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「これから中国の"失われた10年"が始まる」経済成長に浮かれた習近平政権の最大の盲点

プレジデントオンライン / 2021年10月29日 12時15分

中国の習近平国家主席(中国・北京=2021年10月9日) - 写真=AFP/時事通信フォト

■中国は「市場の出口」を整備できているか

中国の不動産大手、恒大集団の社債償還問題が世界の株式市場や金融市場を脅かしている。恒大は負債が33兆円にも上る巨大企業であるだけに、目先の償還資金を手当てできるかどうかはもちろん、景気や金融市場に与える悪影響も重要な問題だが、中国が華々しい成長を続けてきた陰で、見落としがちな落とし穴がある。「市場の出口」に関する問題である。

中国は市場主義経済を取り入れた国としては、あまりに若い。国内外の証券市場の制度問題に詳しい学者は「中国が日本の金融商品取引法のような法律を整備し始めて、せいぜい20年ほどしか経っていない」と指摘する。この指摘は「資本市場を高度に発展させてきた中国が、その出口の整備までは手が回っていないのではないか」という懸念に通じる。

どういう意味か。

言うまでもなく日本の「失われた10年」は不良債権問題との格闘に費やした歳月を意味するが、これを別の視点から言い換えると「市場の出口を整備するための10年」ということになるだろう。役割を終えた企業を、市場や経済活動から円滑に退出させる出口である。

■経営が傾いた企業の後始末はそう簡単ではない

会社更生法の改正や民事再生法の施行といった倒産法の整備に加えて、社債の登録機関(現在は振替機関が引き継いでいる)の立ち上げ、経営再建に必要な資金を貸し出すための仕組みづくりや、企業再建に必要なノウハウの蓄積、不良債権の受け皿づくりや資産担保証券の市場整備、債券格付けの信頼回復――など、時間をかけてじっくり取り組まなければならない課題は多岐にわたった。

経済が右肩上がりで成長を続けている間は、上場企業の経営破綻やデフォルトは少なく、問題になりにくい。株式市場や資本市場の「入り口」を整備したり、間口を広げたりして使い勝手を良くしていればよく、市場の「出口」を整える必要に迫られることはない。経済成長の過程では盲点になりやすいのだ。

しかし経済成長が止まったり、経営環境が激変するなどして、倒産したり借金を返済できなくなる企業が増えたとき、秩序だった退出を促す仕組みとこれを処理する法制度ができていなければ、さらなる混乱を招きかねない。

出口が整っていないとどうなるか、不良債権問題に苦しんでいた四半世紀ほど前の日本から例を引こう。

■戦後初めて債務不履行を起こしたヤオハンの奇策

山一証券や北海道拓殖銀行が自主廃業や経営破綻に追い込まれ、深刻な金融不安を引き起こしたのは97年11月だった。実はその2カ月ほど前に、公募社債として戦後初めて債務不履行を起こして資本市場の混乱を招いたのは、ヤオハンジャパンが発行した転換社債だった。

ヤオハンの倒産直後から管財人弁護士たちが頭を抱えたのは、転換社債の社債権者が日本中のどこに散らばり、彼ら一人ひとりがいくらの社債を保有しているのか、さっぱりつかめないことだった。現在のように社債の振替機関がなかったためである。

しかも会社法が施行されるより10年近く前のことであり、当時は社債権者を把握して社債権者集会の開催を通知し、一定の社債権者が集まらなければ法的には集会が成立したとは認められず、ヤオハンは再建の緒に就くことさえ難しくなる恐れが生じた。

この時は管財人がスポンサー企業に転換社債を買い取ってもらうという奇策をひねり出し、これが思わぬ効果を生んだことで事なきを得た。しかし奇策は奇策である。次も同じ手が通じるわけではない。

■日本が「市場の出口」整備に10年を費やしたワケ

その後さらに、98年に日本国土開発、2001にマイカルの社債がデフォルトを起こした。日本国土開発のケースでは当初、借入金に占める社債の割合が大き過ぎて、「金融機関が債権放棄するだけでは経営再建には不十分で、社債の投資家にも応分の負担を求めなければならない」という議論も巻き起こった。これも高度に資本市場が発達した国ならではの問題だろう。

こうしてデフォルトのたびにそれに付随する新たな問題が浮き彫りになり、日本はこれを一つずつ洗い出して資本市場の出口を整備していった。デフォルトを糧として古びた法律を見直したり、制度を実情に適ったものに改めるのに、10年をかけ、今もそのブラッシュアップを続けている。

一方の中国の市場は若すぎて、倒産関連法がデフォルトの試練に磨かれておらず、実務の上で十分に使い物になっているのかという疑念がつきまとう。

■すでに中国企業の経営危機は広がっている

「中国は人治の国だから、共産党が力業でどうにでもするだろう」という声が出てきそうだが、マーケットが最も嫌うのは不確実性や不透明性である。A社は政治的判断で救われたが、B社はどうなるかわからないというのでは、秩序だった退出はおぼつかないため、混乱は容易に収束しまい。

すでに中国では国有企業か民営企業かにかかわらず、大手企業の経営破綻が増えており、業種も横に広がりつつある。不良債権問題の本丸だった建設・不動産業から、小売や商社、ついには健全と言われた製造業にまで経営危機が広がったかつての日本にそっくりだ。

五星紅旗に急落する株式チャートが映し出されているイメージ画像
写真=iStock.com/ronniechua
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/ronniechua

さらに言えば、ヤオハンのデフォルト後、日本では比較的格付けの高い企業であっても、資本市場で社債を発行できないケースが相次いだ。市場を循環する投資資金が凍り付いたためであり、現在の中国は当時の日本を上からなぞるように、資本市場が機能不全を起こしている。

中国政府と地方政府がこうした危機的状況をどこまで支え続けられるのか。市場主義経済を導入して日が浅い中国で、制御不能な自然災害にも似たマーケットの怖さを中国政府や地方政府がどこまで理解しているのか。

ややテクニカルで地味な話ではあるが、それだけに「市場の出口」の問題は法制度の整合性をとりつつ、国ごとの金融慣行に合った方策を一つひとつ積み上げていくには時間がかかる。おろそかにすればデフォルト後の混乱は深まり、解決に時間がかかるばかりだろう。

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山口 義正(やまぐち・よしまさ)
ジャーナリスト
1967年生まれ。 愛知県出身。法政大学法学部卒。日本公社債研究所(現格付投資情報センター)アナリスト、日本経済新聞社証券部記者などを経て、現在は経済ジャーナリスト。月刊誌『FACTA』でオリンパスの不透明な買収案件を暴き、第18回「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」の大賞を受賞。 著書に『サムライと愚か者 暗闘オリンパス事件』(講談社)などがある。

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(ジャーナリスト 山口 義正)

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