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「トヨタですら危ない」中国の激安EVが日本の自動車産業を潰しかねない"これだけの理由"

プレジデントオンライン / 2021年11月2日 9時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Young777

10月、物流大手のSBSホールディングス(東京都墨田区)が中国のEVトラック1万台を導入すると発表した。攻勢を強める中国勢に日本メーカーは耐えられるのか。「EnergyShift」発行人の前田雄大さんは「シェアを奪われるという程度の問題ではない。中国EVは、日本の自動車産業を根底から揺るがす恐れがある」という――。

■中国EVが「蟻の一穴」になる

日本の自動車産業は脱炭素時代を生き抜くことができるのか。悲観せざるを得ないニュースが飛び込んできた。中国勢が本格的に日本の国内市場に攻勢をかけ始めたからだ。

中国の自動車大手、東風汽車集団のグループ会社が、物流大手のSBSホールディングスに商用の小型電気自動車1万台の供給を始めたと、日本経済新聞が「中国が商用EV対日輸出 東風など1万台、競合なく」という見出しで、10月12日付の朝刊1面トップで報じた。

報道によれば、佐川急便も2022年以降、中国の広西汽車集団から7200台のEV軽自動車の供給を受ける。比亜迪(BYD)というメーカーは、現価格帯の4000万円から4割値下げした大型EVバスの販売を進め、30年までに2000台を日本で販売する計画だという。

脱炭素の流れを受け、日本の物流大手もEVシフトをせざるを得ない。そんな中、出遅れた日本勢の隙をついて中国勢が国内市場に入り込んでいる。SBSが導入する車両は1トン積載のEVトラックで、380万円ほど。同じようなディーゼル車とほぼ同価格だという。国の補助金が見込まれるうえ、コスト安が見込まれることから導入を決めたという。

ネット上では、日本の自動車産業の今後を憂いた声が大勢を占めた。中国勢にシェアを奪われるという程度の問題ではない。日本の自動車産業そのものを破壊しかねない存在と言えよう。中国EVの対日輸出は、日本の自動車産業を揺るがす「蟻の一穴」になりうる――。本稿では、その理由を紹介したい。

■国産車のシェアを奪われるだけでは済まない

脱炭素時代に物流大手会社が車両のEV化を進めること自体に驚きはない。注目すべき論点は、このEVが中国国内で、中国企業が組み立てを行うという点にある。

これではもちろん、現行法上、中国で流通している仕様では日本の保安基準はクリアできない。例えば、中国で大ヒットしている50万円のEV、宏光「MINI EV」であっても日本の保安基準を満たさない限り、日本には上陸できない。基準をクリアしようとすれば安全性能を高めるなどの改良が必要で、50万円ほどの低コスト車両ではそもそも無理であろう。

それでは、なぜ今回、中国EVが日本に上陸できたのか。ポイントは、EVの最終納品者が日本企業となっている点だ。

SBSから依頼を受けてEVトラックの導入を手掛けるのは、フォロフライという京都大学発のEV開発スタートアップだ。この会社は国内で初めて「ファブレス生産」、つまり工場を持たず海外への委託・生産で宅配用EVのナンバーを取得。その実績から、今回フォロフライとSBSが組むことになった。

フォロフライが進める「ファブレス生産」とは、自社で設計は行うものの、生産主体は別企業に委託する形態を指す。

半導体の生産などでは、ファウンドリー、ファブレスという言葉は頻出であるが、ファウンドリーが受託生産を請け負うのに対して、ファブレスは自社工場を持たずに、生産をファウンドリーなどに委託する、俗にOEM(他社ブランドの製品を製造すること)と言われる形態をとる。中国EVが日本上陸を可能にしたのは、こうした生産側の事情がある。

街の交通
写真=iStock.com/chinaface
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/chinaface

■中国生まれの“なんちゃって日本車”

SBSが発注した小型EVの生産を請け負うのが、冒頭で紹介した東風汽車集団だ。設計はフォロフライが行い、日本の保安基準を満たすように指示を出す。生産は東風汽船が手掛ける。名目上は“日本ブランド”になるが、報道のとおり実体は中国EVということになる。

報道によれば、このEVは日本の道路運行上の保安基準をクリアし、国土交通省からナンバーを取得した。年内には性能試験が行われるという。その結果を踏まえ、22年から毎月数百台のペースで納入され、続々と実質中国製のEVが日本に上陸する。ネットショッピングで注文した商品を届けに、このEVが読者の自宅にやってくる日も来るだろう。

中国EVを採用する日本の物流大手はSBSだけではない。SBSの発表からさかのぼること半年前の2021年の4月、佐川急便は中国EVを導入していく方針をクロステックのベンチャーASFと合同で発表した。

SBSのフォロフライと同様に、このASFが、佐川が導入する中国EVの設計を担当する。プロトタイプはASFが企画・開発・製品管理などを行う一方で、製造を手掛けるのは広西汽車集団という中国の企業が担う。このケースにおいても、ASFが最終納品者になるという意味で「日本車」になるが、実態は中国製のEVとなる。

なお、導入台数は、佐川は宅配事業で使っている全軽自動車7200台をEVに切り替える方針だ。佐川グループの全車両台数が2万7000台なので、3割近くが実質中国製EVに置き換わる。予定では2022年9月から首都圏などの都市部を中心に佐川急便の営業所へ納車される。1年以内にこのEVが日本の物流シーンに登場することになる。

■物流企業が中国EVに手を出さざるを得ない事情

日本の物流大手がEV化を急ぐのは、背に腹は代えられない事情がある。

現在、世界的に脱炭素化が進んでいるが、「ESG投資の拡大」が進んでいる。環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資を指す。企業は環境などに配慮する取り組みを行い、ESGスコアを上げなければ投資を呼び込めなくなるからだ。

加えて、TCFDと呼ばれる気候関連財務情報開示の動きも拡大しており、日本では6月にコーポレートガバナンス(企業統治)コードが改定。プライム市場に移行する企業はその開示を行う方向性が初めて盛り込まれるなど、企業は脱炭素化のプレッシャーにさらされている。CO2削減の観点では、サプライチェーンの上流も下流も不可欠で、「物流」という項目も入っている。つまり、物流企業は自社の企業価値の観点からも、クライアント側の要請という意味でも脱炭素転換は必要不可欠な取り組みとなっている。

前掲の報道によるとSBSグループは、ラストワンマイル輸送車両を全てEV化する狙いについて、政府が宣言した2050年カーボンニュートラルの実現を達成するには、現状のままで排出抑制策を講じても限界があり、車両を全てEV化すればよいとの結論に至ったと答えている。当然の回答だが、しかも、燃費よりも電費の方がよいという特徴があるため、実はランニングコストの面では価格優位性が出てくる。

そこで重要になるのが、いかにして初期投資のコストを削減できるかという点だ。日本の商用車EVはまだ高く、物流企業のコスト意識に照らすと選択肢になりづらい。一方で、物流企業は何かしらの方法で脱炭素転換を図らなければならない。そこで選択肢として浮上したのが、日本企業を「ファブレス企業」にし、OEMは中国企業にして新車両を導入する方法だった。

今回のSBSが導入するEVの販売額は1台380万円とガソリン車と同水準だ。コスト面は遜色ない。仕様についても、ラストワンマイル仕様として航続距離300キロメートルを確保できる機能を持つバッテリーを搭載し、普通免許で運転可能な車種としては最大積載量となる。高スペックだ。

こうなると物流企業とすれば、最終納品者が日本企業であれば問題ないのでは、と考えるようになっても致し方ない。コスト削減しつつEV化を進める現実的な最適解というわけだ。

■水平分業が進めば、日本の自動車産業は歯が立たない

安くて、高スペックなEVが手に入ってよかった、という話だけでは終わらない。日本の主要産業である自動車産業にとって極めて大きな問題を秘めているからだ。それは単に「中国製のEVが日本で走る」という問題ではない。より構造的な深い問題である。

それは、今回の事案が車製造の水平分業化を加速させる恐れがあるということだ。

日本の自動車産業は、他国のメーカーと同様に「垂直統合」というビジネスモデルだ。技術開発、生産、販売、サービス提供などの異なった業務を単一の企業(グループ)がすべて担う仕組みだ。

自動車工場の製造ライン
写真=iStock.com/gerenme
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/gerenme

EV車両は、内燃機関を持つディーゼル車に比べて部品数が少ない。構造も単純化されるために、水平分業モデル(スマホのように開発と生産を分担するモデル)は出てくるだろうと言われてきた。実際、世界でもソニーがEVの受託生産を依頼したオーストリアのマグナ・シュタイヤー社をはじめ、そうした動きはある。台湾の鴻海もEVの水平分業化の中でチャンスをうかがっている企業の一つである。

自動車産業の水平分業が進めばどうなるのか。伝統的な自動車企業が行っている垂直統合モデルが崩壊し、水平分業で力をつけたOEM企業が出てくる。車のEV化はハード面だけの話ではないので、グーグルやアップル、中国の百度といったIT企業が自動車産業に参画することを許すことになる。

商用車ではあるが、中国EVの日本上陸が、日本の自動車産業の構造そのものを破壊しうる「蟻の一穴」になりかねないのはこのような理由がある。

■中国EVは“地獄の案内人”

テスラのEV車両がソフトウェアの面でも評価をされているように、これからは「コネクテッドカー」としての性能も問われるようになる。グーグルなど、優れたOS構築ノウハウをもつIT企業が、従来の自動車メーカーにはないバリューを発揮し、差別化した競争力のある車を出しても何ら不思議ではない。

機会をうかがっているのはアップル社も同じだろう。すでに報道されているように、アップル社が自動車分野に本格参入するのは既定路線とも考えられている。中国企業とOEM提携するかどうかは現時点では不明だが、元来、水平分業モデルを得意とするアップルにとっては、車の水平分業化は渡りに船である。

スマートフォンを作るように自動車をつくられては、日本の自動車産業としてはたまったものではない。ソフト面はすでにグーグルのOSを導入する方向で、日産もホンダも舵を切っているように差が明確であり、日本メーカーでは歯が立たないからだ。

水平分業モデルを許すことは、日本勢が長年維持してきた聖域の扉を開けることになる。国内市場に登場した中国EVは、日本勢のシェアを奪うだけでなく、ビジネスモデルの根本部分への脅威であると断言できるのだ。

IT企業が自動車産業に本格参入した場合、日本の自動車メーカーは苦戦を強いられることになるだろう。下請け企業として、受託生産をする側に回ってしまうことも想定される。この構図は、日本がデジタル産業において苦杯をなめたのと同じであると言ってもいい。

■「脱炭素を進め、国滅ぶ」では本末転倒だ

このように考えると、中国EVが上陸したと騒いでいるうちに、主体が巨大IT企業に置き換わり、OEM企業と提携して国内市場を席巻する恐れがあるという現実を十分に警戒する必要がある。

もちろん脱炭素を意識しなければ企業としてやっていけない。物流企業の事情は理解できる。自動車産業におけるファブレス、OEMの構図は放っておいても起きるだろうし、そもそもサプライチェーンを効率化した結果だという指摘もあるだろう。また、日本の商用EVが価格競争力を持っていれば済むという指摘はもっともだ。

ただ、こうした楽観的観測が、結果として自分たちのクビを絞めることになるのではないかと筆者は危惧する。生き残りをかけて脱炭素を全力で進めた結果、国の主力産業が滅ぶという事態になれば、それこそ本末転倒ではないだろうか。

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前田 雄大(まえだ・ゆうだい)
元外務省職員、EnergyShift発行人兼統括編集長(afterFIT 執行役員 CCO)
1984年生まれ。2007年、東京大学経済学部経営学科を卒業後、外務省入省。開発協力、原子力、大臣官房業務などを経て、2017年から気候変動を担当。G20大阪サミットの成功に貢献。パリ協定に基づく成長戦略をはじめとする各種国家戦略の調整も担当。2020年より現職。日本経済研究センターと日本経済新聞社が共同で立ち上げた中堅・若手世代による政策提言機関「富士山会合ヤング・フォーラム」のフェローとしても現在活動中。自身が編集長を務める脱炭素メディア「EnergyShift」、YouTubeチャンネル「エナシフTV」で情報を発信している。

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(元外務省職員、EnergyShift発行人兼統括編集長(afterFIT 執行役員 CCO) 前田 雄大)

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