ビール離れの若者に大ウケ…コカ・コーラが初のお酒「檸檬堂」をヒットさせた戦略の秘密
プレジデントオンライン / 2021年11月5日 15時15分
■初のアルコール事業参入で大ヒット
世界中で飲まれている100年ブランド「コカ・コーラ」(炭酸飲料)をはじめ、「ジョージア」(コーヒー飲料)や「綾鷹」(茶系飲料)など多くの清涼飲料ブランドを持つコカ・コーラ社(日本法人の社名は日本コカ・コーラ株式会社)。
その会社が、近年はアルコール飲料にも力を注ぐ。
「あのコカ・コーラが酒類を出す!」と業界で話題を呼んだのが、2019年10月に全国発売された「檸檬堂」だ。2018年5月に九州限定で発売された翌年、関門海峡を超えた。
レモンサワー人気に目をつけて開発した缶チューハイは、通年販売となった2020年度の年間出荷数量が790万ケースを記録した(コカ・コーラ ボトラーズジャパンの発表数字、350ml換算)。人気に目をつけた競合からも低アルコールやノンアルコールの類似の缶飲料が発売され、小売店の店頭にはレモンサワー系の商品群ができた。
だが、コカ・コーラ社がアルコール飲料発売に踏み切ったのは「史上初」(同社)。これまでは“禁断の果実”だった。なぜ、その一線を越えて酒類事業に進出し、第2弾、第3弾を投入したのか。同社の責任者に取材した。
■酒類大手3社がひしめき合う不利な市場だったが…
「発売の数年前からアルコール飲料の検討を進めていました」
同事業を管轄する関口朋哉さん(マーケティング本部 アルコールカテゴリー事業本部長)はこう話し、発想の原点を説明する。
「実は、コカ・コーラの全社パーパス(事業目的・存在意義)に『Refresh the World. Make a Difference.』(世界中をうるおし、さわやかさを提供すること)という言葉があります。事業活動の骨格を成すもので、飲料でどうさわやかさを提供するかを考えていました。アルコールはその延長で、『檸檬堂』によって少しは酒類ブランドがつくれたと思います」(同)
酒類のプロジェクトチームが立ち上がったのは2017年ごろ。「炭酸や果汁など当社の知見やノウハウが生かせる視点で考えると、低アルコールのチューハイは有力な候補でした」(同)
同社が清涼飲料で競合する大手メーカーに、サントリー、アサヒ、キリンがある。3社ともグループ企業でアルコール飲料を手がけ、ビール類からウイスキー、チューハイ、ワインなども展開する「総合酒類メーカー」だ。工場や醸造所などの設備も充実する。
一方、コカ・コーラ社が未知の酒類事業で行うことができる自社リソースは限られる。缶チューハイは魅力的な市場だが、すでに上記の3社をはじめ数多くの商品が出ていた。
だが、その後発を跳ね返すヒントがあった。
■実は「アルコール離れ」していなかった
「アルコール飲料の開発ノウハウがないので、まずは現場を知ろうと、いくつかの居酒屋に行き、プロジェクトチームが立ち上がってからは各メンバーで連れ立って、バーやスナックなどの酒房も回りました。世の中全体のお酒のトレンドを見つめ直したのです」
マーケティングには定評があるコカ・コーラ社だが、消費者調査や市場調査データでは出てこない「現象」を探りに行ったのだ。「現場・現物・現実」(を見る)の手法だ。
「それを行ううちに、レモンサワーにこだわる店が多く、1杯1000円で出す店や10種類のレモンサワーを出す店など、さまざまな提供の仕方も知りました。楽しく味わうお客さんを見るうちに『若者を含めた幅広い年代向けのレモンサワーに特化した商品』というコンセプトが芽生えたのです」
近年は若者の「アルコール離れ」もよく耳にする。商品開発の上でネックになることはなかったのだろうか。
「ビール市場は確かに縮小傾向が続いていますが、アルコール全体が飲まれなくなったかというとそうではない。多くの居酒屋を巡る中で『ビール以外なら飲みたい』というユーザーは一定数おり、これならいけると確信しました」
■レモン果汁をあらかじめお酒になじませる製法
調査を続けるうちに「前割り焼酎」という作り方も知った。九州では一般的で、焼酎を事前に水で割っておくやり方だ。これにヒントを得て、丸ごとすりおろしたレモン果汁をあらかじめお酒になじませた「前割りレモン製法」が「檸檬堂」に結実した。
筆者もコロナ前、本稿の担当編集者(福岡県出身)の勧めで、一緒に都内のレモンサワーの人気店に行ったことがある。入口には木箱に入った生のレモンがディスプレーされ、店内は多彩な商品が提供されていた。満席で若い世代も多く、居酒屋のレモンサワー人気を改めて感じた。ちなみに担当編集は昔から「前割り焼酎」になじんでいたという。
「データだけを見ていくと、違う結果になったかもしれません。それまで缶のレモンサワーを出すメーカーはほとんどなく、お客さま目線の商品開発ができました」(関口さん)
■いろいろ工夫しても「本当に売れるのか心配でした」
「檸檬堂」の特徴は、他にもある。ネーミングや商品パッケージだ。
「レモンサワー専門ブランドとして、商品名はいろいろ考えました。最終的に日本の酒場文化も伝えたい思いで、漢字の商品名を採用。パッケージも古くて新しいレトロモダンにしようと、文字にも工夫。缶の色は酒屋さんの前掛けをイメージするなど、人のぬくもりを感じるデザインにしています」
あらためて見てみると、随所に工夫された和風のデザインだ。清涼飲料で日本市場を熟知しているとはいえ、これを外資系のコカ・コーラ社が手掛けたのが興味深い。
「勝算はあったのですか?」と聞いてみたが、「本当に売れるのか心配でした。九州で限定発売した後は、『他の地域でも飲みたい』という声も多く、手ごたえを感じましたが」と関口さんは正直に明かす。ちなみに九州地区での先行販売は、前述の前割り焼酎の文化があるから選んだのではなく、テストマーケティングの地域として適正の人口規模だったとか。
「檸檬堂」は全国発売3年目の2021年も好調だ。2019年の全国発売から2021年9月末時点では115%となっている。
※出典:インテージSRI+,低アルコール市場,累計販売金額,2020年10月-2021年9月前年同期比/7業態計(SM、CVS、HC、DRUG、酒量販店、一般酒販店、業務用酒販店)
■第2弾はあまり飲まない人へ「レモネードのお酒」
今年6月21日から第2弾として「ノメルズ ハードレモネード」というブランドで3種類の商品を全国発売した。ハードレモネードとはレモネードにアルコールを加えたもので、米国では人気だという。こちらもレモン果汁+アルコールという商品設計だ。
「米国西海岸では住宅街の家の外で、子どもがレモネードを1杯=1ドルや50セントで売るなど、カルチャーとしてなじんでいます。ハードレモネードの『ノメルズ』はそんな文化も感じられるよう、パッケージにはフードトラックがデザインされています」
果汁とアルコール濃度は商品によって異なり「ノメルズ ハードレモネード オリジナル」(アルコール分5%、果汁20%)、「ノメルズ ハードレモネード サワー! サワー! サワー!」(同5%、14%)、「ノメルズ ハードレモネード ビターサワー」(同7%、8%)となっている。低アルコールだが、微アルではない。
実際に買って飲むと(当たり前だが)レモネードの風味がしっかり感じられた。パッケージは、日本で最初の“西海岸ブーム”が起きた1970年代後半の世界観だった。
「アルコールは好きだけど、普段はあまり飲まない、あるいは1杯だけ飲むような人。そうしたお酒初心者にも訴求しています」
欧米には「ソバーキュリアス」(Sober Curious)という層がいる。飲めるけど飲まない(少ししか飲まない)という生き方だ。日本でも若者を中心に受け入れられている。
■世界20カ国超で販売するブランドが日本にも
ここまでは「レモン系」だが、第3弾ではフレーバーの味を広げた。9月20日から関西の2府2県(大阪府・京都府・兵庫県・奈良県)で限定販売している「トポチコ ハードセルツァー」だ。味は「アサイーグレープ」「タンジーレモンライム」「パイナップルツイスト」の3タイプ。いずれもアルコール分5%、果汁0%という炭酸水のアルコール飲料だ。
舌をかみそうなブランド名だが、アルコールが入っていることを意味する「ハード」に、炭酸水を指す「セルツァー」を組み合わせた造語だ。こちらの訴求相手はそれなりに飲める層。世界20カ国以上で販売する同ブランドは、日本での発売は22カ国目になるという。
第1弾「檸檬堂」が日本製なのに対し、第2弾と第3弾は舶来品だ。パッケージはかなり異なるが、①レモンサワー、②ハードレモネード、③ハード炭酸水という、清涼飲料メーカーらしいブランド展開となっている。
■「最初のアルコール販売」になぜ日本が選ばれたのか
ところでCNN報道では2019年、日本コカ・コーラのホルヘ・ガルドゥニョ社長が「コカ・コーラではアルコール飲料の世界展開を予定していない」と述べ、「この国の文化は非常に独特なので、ここで生まれた製品の多くはここにとどまる」と説明した。
あれから2年。前述のようにアルコール飲料は世界各国で展開されるようになった。当時と今とでは日本法人の社内ムードも変わったのだろうか。
「まず報道当時は、本当に世界展開の予定はありませんでした。それが『檸檬堂』で消費者が当社のアルコール飲料を支持していただくのを実感した。世界でもやっていく気運が高まり、『トポチコ』ブランドのグローバル展開につながっていきました」(関口さん)
さらに「日本は新製品が非常に多く日々変化するようなイノベーション市場。アトランタ(米国のザ コカ・コーラ カンパニー)も日本市場の特性は理解しています」と説明する。
■成熟市場は「イノベーションマーケット」でもある
この話で思い起こしたのが、かつて米国P&GのCEOを長く務めたアラン・G・ラフリー氏の言葉だ。「日本市場はラーニングマーケットであり、イノベーションマーケットだ」と話した。ラーニング(学び)とイノベーション(技術革新)。当時この言葉を知った筆者は、商品に厳しい(細かい)選択眼を持つ消費者との向き合い方、と理解した。
酒類業界をラーニングした日本コカ・コーラから、「檸檬堂」に続く新たなイノベーションが生まれるか。清涼飲料の市場規模は約5兆円、酒類市場は同3兆5000億円といわれる。
いずれも成熟市場だが、商品開発の現場では「成熟市場でも、まだまだできることがある」も共通認識だ。競合を含めた今後の活動を注視したい。
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経済ジャーナリスト/経営コンサルタント
1962年名古屋市生まれ。日本実業出版社の編集者、花王情報作成部・企画ライターを経て2004年から現職。「現象の裏にある本質を描く」をモットーに、「企業経営」「ビジネス現場とヒト」をテーマにした企画・執筆多数。近著に『20年続く人気カフェづくりの本』(プレジデント社)がある。
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(経済ジャーナリスト/経営コンサルタント 高井 尚之)
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