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「子供の誕生で関係が一気に悪化…」夫婦喧嘩を減らす"たった一つの方法"

プレジデントオンライン / 2021年11月19日 10時15分

※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Milatas

子育てが始まると、多くの夫婦では揉めることが増える。教育改革実践家の藤原和博さんは「子育てという夫婦の共同プロジェクトが発生することで、関係が変わるからだ。夫婦は、違う歴史と文化的な背景を持った他人同士の関係と考えたほうがいい」という——。

※本稿は、藤原和博『60歳からの教科書』(朝日新書)の一部を再編集したものです。

■夫婦関係を「他人同士」として捉え直す

私は「夫婦」も60代になったら、「身内」ではなく、「他者同士」として関係を捉え直したほうがいいと思っています。

身内同士の関係には、次の3通りがあります。

1 肩車型の関係
2 おんぶに抱っこする関係
3 抱き合う関係

肩車やおんぶに抱っこは、お父さんやお母さんが赤ちゃんや幼児に向き合うときの関係です。抱き合う姿勢は、愛し合う夫婦の関係と言えるでしょう。

身内同士の3つの関係のピクトグラム
画像=『60歳からの教科書』

愛情に基づく家族だからこその関係性ですが、社会的な営為である仕事においては、このような関係性は長持ちしませんし、トラブルの原因ともなります。これらは、身内だからこそ許される、親密で安心感が得られる関係性ですね。

一方で私は、成熟社会の「家族」関係は「身内」を超えて「他者」としてもつながるべきではないかと考えています。「他人」という意味での「他者」ではなく、「ベクトルの和」を求める「他者」としての関係を築くことが大切だと思うからです。

■相手に「正解」を求める結婚は幸せになれない

たとえば、「結婚」について考えてみましょう。

個人的な経験や知人を見てきた経験からも、あらゆる結婚は、相手に「正解」を求めるとお互いに幸せになれない、と言い切れます。なぜなら、巡り会ったときには「最高の伴侶だ」と感じた相手も、結婚すれば毎日少しずつ、そして必ず変化していくからです。

相手だけでなく、自分自身も必ず変化していきます。付き合い始めて3年ぐらいでは見えなかった変化が、10年、20年と経てば自然に目に見えてきます。

さらに夫婦の間に子どもができると、関係性は大きく変わります。そうした変化する2人が、親密に抱き合う関係からベクトル合わせを行っていく関係へと変化していくのが、結婚生活の実態なのです。

人間は一人でいると、他者から受ける刺激がない分、成長のスピードが鈍化します。

もしかすると人類は、あえて困難が多く発生する結婚というシステムを採用することで、人間が異質な他者とのベクトル合わせにチャレンジし続ける道を選択したのかもしれません。自由が大幅に制限されても、結婚という「無限のベクトル合わせ」を続けることで、人は人間的に成長することができます。

■子育ては「ジョイントベンチャーの新規事業」

「子育て」も、多くを学べるベクトル合わせの機会です。

子育てが始まると、多くの夫婦は意見の対立から揉めることが多くなりますが、それはなぜでしょうか? その理由は、子どもができたことで、夫婦のモードが変わるからです。それまで恋人の延長のような関係性だったのが、子育てという新たな「重要任務」が夫婦の共同プロジェクトとして発生したことで、がらりと関係性が変化するのです。

握手をしている人
写真=iStock.com/Choreograph
※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Choreograph

仕事に喩えれば、まったくカルチャーの異なる2つの会社が、ジョイントベンチャーを創り、初顔合わせの社員同士で新規事業を成功に導くのに似ています。こうした起業の場合は事前にあらゆるリスクを想定して臨みますが、子育ての場合は、事の難しさを事前に意識して臨む夫婦は少ないのが実情です。

赤ちゃんは、親にとって無条件に可愛い存在。誕生を知らされた祖父母や親戚、友人知人の多くは心から祝福してくれ、生まれてからしばらくは親も我が子の世話に必死です。だから、子育てという事業がいかに困難か、最初のうちはなかなか気づきません。

■異なる家庭で育った男女が「父」と「母」になる

しかし実際には「夫婦」であっても、20年以上、ときには30〜40年も異なる環境・文化の中で暮らしてきた「他人」同士。

子育てにおいても、お互いが育ってきた家庭から強い影響を受けるのは当然です。しつけに厳しかったか、甘かったか。放任主義であったか、過保護だったか。贅沢に育ったか、節度を重んじる方針であったか。幼少期のお小遣いはいくらだったか。すべて違います。

また、父親がサラリーマンで母親が専業主婦の家庭と、両親が一つの店を経営しているような自営業者の家庭でも、日常生活の様子はまったく異なるでしょう。

そうした異なる家庭で育った男女が、ある日、いきなり「父」と「母」になる。

それが、子どもが生まれるということなんです。学校でも親になるための「教育」は行われていません。そんな2人が、いきなり子育てという「戦場」に放り出されます。入試や学校の試験と違って、子育てには「正解」は存在しませんし、若い夫婦に「これが正しい子育てだよ」とアドバイスをくれる人もそうそういないでしょう。

ましてや、赤ん坊は生き物です。生まれた瞬間から無限に「正解のない問いかけ」をしてきます。おむつは汚れていないし、ミルクはさっきあげたのに、いきなり火が点いたように泣き出し、いつまで経っても泣きやまない……そんなとき、会社で優秀なビジネスパーソンである人ほど、途方に暮れてしまうと思います。

■育児は人を成長させる「研修」だ

優秀な人は、さまざまな問題を持ち込まれても、原因を分析して正しい対処を考え、次々と処理することに慣れています。ところが子育ては、「原因が分からない」「処理できない」「正解がない」……「なんだか分からない問いかけ」が、日々目の前で新たに発生し続けるわけです。

「育児」とは、人の成長にとってとてつもなく重要な「研修」だと私は考えています。子育てにおいて生まれる一つひとつの課題に対処することは、会社の命運を左右する新規事業を任されるようなもの。

藤原和博『60歳からの教科書』(朝日新書)
藤原和博『60歳からの教科書』(朝日新書)

やがて赤ちゃんの時期を脱し、3〜5歳頃になると、子育ての方針そのものに夫婦間のずれが広がっていきます。どこの幼稚園に通わせるか、習い事は何をさせるか、英語の勉強を早くからやらせたほうがいいのか……などなど、ここでも正解は存在しません。

進学問題ではそのギャップがさらに大きくなるでしょう。東京を始めとする日本の都市部では、ここ10年ほどで中学受験ブームが過熱し、一流と言われる私立中学に合格させたいなら、小学3〜4年生頃から進学塾に通わせることが「常識」になっていると聞きます。

しかも塾に通わせている間は、送り迎えや夜のお弁当作り、宿題のチェックなど、母親がぴったり横について面倒を見なければ、合格はおぼつかない、とも。

私個人の意見を言わせてもらえば、そんな状況は「異常」だと思いますが、我が子の将来の可能性を最大限に広げておきたい、という親心も分からないではありません。

■夫婦は「あ、うん」で通じ合う相手ではない

塾だけではありません。習い事も、野球かサッカーかスイミングかクラシックバレエかで、両親の方針が対立するかもしれません。ピアノやバレエのような習い事は、母親自身が子どもの頃に習いたかったけれど習えなかったり、やっても上達しなかったりした経験があるかもしれません。自らの「リベンジ」のために我が子に課すなど、子どもの意思とはなんら関係ないことも起こりそうです。それが、夫婦の諍(いさか)いの種になることもあるでしょう。

子育てというのは、そんな子どもの成長に伴う、あらゆる局面での「無限のベクトル合わせ」のことを呼ぶのです。

初めから、すべての子に共通するような「正解」はありません。

だからこそ夫婦関係は、「基本的に違う歴史と文化的な背景を背負った他人同士の関係」と考えたほうがいい。「身内」だから「あ、うん」の関係で通じ合って当然と考えるのではなく、むしろ通じなくて当然と考える。通じない「他者」と共同プロジェクトを遂行しているんだ……そう考えたほうがうまくいくと思います。

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藤原 和博(ふじはら・かずひろ)
「朝礼だけの学校」校長
1955年、東京都生まれ。教育改革実践家。78年東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。96年同社フェローとなる。2003~08年杉並区和田中学校校長、16~18年奈良市立一条高等学校校長を務める。21年オンライン寺子屋「朝礼だけの学校」開校。主著に『藤原和博の必ず食える1%の人になる方法』『10年後、君に仕事はあるのか?』など。

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(「朝礼だけの学校」校長 藤原 和博)

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