頑張る意欲さえ奪われる…マスコミが報じない「親ガチャ」の本当の原因と解決策
プレジデントオンライン / 2021年10月28日 11時15分
■古くて新しい「親ガチャ」問題
教育費問題の研究者であり、内閣府の子どもの貧困対策に足掛け8年にわたって従事してきた筆者からは「親ガチャ」は、古くて新しい問題に見える。
子はどのような親をもつかによって、教育機会だけでなく、学習意欲、体験、そして就業機会の格差まで大きな影響を受ける。
子どもの努力だけでは乗り越えられない、生まれによる格差が温存され、頑張る意欲すら奪われるディストピア(絶望的な社会)。
日本社会もそうした残酷な社会なのである。
それは今に始まったことではない。
生まれによる格差とは、典型的には次のようなケースである。
東京都はじめ都市部高所得層の特に男子は、一年浪人しても行きたいハイレベルな学部(とくに医学部)を目指せるのに対し、鹿児島県や東北地方等の地方部に生まれた女子は大学進学を志しても男尊女卑の価値観による家族や周囲の反対、低所得による自宅外通学の難しさなどにより大学進学すら困難なのである。
私の思い付きで言っているわけではなく、文部科学省の『学校基本調査』や東京大学・大学経営政策センターの研究により、高所得層・都市部在住の保護者を持つ、とくに男子は進学に有利であり、低所得層・地方在住の女子ほど進学に不利であることが、明らかにされている。
※東京大学・大学経営政策センター,2009,「高校生の進路と親の年収の関連について」
また日本語学習ニーズを持つ若者は高校段階から十分な受け皿がなく排除され、障害を持つ学習者も高校段階以降の受験・進学機会は極めて厳しい。
まず社会科学分野の研究者であれば既知の事実であるが、家計間の所得格差を示すジニ係数は、1990年代以降おおむね横ばいである。
※井上誠一郎「日本の所得格差の動向と政策対応のあり方について」(2020年7月・独立行政法人経済産業研究所)
■悪化するでも改善するでもなく、存在し続ける課題
また日本における社会階層の親子間再生産の調査であるSSM調査(最新年度は2015年度)でも、親子間の学歴や職業の影響については、男女差があり、2000年代においては親子間の学歴・職業等での再生産の度合いが少なくなる(格差が解消される)方向での変化は起きていないことが指摘できる。
※中村高康,2018,「相対的学歴指標と教育機会の趨勢分析――2015年SSM調査データを用いて――」古田和久編『SSM調査報告書4 教育Ⅰ』
※藤原翔,2018,「職業的地位の世代間相関」吉田崇編『SSM調査報告書3 社会移動・健康』
わかりやすくまとめてしまえば、計量的には日本の「親ガチャ」を生む格差構造は、ずっと日本に存在しており、特段悪化したわけでも改善したわけでもない。
しかし、この生まれによる格差という残酷な構造的課題は、時折社会の耳目を集める。
今回の「親ガチャ」ブームもその第N波である。
■格差論のトレンドを振り返る
私が記憶する限りでも、2000年代以降、以下のような格差に関する言説のトレンドがあった。
2006年 小泉純一郎総理の「格差が出ることは悪いことでない」という格差肯定論
2008年 リーマンショック、年越し派遣村、『子どもの貧困』(阿部彩)等による格差批判の広がり
2009年 民主党政権、2011年東日本震災の中で、格差社会を前提とし、子どもの貧困対策を含めて格差は深刻であもり、改善すべきものという認識が徐々に浸透していった。
2012年 第2次安倍政権、アベノミクスの中でも格差拡大論が時折指摘され今日に至っている。
「親ガチャ」ブームは、第2次安倍政権での格差拡大論とコロナ禍の景気停滞等による先の見通せない社会不安の中で、とくに今年になって急にマスコミによって喧伝されるようになった。
![格差と印刷された文字](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/f/8/670/img_f8bdd512d224352e60171105a68a2944389887.jpg)
■ソリューションを示す報道は少ない
しかしながら、その本質は、日本も、子どもがどのような親をもつかによって、教育機会だけでなく、学習意欲・体験、そして就業機会の格差まで大きな影響が及ぶ構造的課題をもつ格差社会であるということに尽きるのである。
不思議なことに、「親ガチャ」を騒ぐマスコミからは、ではどうしたらその格差をなくすことができるのかのソリューションに関する報道や発信は少ない。
騒ぐだけ騒いで、若者や親に不安を与えるだけならば、公共の報道としてはむしろ有害なのではないだろうか。
なお本稿では、親子の相性の悪さという意味での「親ガチャ」は分析の対象外としている。
生活の苦しさが、家族間のコミュニケーションを悪化させ、親子の相性を悪くさせるという意味の「親ガチャ」は格差問題としての視点に内包されている。
また生活が苦しくなくても、親子の間に相性の良しあしがあることは否定できない事実であるが、個人的には親の側が子どもを独立した人格とみなし、親自身の子どもへの執着を割り切れるかどうかが重要だと考える。
これ以降、「親ガチャ」という言葉を生む、日本の意欲・学力・経済力格差再生産を発生させている根本要因である“政府の親へのフリーライド問題”と、その解決策(ソリューション)を考える。
すなわち「親ガチャ」にはソリューションがあるのだ。
■政府の親へのフリーライド問題=「親ガチャ」の原因
拙著『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるために』(桜井啓太氏との共著・光文社新書)では、政府が親に養育・教育のコスト負担を課し、それゆえに政府予算や政策支援を怠ってきた“
親にとっては子どもを育てる金銭・時間コストの高さの割に政府の支援が少なく、子育てしていても、次第に喜びを失い苦労ばかり大きくなる。
子どもにとっては、所得の高い親かどうかによって人生を左右される「親ガチャ」から抜け出せない国なのである。
このような社会で、どのように意欲・学力・経済力格差が蓄積されていくか、筆者は2020年4月14日の文部科学省・大学入試のあり方に関する検討会議で、以下のような指摘をしたことがある(図表1)。
ご記憶の読者もいるだろうが、この検討会議は大学入学共通テストへの英語民間試験・記述式試験の強行を図ろうとし、それを萩生田光一文部科学大臣(当時)が「身の丈」発言でさらに炎上させ、延期判断をした「戦後処理」のために設置された会議である。
2020年に予定されていた英語民間試験・記述式試験の強行が、低所得層への補助なしに強行されようとしており、「親ガチャ」問題が深刻化することに対し、筆者は強い問題意識を持っていた。
「親ガチャ」を改善するためには「公正な教育機会」の実現こそが、必要なのである。
■教育機会の格差は就業前から始まっている
![教育システムに潜む不公正](https://president.ismcdn.jp/mwimgs/4/e/670/img_4ee989bd389ef6ac61726dae18921330470360.jpg)
就学前から生活と学びの双方において格差が開き始めますが、我が国は本格的な格差是正政策を導入していません。
子どもの貧困対策の改正時に、私自身も文科省と交渉させていただきましたが、学力格差指標の導入は見送られました。
高等学校以降は更に厳しく、学校は「格差生成装置」とすら指摘されています。控え目に言っても、日本の大学入試制度の都市部在住、男性、高所得者の子供たちに有利な格差生成装置にすぎないのです。
主要先進国とは異なり、日本の教育政策だけが、公正の実現と格差是正を政策に位置づけていません。
※文部科学省・大学入試のあり方に関する検討会議・第5回議事録(2020年4月14日)より筆者の発言を一部修正して掲載している。
■親ガチャではなく「政府ガチャ」だ
さらに、子どもの貧困問題について、わが国の研究・政策改善の地平を切り開いてきた阿部彩東京都立大学教授らの指摘からは、生まれる前からの妊婦の不安定な状況(栄養・食・生活習慣格差)が、子どもの健康・発育に影響するというエビデンスも示されている。
「親ガチャ」は生まれる前からの格差の蓄積の産物であり、それを是正しようとしない政権与党(主に自由民主党)の消極姿勢によって、維持され固定化されているのである。
もちろん教育の無償化などの支援策は拡充されつつあるが、「親ガチャ」を解決するための政府投資はあまりに不足している。
わかりやすくいえば、「親ガチャ」なのではなく、「政府ガチャ」なのである。
■解決のために必要なたった一つのこと
くりかえそう。
「親ガチャ」を改善するためには「公正な教育機会」の実現こそが、必要なのである。
そしてそれは、現実に可能なことである。
さきほど指摘した生まれる前からの格差のすべてを改善する政策と政府財政出動が行われれば「親ガチャ」は解消可能である。
□出産前からの妊婦の栄養・食・生活習慣格差の改善(出産無償化、特定妊婦への妊婦手当の支給等)
□産まれてからの子どもの健康・発育格差の改善(児童手当拡充、医療費無償化・困難世帯への食やケアなどのアウトリーチ・現物給付の充実等)
□子どもの意欲格差につながる家計不安定・親のケア能力を補う支援(児童手当拡充、委託里親の拡充、子育て世帯への生活支援サービスの拡充、就学前教育~高等教育までのカウンセラー・ソーシャルワーカーの常勤配置による相談支援等)
□乳幼児期からの学校外教育格差への介入(学校外教育バウチャーの支給)
□就学前段階・義務教育・高校教育を通じた学力格差縮減策(困難層の多い学級・学校園の教職員・支援員・スクールソーシャルワーカー・スクールカウンセラーの配置拡充)
□高校・大学受験料の無償化(低所得層からの導入)
□高校・大学の無償化の所得制限の緩和(低所得層から所得制限を緩和し、全所得層に拡大)
□高校中退者、大学・専修学校等の進学歴のない若者の進学支援・リカレント教育機会の拡充と質の向上(リカレント教育バウチャー)
□貸与型奨学金を利用しなければならなかった若者への返済条件・免除条件の緩和
できない、とあきらめる限りにおいて「親ガチャ」は日本からは消えない。
あきらめる必要はない、できるはずだ、というのが筆者の見解である。
すでに教育の無償化等は低所得層には拡充されてきている。小学校35人学級の推進など、教職員配置の充実への政府投資も充実の方向に転換しつつある。
また、今回の衆議院議員選挙において自民党以外の主要政党は、子ども・若者支援や教育支援を大きく拡充する方向性を打ち出している。
※末冨芳「#なくそう子育て罰 立民・国民・共産・公明は公約充実、スカスカの自民 #衆院選2021政策比較」(Yahoo!個人,2021年10月18日記事)
「親ガチャ」を嘆く若い世代の有権者や教育費に悩む親たちが、子ども・若者への投資を拡充させる政党に投票すれば、与党自民党も焦り、政策の実現のスピードが増すことは間違いない。
投票せず「親ガチャ」を維持するのか?
投票し「親ガチャ」を改善するのか?
あなたの一票も、親にフリーライドしてきた日本の政治を変えられる未来と、変えられない未来の分岐点を決めることができるのだ。
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日本大学文理学部教授
1974年、山口県生まれ。京都大学教育学部卒業。同大学院教育学博士課程単位取得退学。博士(学術・神戸大学大学院)。内閣府子供の貧困対策に関する有識者会議構成員、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任。専門は教育行政学、教育財政学。主著に『子育て罰 「親子に冷たい日本」を変えるには』(光文社新書・桜井啓太氏との共著)、『教育費の政治経済学』(勁草書房)など。
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(日本大学文理学部教授 末冨 芳)
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