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「バラマキ政策で財政破綻はウソ」財務次官が勘違いしている日本経済の"本当の危機"

プレジデントオンライン / 2021年10月29日 11時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Ca-ssis

コロナ禍から回復するためにはどんな経済政策が必要か。明治大学政治経済学部の飯田泰之准教授は「コロナ関連の財政支出で財政破綻することはないが、広く浅い給付はほとんどが消費に回らないため経済効果は低い。コロナ後の経済回復に必要なのは、飲食業や宿泊業など深刻な経営危機に陥っている業界への支援策だ」という――。

■「バラマキ政策」を批判した現役の財務省事務次官

現役の財務省事務次官である矢野康治氏が『文藝春秋』11月号に寄せたエッセイ(「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』)が大きな話題になっている。

コロナ対策にまつわる財政支出策を「バラマキ」と捉えた上で、その財政支出が財政破綻の可能性を高めているという警鐘であり、メディアや経済界では高く評価する向きもあるようだ。

ただし、その内容をみてみると、現役の官僚が政策に対して意見することにいかに覚悟が必要なことを繰り返し述べることに紙幅の多くが費やされており、財政に関する記述に目新しいものはない。同記事を賞賛している人は本当に本文を読んだのだろうか。筆者は予告編だけで本編のない映画のような記事に感じるのだが。

その一方で、現役次官が財政支出の拡大を批判したことの影響は非常に大きい。折しも現在、衆院選のまっただ中だ。矢野氏の記事に誘導される形で各党の公約のうち、「バラマキ」色のある部分だけが切り取られ、注目されることは今後の政策実施において大きな足かせとなろう。

■矢野氏の経済学的誤り

繰り返しになるが、矢野氏の記事のなかで日本の財政について書かれていることは意外と少ない。要約すると以下の3点のみだ。

・日本の債務残高は膨大な額にのぼる
・歳入と歳出の差(ワニの口)が全く埋まっていない
・成長率より金利が低くても、プライマリバランスが赤字なら債務残高の対GDP比は拡大する

第一に、政府債務を考える際には負債だけではなく資産についても同時に比較する必要がある。コロナ前の時点で、債務から(比較的売却が容易な)金融資産のみを差し引いた純債務残高は対GDP比約153%と確かに高い水準にある(OECD World Economic Outlook Database 2018、以下数字は全て概数)が、先進国の政府が自国通貨建てで発行している政府債務を資産売却によって返済することを迫られる状況はあり得ない。制度的な詳細はさておき、原理的には貨幣を発行して返済することが可能だからだ。

なお政府と政府系機関あわせた負債から金融資産・非金融資産を除いた純債務はGDP比で5.8%である(IMF Fiscal Monitor 2018)。財政の限界は債務残高やその対GDP比にあるわけではない。後述するように、財政拡大の限界はインフレにある。

■なぜか「景気の回復こそが財政を改善させる」という論点をさけている

第二に、記事内の図表では政府の一般会計歳出と税収を比較して、歳出が税収を大幅に上回る状況が2000年以降続いているとしているが、ここにも大きな見落としがある。

一般会計歳出には国債費(償還費・利払い費)が含まれる。コロナ前の2020年度当初予算における歳出101兆円のうち、国債費は24兆円である。満期が来たわけではない国債の償還を急ぐ必然性はない。不要不急の償還を行うために一般会計歳出の規模はその実体よりも過大になっている。

このような問題があるからこそ、通常単年の財政状況を考える際には国債費を除いた歳出と国債発行以外の歳入――いわゆるプライマリバランスをみることになる。このプライマリバランスは2009年度にはマイナス8%にまで落ち込んだが、その後の景気回復によってマイナス2%ほどにまで縮小している。同記事が景気の回復こそが財政を改善させるという論点をあえてさけていることは不思議でならない。

金融市場情報とデータ分析
写真=iStock.com/tadamichi
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/tadamichi

■ごく単純な計算を間違えている

第三に、成長率と金利の関係についてはごく単純に計算を間違えている。

一般的に、「政府債務残高÷GDP(債務残高対GDP比)」が発散する(加速度的に増大する)状況を財政破綻と定義することが多い。分子である政府債務残高は新規借入と利子分増加していく、分母であるGDPの成長率は経済成長率に他ならない。分子の増加よりも分母の増加が大きいならば債務残高対GDP比は低下していく。

矢野氏は経済成長率が金利よりも高くなっても、プライマリバランスが赤字であると「財政は際限なく悪化してしまう」としているが、これは誤りである。

債務残高対GDP比の変化
≒(金利-成長率)×債務残高対GDP比-プライマリバランス対GDP比

となる。債務残高対GDP比が加速度的に増加していく(発散する)か否かは右辺第一項の「金利-成長率」のみに依存する。

プライマリバランス対GDP比が赤字であろうと黒字であろうと、それが一定の範囲に収まっているならば、債務残高対GDP比を加速度的に変化させることはない。ちなみにこの関係は、日本では、ドーマー条件と呼ばれる。

矢野次官の表現を引用すると、債務残高対GDP比と金利・経済成長率の関係は「ケインズ学派かマネタリストかとか、あるいは近代経済学かマルクス経済学かとか、そういった経済理論の立ち位置や考え方の違いによって評価が変わるものではなく、いわば算術計算(加減乗除)の結果が一つでしかないのと同じで、答えは一つであり異論の余地」はない。

もっとも、債務残高対GDP比が財政破綻の指標として適切か否かには十分異論がありえるが。余談であるが、同記事ではこの引用部分以外でも同様の大げさな表現が多く、装飾過多のきらいがある。

■不況期に財政政策が求められる理由

一国経済における財・サービスの生産能力に対して総需要が小さいとき、政府支出の拡大に対応する供給の増加が生じる。これが不況期に財政政策が求められる理由だ。

一方で、生産能力に相当する需要があるとき、それ以上の政府支出拡大は民間経済が利用可能な財・サービスを抑圧することになる。じゃがいも100個の生産能力しかない国で政府が食べてしまうじゃがいもが1個増えれば、民間が食べることが出来るじゃがいもが1個減るのと同じ理屈だ。

総需要と生産能力のいずれが大きい状態かを知るためにはインフレ率を見れば良い。金融政策に大きな変化がない状況では、総需要が生産能力を上回るとき、経済はインフレ傾向になる。むろん、需要が供給能力を少し上回り、2–3%程度のインフレが発生している方が民間投資が刺激されて中長期的な経済成長にプラスになる(高圧経済論)。

しかし、4–5%を超えるインフレを高圧経済論によって擁護することは難しいだろう。一定以上のインフレの元では、財政の拡大は民間が利用できる財・サービスの量を減らすことになるため望ましいものとは言えない。

ここに財政拡大の限界がある。財政は無限に拡大できる打ち出の小槌ではない。生産能力、そしてインフレという限界のある政策手段なのだ。

■各党が掲げている公約は「バラマキ政策」ばかりではない

「0歳から高校三年生まで一律10万円相当を給付」「中間層を含め一人10万円給付」……確かに多くの政党が直接給付を公約として掲げている。しかし、各党の政策集(政策の細目を具体的に提示する冊子)をみると、各党の政策提案はこのような一律型の給付に限られるものではない。

ところが、矢野氏の影響もあって、「今回衆院選の各党政策はバラマキ色が強い」という印象にも基づく整理が行われると、メディアでの「各党公約比較」といった記事ではこのような「広く浅く」タイプの政策ばかりが大きく取り扱われる。

都市を飛ぶ円
写真=iStock.com/fatido
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/fatido

与野党の政策集を読み込んで投票先を決めるという有権者は少数派だろう(例えば、自民党の総合政策集は138頁もある)。その結果、選挙後に有権者が注目する――早期の実施を期待する政策はメディアでの言及が多かった「広く」「浅く」タイプの政策中心になるだろう。

ここが大きな問題だ。財政は無限に拡大できるものではない。インフレが顕在化しはじめたら徐々に縮小していく必要がある。そして、政策の実行には時間・手間が必要だ。(政策集に示される)あらゆる政策を同時に実行することは出来ない。どうしても実行に順番がついてしまう。

■「広く浅くタイプ」の政策はコロナ対策として効果が低い

一律給付に代表される恩恵が広く浅く国民に及ぶ政策は、今次のコロナショックへの対応としては、相対的に効果が低い。コロナショックによる売上・利益の変化について業界差があまりにも大きいことがその理由だ。

『法人企業統計』によると、2020年4月から2021年6月までの経常利益はコロナ前(2017–19年平均)に比べ全産業平均で3.3%ほど減少したに過ぎない。一方で、宿泊業の平均経常利益はマイナス410%減(赤字転落した上に、以前の黒字額の3倍に相当する赤字が発生している)、飲食サービス業でマイナス270%、生活関連サービス業でマイナス180%……一部業界に被害が集中しているのだ。

ちなみに2021年4–6月の経常利益は平均値ではコロナ前の水準を上回っている。経済的な意味でのコロナショックは特定の業界に集中している。広く浅い支援でこれらの業界の経営の継続をはかることはできない。

■一律給付金の効果は薄い

このように書くと、一律給付によって余裕資金を得た多くの国民が旅行に行き、外食をすることを通じて苦境にある業界の利益を増加させるという反論があるかもしれない。しかし、一律給付金のほとんどは消費に回らない。

昨年行われた一人10万円の一律給付の影響を見るには『家計調査』を用いるのが良いだろう(以下、データの詳細はnote記事「経済学っぽい議論の進め方と一律給付金」を参照)。家計の収入と支出の動向を見ると、平均的な勤労者世帯は24万円の給付金を受け取っている。

販売台帳に記入する日本人女性
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/kazuma seki

一方で、給付による消費の増加は3万円(かなり多めに見積もっても5万円)ほどに過ぎない。つまりは給付金の内消費に回ったのは10–20%程度というわけだ。また「家計調査」の都市別データを用いた分析においても、消費刺激の大きさは給付金の11%前後であるとしている。

加えて、消費の増加は耐久消費財や電化製品、通販での商品購入が中心で、サービスにはほどんどまわっていない。広く浅い給付は経営危機に陥っている業界にとって友好な救済策とはなり得ない。

■必要なのは経営危機にある業種・業態に対する支援策

私自身は、昨年春の段階では家計への一律給付や企業・個人事業主への持続化給付金支給を急ぐべきだと主張していた。コロナショックの影響がどこにどのように及ぶのか、その詳細が明らかではなかったためだ。

どの部門、その産業に支援が必要かはわからないが、経済に甚大なダメージが予想されるというとき――拙速を恐れない広く・浅い給付が次善の策となる。しかし、2021年も残り2月少々となった今、一律給付型の政策を優先する合理的な根拠は見当たらない。

各方面に物議をかもした矢野氏の記事ではあるが、メディアの着眼点を変えたことを通じ、むしろ広く・浅い(ばらまきとの批判があり得る)政策公約への注目を高める結果になったのではないだろうか。

そして、有権者の意識がこれらの広く・浅い給付に注がれたことは、選挙後の政策において同種の政策実施を急がざるを得ない政治状況をつくるだろう。コロナショックで深刻な経営危機にある業種・業態にとって喫緊の支援が劣後することは、コロナ後の回復の足取りを重いものにするだろう。ここに本当の危機がある。

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飯田 泰之(いいだ・やすゆき)
明治大学政治経済学部准教授
1975年生まれ。東京大学経済学部卒業、同大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専攻はマクロ経済学、経済政策。『経済学講義』(ちくま新書)、『日本史に学ぶマネーの論理』(PHP研究所)など著書、メディア出演多数。noteマガジン「経済学思考を実践しよう」はこちら。

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(明治大学政治経済学部准教授 飯田 泰之)

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