き始めても、きっと体調が悪化するだろうし、同じことをくりかえすだけだ。一度休養して、ある程度回復してからじゃないと厳しいんじゃないか」と説得され、わずかな貯金と失業手当を頼りに、半年間をしのいだ。
そうした経験を著書やコラムでつづっていたのを見て、彼女は「年金暮らしの父親を養っており、貯金もなく、生活費を稼がないといけないので仕事はやめられない自分はどうすれば働き続けることができるだろうか」と相談をくれたのである。
![下を向いて床に座っている人](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/a/f/670/img_af8247d1858d257b9664bb05946f3e6a286081.jpg)
■「助けて」と言わない若者たち
このような若者は彼女だけではなく、これまでに出会ってきた若者たちのほとんどが「自分はまだ若いから働かないといけない」「人に迷惑をかけてはいけない」というある種の規範意識に縛られていて、そのプレッシャーに押しつぶされながらもなお、どうにか自立にこだわろうとする。
そういった相談を受けるたび、私は彼ら彼女らに「正直な気持ちを聞かせてほしいのですが、長期的に考えて、この状態で、これから先も働き続けられそうですか?」と尋ねるようにしている。すると、大体の人が「実は、厳しいと思っている」と答えるので今度は、生活保護の受給を考えたことはあるか、と聞く。
しかしその場合、ほぼ全員が「生活保護はなるべく受けたくないんです」と口ごもり、それ以外の道を探そうとする。生活困窮者が生活保護を受けたがらない理由に多いのが「周りからの目やバッシングが怖い」「そこまでの状況にあるとは思わない」というもので、生活保護への強い抵抗感や、マイナスのイメージが国民に強く根付いていることがうかがえる。
■生活保護の99.5%以上は適切に支給されている
中には「そこまで落ちぶれていないんです、生活保護だけは何としても避けたいんです」と話す人も少なくない。若者たちがこれほどまでに生活保護受給を敬遠するのには、マスメディアが生活保護受給者への憎悪感情を扇動してきたことが背景にある。
日本の生活保護費全体のうち、不正受給額はわずか0.45%(2015年)にすぎないにもかかわらず、これまでメディアでは、視聴率の取れる不正受給の問題を過剰に取りあげては、社会全体に「生活保護受給者」への嫌悪や偏見を増幅させてきた。
99.5%以上は適切に支給されているという事実はまったく報道されず、ごく少数の不正受給者を糾弾するような内容を、ワイドショーのみならず「報道番組」までもが流してきたことで、本来、生活保護を受給せざるを得ない状況にある人たちが公的支援を敬遠し、経済的困窮から抜け出せずにもがき続けている現状は、国のセーフティネットが機能していないと言わざるを得ない。はっきり言ってこれは、異常事態である。
あろうことか政府までもが「自助、共助」を強要する社会では、若者たちが誰にもSOSを出せないのは当然のことである。
■「自立した生活」の基盤を整える手段としての生活保護
よく誤解されているのは、生活保護を受給すると再就職が難しく、現在自分が得ている収入と同レベルもしくは高い収入を得られる職業には就けなくなる、というものである。
一度「社会のレール」から降りてしまうと、二度とまともな仕事に就けないと考える人々があまりにも多く、これが足枷となって「助けてほしい」が言えない社会的な風潮を作り出してしまっている。
結論から言えばこれは間違いであり、生活保護を受給していたことが原因で職業選択の自由を制限されることもなければ、就労できない職種があるわけでもない。もし万が一そのような制度があるならば、それは明確な差別であり、違憲である。
生活保護を受給することは、残りの人生を生活保護費で生活し続けるということではない。むしろ生活保護制度を「一時的に利用する」ことで、自立した生活の基盤を整え、再び社会復帰をする人は非常に多い。
例えば、以前、うつ病と適応障害を発症し、フルタイムで働くことが難しくなり退職を余儀なくされた30代女性から相談を受けたことがある。彼女ははじめ、やはり生活保護の受給に抵抗感を持っていたが、生活費を稼がねばならないという強迫観念から病状がさらに悪化し、さらに金銭的に頼れる家族などの後ろ盾がなかったことから福祉事務所に相談して生活保護受給に至ったようだ。
後日、彼女から「生活保護を受けることになった」という報告と、「生活の心配が一時的になくなったので、これから治療を続けつつ、無理のない範囲で腰を据えて仕事を探せそうだ」と前向きな言葉が届いた。
■完全に倒れてしまってからでは遅い
冒頭で紹介した、私に相談をくれた20代女性の場合であれば、まずは休養と治療が必要であると考えられるため、生活保護受給の申請が認められれば、まずはケースワーカーやソーシャルワーカーの協力のもと、適切な支援や医療につなげてもらうことが可能だ。住居の確保も含め、経済的な問題や不安を取り払い、まずはしっかりと休息をとってもらうこと。これは長期的に見て、本人が再び就職し、自立した生活を送るために必要不可欠なプロセスである。
逆に言えば、心身を壊した状態で働き続け、完全に倒れてしまってからでは必要になる休息期間や治療期間が長くなり、場合によっては数年以上働けない状態に陥ることもある。本来は、全ての人がそうなる前にセーフティーネットにたどりつくべきなのである。
■過去に戻れるなら、迷わず生活保護を受給する
私は司法書士事務所に勤務していた前職時代を含めれば、これまで1000人以上の生活困窮者と話をしてきたが、過去の自分を含め、心身に異常をきたしている状態では「長期的な目線でライフプランを考えること」は、本当に困難なことである。
彼ら彼女らは心身の不調で思うように出勤ができなかったり、退職、転職をくりかえしたりする自分に対して強い自己嫌悪を感じていて、「自分は甘えているのかもしれない」と自責の念に駆られている。私自身、心と体が悲鳴を上げているのを無視して生活のために働いていたころ、同じように自分の弱さを責め続けていた。その後、体調が悪化して倒れてまったく働けなくなるまで、自分がどれだけ極限の状況にいたのかがわからなかったことは、本当に恐ろしいことだと思う。
私は現在、個人事業主として執筆活動を行う傍ら、今もうつ病と複雑性PTSDの治療を続けている。虐待があった実家から逃げ出してから8年、会社員を辞めてから5年ほど経つが、今もフラッシュバックや殴られる悪夢を見て、毎晩叫び声をあげたり暴れて起きたりする日々を送っている。
今年30歳になったが、あの頃、私は誰にも「助けて」と言えなかった。もしも過去に戻れるなら、迷わず生活保護を受給しながら治療と休養に専念して、また元気に働けるよう生活基盤を整える道を選んだと思う。
「もう限界だ」と考えているすべての人に、こうした選択肢のことを知ってもらいたいと思い、今、筆を執っている。
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ノンフィクション作家
1991年生まれ。作家、エッセイスト、コラムニストとして活動。貧困や機能不全家族などの社会問題を中心に取材・論考を執筆。文春オンライン、東洋経済オンライン、日刊SPA!他で連載中。著書に『年収100万円で生きる 格差都市・東京の肉声』(扶桑社新書)。
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(ノンフィクション作家 吉川 ばんび)
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