「スペースXは宇宙旅行に成功」日本で"ホリエモンロケット"以上の有名企業が出てこない原因
プレジデントオンライン / 2021年10月28日 10時15分
■日本は「成功率」や「オンタイム率」では世界有数だが…
イーロン・マスク氏(50)が率いる米国の宇宙企業「スペースX」が、めきめきと存在感を増している。独自に開発したロケットで、米政府や軍の衛星を打ち上げたり、9月には3日間の宇宙旅行を成功させたりするなど、創業から約20年で数々の「民間初」の成果を上げた。
長年にわたって宇宙開発は国家プロジェクトとして進められてきたが、今やスペースXをはじめとする民間企業が活躍する時代だ。日本は、初めて衛星を打ち上げてから50年以上にわたって宇宙開発を進め、ロケットの「成功率」や、予定時間通りに打ち上げる「オンタイム率」の高さを世界に誇る。だが、「スペースX」のような会社が生まれてこないのは、なぜなのか。
米国の宇宙ベンチャー「スペースX」の名前が日本の宇宙関係者の間で話題になり始めたのは、2010年代に入ってから。ロケット「ファルコン9」と宇宙船を軌道に乗せたり、国際宇宙ステーション(ISS)へのドッキングに成功したりするなど、民間企業として初の成果で、存在感を発揮し始めていた。
■「参入できるわけがない」と冷ややかだった
スペースX登場以前は、宇宙企業と言えば、NASA(米航空宇宙局)から注文を受けて、ロケットや衛星を製造する、ボーイングやロッキード・マーティンなどの大企業のイメージだった。そこに参入を目指すスペースXは、エンジンの開発や打ち上げ実験で失敗を繰り返し、ドン・キホーテのような存在と見られていた。日本の宇宙関係者も「参入できるわけがない」と冷ややかだった。
ところが、あれよあれよという間にマスク氏は実現させていく。しかも、ロケットの打ち上げ価格は日本の半分ほどという安さ。「価格破壊ロケット」の生まれる現場を知りたいと、日本の宇宙関係者たちが、次々と米カリフォルニア州のスペースX本社詣でを繰り広げる。そしてマスク氏の技術哲学や経営哲学を知り、感銘して帰ってくる。
どこに感銘するのか。まず、「現場」を重視する姿勢だ。日本の大企業の感覚だと、経営陣は本社で仕事をし、モノづくりの現場から遠くなりがちだ。しかし、スペースXは、本社と製造工場が同じ敷地内にあり、部品も社内で製造する。
経営陣、設計者、製造者が近くにいて、部品も自家製ということは、ロケットの信頼性を高めることにつながる。何か問題が起きればすぐに相談して対応できるからだ。
■「新技術の開発」より「コスト削減」を徹底
マスク氏は電子決済サービスのITベンチャーで財を成し、ロケットへと進出した。IT出身者の特性も生かされている。日本は新たなロケット技術に次々と挑む。「世界最先端」を狙い、「芸術品」と呼ばれるようなエンジンまで作ってしまう。マスク氏は違う。例えば最初に打ち上げたロケット「ファルコン1」用にエンジンを開発すると、そのエンジンを9本束ねて打ち上げ能力が大きいロケット「ファルコン9」を作る。それがうまくいくと、今度は27本束ねてさらに大型のロケット「ファルコンヘビー」を作るといった具合だ。
日本の技術者たちは「工学的にエレガントなやり方ではない」と言うが、同じエンジンを大量生産するので技術が習熟し、コストダウンも進む。「ソフトウエア開発と似た発想だ」とも評される。
こうして製造されたロケットの価格は低く抑えられる。日本の主力ロケット「H2A」が100億円なのに対し、現在のファルコン9は70億円だ。マスク氏はそこにとどまらない。さらなるコスト削減を目指して、宇宙に打ち上げたロケットの1段を地上で回収して使う「再使用」ロケットも実用化した。ロケットの1段が地上に戻ってくる様子はSF映画のような光景だが、何度も実験に失敗、爆発した。
■ボーイングとロッキードの独占状態に割り込む強さ
しかし、めげることなく続ける。実験のやり方もマスク氏らしい。普通は実験用のロケットを作るが、マスク氏は客に頼まれた衛星を打ち上げた後、ロケットの1段を戻す実験に使う。これだと実験用ロケットの費用がかからない。2015年に成功して以来、今では人を宇宙へ打ち上げるロケットにも再使用の1段を使っている。
米国にはスペースX以外にも、多数の宇宙ベンチャーがあるが、マスク氏の強さは宇宙開発の本丸である打ち上げ能力の大きいロケットにいち早く取り組み、実用化したことにある。ロケットは宇宙開発に携わる人たちにとって特別な存在だ。ロケットがなければ衛星も人も宇宙へ送り出すことができない。いわば「宇宙開発のど真ん中」。そこにマスク氏はどかんと踏み込んだ。しかも価格破壊の衝撃を伴って。「企業秘密」扱いが業界の常識だったロケットの打ち上げ価格も、ホームページで公開した。
米国では、政府がお金を出した衛星を打ち上げる時は、米国ロケットを使うことを原則にしている。ボーイングとロッキード・マーティンの合弁会社「ULA(ユナイティッド・ローンチ・アライアンス)」の事実上の独占状態になっていた。実績の乏しいベンチャー企業に政府の衛星、特に軍の衛星を任せるわけにはいかないと反発が強かった。だが、マスク氏は粘る。訴訟という手段も駆使して、そこに割り込んだ。
■「火星移住」を本気で目指すトップの理念
日本と米国ではベンチャー企業に対する考え方や社会経済環境が異なるとはいえ、日本からスペースXのような会社が生まれるためには、いくつか必要なものがある。まず「リーダーが明確なビジョンを持っている」ことだ。マスク氏は、いずれ人類は地球に住めなくなり、火星に移住せざるを得ないと考えている。そのためにも、何が何でも、宇宙へ行くロケット代を安くしなくてはいけない。それが原動力になっている。
スペースX詣での経験がある日本企業の幹部は、マスク氏から「火星で人が暮らせるようにすることが目的で、それを実現するための会社がスペースX」と聞かされた。「夢みたいなことを言う」と思ったが、「メーカーとしての理念がすごくシンプルで、経営トップから現場の社員まで理念を共有している。外からは無謀と思えることに取り組み、実現させる力になっている」と見る。
では、日本企業のビジョンはどうか。これまでの日本の宇宙開発は、政治家や官僚が政策を作り、それを宇宙機関「JAXA」が担い、企業に製造を発注する、という仕組みになってきた。ビジョンというよりも、注文に基づいた仕事という要素が強い。
■「技術至上主義」を捨てる
スペースXの再使用ロケットの後を追い、日本政府も2030年頃に再使用機を25億円程度で打ち上げる計画に乗り出した。40年代には5億円ほどで別の再使用機を打ち上げる計画も併(あわ)せ持つ。文部科学省が来年度予算に研究開発費を要求した。すでに実用化させたスペースXを思うと、かなり周回遅れだが、それでも日本だけが取り残されるわけにはいかないという判断なのだろう。だが、なぜそれが必要なのか、それによって何を目指しているのか。誰もビジョンを明確に語らないので、国民には何のために開発するのかが伝わらない。
2つ目は、「技術至上主義」から発想を切り替えることだ。日本は、衛星にしろロケットにしろ、常に新技術や先端技術を追い求める。その例が大型ロケットのエンジンだ。初の国産大型ロケット「H2」は、米国のスペースシャトルと同じ方式のエンジンを新たに開発した。しかし開発にてこずり、初打ち上げの時期は遅れに遅れ、完成後も「乗用車にF1エンジンを搭載するようなもの」と揶揄(やゆ)された。
■“ホリエモンロケット”はまだまだ道半ば
マスク氏は、技術者たちを問い詰め、「念のため」とか「これまであったから」というようなものは、そぎ落とす。徹底した合理化からシンプルなロケットを生み出す。日本もこうした発想は大いに参考になる。
3つ目は、「国への依存体質」からの脱却だ。スペースXも、NASAの資金を得てロケットや宇宙船の開発を進めたが、日本と違うのは、そこから独自のビジネスへとつなげていったことだ。一方、長年官需に依存し、国が保護しなければ国際競争に耐えられない「幼稚産業」と呼ばれてきた歴史がある日本の宇宙産業界は、なかなかそれができない。
4つ目は「コミュニケーション能力」だ。マスク氏はツイッター発信で物議をかもすことも多いが、説明や働きかけに熱心だ。いわば顔の見える会社と経営者。日本では、実業家の堀江貴文氏が出資してロケットを開発する宇宙ベンチャー「インターステラテクノロジズ」が、その点で有名だ。堀江氏や代表の稲川貴大氏がメディアにしばしば登場し、トップの顔や目指すものをアピールしている。
会社のホームページには「ロケット業界のスーパーカブ」と、ホンダのオートバイの名前を引用して、自社のロケットが目指すものを示している。資金不足を補うために、クラウドファンディングも実施した。ただ、衛星打ち上げ用ロケットを開発するまでまだ時間を要する。
一方、長年携わってきた大企業は、突出して目立つことを避ける傾向が強い。企業の伝統なのか、監督官庁や注文主の宇宙機関に首根っこを押さえられてきたためか、目立たぬことを良しとする。今の時代にふさわしくない。
■担い手は多いのに前に出る経営者がいない
戦後間もない日本には、本田宗一郎氏が起業した「ホンダ」や、盛田昭夫氏と井深大氏の「ソニー」のようなベンチャー企業があった。今ではどちらも大企業になったが、最近、トヨタやホンダなどの異業種が宇宙開発に参入し始めた。
ホンダは再使用型の小型ロケットで、小型衛星打ち上げを目指す。同社は、本田宗一郎氏の夢だった航空機へ進出し、小型ジェット機「ホンダジェット」を独自で開発、ビジネスへつなげた実績がある。ニ足歩行ロボット「アシモ」の開発でも、政府より先行して取り組んだ。技術者たちが動物園の動物や子どもの歩く姿を観察し、ニ足歩行の仕組みを分析する「基礎研究」を長年続け、結実させた。日本でも国依存から脱却するきっかけになるか、注目される。
国内には「インターステラテクノロジズ」だけでなく、ロケットや衛星ベンチャーが多数誕生している。こうした宇宙ベンチャー、異業種からの参入組、伝統ある製造業の宇宙開発部門。担い手は多い。自らビジョンを抱き、自らの言葉で語り、実践する経営陣や技術者がどれだけいるか。そこにかかっている。
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ジャーナリスト
東京大学文学部心理学科卒業後、読売新聞入社。婦人部(現・生活部)、政治部、経済部、科学部、解説部の各部記者、解説部次長、編集委員を務めた。約35年にわたり、宇宙開発、科学技術、ICTなどを取材・執筆している。1990年代末のパソコンブームを受けて読売新聞が発刊したパソコン雑誌「YOMIURI PC」の初代編集長も務めた。
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(ジャーナリスト 知野 恵子)
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