「親が東大卒だと子供も東大に合格しやすい」遺伝要因ではない本当の理由
プレジデントオンライン / 2021年11月10日 9時15分
※本稿は、和田秀樹『適応障害の真実』(宝島社新書)の一部を再編集したものです。
■テレビの「決めつけ」は偏った思考のクセがつく
偏った思考のクセがついてしまうのは、日本の場合、やはりテレビマスコミの悪影響が大きいように思います。
テレビは何事に対しても深い考察もないまま「決めつけ」をしてしまうところがあります。新型コロナに関しても実際にはわからないことばかりなのに、感染症の素人にすぎないワイドショーのコメンテーターが、あたかも「このやり方だけが正解」と話している姿をよく目にします。
テレビにおいては、どんな問題に対しても「どちらが正しいか」と白黒をつけるような議論になりがちです。そうして相手の言うことを認めてしまえば「負けた」とされてしまいます。
そのように勝った負けたで物事を決めつけるのは、適応障害になりやすい人にありがちな思考パターンの一つです。
テレビの中の人たちはあえて「商売」でそのような物言いをしているのですから、彼らは何を言ったところで自分のメンタルを傷めることもないでしょう。しかし、これを聞かされる一般の視聴者たちはそうではありません。テレビでの発言を真に受けて、その思考パターンに染まってしまえば、これが適応障害への入り口になりかねません。
■スキャンダルを起こした途端に悪人に仕立て上げる
相手が敵か味方かをすぐに決めなければいけないというのは、テレビの討論番組でありがちな演出ですが、現実においては意見の9割がた自分と合う相手でも、1割ぐらいは違っていることはよくあります。ですから物事の白黒を明確につけることは、一見すると正しいようでも現実にはそぐわないものなのです。そのような相手に対しては「白が9割で黒が1割ぐらいの薄いグレー」とのような見方をしたほうがいいわけです。
それをテレビは「悪人か善人か」などとスパッと決めてしまいます。芸能人や著名人もスキャンダルを起こした途端にそれまでの実績やよかった部分が全部なかったことになり、悪人とされてしまいます。
これは明らかな適応障害的思考パターンです。
仮に私がテレビに出演して「この犯罪者はどんなパーソナリティの人なのでしょう」と尋ねられた時には、そこは一応プロですからいくつかの可能性を挙げることはできます。しかし同時に、精神科医としての信念やプライドもありますから、診療をしてもいない人に対して簡単に「この人はこういうタイプです」と断言することはできません。そのため「こんな可能性もあるし、こういうことも考えられる」というような発言をすることになるでしょう。
しかしテレビでは、長々と解説する時間は与えられません。テレビは何事に対しても10秒、15秒でスパっと決めつけることのできる人たちが生き残るメディアであり、正誤を気にせず断定的なことを言える人だけが生き残るメディアなのです。
■東大卒の親の子どもが東大に合格する理由
受験に関して「なぜ東京大学出身の親の子どもが東大に入るのか」と尋ねられた時に、私は「それは遺伝ではなくて、やり方を伝授されるからだ」と答えています。つまり、東大に入るためのテクニックを親から教えてもらえる子どもは東大合格の可能性が高くなるということです。
東大出身の親が合格のための方法を伝授する時の重要なテクニックは、「こんなものはできなくても受かるから」「一つの科目が苦手でもほかで点を取っておけばいいんだよ」などと言って子どもの精神的負担を軽減することです。これを無意識のうちにできる親の子どもは、受験に限らずその他のストレス要因に対しても強くなります。
これとは逆に「こんなこともできないのか!」と叱責するような親だと、その子どもは受験でストレスを受けることになってしまいます。
受験指導をしてきた経験から見ても、東大に根性で入った親の子どもは意外と東大に合格していません。
■「失敗してもいい」という職場は雰囲気がよくなる
これは受験だけの話ではなく職場においても同様で、精神的負担を軽減するアドバイスを示唆してくれる上司がいるかどうかは重要です。部下に対して「満点の仕事ができなくてもここまでできていればいいんだから」「早く提出してくれれば間違いがあってもこっちで直しておくから」などと言える上司がいる職場は、自ずと全体の雰囲気がよくなるものです。
受験も仕事も満点主義ではなく、合格点主義で物事を考えれば精神の負担やストレスが少なくなります。
新興企業に見られる「失敗してもいい」「やってみなければわからない」というような企業風土もメンタルヘルスのうえではとてもよいことです。
旧態依然とした会社にありがちな満点主義、完全主義の職場は社員のメンタルヘルスの面からすると厳しいものがあると言わざるを得ません。
■なぜ私が「手抜き」の受験法を教えるか
「うつ病家系は親が完全主義のうつ病気質だからその子どももうつ病になる」とよくいわれます。
教育ママ、教育パパといわれるような人に限って、受験のシステムをよくわかっていないにもかかわらず、子どもがたまたま勉強ができたりすると満点主義を求めがちです。そのため「もっと頑張れ、もっと頑張れ」と言うのですが、それで受からなかった時には、子どもの心に「失敗した」という傷だけが残ってしまいます。私が受験生たちに教える和田式受験法は、これまで「受験テクニックばかりを言って、手抜きの勉強を教えている」と散々叩かれてきました。
ですが、手抜きといわれるような要領のいい発想法を早いうちから身につけさせることは受験に限らず就職など、生涯にわたって子どものメンタルヘルスにとってよい影響を与えるはずです。
逆に根性だけで東大に合格しても、それでメンタルを傷めてしまえばその後の人間関係などで苦労することになるでしょう。
■「手を抜いてはダメ」と考える人ほど挫折に弱い
よく「手を抜いていいというのはどの程度なのですか」と聞かれることがあります。
受験ならば、合格点を取ることができればいいわけですから、それ以外の努力をする必要はないというのが「手抜き」の意味です。これは会社の仕事でも同じことです。
会社からしても「さすがにこれはマズいだろう」といった「手抜き」のラインはあるわけですから、そこはクリアしておく必要があります。
手抜きやズルをするといっても受験でカンニングをしろと言っているわけではありません。受かるための勉強だけを要領よくやればいいのです。
このようないわゆる手抜きやズルの勉強で大学に合格することで「成功体験」を学べば、きっと将来にも役立ちます。
勉強や仕事が本当にできる人は、何事も要領よくこなすことでストレスを軽減できているものなのです。できると思われている人でも無理をしていれば、いつかポキッと折れてしまうことは珍しくありません。
楽なやり方を考えながら仕事に取り組み、ある程度の結果さえ出せばあとはいくら手を抜いてもいいと思っている人は、心の病にはなりにくいのです。
それとは逆に、結果に至るまでのプロセスを重視して常に「手を抜いてはダメだ」と思っている人は、一回の挫折でダメになってしまうリスクが大きいと心得てください。
■100年前に確立された「森田療法」とは
適応障害においては今のところ認知療法が効果的だといわれていますが、もう一つ私の注目しているのが「森田療法」です。
森田療法とは1919年に確立された、精神科医・森田正馬先生が始めた神経症に対する精神療法をいいます。対人恐怖や広場恐怖、パニック障害などの治療を対象としたもので、最近では適応障害や慢性的なうつ病、がん患者のメンタルケアなどにも有効であると目されています。
多様な神経症症状の背景には内向的、心配性、完全主義的などの性格が共通して認められるケースが多いことから、森田先生はこうした性格から発する「とらわれ」の心理的メカニズムが原因となって、それら神経症が発症すると考えました。
そこで森田療法においては、不安を抱えながらも生活のなかで必要なこと(なすべきこと)から行動を始め、次に建設的に生きることを教え、実践させていこうというのがその主旨になります。「あるがまま」という心を育てることによって神経症を乗り越えていくために、生き方の再教育とも呼ぶべき治療を行います。
■抱えている不安よりも「何かやりたい」気持ちにさせる
たとえば、人前で顔が赤くなることを気にしている人を1週間、個室でごろごろさせておいて、顔が赤くなることの不安よりも「何か動きたい」という気持ちを起こさせる、というようなやり方です。
具体的には2~3カ月の入院期間を設けて、そこで「個室でひたすら眠り、心身を休めることで自分のとらわれや不安と向き合う」「一人で軽作業を行う」「グループで少し負荷の強い作業を行う」「入院施設の外にまで行動範囲を広げる」といった段階を経て、社会復帰の準備をすることになります。
長期の入院となると受診する側の負担はかなり大きくなってしまいますが、現在では負担の少ない通院治療も行われるようになっています。
■「神経症になりやすい人は生の欲望が強すぎる」
「顔が赤いのを気にしていたら余計に顔が赤くなる」というような「とらわれ」がよくないと説くことが森田療法のもともとの考えですが、その本質には「生の欲望」の思想があります。
森田先生は「神経症になりやすい人は生の欲望が強すぎるのだ」と考えました。たとえば、がんになるのを心配するがんノイローゼの人は健康になりたい欲望が強い人。受験に落ちることが不安で眠れなくなってしまうのはそれほど受かりたい欲望が強いから、ということです。
対人恐怖症になる人は、他人に好かれたい欲望が強いからこそ「嫌われてはいけない」と不安に陥ります。つまり不安の裏側に必ず欲望があって、この時に「不安がる」のとは別のルートから、本来持っている欲望を満たす方法を探すのが森田療法なのです。
赤面恐怖という病気の患者は「顔が赤くなるから人前に出られない」「赤い顔では皆に嫌われてしまう」などと思い込んでいるわけです。
そうしてその患者が「先生、顔が赤くなるのをなんとかしてください」と言った時に、森田療法では「あなたはなぜ顔が赤くなるのが嫌なの?」と問いかけることから始めます。
■「嫌われたくない」という根源的な欲望を見つめること
「こんな赤い顔になっていてはみんなに嫌われますよ」
「嫌われたくないということは、あなたは人から好かれたいのですね?」
「いや好かれたいけれど、こんなに顔が赤いのでは嫌われてしまいます」
「私は30年も精神科医をやっているけれど、顔が赤くなっても好かれている人は何人も知っていますよ」
「そんなの例外です」
「そうでもありませんよ。それに、もっとたくさん知っているのは顔が赤くなくても嫌われている人です」
そこでさらに踏み込んで「あなたが顔が赤くなるのを治せば好かれると思っているけれど、それは甘い考えだ」と指摘します。そして「顔の色に関係なく、好かれる努力をしない限りは好かれないのです」と考え方や行動の変化を促していくのです。
「あなたの顔が赤くなるのは治せないけれども、あなたが人から好かれるために、もうちょっと話術を磨くとか、普段からニコニコするとか、極力元気にあいさつをするというような、あなたが他人から好かれる方法であれば一緒に考えることはできますよ」というのが森田療法的カウンセリングの一例です。
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国際医療福祉大学大学院教授
アンチエイジングとエグゼクティブカウンセリングに特化した「和田秀樹 こころと体のクリニック」院長。1960年6月7日生まれ。東京大学医学部卒業。『受験は要領』(現在はPHPで文庫化)や『公立・私立中堅校から東大に入る本』(大和書房)ほか著書多数。
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(国際医療福祉大学大学院教授 和田 秀樹)
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